推理・狭山事件ノート

HP「推理・狭山事件」の作成日記

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 最後に引用やリンクのチェックを行うつもりが、ついつい内容検討に入ってしまい、推理・狭山事件27 犯行現場不在証明(アリバイ)へ」を加筆・修正しました。
 ようやく、下校時刻について、最終解を出すことができました。

(3) 食い違う善枝さんの下校時刻:誰かが勘違いしたか嘘をついている
 これまで善枝さんの下校時刻は、同級生の利根敏子さんの時計を見たら「3時23分頃」であったという具体的な証言が確かなものとされ、私も疑い持ちながらもそれを前提としてきたが、再度、検討しておきたい。
 第1の疑問は、1日、兄の賢一さんが善枝さんを車で迎えに行った時の小使い(学校用務員)さんの話しでは「1年生なら3時頃帰った」(5月9日付供述調書)で、1審第2回公判での賢一さんの法廷での証言は「おばさんと話したら、2時か2時半にはみな帰ってしまいだれもいないよというわけだったんです」となっていることである。
 第2の疑問は、同級生の淺野とよ子さんの5月2日の供述では「2時30分に授業終了。授業が終わると私より先に雨が降ってきたから早く帰ると言って傘もささないで雨の中へ自転車で帰っていきました」となっていることである。利根敏子さんの供述の「3時23分頃に善枝さんが下校した時、雨は止んでいた」とは降雨の状況が食い違っている。当日の降雨は、2時2〜55分、3時26〜39分であるが、どちらかの証言は誤りということになる。また、「授業が終わると」という表現は、2時35分に終わった英語の授業を指しており、ホームルームを授業とは言うことはないのではなかろうか。
 第3の疑問は、この日、2時35分から58分のホームルームの時間に、担任の上神教諭が運動服を配っているが、5月17日発売の週刊朝日には「ホームルームの時間には出ないで帰宅の途についた」と書かれ、これに対応するように5月24日の埼玉新聞には松田分校主任の「・・・2度と同じ事のないように・・・欠席、遅刻、早退の届けを厳重にする・・・」という発言が掲載されていることである。松田主任の「2度と同じ事のないように」という発言は、善枝さんが早退していなければ出てこない発言であろう。 5月20日の週刊文春にも「最初早びけして帰宅したことになっており、その次には2時半頃学校を出て」「利根さん・・・時計を見たら、3時22分だったんです。その時はまだ中田さんは教室に残っていました」と書かれているように、捜査本部は「早引け」=「2時半頃下校」=「ホームルームに出ないで下校」から「3時23分頃下校」へと見方を変えていることが明らかである。
 第4の疑問は、上神教諭は運動服を生徒に配った時、「中畑さんもいた」と述べているが、善枝さんの所持品に運動服はなく、警察は善枝さんの所持品の品触れを作成して公開捜査に踏み切った時に、この運動服を品触れに載せていないことである。善枝さんの教室は夜間部の生徒が使うため、机や棚に運動服を置いておくことは考えにくく、新品の運動服にはネームを入れるために家に持ち帰った可能性が高いのである。
 この4つの疑問からみて、善枝さんは英語の授業が終了し、上神教諭が教室に現れる前に下校した可能性が高いと見なければならない。(以下略)

 この「2時35分すぎ下校説」は、その後の狭山郵便局員、大島いくさん、福富孝さん、大沢毛糸店の主人の最初の証言とぴったりと合います。善枝さんの運動服の行方について、もっと早く気付くべきでした。
 みなさんは6人対2人の証言のどちらを信用されるでしょうか?(131126 甲斐仁志)
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 2審では、石川さんの犯行現場不存在(アリバイ)を証明する下校時刻と最終目撃者、最終食事が争点にならず、証拠開示の不徹底と法廷での証人尋問が不十分であり、未だに、下校時刻や最終目撃者について、再々修正を行いました。
 前回の修正に加えて、新たに「それに善枝さんはあの日は誕生日だというので、みんなより一足さきに帰ってそれがあんなことになってしまった」(北川校長:5月5日朝日新聞)、「教室を一番最初に出て行った」(桑田良子。1972年8月の2審第64回公判)という2人の証言を追加しました。
 兄の賢一さんが善枝さんを車で迎えに行った時の小使い(学校用務員)さんの「1年生なら3時頃帰った」(5月9日付供述調書)という話しや、1審第2回公判での賢一さんの「おばさんと話したら、2時か2時半にはみな帰ってしまいだれもいないよというわけだったんです」という証言は、英語授業の終了が2時35分であり、学校用務員の証言は30分ずれていることが明らかですが、2時半から3時半頃に生徒が帰り、これと北川校長・桑田良子さんの供述と合わせると、善枝さんはその最初に帰ったことが証明されます。
 「新推理・狭山事件49 下校時刻」として再度、まとめたいと思いますが、淺野とよ子さんは、家まで30分で、途中、雨(2時02分〜55分3時26〜39分)に遭わず、帰ってから雲がでて強い雨(4時20分)が降ったというのですから、下校時刻は2時55分頃となります。淺野さんは善枝さんの30分後に帰ったのですから、善枝さんの下校時刻は2時半頃で、英語授業が終わった2時35分の直後となります。
 これは、桑田良子さんの「授業が終わってすぐ」「教室を一番最初に出て行った」、北川校長の「みんなより一足さきに帰って」という証言ときれいに符合します。
 従来、利根敏子さんの「3時23分頃下校証言」を動かせないものとし、さらに福富孝さんの「3時頃」「2時30〜40分頃」の出会い時刻については、これを事実とする見方(亀井トム・野間宏・伊吹隼人氏の下校後引き返し再下校説)、日にち違い・別人の見誤りとする捜査本部の判断、時間だけが嘘とする私(甲斐仁志)の3つの見方がありましたが、私の最終的な結論は、利根敏子さん・福富孝さんのどちらもが「目撃時刻について小さな嘘」を付いた、というものです。また、上神教諭の運動服を配ったというのは、「大きな嘘」と言わざるをえません。
 みなさんは8人対2人の証言のどちらを信用されるでしょうか?(131205 甲斐仁志)
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