ぼくね、「神道」と「国家神道」の違いってもんがよくわかってなかったんですけど
この説明…というか、解説を読むと、よくわかりますわ…
(ひとさまのtweetから…↓)
これわかりやすい。門屋温「5分でわかる近代神道」(FB) http://on.fb.me/1ThBqGY 「神道と国家神道の違い」についての理解が、陥穽を避ける上で必要になる時代が(また)来るとは思わなかった。我々が同じ陥穽に落ちれば「75年前の前例」から何も学ばなかったことになる。
ここはリンク先を見て頂くのが一番だと思いますが、ぼくも備忘録として
リンク先の解説を拝借してざっくりまとめてみたいと思います
明治以降の神道(=国家神道)が、それ以前の神道とどこが違うのか。
江戸時代までは「神仏習合」だった…けど、それが明治になって否定され、「神仏分離」政策によって「廃仏毀釈」が行われて、各地で様々な破壊行為が行われた…というのは、高校の歴史で習ったような記憶があるけど、その後、明治政府の宗教政策によって、全国の神社がどのように作り替えられたのか…
(1)神社改め(→神社の性格や名称を変えた)
各神社の由来を提出させて、〇〇菩薩や△△権現等仏教色の強い祭神名は変更させ、名前や由来のはっきりしない祭神は「記紀神話」に登場する「由緒正しい」神名に統一し、神社の名前も変えさせました。「八坂神社」のように「地名+神社」になっている神社の多くはこの時につけられた名前…です。※
(2)社格の制定(→勝手に神社を格付けした)
全国の神社に官幣社・国弊社・諸社(県社・郷社・村社など)のランクをつけて、伊勢神宮を頂点とするピラミッド状に組織した。(元来神社というものはそれぞれが独立した個人商店のようなもので、そもそも関係がありませんでした。)
(3)神職の官制化(→これまた勝手に、神職を「国家公務員化した」)
神社の神職はほとんどの場合世襲だった…のに、それは「国家の宗教を私物化するものだ」ということで世襲を禁止。(世襲の禁止によって何百年もの間社家によって受け継がれてきた祭礼の伝統などが断ち切られました。)
(4)祭式の統一(→もともとの神道のいろんな伝統を勝手に統一した)
神職の世襲禁止によって代々受け継がれてきた祭式が途切れたため、だれでも神事が行えるように行事作法のやり方の統一マニュアルが作成され、「研修を受ければあなたも神主」ということになる。(→これって、神社のファストフードチェーン化ね)
今はどこの神社に行っても「二礼二拍手一礼」と書いてありますが、拍手の回数ひとつをとっても、以前は神社によってまちまちでした。
(5)神社の規格統一(→これは神社の「フランチャイズ店舗化」みたいなもんです)
「上地令」によって境内以外の社有地を没収し、社格によって社殿や境内の規模や配置を定めた「制限図」を公布して、神社の建物の規格の統一化を図る。(なので明治以降に建て直された神社は、鳥居から手水舍、拝殿、本殿、賽銭箱の位置までだいたい同じである一方、江戸時代以前に建てられた古い神社の中にはユニークな建物や配置のものがまだ残っている。)
(6)氏子制度の制定(→無理やり神社と住民をくっつけた)
「一村一社制」を敷いて神社のない地域をなくし、かならず村の鎮守を置くようにした。その上で、江戸時代の「寺請制度」を神社に置き換えて、神社に戸籍管理等行政事務の一端を担わせようとした。(ただし、これは、村役場が機能するようになって不用となった)
以上、要するに明治以降に神社はそのハードもソフトも大きく変えられて、国家が利用しやすいように作り替えられた…ということです。それを「神道は二千年の長きにわたって続いてきた宗教」と言うので、昔から今のような形で存在し続けてきたかのような錯覚に陷ってしまいますが、これは単なる「ウソ」です。
…と、ほとんど丸ごとリンク先の記事を拝借しましたけど、解説だけだとイマイチ記憶に残らないので
解説で出てきた京都の「 八坂神社」を具体例として振り返ってみることにします
解説に出てきますけど、「八坂神社」のように「地名+神社」の名称になってる神社の多くは
明治以降に「名前が付け替えられた」ということでありますが、八坂神社もやはり…
元々「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」などと呼ばれていたものが、慶応4年=明治元年(1868年)の神仏分離令により「八坂神社」と改められた(ウィキ:「 八坂神社」より)
明治以降にこの名称に付け替えられておりました
(なぁ〜んだ、八坂神社って八坂神社じゃなかったのね…)
では、八坂神社の祭神に関してはどうだったのか…と言うと、これもやはり…
元の祭神であった牛頭天王(ごずてんのう)…は釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされ、名は新羅の牛頭山に由来する…
けど…
現在の祭神は以下の通り。…主祭神…(は)素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
…ということで、祭神まで変えられてもうたやん…ということです
この点、ウィキには、
牛頭天王は起源不詳の習合神で祇園精舎を守護するとされ、日本では素戔嗚尊と同神とされていた
…との解説がありますが、八坂神社が
社伝によれば、斉明天皇2年(656年)、高句麗から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)の創建とされる
ことからすると、元の祭神であった「牛頭天王(ごずてんのう)」に
「後から」日本の神様である「素戔嗚尊 (すさのおのみこと)」が
くっついた(…というかくっつけた)ものでありましょう
(その時期は、明治以降…ではなくて、それより前…だったかも知れません)
とはいえ、もともと違う神様…だったものがくっついた…としても
なぜに「祭神」の名前を「牛頭天王(ごずてんのう)」から、
わざわざ「素戔嗚尊 (すさのおのみこと)」に変えたのか…と言うのは、なんか引っかかるもんがありまして、こういう「渡来の神様を日本の神様に塗り替える」振る舞いには「それなりの理由」があることでしょう…
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転載しました。
今も、国家神道の名残をとどめている神社が多くありますけど、ああいうのを全部捨てなければ、日本の民主化も難しいんじゃないかと思ってしまいます。
神社のありようを疑問に思う人が増えなければ、変わらないと思うし・・
あと、神社を規格化して格付けしていったという話、大手コンビニチェーンが、中小コンビニを買収して、どんどん無機質な、個性のない商売に転落していく様と、似てるなあと、思いましたね・・
2018/11/18(日) 午後 2:39 [ 在尾張 ]
転載させていただきます。
2018/11/18(日) 午後 2:49 [ han**hi_ai ]
明治維新クーデター政府の冒涜が 許されないもの
神を利用する政治の狡さ
真実の歴史隠ぺい
河内風土記は明治クーデターに乗っ取られた
<村の由緒書に河内風土記に依る>墨書発見したme
河内風土記の内容を横取りし
大阪(西日本)を押さえつけに成功の陰険
河内を文化不毛の地だと卑しめた
河内風土記隠しで
重大な歴史書き換え=日本破壊行為
転載
2018/11/18(日) 午後 9:54 [ mokeihiki ]
神をも恐れぬ所業では、良くなるものも良くなりません。長州閥はダメですね。
転載させていただきます。
2018/11/18(日) 午後 10:01 [ SUM ]
一木一草全てが神仏だった日本。それを天照しか認めない宗教弾圧、破壊。明治テロは今もこうして破壊を続けています。
2018/11/19(月) 午前 6:17 [ できごと・つぶやき ]
すべては国家の神格化、権威付け、西欧列強諸国の植民地支配、脅威に対する富国強兵のため、国家のために国民を支配するため。
【要するに明治以降に神社はそのハードもソフトも大きく変えられて、国家が利用しやすいように作り替えられた…ということです。それを「神道は二千年の長きにわたって続いてきた宗教」と言うので、昔から今のような形で存在し続けてきたかのような錯覚に陷ってしまいますが、これは単なる「ウソ」です。」
現在も、憲法改正?の隠された狙いは嘘の再構築によって、国民主権、基本的人権、平和主義を否定し、象徴天皇を元首とし、国民を赤子とし、国家権力の権威によって奴隷化する国家神道の復活です。
2018/11/19(月) 午前 8:47 [ shalom ]
> sos*****さん
調べていたら見つけた記事です。なんともはや、…
日本人の信仰心すら神社のもとに集め、強制しているようなものですね。長州閥の明治政府は、やることが恐ろしい。この血筋をアレも引き継いでいますね。
日本会議に属していない神社なら信用できるかもしれません。
2018/11/19(月) 午前 8:55
> 短足おじさん
豊川稲荷もそうでしたか。
実は談山神社は、十三重塔があってお寺のようなのに、いつから神社になったのかと調べていたらこんな記事見つかりました。昔ながらの寺院や付設の神社が変質させられたのですね。大神神社や岩清水八幡宮などもそのようです。
明治政府恐るべしですね。
2018/11/19(月) 午前 8:59
この記事、面白いですね!
私が唯物論に加担しているのもこんなところにあります。
神仏混淆も廃仏毀釈もその当時の権力者が都合よいような思想政策の押し売りでした。
神仏混淆の時もそれなりの社会情勢があり、権力者が推進したのでしょう。
薩長藩閥政治が行った良いことは廃藩置県ですよに。
でも中央集権的にこれが加速していってしまいました。
MacArthurがやった良いことは農地解放と憲法です。
警察予備隊(➙自衛隊)・新憲法も彼が作ったものだと私は思っています。
押しつけ憲法というなら、農地解放も自衛隊も廃止すべきだと思うのですが…。
2018/11/19(月) 午後 0:44 [ Bohken-Dankichi ]
民衆の純粋な祈りが込められた貴重な仏像が「廃仏毀釈」で捨てられたのは当時の権力者の思想政策だったというのがよく判りましたよ!
権力者の勝手な思い込みで民衆を誤魔化すやり方は続いているのです
2018/11/19(月) 午後 3:45 [ 老女のつぶやき ]
> hitomiさん
神社のこと調べているうちに拾った記事です。
なるほど・・、長州の明治政府は信仰まで神社で統制、押し付け、政治利用・・つくづく恐ろしい政府だったのですね。驚きました。
2018/11/19(月) 午後 10:45
> 在尾張さん
転載ありがとうございました。
国家神道を掲げている神社は用心した方が良いですね。
結局、国家神道と皇室を一体化させ、ナショナリズムを煽ってきたのですよね。だからまた日本会議、実は国家神道の神社が結託して戦前のように自民右翼を支えているという状況なのでしょうね。
神社の規格化もたとえてみればそういうことですね。
個性のない同じような神社があちこちにできたのでしょう。それにしても国民の信仰心まで利用とは、恐ろしいですね。
2018/11/19(月) 午後 11:14
> han**hi_aiさん
ご訪問と転載ありがとうございました。
いつも記事、拝見して勉強させていただいてます。
2018/11/19(月) 午後 11:15
> mokeihikiさん
河内風土記の内容を横取りですか。
それは酷いことを…
史実を都合よく改ざんしたり、横取りしたり…というやり方、日本は昔からやってきたようです。
友人が日本書紀も大和朝廷は九州王朝の歴史をぬすんだと言っています。明治維新政府のやり方も同じようですね。
やり方が汚いです。
転載もありがとうございました
2018/11/19(月) 午後 11:25
> SUMさん
まさしく神社を政治利用、神をも恐れぬやり方ですね。
長州閥の強引さ、姑息さは今もアレによって続いています。打倒長州ですね。
2018/11/19(月) 午後 11:31
できごと・つぶやきさん
本当に明治テロという名がぴったりですね。
生き残りがまた復活して徒党を組み日本を汚染しています。日本会議の連中を一網打尽にできるといいのですが…
2018/11/19(月) 午後 11:43
> shalomさん
とてもわかりやすい解説と的確なコメントをいただき、ありがとうございます。
要するに国民を支配しやすくするために神社を作り変えて、天皇制と結びつけ、国家神道の下で天皇=神として天皇にために戦え死ねと強制したのですね。
それを「神道は二千年の長きにわたって続いてきた宗教」と言う大「ウソ」。
今の政権は歴史も改ざん、議事録も公文書も改ざん、嘘ばかりです。そして、また同じように軍国主義国家にしようと目論んでいますね。国家神道=日本会議の人達気をつけなければいけませんね。
コメント消えてしまって、再度書き直しました。
2018/11/20(火) 午前 0:05
> Bohken-Dankichiさん
談山神社がいつから神社に?という貴方様のコメントで調べているうちに拾った記事です。おかげで明治政府が庶民の信仰を神社にむけさせ、皇室と神社を結びつけることで政治利用していたことがよくわかりました。感謝です。
日本神道と日本会議はその名残が復活したのでしょうね。
2018/11/20(火) 午前 8:54
> Bohken-Dankichiさん
遅くなりました。
「神仏混淆も廃仏毀釈も権力者が都合よいような思想政策の押し売り」ですね。
そして、江戸時代まで天皇は神だという信仰はなかったはずなのに、この神社と天皇を結びつけた信仰強制で見事に「天皇のために死ぬ国民」を作り上げたこと、恐ろしいと思います。
せっかく民主的な平和憲法ができたのに、警察予備隊ができておかしくなりましたね。
憲法9条に関しては、幣原首相の考えをマッカーサーが承認したということです。日本国憲法の制定プロセスの書庫にそんな記事が入っています。
A級戦犯を復活させたことが致命傷ですね。まさかこんな世の中になるとは5年前はまだ想像していませんでした。
2018/11/20(火) 午後 8:55
> 老女のつぶやきさん
民衆の純粋な祈りが込められた貴重な仏像は日本全国たくさんあったと思います。勝手な権力者による思想政策「廃仏毀釈」で捨てられた仏像達、文化破壊です。
権力者が勝手に民衆を誤魔化し、文化破壊しているのは今も続いています。大阪も維新の政治家にめちゃくちゃにされました。悔しいです。
2018/11/20(火) 午後 9:01