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「新推理・狭山事件25 どこに死体を埋めるか」の犯行現場推理の内容を大きく変更しました。
「新推理・狭山事件36 全足跡の追跡」「新推理・狭山事件37 犯人の移動経路」の検討によって、犯人は5月1・2日だけでなく、その後も偽装工作を継続し、「捜索後発見物証」(木綿ロープの切れ端、職人タビの足跡群、スコップ、教科書、鞄)を偽装遺留した、という結論に達しました。 さらに「新推理・狭山事件49 最終目撃者の最終推理」によって、犯人は善枝さんから、第1ガード下で大島いくさん、坂口自転車店の近くで後輩の福富孝さんと出合ったことを聞き、当初の犯行計画を変えた可能性があるのではないか、ということに気付きました。それに加えて、当日、雨が降ったことにより、犯人は「屋外犯行」の「仮想計画」(偽装工作)を変更しなければならなかった可能性も考えてみる必要があります。 そこで、「新推理・狭山事件25 どこに死体を埋めるか」を3日間かけて見直してみたのですが、やはり、その推理は不十分・不完全でした。 改めて航空写真の上に、各物証と目撃地点、工事中の建物などをプロットした「捜査地図」を作成し、犯人が置かれた状況で検討してみると、犯人の意図の全体が明確に浮かびあがってきました。 善枝さんの死体を埋めた場所が、なぜ、県道や雑木林から離れた場所なのか、なぜ、あの場所にゴム紐が捨てられたのか、ようやく犯人の意図が見えてきました。 犯人は当初、「薬研坂」を第1仮想犯行現場、「江畑昭司方と被差別部落の間」を第2仮想犯行現場として脅迫状を書いていたものの、大島・福富さんの目撃の可能性が出てきたため、「坂口自転車店から沢街道を南下した雑木林」を第3仮想犯行現場として追加し、さらに降雨に対応した屋内犯行も考慮せざるをえず、建築中の「東中学校」を第4仮想犯行現場、建築中の「椎葉方」を第5仮想犯行現場として追加した、というのが現在の結論です。 犯人はこの5つの仮想犯行現場に対応できるよう、死体を「県道(第1仮想犯行現場から死体を車で運搬)」と「4本杉の雑木林(木綿ロープの切れ端を偽装遺留)」と「椎葉方(荒縄を盗む)」の中間の畑の中の農道を選んで埋めるとともに、第2仮想犯行現場と第4仮想犯行現場に捜査の目が向くようにゴム紐を偽装遺留し、ゴム紐発見現場から木綿ロープの発見現場にかけて職人タビの足跡を偽装遺留し、椎葉方と下川方の間に張られた荒縄を盗んで死体に付けた、と考えています。「中畑江」「少時」「は名知たら」「前の門(もん)」から、江畑昭司さん方の子供を狙っていたのを江畑さん方に変更したように思わせ、「前の門(もん)」を「さのヤの門(かど)」と読ませて警察の張り込みを「かどかど」に分散配置させ、「一時間後(往復)」「西武園の池」「30分(片道)」から車犯だと西武園、徒歩犯だと被差別部落を犯行現場と思わせた犯人の手口を見ると、犯人はいろんなケースを想定し、複数の「仮想犯行計画(偽装犯行計画)」を盛り込むクセがあることは明らかです。当然ながら「仮想犯行現場」についても、いろんなケースを想定して計画し、さらには変更できる人物であると考えられます。 なお、30年程前に沢街道の側のマンションに1年間住んでいた私の経験では、上りが続き、途中に切り通しのぬかるみがあり、人気(ひとけ)のないこの農道(沢街道)を善枝さんが通って下校することは考えられません。ましてや、この沢街道を雨の日に山田養豚場のトラックが通って善枝さんと出合い、誘拐したという推理はいただけません。1980年当時でも、シビックでこの道を通るのはやっとであり、舗装されていたとはいえ、崩れた土で雨の日にはタイヤが泥で汚れたものです。 善枝さんは加佐志街道を進み、犯人の家か事務所・作業所に向かったとみて間違いないと思います。(131213 甲斐仁志) にほんブログ村 |

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