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幣原首相、 「私が9条を提案した」 マッカーサー 「感動した」 岸信介が改憲を騒いでいた時といまの首相たちの言説が同じなので、むしろ驚く。 言わば、他国の脅威論だったり、国際協力「汗を流せ」だったり。 厄介な人々だ。 「私は悪くない」が 戦後ずうっとこだましてる。 似てるって凄いことだ。 人心まで荒れさせる。 1946年1月24日に幣原喜重郎首相(当時)がマッカーサーに「戦争放棄&戦力不保持」を発案したことを幣原首相自身が証言している「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について 平野三郎 記」という憲法調査会資料があるのをご存知ですか?
国会図書館では次の書誌情報によって閲覧・コピーができます。
文書名:憲法調査会資料(西沢哲四郎旧蔵)
文書番号:165
標題:「幣原先生から聴取した戦争放棄条項の生まれた事情について 平野三郎氏記」
今晩の報道ステーションで関連情報が報道されました。
独自・総理と祖父”改憲の原点”・「岸時代の調査会」肉声発見 9条の発案者は、マッカーサーではなくて、幣原喜重郎首相(当時)
岸総理(安倍総理の祖父)時代の、憲法調査会の音声を発見。
戦争放棄の条文は、GHQマッカーサ最高司令官か、当時の幣原総理の提案かで問題となった。
音声データには、中部日本新聞元政治部長・小山武夫が「第9条の発案者に限定した質問に、幣原総理は「私がマッカーサ元帥に申し上げて第9条の条文になった」とはっきり言った」との公聴会での証言が残されていた。
小山はマッカーサ本人からも書簡で直接証言を得ていた。
音声資料を発見したジャーナリスト・鈴木昭典(86)は「当時空腹で日本がどうなるか分からない状況だったので、新憲法は当時の国民にすごい贈り物で励みになった。
新しい時代が始まっているという感覚がほとんどない人たちがしゃべっている」と話した。
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日本国憲法の制定プロセス
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報道ステーション、見ていました。どの人物か(岸元首相でしょうか)が、みっともない憲法、と発言していましたが、今の首相と認識が全く一緒でした。
何処がどういけないかではなく、「押し付け憲法だから」という感情論で突き進む改憲派の議員ら。今の情勢と全く同じだと思いました。
それにしても、よくこの音声が残っていたと思います。
しかも、明瞭に聞こえるよう適切な処置が施されているのだと思いました。
幣原首相の素晴らしい「進言」によって9条が生れたこと、
いつかmimiさんの記事でも読ませて頂いていました。
TV報道されたことで、更に多くの方が、これは「押し付け憲法」では
なかったことを認識して頂けるのではないかと思いました。
70年間、憲法が変えられなかったのは、「それ以上の代替案(新憲法案)を自民が提示できなかったから」という意見も大いに納得しました。
2016/2/26(金) 午前 8:53
> alf's momさん
本当によく音声が残っていてくれました。
何よりの証拠です。これで、押し付け憲法と言われることもなくなるはずです。安倍さんたちは、自分たちが為政者として、国民を支配したい、また「我が軍」を使って戦争したいという野望を持っているので、9条が邪魔で仕方がないのでしょう。
この放送で、安倍さんの言ってることが間違っていたことが証明されて良かったです。憲法9条を幣原首相が提案されたこと知らない方が多いですから…
2016/2/28(日) 午後 5:36
> 武丸さん
こちらこそ、いつも読みに来てくださってありがとうございます。
安倍政権になって格差社会も広がっていますね。弱者に寄り添う気等もともとない自民党です。原発事故も、被ばくした国民を救うことよりも、金儲けのできる原発再稼働のことで頭がいっぱいです。まともなことが考えられる政権ではありません。それにひきかえ、弱者の側に立ち、できることをして行こうと努力される武丸さんの行動は尊いものと思います。
私にはない行動力もすばらしいです。これからもどうぞよろしくお願いします。
転載もありがとうございました。
2016/2/28(日) 午後 10:14