推理・狭山事件ノート

HP「推理・狭山事件」の作成日記

日記

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 「新推理・狭山事件22 吉展ちゃん事件の真似か」を再修正しました。
 新たに「5 始めから『中畑江さく』方を狙った犯行」、「8 身代金持参人の指示の違い」、「10 脅迫状回収の指示」を追加し、吉展ちゃん事件と狭山事件の違いを12点としました。そして、次のように結論づけています。

  銑のそれぞれが偶然に起こる確率を仮に1/2とすると、全てが偶然に起こる確率は1/2の12乗=1/4096と低くなる。

  普段、粗雑な犯人による行き当たりばったりの犯罪捜査に従事している警察は、狭山事件のような狡猾な犯人による巧妙な偽装工作にかかると、まるで、赤子の手をひねるように簡単に騙されてしまうことに、改めて恐怖を覚えます。
 5人がでっち上げ逮捕された「パソコン遠隔操作事件」がわたしの念頭に浮かんできていますが、巧妙な「なりすまし犯」の偽装工作にかかると、冤罪事件はいくらでも起きるように思います。もちろん、私は最後に逮捕された片山祐輔さんは「なりすまされ犯」と思っています。
 狭山と同じで、一見すると状況証拠はたくさんあるように見えますが、それらは「なりすまし犯」が全部、用意することが可能だからです。1つ1つは弱い状況証拠でも、たくさんあると強くなる、というのは、犯人の範囲が限られていたり、偽装工作の可能性が排除された場合にのみ成立しますが、それはどちらの事件にも当てはまりません。
 ポイントは、あの脅迫状が石川さんに書けるかどうかと同じで、片山さんにウィルス作成に使われたプログラミング言語C#が使えるかどうか、です。
 その立証責任は、検察にありますが、狭山事件ではそんな鑑定書は1度も出されていません。2審東京高裁の寺尾判決は、証拠に基づかない裁判官の推理(空想)によるものであり、やり直しが求められます。  (131216 甲斐仁志)
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 「新推理・狭山事件25 どこに死体を埋めるか」の「5 降雨による第4(D)・第5(E)・第6(F)の「仮想犯行現場」のシナリオ」を大幅に修正しました。
 1つ目は、「ゴム紐→鞄→教科書」の配列を追加し、「ゴム紐→木綿ロープ切れ端」への足跡の向きについて、補強しました。
 2つ目は、犯人は西富源治さん方を「第6の仮想犯行現場(F)」としていた、という点を追加しました。
 3つ目は、これら6つの仮想犯行現場の偽装工作によって、中刑事部長・将田次席らの捜査がどのような影響を受けたかの考察を加えました。
 4つ目は、写真4・5を修正し、建築中の東中学校が分かるように写真6を追加しました。

  改めて、犯人の悪賢いさまざまの偽装工作にはおどろかされます(まだまだ、私の推理は全体が統合できていませんでした)。赤子の手をひねるように簡単に中刑事部長・将田次席らを騙したのは当然と思います。
 前著『狭山事件を推理する』では、犯人の偽装工作の半分しか分析できていませんでしたが、ようやく、脅迫状・死体に加えて、他の証拠(全足跡やゴム紐・鞄・教科書の遺棄地点、荒縄盗難場所やスコップ遺棄地点など)についても、犯人の意図を分析できてきました。
 これまで、ゴム紐・鞄・教科書の配列について、教科書→鞄→ゴム紐の順で4本杉→中畑家の移動で考えていましたが、足跡の方向と合わせて考えると逆で、ゴム紐→木綿ロープ切れ端の移動であったことが、第3・第4の仮想犯行現場から説明できました。
 坂口自転車店付近で善枝さんが福富孝さんに出合ったことを犯人は知っていた、ことは確実と考えます。 (131215 甲斐仁志)
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 「新推理・狭山事件25 どこに死体を埋めるか」の犯行現場推理の内容を大きく変更しました。
 「新推理・狭山事件36 全足跡の追跡」「新推理・狭山事件37 犯人の移動経路」の検討によって、犯人は5月1・2日だけでなく、その後も偽装工作を継続し、「捜索後発見物証」(木綿ロープの切れ端、職人タビの足跡群、スコップ、教科書、鞄)を偽装遺留した、という結論に達しました。
 さらに「新推理・狭山事件49 最終目撃者の最終推理」によって、犯人は善枝さんから、第1ガード下で大島いくさん、坂口自転車店の近くで後輩の福富孝さんと出合ったことを聞き、当初の犯行計画を変えた可能性があるのではないか、ということに気付きました。それに加えて、当日、雨が降ったことにより、犯人は「屋外犯行」の「仮想計画」(偽装工作)を変更しなければならなかった可能性も考えてみる必要があります。
 そこで、「新推理・狭山事件25 どこに死体を埋めるか」を3日間かけて見直してみたのですが、やはり、その推理は不十分・不完全でした。
 改めて航空写真の上に、各物証と目撃地点、工事中の建物などをプロットした「捜査地図」を作成し、犯人が置かれた状況で検討してみると、犯人の意図の全体が明確に浮かびあがってきました。
 善枝さんの死体を埋めた場所が、なぜ、県道や雑木林から離れた場所なのか、なぜ、あの場所にゴム紐が捨てられたのか、ようやく犯人の意図が見えてきました。
 犯人は当初、「薬研坂」を第1仮想犯行現場、「江畑昭司方と被差別部落の間」を第2仮想犯行現場として脅迫状を書いていたものの、大島・福富さんの目撃の可能性が出てきたため、「坂口自転車店から沢街道を南下した雑木林」を第3仮想犯行現場として追加し、さらに降雨に対応した屋内犯行も考慮せざるをえず、建築中の「東中学校」を第4仮想犯行現場、建築中の「椎葉方」を第5仮想犯行現場として追加した、というのが現在の結論です。
 犯人はこの5つの仮想犯行現場に対応できるよう、死体を「県道(第1仮想犯行現場から死体を車で運搬)」と「4本杉の雑木林(木綿ロープの切れ端を偽装遺留)」と「椎葉方(荒縄を盗む)」の中間の畑の中の農道を選んで埋めるとともに、第2仮想犯行現場と第4仮想犯行現場に捜査の目が向くようにゴム紐を偽装遺留し、ゴム紐発見現場から木綿ロープの発見現場にかけて職人タビの足跡を偽装遺留し、椎葉方と下川方の間に張られた荒縄を盗んで死体に付けた、と考えています。「中畑江」「少時」「は名知たら」「前の門(もん)」から、江畑昭司さん方の子供を狙っていたのを江畑さん方に変更したように思わせ、「前の門(もん)」を「さのヤの門(かど)」と読ませて警察の張り込みを「かどかど」に分散配置させ、「一時間後(往復)」「西武園の池」「30分(片道)」から車犯だと西武園、徒歩犯だと被差別部落を犯行現場と思わせた犯人の手口を見ると、犯人はいろんなケースを想定し、複数の「仮想犯行計画(偽装犯行計画)」を盛り込むクセがあることは明らかです。当然ながら「仮想犯行現場」についても、いろんなケースを想定して計画し、さらには変更できる人物であると考えられます。
 なお、30年程前に沢街道の側のマンションに1年間住んでいた私の経験では、上りが続き、途中に切り通しのぬかるみがあり、人気(ひとけ)のないこの農道(沢街道)を善枝さんが通って下校することは考えられません。ましてや、この沢街道を雨の日に山田養豚場のトラックが通って善枝さんと出合い、誘拐したという推理はいただけません。1980年当時でも、シビックでこの道を通るのはやっとであり、舗装されていたとはいえ、崩れた土で雨の日にはタイヤが泥で汚れたものです。
 善枝さんは加佐志街道を進み、犯人の家か事務所・作業所に向かったとみて間違いないと思います。(131213 甲斐仁志)
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 狭山事件の原点とも言える、善枝さんの事件当日の最終目撃者について、さらに4日間もかけ、「新推理・狭山事件27 犯行現場不在証明」より更に詳しい分析を加え、ようやく「新推理・狭山事件49 最終目撃者の最終推理」としてアップしました。
 検察官が全証拠を開示していれば、こんなに時間をかける必要はなく、さらに、2審の法廷で早い時期にきちんとした証人調べができていれば、こんなに苦労することはありませんでした。
 明白に食い違う複数の証言から、何も見逃さずに真実にたどり着けるかどうか、ほんとうに、疲れる作業でした。
 今回、新たに付け加えたのは、次の5点です。

 。鎧24分の電車に乗ろうと思って時計を見たという利根敏子さんの供述から、彼女は3時10分より前、ホームルームが終わってからすぐに学校を出ようと時計を見たことが明らかであり、「みんなより一足さきに帰った」という善枝さんの下校は、もっと前の可能性が高い。
◆〕?敏子さんが善枝さんが学校から出ていく姿を見たのは、校舎の配置と道路の関係からみて、後ろ姿であり、別の生徒を見誤った可能性がある。
 「3時20分頃」に善枝さんを見たという大島いくさんの供述は、各時間を積み上げていくと「3時5〜10分」が目撃時刻の可能性があり、雨の中での作業・移動からみて、もっと前の可能性もある。
ぁ ̄を気にして傘を持ち、畑に着いた時、帰る時、善枝さんと出会った時の雨について供述している大島いくさんの供述に、帰る途中で雨が上がったという供述が見られないことは、大島さんはずっと雨が降っている中を帰り、途中で善枝さんに遭った可能性が高く、善枝さんは2時55分に雨があがる前に、中島さんに目撃された可能性が高い。
ァ〜瓜泙気鵑英語の授業が終わって下校し、福富孝さんが雨があがった2時55分過ぎに自宅を出たとすると、ちょうど坂口自転車店あたりで出会う可能性が高い。

 これらの1つ1つは絶対的なものではありませんが、8人の証言の全部の細部の一致となると、その重みは違ってきます。偶然にそれら全てが起こる確率は極端に低くなるからです。
  疲れました。次の作業に移るまで、今日は、書斎の片づけなどして、英気を養いたいと思います。 (131209 甲斐仁志)
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 2審では、石川さんの犯行現場不存在(アリバイ)を証明する下校時刻と最終目撃者、最終食事が争点にならず、証拠開示の不徹底と法廷での証人尋問が不十分であり、未だに、下校時刻や最終目撃者について検討を重ねています。そして、再々修正を行いました。
 前回の修正に加えて、新たに「善枝さんはあの日は誕生日だというので、みんなより一足さきに帰ってそれがあんなことになってしまった」(北川校長:5月5日朝日新聞)、「教室を一番最初に出て行った」(桑田良子。1972年8月の2審第64回公判)という2人の証言を追加しました。
 兄の賢一さんが善枝さんを車で迎えに行った時の小使い(学校用務員)さんの「1年生なら3時頃帰った」(5月9日付供述調書)という話しや、1審第2回公判での賢一さんの「おばさんと話したら、2時か2時半にはみな帰ってしまいだれもいないよというわけだったんです」という証言は、英語授業の終了が2時35分であることから、30分ずれていることが明らかであり、2時半から3時半頃に生徒が帰ったことを示しています。これと北川校長・桑田良子さんの供述と合わせると、善枝さんはその最初に帰ったことが証明されます。
 「新推理・狭山事件49 下校時刻」として再度、まとめたいと思いますが、淺野とよ子さんは、家まで30分で、途中、雨(2時02分〜55分、3時26〜39分)に遭わず、帰ってから雲がでて10分位して強い雨(4時20分)が降ったというのですから、下校時刻は3時40分頃、自宅着は4時10分頃となります。淺野さんは卓球をして遊んでいて善枝さんの30分位後に帰った、善枝さんは雨の中を帰ったというのですから、善枝さんの下校時刻は英語授業が終わった2時35分から雨があがる2時55分の間となります。
 これは、学校用務員や桑田良子さんの「授業が終わってすぐ」「教室を一番最初に出て行った」、北川校長の「みんなより一足さきに帰って」という証言と符合します。
 従来、利根敏子さんの「3時23分頃下校証言」を動かせないものとしてきましたが、下校後の郵便局員・大島いくさんの証言と合わせると、利根さんの供述が虚偽であることは明白です。
 さらに、福富孝さんの「3時頃(新聞記事」「2時30〜40分頃(供述調書」に善枝さんと出会ったという証言については、これを日にち違い・別人の見誤りとする捜査本部の判断、これを事実として善枝さんはその後学校に引き返して再度下校したという見方(亀井トム・野間宏・伊吹隼人氏の下校後引き返し再下校説)、時間だけが嘘とする私(甲斐仁志)の3つの見方がありましたが、私の最終的な結論は、福富孝さんは「目撃時刻について小さな嘘」を付いている、というものです。また、上神教諭の運動服を善枝さんに配ったというのは、「大きな嘘」の可能性があると言わざるをえません。
 みなさんは8人対2人の証言のどちらを信用されるでしょうか?詳しくは、次の「新推理・狭山事件49」で書きたいと思います。(131205 甲斐仁志)
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