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遺言になってしまったむのたけじさんのメッセージ 「あの戦争を経験したものとして、(戦争)をなくしたい! そして、人間らしい喜びに満ちた生き方・世の中を願って 戦争で殺されるよりは、 戦争を死なせるためにと思って、 今日まで生きてきました。 ま、100歳ですから あと 先は短いと思いますが、 私が生きているうちに戦争をなくすことは 出来そうにないんだけど、 とにかく命ある限り、 平和な人類の社会を創りあげるために、 とにかく最期まで頑張り通していこうと思います。 そりゃあもう、偉い人になってもらうんじゃない。 みんな当たり前の人たちが、自分の生活感覚で 「これはやるべきだ! これはやっちゃならん!」 その自分の声を聞いて、 本当に真剣に生きて、 平和な世の中をつくりたいと思います。」 15'01/25 NNNドキュメント’15 シリーズ戦後70年 100歳、叫ぶ元従軍記者の戦争反対 http://www.dailymotion.com/video/x2flskd_nnn-100sai-sakebu-motojuugunkisyanosensouhantai_news
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大切な人
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むのさんは100歳のお祝いもお断りになられました、死ぬ準備もされていました。立派な生涯です。
2016/8/23(火) 午前 8:32
はじめまして、あなたはむのけんじさんを好きですか。わたしは彼の生涯を尊敬します。
2016/8/23(火) 午後 2:27 [ kuroneko ]
> hitomiさん
むのたけじさん、気骨ある人生を貫かれましたね。
彼は、本物のジャーナリスト魂を持った方だったと思います。そうですか。100歳のお祝いも固辞されて、死ぬ準備もされていたのですね。
でも、もう少し長く生きられて、今の軟弱なメディアに喝を入れてほしかったと思います。大事な方々が次々あちらの世界に行ってしまわれて寂しい限りですね。
2016/8/23(火) 午後 5:45
> kuronekoさん
はじめまして。ご訪問&コメントをありがとうございます。
私のむのたけじさんとの出会いは、大学生協の書籍売り場でした。『たいまつ』という文庫本のような大きさの本を手に取って読んだときの衝撃。ノートに言葉をいくつか書き写したのも覚えています。きっと、> kuronekoさんと同じくらい尊敬していると思います。
2016/8/23(火) 午後 5:50
むのさんは潔すぎて…朝日を辞めないで中から立て直してほしかったという声も聞きました。
最初のコメント不十分ですいません。
中日新聞中日春秋によると「みんなに笑って見送ってもらえるように笑いながら死ぬ練習をしていた。100歳のお祝いも戦争を二度と起こさぬような世の中にするという一番の願いを実現できていないから断ったと言う」です。
支配者階級との違い、驚きますね。
2016/8/23(火) 午後 6:05
> hitomiさん
遅くなってすみません。
私も朝日をやめずに、中から・・立てなおしてくれたほうが良かったのでは?という声を聞いたことあります。
でも、私が大学生の頃からしばらくは、マスコミとして機能していたと思います。
20年前ノ朝日と今の朝日では全然違いますね。
轡田さんの講演会にも行きましたが、はっきりと朝日新聞の戦争責任にも触れていました。
大本営に戻っているなんて・まさかまさか・・?の思いです。
hitomiさんのところは、中日新聞があってよいですね!私も中日新聞なら続けますが
今は、朝日をやめました。
2016/8/26(金) 午後 8:42