現役時代、私は飛行機・新幹線での出張が多く、空港や駅の売店で推理小説を買ってよく読んでいたが、内田康夫氏や西村京太郎氏の小説を買って読み、最後になってようやく前に読んだことに気付き、自分のアホさかげんにがっかりすることが何度もあった。 今回、狭山事件の犯人が推理小説を読んで真似をしたのではないか、という仮説を立て、ホームページで狭山事件より前の営利誘拐事件の推理小説を検索し、帰省途中の新幹線の中で仁木悦子氏の『黒いリボン』を読んだ。半分位のところで、高校か大学時代に読んだことがあることに気付いたのであるが、これまで完璧に忘れていた。 真犯人もこの小説を読んでヒントをえたに違いなく、「新推理・狭山事件16 犯人は推理小説ファン」に次の加筆を行うととともに、関係か所の修正をおこなった。(131228 甲斐仁志)
5.仁木悦子氏の推理小説『黒いリボン』の脅迫状 日本初の本格的な女流推理小説家の仁木悦子氏は、狭山事件について、「稚せつな脅迫文は、あくまでこじつけで知能の遅れた人ではない。むしろ犯罪については異常に頭のさえた持ち主に違いない」という興味深いコメントを5月5日の埼玉新聞に寄せている。 氏は『猫は知っていた』で江戸川乱歩賞を受賞したのであるが、営利誘拐をテーマとした『黒いリボン』(昭和58年角川文庫)を狭山事件の5年前に書いている。そこには、次のような脅迫状が登場する。
――子どもを連れて行くから取りかえしたくば金をつくれ。三百万円つくれ。警察にゆったらしょうちせぬ。警察にゆったら子供の命はない。けいさつや他にんにゆえば、女の子もゆうかいして殺すとおもえ。国ちか主じんへ ブラック・リボン――
この脅迫状は新聞や雑誌などの活字を切り張りしたもので、「警」には「驚」、「連」には「運」の文字が貼られ、「教養のない人間がやった」と推理されている。 狭山事件の脅迫状とは次のような類似性が見られる。
小説『黒いリボン』と狭山事件との類似性(表省略)
このような類似性は、単なる偶然といえるであろうか?「新推理・狭山事件46 脅迫状の12の偽装工作 4 犯人は推理小説マニア」の「図表3 営利誘拐事件で犯人が真似した事件や推理小説・ドラマ」で明らかにしたように、営利誘拐事件では映画や小説を真似た、という事件が多い。狭山事件の真犯人もまた、この仁木悦夫氏の『黒いリボン』を真似した可能性が高い。 私が特に注目したのは、「他にんにゆえば」という表現であるが、この小説では、犯人は被害者家族が親しい人間に相談されたら困る事情があった。 狭山事件の脅迫状にも「気んじょの人にもはなすな」という特異な表現があり、犯人が近所の人に話されたら困る事情があって指示したのか、それとも、そう思わせる擬装工作は、「犯人が近所の人なのかどうか」という重要な手掛かりになった。 前著『狭山事件を推理する』では、犯人がわかりにくい中畑家を特定でき、しかも自転車がいつもの場所に返されていたことから、真犯人は「中畑家の近所の人」と推理したが、「新推理・狭山事件」においては、真犯人は「江畑家の近所の人」として「被差別部落犯」を擬装するとともに、「中畑家の近所の人」として山田養豚場関係者を仮想犯人としてでっち上げるダブルトリック(2重偽装工作)と考えるようになった。真犯人は江畑・中畑両家の「気んじょ」ではない安全圏にいて、なおかつ、夜間に裏道から中畑家を特定でき、善枝さんが自転車を停める場所を知っていた、中畑家に出入りしたことのある人物、という推理に変わってきた。 この「気んじょ」が犯人の独創的な工夫なのか、それとも模倣なのか、気になっていたのであるが、仁木悦子氏の『黒いリボン』の脅迫状をヒントにした可能性が高い、と考えるに至った。 『黒いリボン』の内容を紹介するわけにはいかないが、幼児営利誘拐は擬装で、動機は殺人というのは、まさに私の狭山事件像そのものである。 また、『黒いリボン』には脅迫状から指紋が検出できることが書かれており、真犯人はこの本から知識をえて、軍手をはめて脅迫状を書いた可能性が高い。
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