計画づくりの仕事をやっていた頃、若い研究員に対して、私はいつも「調査の段階、段階で、計画仮説を立てろ。それをレジュメに書け」と口をすっぱくして言っていましたが、なかなか理解してもらえず、実行も不十分であったと思います。 ほとんどの研究員は、手堅くデータの分析や調査の積み上げから入り、最後になって、やっと計画を考え始めるのです。 実は、1歩、現地に入った時、クライアントに会った時から、計画仮説がないとちゃんとした質問はできないのです。 「なにか困っていませんか」「何がお望みですか」のご用聞き型のヒアリングでは、旅費の半分も活かしたことになりません。「こんなことはできませんか?」と具体的な質問ができなければ、ヒアリング調査は何回もやらなければならないことになります。 普通、よほどはっきりとしたことでないと、相手は聞かれたことにしか答えないことが多いものです。従って、この仮説質問型の方法を取らないと、一人1〜2時間程度のヒアリングでは、たいしたことは聞けません。キーマンになりそうな人に、5人よりは10人、10人よりは20人に話を聞かないと、まともな計画はつくれないので、一人短時間にして、一人でも多くの人に話を聞かねばならず、そのためには、仮説検証型(仮説質問型)の調査が不可欠なのです。 ただ、この方法の欠点は、仮説が間違っていたり、偏っていたら、正解をえられないことです。1つの計画仮説より、5、10、20の計画仮説を持っていた方が、間違いは少なくなります。 こんな経験をもとに、狭山事件の誤捜査の原因が、脅迫状から誤った犯人像を描き、そこから「車出いく」との犯人の偽装工作を信じて張り込みを行い、犯人を取り逃がし、さらには、石川さんの誤認逮捕にまでつながったという経過を、科学の方法論、捜査の方法論から考えてみました。 私はこの事件を「営利誘拐・強姦偽装の殺人事件」という仮説を立て、検証してきましたが、「強姦殺害・恐喝未遂事件」としてきた特捜本部の仮説とどちらが正しいのか、その判断方法も示しました。 私が若い研究員にいつも言っていた計画づくりの目標は、「いい計画は、現状分析から計画の具体的な細部まで、全てがきっちりと精密時計のように整合性がとれている」ということでした。 この私の仕事の原則と照らしてみると、1審内田判決や2審寺尾判決は、なんともお粗末としかいいようのない出来の悪い作文です。日本の裁判官は、科学的・論理的に思考する能力が極めて低い、という以外にありません。 その彼らが、人を不当に拉致する許可を出し、あげくは死刑を宣告し、無期懲役で監禁するのですから、実に恐ろしいことです。 裁判において、科学的な方法である「仮説検証法」により、考えうる限りの犯人仮説を検討し、他に真犯人がいる可能性が少しでもあれば無罪、の原則が貫かれることを願うばかりです。 特に、裁判員や若い弁護士に、科学者や技術者が普通に行っているこの基本的な方法について、習熟していただきたいものです。 (121010 甲斐仁志)
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