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三橋節子美術館に行って来た。
ここに、以前から気になっていた彼女の絵がある。
清らかな水に流される赤い着物の少女
透明な水の中にたゆとう白い花が美しい・・
水の中に横たわる少女の涅槃の図のような印象を受けた。
「花折峠」という絵である。 「花折峠」という滋賀県に伝わる民話を元にして描かれた絵で、
川に落とされた花売り娘が花々に助けられ、甦るという話である。
ところが・・絵にまつわる話は、これだけでは終わらなかった。
この絵は三橋節子さんが、利き腕の右手を鎖骨腫瘍で切断後、
左手に絵筆を持ち替えて描きあげられたものだったのだ。
右手の切断は画家にとっての命を奪われたことに等しい。
追悼集によると・・
.手術は成功しても、一時は「死んだ方がまし・・」と漏らしたこともあったそうだ。
しかし、夫の鈴木靖将さんが
「右手はなくなっても俺の手と合わせて3本あるじゃないか」
と、励まし続け、彼女は左手で字を書く練習を始め、やがて絵も描けるようになった。
彼女の努力と絵にかける執念のせいか、彼女の 最高傑作といわれる作品は全て右腕を失った後に描かれたものだという。
右手切断後半年で、再起、入選を果たした「三井の晩鐘」(みいのばんしょう) 『三井の晩鐘』は、次のような『近江むかし話』に基づいている。
むかし、子供にいじめられていた蛇を助けた若い漁師のもとに、その夜、若く美しい女が訪ねてくる。実は恩返しにと、人間に姿を変えた湖に住む龍王の娘で、二人は夫婦になり、子どもが生まれる。ところが、龍王の娘であることの秘密が知られてた女は、琵琶湖に呼び戻されてしまう。残された子どもは母親を恋しがり、毎日、激しく泣き叫ぶ。女は、ひもじさに泣く赤ん坊に自分の目玉をくりぬいて届けた。母親の目玉をなめると、不思議と赤ん坊は泣きやむ。しかし、やがて目玉はなめ尽くされ無くなってしまう。それで女は、更にもう一つの目玉をくりぬいて届ける。盲になった女は、漁師に、三井寺の鐘をついて、 二人が達者でいることを知らせてくれるように頼む。鐘が湖に響くのを聴いて、女は心を安らわせることができたという。
彼女には草麻生(くさまお)君となずなちゃんという2人のかわいいい盛りの子供達がいた。
(この二人の子供達の名前は、野に咲く草花が大好きだった彼女らしい命名)
すでにこの時から、彼女は、二人の幼い子供達を残して逝かなければならない自分の運命を見つめていたのだろう。
絵の中の目玉をしゃぶっている男の子が、草麻生(くさまお)君と重なり、
母親としての無念が思われて、思わず涙があふれた。
鎖骨腫瘍切断後も、癌は、9ヶ月後、肺に転移。彼女を苦しめる。
しかし、限られた命の灯を惜しむようなすばらしい大作が続く。
母親として何か子供達に残してやりたい・・・
そんな気持から、我が子 、草麻生(くさまお)君を主人公にした絵本「雷の落ちない村」という作品を考え、原画を描き始める。
この原画も未完成であったのを、夫の画家鈴木靖将さんが完成させて出版となった。草麻生くんの活躍に母親としての願いが込められている。
「花折峠」の大作を描き上げたのもこの頃である。
この「花折峠」も、また入選を果たした。
この絵を紹介してくれた濱口十四郎さんは、
「花折峠」は私がもっとも安らぐ「涅槃のかたち像」である・・と言われる。
たしかに、そう言わると・・
好きな花に囲まれて、透明な水の流れに横たわる女性は
節子さんの涅槃の姿にも見える。
彼女の頭の中には、いつも死があったと思う。
でも、死の不安があっても、少しも絵が暗くならないのは、
残していく者たちへの愛が優っていたからではないだろうか。
家族への思いを、子供達へのメッセージを、渾身の力で表現し、
絵の中に残しておきたい・・という節子さんの願いを感じる。
それが透明な悲しみのように感じられて、絵の前に立ち尽くしてしまう。
そして、冬の近い晩秋の日。
家族で余呉湖へ、お別れを意識した一泊旅行。
この時の印象を描いた絶筆「余呉の天女」
背景の山々は最後の旅行となった余呉からの眺め。
女の子を優しく見守りながら、別れを告げる天女はおそらく節子さん自身だろう・・。
女の子はなずなちゃんか・・・?
なずなちゃんだけでなく、大切な愛する家族への別れを象徴して描いているように見える。
最後の気力を振り絞って描かれた「余呉の天女」は、未完成のまま、彼女は天に召された。35歳の若さであった。
苦しい息づかいの中で、「ありがとう。幸せやった。」と家族1人1人に感謝の思いを告げて亡くなった。これも三橋節子さんらしい。
↓亡くなる7時間前に書いた子供達へのハガキ
http://www.astrophotoclub.com/gif2/stuko.gif「(節子は)普通の美しい花には見向きもせず、名もない花や雑草を描いた。ある人はその雑草の美しさに驚いて、「その美しい花は何ですか?」と尋ねられたほどであった」と、靖将さんが書かれている。
私は、三橋節子さん自身が、雑草の美しさと強さを持った女性であると思う。
右手を失いながらも、再起して、残された時間の中でこれだけの絵を描き続けた精神的強靱さ。
子供達を思う母親の愛。そして彼女をしっかりと支え続けた家族達・・。限られた時間の中で、最後まで絵筆を持ち、子供達と家族を思い、強く生き抜いた彼女の人生に胸が熱くなった。
小さな美術館ではあったが、彼女の絵と人生から、多くのことを考えさせられ、言葉には表せない感動をもらった。
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軽々に申し上げ難いのですが、
命と向かい合った彼女の生き様には、
感動以外の言葉がありません。
2014/9/28(日) 午前 9:12 [ nis*ku*araj**oojis*n ]
nis*ku*araj**oojis*n 様
35歳で夭逝する運命は苛酷な物ですが、逆に命に向き合うことで、これだけの大作を残せたのかもしれませんね。
彼女の真剣でひたむきな生き方が絵から伝わってきて感動しました。コメントありがとうございます。
2014/9/28(日) 午前 9:34
mimiさんのコメントで初めて知った画家と絵です。
☆
花折峠あたりには、モデルになった花咲く川があるはずなのに、その光景は知りません。
驚いたのは、天女伝説の余呉湖です。このアングルで写真を撮ったことがあります。
http://blogs.yahoo.co.jp/cool_day_2006/35974173.html
左下に描かれているのは、余呉湖の湖畔に咲く紫陽花かもしれません。訪問された晩秋ならば、ドライフラワーかもしれません。
2014/9/28(日) 午前 9:36 [ 8 1/2 ]
ああ、この絵、昔新聞で知っててすごく心に残っています。個人美術館が出来ていたのですね。ご紹介ありがとうございます☆実物観たいです。
2014/9/28(日) 午前 9:50
8 1/2 さん
私も醒ヶ井の梅花藻は初めて知りました。
清らかな水と白い花が印象的で、すぐにこの絵を思い出してしまいました。私は醒ヶ井の梅花藻も見て見たいです。調べて見たら夏の間だけなのですね。
余呉湖の写真と天女の絵の背景全く同じですね。
きっと一番美しく描けるアングルなのではないでしょうか?芸術家の美意識は一緒なのかもしれないですね^^
左下の花は、枯れた紫陽花のように見えます。
冬に近い季節に訪れているので.ドライフラワーのような感じですね。コメント&ナイスもありがとうございました。
2014/9/28(日) 午前 10:56
hitomiさん ご存じでしたか。さすがです。
これは、一度見たら忘れられない絵ですね。
場所は少し遠くて不便ですが、もう一度誰かを誘って行きたいです。
小さい美術館ながら、彼女の生き様が伝わってきて感動しました。雑草を描いた絵も良いですよ。
ナイスありがとうございます。
2014/9/28(日) 午前 11:02
こんにちは
まったく知らない画家でした。
命と対峙したひとの気迫が絵に表れているのでしょうね。
子供を残して逝く無念さはあったでしょうが、子供がいたからこそ迫ってくる死に耐えて生き抜くことができたのかな、とも思いました。
2014/9/28(日) 午後 1:11 [ 雁来紅 ]
美しいけれど、やっぱり寂しい絵ですね・・・・
私も昔、日本画を描いていたのですよ。・。・。・
と、言うか、そもそも絵を描き始めたのは、日本画に惹かれたからなんですよ・・
15歳位のときのことです。
2014/9/28(日) 午後 11:18
雁来紅さん こんにちは
こちら関西では彼女のこと、何度か新聞記事になりましたが、関東では知られていないのでしょうね。
命と対峙した人の気迫・・静かな絵の中にそのようなものを感じました。親としての子供を思う情念でしょうか。
死を受け入れて諦観しているにもかかわらず、無念さはあったことでしょう。でも、描き続けることで、彼女の精神が浄化されていったように感じました。
子供たちの絵をたくさん描いています。子供達のためにもいかに生きるか(=いかに描くか)につながっていったのでしょうね。コメント&ナイスもありがとうございます。
2014/9/29(月) 午後 0:57
kaorikoさん こんにちは
子供との別れを意識しているので、寂しさは感じますね。
15歳の頃から日本画に惹かれたのですか?
昔から美術に関心があったのですね。
どういう方の日本画に惹かれたのでしょう?
伺ってみたいです^^
☆ありがとうございます
2014/9/29(月) 午後 1:02
なんともいえない、もののあわれというか、感じますね。
逆境の中でも輝ける人は素敵です。
2014/9/29(月) 午後 6:50 [ くまきち ]
くまきちさん おはようございます
逆境に立つとき、きっと人は試されるのですね。
愛する家族との別れ、幼い子供達を残して逝かなければならない母親としての悲しみは想像を絶するものと思われます。
でも彼女はそれを絵の中に昇華させていかれたのですね。
それゆえ、見る者の心を掴むのだと思います。
逆境と申し上げてよいのかどうか戸惑いますが、くまきちさんの日常にもそれをたんたんと乗り越えて行かれる美しい輝きを感じます。
コメントありがとうございました。
2014/10/1(水) 午前 8:03