徴兵から逃げたい=死にたくないというのは、人間の生存本能というか
根源的な欲求。母親は息子の命を守りたいのは当然のこと。
夫を失い、長男も戦争に取られた母親なれば、まだ17歳の息子まで
徴兵されるのはたまらない。
しかし、人間は社会的存在であり、
その枠の中でしか生きることができない。
徴兵から身を隠すというのは反社会的行為であり、人の目を恐れ、
暗がりの中でしか生きられな母子の暮らしは、まさに「泥沼」です。
*この映画のロシア語のタイトルは『泥沼』
命永らえても、本当にこの母子は幸せだと感じることはあったのか?
息子もただ飼い殺しのような状況で生かされているだけ。
ミーチャには仕事も恋愛も人並みな幸福を求めることもできない。
これは不幸なことです。
命の意味、生きる意味をも考えさせられました。
聖書では、マルコによる福音書にキリストは「安息日に律法で許されている
のは善を行うことか?悪を行うことか?命を救うことか?殺すことか?」
命を救うのと殺すのとどっちか?と突きつけるような問いかけをしている。
だから母親が息子の「命を守ろう」としたことは 正しい。
「命」とは何か。
命が ただ「生きながらえる」という意味だけではなく、
どのように生きるかという「生き方」の問題も含むものとして捉え直すと、
どうであろうか?
人が社会的存在であり、そのルールの中で生きなければならないのなら、
そのルールを犯しているために、後ろめたさと罪悪感を持ってコソコソ
生きるのは辛いことだろう。
映画では、ミーチャの場面は暗く、捕虜から帰ってきた兄ステパンの場面は
明るく描かれる。母に追い出されても自分の生き方を見つけ、伴侶と新しい
人生を築いていく長男ステパン。
「生かされているだけ」というミーチャの人生は対照的です。
怯えるようにその日の命と向き合いながら生きている次男と母親には、
将来的にどう社会に折り合いをつけるかを考える余裕はなかった。
全ては戦争という特殊な環境下でのできごと。
このような不幸も戦争の作りだす悲劇でしょう
ミーチャが自首してからどのように生きたかは描かれていません。
人々の侮蔑の目に耐えて生きねばなりません。
ロシアの深い雪景色の画像が美しく、この悲劇を更に切なく感じさせます。
生きたいという誰もが持つ切実な願いと、社会的縛りの中でしか生きられ
ない人間の戦争の悲劇を描いた深い映画でした。
ただ、ここまでで終わらせたくない気がします。
この作品が公開禁止になったのはなぜか?
生きたいという切実な願いは誰もが求める生存権です。
戦争は、人間の生きたいという生存欲求や平和に生きる権利に反することを
要求します。
このような悲劇を起こさないためにも現憲法の改悪には反対しなければ
いけません。
平和的生存権というのは、戦争によって、日本の人々も世界の人々も
殺されない権利がある、という意味。
言い換えれば、日本国憲法前文の「平和的生存権」とは、
「殺されない権利」であると同時に、「殺さない権利」
、つまり戦争で人を殺めたり、それに加担しない権利である、
と言えるのです。
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良い映画をご覧になられましたね。
戦争屋は情け容赦ないです、子供・女性、老人、弱者は収奪し、捨て去るだけ。
この映画で最近のシリアの子供たちの惨劇やブレヒト作無名塾「肝っ玉おっ母と子供たち」. 思い出しました。仲代さんが母を演じましたたhttp://www.mumeijuku.net/stage/index.html
ロシア文学や映画はよく読んだり観たりしました。丸木俊さんの挿絵(俊さん作と気が付いたのはあとからです)で子供向け世界文学全集に始まり…戦艦ポチョムキン(衝撃的)やハムレットなど
2018/2/27(火) 午前 10:18
> hitomiさん
長い文章におつきあいありがとうございました。
命をかくまうことが罪悪になってしまう・・考えさせられる映画でした。確かに問題作ですね。
でも普通に考えれば命を救うこと守ることは大切なこと。それなのに、いったいどんな理由で罪にされるのか?と考えると人の命を奪う戦争そのものが悪だということに気付くことになり・・それゆえこの映画が上映禁止になったのでしょう。
戦争になってしまえば人の命は軽いものです。
肝っ玉お母と子供たち・・どんなお話かと調べてみたら・・タイトルとは裏腹に辛いお話ですね。戦争は悲惨です。
hitomiさんはよく読書されていますが、映画やお芝居までテリトリーが広いです。
色々教えていただき、ありがとうございます。
2018/2/27(火) 午後 11:23
以前にもTVでロシアの徴兵拒否の支援活動の番組をしていました。恋人が徴兵され脱走した兵士を支援し助けていました。どこでも母親や恋人が兵士を守ろうと頑張っていますね、日本も全く同じですね。
2018/2/28(水) 午前 8:23 [ できごと・つぶやき ]
おはようございます
戦争になると悲惨なことばかりたくさん起こってしまいますね。
この母親のしたことは人の情としては当然のことで、それを神父でさえ冷たくあしらう。そういう雰囲気が出来てしまうことも恐ろしいことです。良心と良識を持たない人は容易にその雰囲気に呑まれてしまうのでしょうし、権力はそういう人を利用するのでしょう。どんなときでも本心では戦争に反対するひとの方が多いはずだと思いたいです。
戦争の悲惨さを思う時思い出す白楽天の詩がありますのでTBさせてください。
2018/2/28(水) 午前 8:46 [ 雁来紅 ]
今もソ連時代も徴兵は親から見れば脅威らしいです。
いじめが横行して退役の頃は人格が壊れてしまう
事例が問題になっています。
都市部の子らは大学へ行き(大学は学内で1年間兵役だけで免除)ますが、貧しい農村部の子らは逃げ場がない
のが現状です。
2018/2/28(水) 午後 8:23
> できごと・つぶやきさん
徴兵なんて誰も嫌ですね。国のために命を捧げよ・・だなんて、自分の人生を国に台無しにされたくありません。
ロシアの徴兵拒否の支援活動の番組もあるのですね!
せっかく生まれてきた命を戦争のため殺し合いに使うなんてバカげたことです。命は守るもの、大切にするものですよね。
いつもコメントありがとうございます。
2018/2/28(水) 午後 10:50
> 雁来紅さん こんばんは
アメリカの後にくっついて、戦争したい・・というソーリになってから、日本の社会全体が歪んできていると思います。
例えば、仰るように、人の情としては当然のことなのに、神父でさえ母親に味方しない。
今の日本は、9条のTシャツや9条のバッジをつけていると思想犯扱い、政府に楯突いているとみられ、国会にも入れてもらえないそうです。平和講演会や憲法を考える会も会場を貸さないなど・・「平和を訴えることが悪とされる」おかしな傾向になっています。
「良心と良識を持たない人は容易にその雰囲気に呑まれてしまう」し、「権力はそういう人を利用する」のですね。
日本人はよくよく気を付けないと、大人しい羊で周りの雰囲気に流されやすいです。
白楽天の詩をありがとうございました。
こういう時に、すっと反戦の詩が出てくるなんて・・雁来紅さんの漢詩の教養の深さに感嘆いたします。
2018/2/28(水) 午後 11:18
> クーニャさん
何と言っても現代のロシアを語っていただくにはクーニャさんが必要です^^。
徴兵制、今も続いているのですね。
ロシアの軍隊も日本と同じく非人間的で残酷な組織なのでしょうね。軍隊という組織が嫌いです。
普通の人たちが、徴兵や戦争という大義名分があると、残酷なことも平気でするようになるのだと思います。だから戦争も徴兵という制度にも私は反対です。
それにしても、ロシアもアメリカも、結局貧しい者たちが戦争に行かされるのですね。日本も経済的徴兵になると思います。
どの国にも世界の平和憲法9条を持って行きたい気がしますね。
こんな良い憲法を改悪しようだなんて許せないです。
ロシアの事情を知る貴重なコメントをありがとうございました。
2018/2/28(水) 午後 11:42
こんばんは、
子を思う親の切なさが、ヒシヒシと伝わってきました。ミーチャの命を大切に思うがゆえに、母親のとった行動は、社会の規範から外れ、その結果、罪科に問われることになる。
社会のルールが、人命を軽視することを思うと、人間がつくるルールというのには問題があると思わざるを得ません。何事も鵜呑みすることなく、疑ってかからなければいけないほどに社会は未熟なのでしょう。
いろいろと考えさせられる映画ですね。
2018/3/2(金) 午後 11:25 [ eijirou03 ]
> eijirou03さん
遅い時間にありがとうございます。
命を守ること、救うことは当然のことですし、生きたいという気持ちも当然の欲求です。
でも、それに反することを強要するのが徴兵制や戦争ですね。
社会のルールが、人の生存権を犯しているなら、本当はおかしいのはルールの方です。
ルールが、本来、人が気持ちよく暮らすために作られるものなら、こういう人命軽視のルールの方が間違っていると思います。
イエスが安息日にして良いのは命を救うことか?救わないことか?どっちだ?と尋ねられたこと思い出します。
今の安倍ソーリを見ていると、ルールが国民目線ではなく、俺様ルールにしようとしているのがよくわかりますね。何でも鵜呑みにすることなく、疑ってかかるということ、とても大事ですね。
この映画で、9条を守らせなければ…という思いを強くしました。
2018/3/3(土) 午前 5:56