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安冨さんの本は「誰が星の王子様を殺したのか」に続き2冊目です。

これも納得の本です、

「お偉い」教授の欺瞞に満ち、一般人を小ばかにする態度、物言い

「プルトニウムを水と一緒に飲んでもすぐ体内から排出される」

こういうことがどうしていえるのか。

この本読んでわかりました。

原発事故ばかりではなく、今の日本に蔓延している現象です。

このままでは日本人は滅びるでしょう。


メモも取らず、本を返却してしまいました。
次は「満州暴走隠された構造」を読みます。

安冨さんもチェルノブイリの事故でで日本の原発事故を心配してはいたが、
やり過ごしてしまった反省から書かれたのではないでしょうか。



<img src="https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/S/amazon-avatars-global/default._CR0,0,1024,1024_SX48_.png"/>
Natural Born Runner
2012年4月11日
 平成21年度、文部科学省の科学研究費補助金の総額は527億円。原子力関係経費の総額は4557億円。

 つまり、原子力というたった一つの狭い分野に、科学全学問分野の研究費の9倍近い国費が流れ込んでいる。そんな金と権力にまみれた世界で、長年、正気を維持し、危険性を訴え続けた驚くべき学者として、武谷三男さん、高木仁三郎さん、小出裕章さんの3人が、この本にとりあげられ、その姿勢を称えられている。

 3人の中でただ一人ご存命の小出先生が、「私の気持ちを正確にお書きくださり、ありがとうございます。この本の書かれた根拠・意義に賛同します」というメッセージが帯に添えられている。

 フクシマ原発の事故が発生して一年以上の時が流れた。これまでに政府の原発関連機関で中心的に関わった東大の学者で責任を取ったものはいない。それどころか、そもそも自分たちに責任があると微塵も思っていないことは、事故後のインタビューその他の映像で見てきた通り。これらの人種に対して、開いた口が塞がらないと思っていたのは外部のみではなく、東大内部にもいた。

 この本の著者は、現役の東大教授の安富歩さん。彼の分析によると、「徹底的に不誠実で自己中心的でありながら、抜群のバランス感覚で、人々の好印象を維持し、高速事務処理能力で不誠実さを隠蔽する」のが東大に蔓延する「東大文化」であり、東大原子力の使うごまかしのロジックを「東大話法」として、いくつかの項目を「東大話法規則」として上げて、詳細に糾弾している。

 規則の一つ。東大の人が得意とするのは、ある問題について書かれたものを大量に読み、それをいくつかのグループに分けて他人の意見を整理して、自分は、問題の外側に立って「冷静に観察している」という「客観性重視」のポーズをとった論文を書くこと。

 ところが、こういう手際よく大量に生産されている正当的とされる学術論文は、どれもつまらない。なぜなら、「客観性」を志向するフリをしながら、結局のところ事態を「傍観」する事になっている創造性ゼロの論文だからだと著者は語る。

 問題は、つまらないという事では済まない。なぜならこれが「学術的」で「客観的」な方法という事になるとつまらないものを書ける「傍観者」こそが「専門家」であって、それができないものは「素人」という論理となり、たとえば、小出裕章さんのような正当な学問的視点を壊滅的に破壊する暴力となる。

 著者は、社会的「立場」と「役」を果たすことで消耗しきっている現代日本人の原発に対するおどろくほど無関心な態度は、実は、戦前の日本人と戦争の関係に非常に良く似ていると云う。今こそ日本人は「魂の脱植民地化」について真剣に取り組む事が必要だという。

 今回の原発事故のあと、原子力関係の「専門家」や「官僚」の言う事が信頼し得ないという事に気づいたのは、まぎれもなく正しい判断だ。しかし、それが、科学技術全体、権力機構全体への不信へとつながっていることこそが、今回の原発事故の最悪の結果。
特に、原発に反対する日本人の多くが、何も信じられない不条理の海に投げ込まれた結果、欺瞞と筋の通った話の見分けさえもつかなくなり、オカルトや陰謀論のたぐいを受け入れる非常に危険な事態が進行している、と著者は言う。

 まさに不誠実の引き起こした負の連鎖。


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続編はまだ読んでいません。

転載元転載元: 猫と薔薇、演劇、旅ファン

靖国神社の本質と戦前回帰志向者たちの意図

 15日付の記事「A級戦犯合祀 「靖国参拝できる状況でない」 上皇さま元側近 +」で、昭和天皇と平成天皇がA級戦犯合祀後は靖国神社を参拝されなくなったことを報じました。
 LITERAが、靖国神社の宮司が平成天皇の参拝を要請した背景を含め、靖国神社の設立の経緯と現在の安倍首相を中心とする戦前回帰志向者たちがなぜ天皇の靖国参拝を熱望しているのか、その意図を明らかにする記事を出しました.。その真意はおぞましいというしかないものです。
  (関係記事)
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靖国神社が天皇に参拝を要請する前代未聞の傲慢行動! 
天皇批判の宮司が主導か、背後に安倍首相ら極右勢力
LITERA 2019.08.15
 終戦から74年  。安倍政権下の日本では、先の戦争への反省の声は年を追うごとに少なくなり、むしろ、先の戦争を肯定するような声ばかりが大きくなっている。そして終戦記念日のきょう、安倍首相の側近である萩生田光一・幹事長代行や稲田朋美・総裁特別補佐、小泉進次郎議員をはじめとする多くの国会議員が“軍国主義の象徴”である靖国神社を参拝した。
 そんななか、唖然とするような事実が判明した。昨年9月、靖国神社が、当時の明仁天皇(現・上皇)に対して、参拝を求める「行幸請願」をおこなっていたというのだ。
 靖国神社は今年、神社創立150年を迎える。創立50年の1919年には大正天皇、創立100年の1969年には昭和天皇が参拝していたとして、宮内庁掌典職を通じ、明仁天皇に参拝を求めたようだ。
 靖国側から直接、天皇に参拝要請するというのは前代未聞だが、報道によれば、宮内庁はこの要求を断ったという。
「掌典職は宮内庁長官や侍従職への取り次ぎ自体を拒否したと報道されていますが、実際は、宮内庁上層部に報告されていると考えて間違いない。その結果、宮内庁としてこの要請を拒否したということです」(宮内庁担当記者)
 当然だろう。そもそも、明仁天皇は在位中、靖国神社を一度も参拝していないのだ。いや、明仁天皇以前に、昭和天皇も1975年の参拝を最後に、一切靖国を参拝していない。
 周知のように、この背景にあるのは、1978年、靖国神社がA級戦犯合祀を強行し、昭和天皇がそのことに強い不快感をもったことだった。
 そのことは、日本経済新聞が2006年7月20日付朝刊で報じた、元宮内庁長官・富田朝彦氏が遺したメモ、通称「富田メモ」にはっきりと残されている。富田メモの、合祀を強行した松平永芳宮司(第6代)に対して、昭和天皇が抱いていた怒りの言葉が記されていたのだ。
〈私は 或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが、筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は 平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ〉
 
 この富田メモは宮内庁が作成した『昭和天皇実録』にも明記されており、公的にオーソライズされた発言だ。そして、この昭和天皇の意思を継いで、明仁天皇も一貫して靖国参拝を拒否してきた。宮内庁が靖国の参拝要求に応じないのは当然だろう。
 しかし、問題は靖国神社の行動だ。事実上“天皇の神社”としてつくられ、天皇主義者の巣窟である靖国が、天皇の意思に背いたまま、天皇に対して一方的に参拝を要求するとは……。連中が回帰しようとしている戦前の時代なら、それこそが“不敬”行為ではないか。いったいどういう神経をしているのか。
 だが、靖国神社が一時、なりふりかまわず天皇参拝を実現するために、血道をあげていたのは事実だ。
 
 象徴的なのが、昨年6月、当時の宮司である小堀邦夫氏の口から飛び出した天皇批判だ。
 2018年6月、靖国神社の社務所会議室でおこなわれた「第1回教学研究委員会定例会議」で、小堀宮司がこんな発言をしたのだ。
「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう?」 
はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか?」
 さらに、天皇が靖国を参拝しない現状について、こう危機感を煽っていた。
「(天皇陛下が)御在位中に一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女(当時の雅子皇太子妃)は神社神道大嫌いだよ。来るか?」
「皇太子さまはそれに輪をかけてきますよ。 どういうふうになるのか僕も予測できない。少なくとも温かくなることはない。靖国さんに対して」
 
天皇批判で辞任した小堀宮司が進めていた「天皇参拝計画」
 結局、小堀宮司は、この神職とは思えない口汚い天皇批判発言を「週刊ポスト」(小学館)にスクープされ、宮司辞職に追い込まれたが、しかし、当時の靖国神社はこの小堀宮司を先頭に、様々なチャンネルを使って、天皇の靖国参拝を働きかけていた
 今回、明らかになった宮内庁掌典職への参拝要求も、小堀宮司時代の昨年9月におこなわれたものだ。
 また、小堀宮司は辞任後、「文藝春秋」2018年12月号月号に手記を寄せたが、そのなかでこんな計画を進めていたことを告白している。
〈遊就館の展示の内容を全面的にリニューアルし、博物館並みの施設に改め、その記念式典に陛下をお招きする。そして遊就館にお越しになった“ついで”として靖国神社に足を延ばしていただく〉
 「ついで」とはよく言ったものだが、ようするに靖国神社にとって、天皇の意思なんてどうでもよく、かたちだけ「天皇の靖国参拝」を実現し、それを自分たちの存在誇示に利用できれば、それでよかったのである。
 
 なんともとグロテスクなご都合主義だが、しかし、これこそが靖国神社の本質でもある。靖国はもともと伝統などとはかけ離れた存在であり、政治目的のためだけにご都合主義的につくられた施設なのだ。
 たとえば、靖国神社に「英霊」が祀られているなどと言うが、この「英霊」というのは、戦前の大日本帝国の都合から選ばれた戦没者だけであり、たとえば数十万人にも及ぶ空襲や原爆の死者などの戦没者は一切祀られていない
 靖国を正当化する右派政治家たちは「世界平和を祈念する宗教施設でもある」などという建前を口にするが、実際には、靖国神社を参拝するということは、先の大戦に対する反省や、多くの国民を犠牲にした贖罪を伴った行為とは真逆なのである。
 遡れば、もっと根本的な矛盾も浮かび上がる。そもそも靖国の起源は、戊辰戦争などでの戦没者を弔うために建立された「東京招魂社」だが、このときに合祀されたのは「官軍」側の戦死者だけであり、明治新政府らと対峙し「賊軍」とされた者たちは一切祀られていないのだ。
 
 つまり、靖国は明らかに明治政府を神聖化し、大日本帝国政府のために死んだ戦士を祀っている施設に過ぎない。しかも、この性格はいまもしっかり生きている。
 小堀前宮司の前任者である徳川康久元宮司は、2018年2月末、5年以上もの任期を残し異例の退任をした。表向きは「一身上の都合」だが、“賊軍合祀”に前向きな発言をしたことが原因というのが衆目の一致するところだ。徳川前宮司は徳川家の末裔で、いわば「賊軍」側の人間として合祀を実現しようと動いていた。ところが、靖国神社の元禰宜で、神道政治連盟の事務局長などを歴任した宮澤佳廣氏らが徳川氏のこの動きを名指しで批判、結果、靖国の宮司を追われたのである。
 そして、後任に送り込まれたのが、靖国参拝を拒否する天皇を批判した小堀氏だったというわけだ。
 
天皇批判の小堀宮司を推挙したのは安倍首相の最大のブレーンだった
 そういう意味で、小堀氏が靖国宮司に就任し、天皇の靖国参拝実現に血道をあげたのは偶然ではない。複数の神社関係者によると、小堀氏を靖国宮司に直接推したのはJR東海の葛西敬之・名誉会長だったという。
 葛西氏といえば、安倍首相の最大の後ろ盾と言われる財界の実力者で、ゴリゴリの改憲右派として知られている。
 つまり、小堀氏は安倍政権を支える戦前回帰右派の総意として、宮司に就任し、動いていたのではないか。先の戦争を完全に肯定し、靖国神社をたんなる慰霊施設でなく“国家のために命を捧げる国民”を生み出す装置として再構築したいという勢力の意を受けて、天皇の靖国参拝を実現しようと奔走したのではないか。
 
 安倍首相は、2014年には、A級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に自民党総裁名で哀悼メッセージを送ったこともある。連合国による裁判を「報復」と位置づけ、処刑された全員を「昭和殉難者」として慰霊する法要で、安倍首相は戦犯たちを「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と賞賛したという。
 こうしたことを考えると、安倍首相をはじめとする戦前回帰派はA級戦犯を合祀した靖国神社にこそ、明仁天皇に参拝させ、A級戦犯の完全復権をオーソライズさせることまで考えていた可能性もある。
 吐き気を催すようなグロテスクな動きだが、しかし、連中はこれからも天皇靖国参拝実現を決して諦めることはないだろう。
 実際、安倍政権の周辺にいる応援団、極右文化人たちの天皇の靖国参拝への妄執は、前述した昭和天皇の靖国批判が記された富田メモが発見された際の対応を見れば明らかだ。
 たとえば、ジャーナリストの櫻井よしこ氏は、富田メモを否定するためにデマまで振りまいた。
「週刊新潮」(新潮社)の連載で〈そもそも富田メモはどれだけ信頼出来るのか〉(2006年8月3日号)とその資料価値を疑い、さらにその翌週には、3枚目のメモの冒頭に「63・4・28」「☆Pressの会見」とあることを指摘、〈4月28日、昭和天皇は会見されていない〉〈富田氏が書きとめた言葉の主が、万が一、昭和天皇ではない別人だったとすれば、日経の報道は世紀の誤報になる。日経の社運にも関わる深刻なことだ〉(2006年8月10日号)と騒ぎ立てたのだ。
 しかし、実際には「63・4・28」というのは富田氏が昭和天皇と会った日付であって、「Pressの会見」はそのときに昭和天皇が4月25日の会見について語ったという意味だ。ようするに、櫻井氏は資料の基本的な読解すらかなぐり捨てて、富田メモを「世紀の誤報」扱いしていたわけである。
 
櫻井よしこら日本会議周辺の極右人脈が妄執する天皇の靖国参拝
 櫻井氏だけではない。百地章氏、高橋史朗氏、大原康男氏、江崎道朗氏ら日本会議周辺は、自分たちの天皇利用を棚上げして「富田メモは天皇の政治利用だ!」と大合唱。埼玉大学名誉教授の長谷川三千子氏は〈これ自体は、大袈裟に騒ぎたてるべき問題では全くありません〉〈ただ単純に、富田某なる元宮内庁長官の不用意、不見識を示す出来事であって、それ以上でもそれ以下でもない〉(「Voice」2006 年9月号/PHP研究所)、東京大学名誉教授の小堀桂一郎氏は〈無視して早く世の忘却に委ねる方がよい〉(「正論」2006年10月号/産経新聞社)などとのたまった。
 
 また、麗澤大学教授の八木秀次氏も、富田メモについて〈この種のものは墓場までもっていくものであり、世に出るものではなかったのではあるまいか〉とくさしながら、〈首相は戦没者に対する感謝・顕彰・追悼・慰霊を行うべく参拝すべきであり、今上天皇にもご親拝をお願いしたい〉(「Voice」2006年9月号)などと逆に天皇に靖国参拝を「要請」する傲慢さを見せつけた。
 
 ようするに、普段、天皇主義者の面をして復古的なタカ派言論を口にしているこうした連中は、実のところ、天皇の意思などどうでもよく、ひたすら自分たちの志向する戦前回帰実現のために、天皇を利用したいだけなのである。そして、その邪魔になるとなれば、天皇の発言ですら平気で亡き者にしてしまう。
 これは、当の靖国神社も同様だ。靖国には小堀宮司が辞任したいまも、国家神道復活の極右思想に染まった神職たちが多数生息している。実際、小堀宮司の天皇批判が大きな問題になったとき、「靖国神社職員有志の主張」と名乗るウェブサイトがこんな宣言をした。
〈「戦犯分祀」だとか「戦没者の冥福を祈る」だとか「先の大戦は間違っていた」などという思想は、仮にそれが陛下のご意向だとしても、従うつもりはありません。
 これを曲げたら靖国神社が靖国神社でなくなってしまうではありませんか。〉(同サイト「小堀邦夫新宮司の考えについて職員有志よりコメント」より)
 
 おそらく、こうした連中がこれからも、ことあるごとに、天皇の靖国参拝に向けて圧力をかけ続けるだろう。そして、当の安倍政権もチャンスがあれば、徳仁天皇に靖国参拝させるべく動くはずだ。
「明仁天皇は平和への思いが強かったため、安倍政権の戦前回帰の動きには一切与せず、抵抗してきた。しかし、いまの徳仁天皇は波風を立てるのが苦手な性格の上、即位前から、安倍首相がしきりに取り込みを図っていますからね。もしかしたら、安倍首相の在任中に押し切られ、靖国参拝なんていうことがないとも限らない」(ベテラン皇室ジャーナリスト)
 もし徳仁天皇が靖国に参拝したら、それこそこの国の歴史は完全に転倒して、歴史修正主義に飲み込まれてしまうかもしれない。(編集部)

「慰安婦はデマ」こそデマだ 日本軍関与、強制連行…この証拠を見よ

 15日付の記事「日本軍がベトナムに「慰安所」設置 仏軍の公式資料に明記」でも明らかですが、戦時中に慰安婦の強制連行が行われ、彼女たちが地獄の苦しみを味わったことは疑う余地がありません。
 それを一報を報じた朝日新聞自体が誤報と謝罪しているわけだから慰安婦問題は完全なデマ松井一郎 阪市長・維新の会代表などと否定するのは、余りにも単純で幼稚すぎます。
 なるほど14年に朝日新聞は自らが報じた慰安婦狩り』に関する吉田清治証言」が虚偽であったことを認め謝罪しましが、それはたまたま彼の証言が虚偽であったということで、そのことをもって他の人たちの証言や証拠が全て虚偽であることにはなりません。
 
 LITERAが「 〜 『慰安婦はデマ』こそデマだ 〜 」とする記事を出しました。
 そこには地獄に落とされた慰安婦たちの余りにも悲痛な証言がいくつも出てきますが、もしもそうした証言に接してもそこに「真実性」を感得することができないというのであれば、その人は人間としての資質に大いに問題があるのではないでしょうか。
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終戦記記念日にあらためて言いたい 「慰安婦はデマ」こそデマだ 
日本軍関与、強制連行…歴史修正主義者たちはこの証拠を見よ
LITERA 2019.08.15 08:56.
 74年目の終戦記念日を迎えた今日、やはり、取り上げておくべきは日本軍「慰安婦」問題だろう。第二次安倍政権の誕生とともに、右派政治家やネット右翼による歴史修正主義は一気に勢いづき、「反日バッシング」の大号令のもとで大日本帝国賛美への傾きを増している。その象徴が、戦中の日本軍による「慰安婦」問題だからだ。
「平和の少女像」が展示された「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」は、脅迫や政治家の圧力によって中止に追い込まれたが、ネトウヨだけでなく、いまや政治家たちもが剥き出しの歴史修正発言を平然と繰り出しており、かたや、それを批判・検証する動きは鈍い
 
「慰安婦問題は完全なデマなんだから。軍が関与した強制連行はなかったわけだから。それは一報を報じた朝日新聞自体が誤報と謝罪しているわけだから」「事実ではないデマの象徴の慰安婦像は行政が主催する展示会で展示するべきものではない」(松井一郎・大阪市長)
「名古屋市と愛知県は認めたのかと、国の補助金も入っているような(芸術祭で)国も韓国の主張を認めたのかと。やっぱり従軍慰安婦ってあったのかと、そういうふうに見られるじゃないかと」(河村たかし・名古屋市長)
 
 言っておくが、「慰安婦はデマ」「慰安婦はなかった」という発言こそ、はっきりとしたデマだ。そもそも、2014年に朝日新聞が訂正・謝罪したのは「慰安婦狩り」を創作した吉田清治証言にかんするもののみ。戦中の日本軍がアジア各地に慰安所をつくり、女性たちを「慰安婦」にして、兵士の性暴力の相手にしたのは事実である。
 まず、軍が慰安所づくりに主体的に携わったことを示す公的文書や元日本軍人の証言はいくらでもある。先日の記事(https://lite-ra.com/2019/08/post-4885.html)でも触れたが、たとえば、海軍出身の中曽根康弘・元首相は回想のなかで、インドネシアで「苦心して、慰安所をつくってやった」ことを自慢話として書いている。陸軍出身の鹿内信隆・元産経新聞社長はある対談で、「調弁する女の耐久度とか消耗度」などを含む慰安所の設置方法を経理学校で教わったと語っている。これらの証言は防衛省などが保持する当時の軍の史料でも裏付けされており、つまり、慰安所と「慰安婦」が軍主導であった事実を示している。
 アジアへの侵略戦争のなか、日本軍は戦地または占領地に軍直営や軍専用の慰安所をつくり、あるいは民間の売春宿を指定するかたちで慰安所にした。たとえば、防衛省の防衛研究所が所蔵する史料「常州駐屯間内務規定」(1938年3月16日、独立攻城重砲兵第二大隊が作成)では、中国現地の〈慰安所使用規定〉として部隊ごとに使用する曜日が決められていたほか、〈使用時間ハ一人一時間ヲ限度トス〉とあり〈支那人 一円○○銭〉〈半島人 一円五十銭〉〈内地人 二円○○銭〉とされている。軍が慰安所をつくり、朝鮮や現地の女性を「慰安婦」にしていたのは客観的にも議論の余地がないのだ。
 
 そこで、歴史修正主義者たちは「軍が関与した強制連行を示す証拠はない」などと言って「慰安婦問題はデマだ」と嘯(うそぶ)くわけだが、しかし、これも問題を矮小化する典型的手口としか言いようがない。
 だいたい、歴史修正主義者たちは「軍がトラックで村に乗り込んできて、娘たちを連れ去って慰安婦にした」というようなケースだけを「強制連行」とするが、「強制」とはそもそも「本人の意思に反して無理矢理行わせること」だ。
 朝鮮人元慰安婦の証言で多いのは、「工場で働かせる」「稼げる仕事がある」などと甘言を弄して「慰安婦」にすることを隠し、騙して慰安所へ連行するケースだ。軍が直接的に連行せず業者を使っていても、元締めの業者は軍が選定し、慰安所では軍人の相手を強制されたのだから、当然、軍の責任は免れない。
 
「いい仕事がある」と騙され貨車に詰め込まれ日本憲兵から「逃げようとしたら殺すぞ」と
 たとえば、朝鮮人元「慰安婦」の朴永心さんは1939年、17歳のとき、騙されて南京の慰安所へ連れていかれた。当時務めていた洋品店に、腰にサーベルをつけた日本人の巡査がやってきて、「お金が稼げるいい仕事がある」と誘われ、どういった仕事かはわからなかったが親孝行になると思い、ついていったという。
〈巡査は、私たちを憲兵に引き渡すとそそくさと姿を消してしまいました。私たちは屋根のついた貨車(有蓋貨車)に詰め込まれました。真夏だというのに貨車には窓がなく、風が通らないので中は蒸し風呂のような暑さでした。ブラウスが汗で肌にべったり張りついていたのを覚えています。
 一緒に乗り込んできた憲兵は「逃げようとしたら殺すぞ」と私たちを脅し、娘たちが互いに話すことも禁じました。トイレに行きたくても外に出してもらえず、我慢ができなくなると恥ずかしいなんて言ってられない。貨車の中で用を足さねばなりませんでした。本当につらかった。
 私たちは黙ったまま、暗い貨車の中で身を寄せ合って座っていました。「帰りたい」と泣き叫んでも殴られるだけで、どうすることもできなかったのです。「だまされた」と気がついたときにはすでに手遅れでした。〉【脚注1】
 
 明らかにそこには日本の官憲の「関与」があり、女性たちは「慰安婦」になることを「強制」されていたわけだが、さらに、東南アジアでは直接的に日本軍によって連行されたという証言も多い
〈1943年のある夜、日本兵がやってきて、家々から若い女性を引きずり出しました。私は腕から乳飲み子をもぎとられ、むりやりトラックに押し込まれ、トンロックホテルで降ろされました。そこは陸軍専用の慰安所でした。〉(ロザリン・ソウさん/マレーシア・ペナン島生まれ)【脚注2】
〈日本軍の占領下、オランダ人は抑留所に入れられました。1944年2月、抑留所に日本軍の将校がきて、若い女性を広場に整列させ、「慰安婦」にする女性を選びました。私をふくむ16人の娘が「七海亭」に連行されました。私たちは恐怖で身を寄せあって祈りましたが、ひとり、またひとりと寝室に連れていかれました。私は日本刀をつきつけられて強かんされました。私はこの最初の夜を決して忘れません。翌日からは日本兵が列をつくってやってきました。2カ月後、慰安所は突然閉鎖され、私たちはボゴールの抑留所に移されました。日本兵は「慰安所のことを話したら、家族ともども殺す」と脅しました。私は沈黙するしかなく、周囲から「日本の売春婦」とよばれて、つらい思いをしました。〉(ジャン・ラフ=オハーンさん/オランダ領ジャワ島生まれ)【脚注2】
 安倍首相は第一次政権時に「言わば、官憲が家に押し入っていって人を人さらいのごとく連れていくという、そういう強制性はなかった」(2007年3月5日参院予算委員会)と答弁したが、これは真っ赤な嘘なのである。
 
日本軍によって両親を虐殺され、慰安婦にされたフィリピン女性
 目の前で日本軍によって肉親を虐殺され、「慰安婦」にさせられたケースさえある。フィリピン人元「慰安婦」のルフィーナ・フェルナンデスさんの証言だ。1942年に日本軍がフィリピンを占領したとき、フェルナンデスさんは14歳だった。場所を移しながら避難生活を送るなか、マニラ郊外の家に日本軍が入ってきた。
 
〈この家に戻るとすぐ私たちの家に日本軍が入り込んできました。彼らは私の父を当時強かった反日ゲリラの容疑者ということで、逮捕しようとしていました。父は前から山に行ったり、マニラに行ったりしていて、反日運動など何ひとつ行っていません。そのことを日本軍の兵士に言いました。しかし、兵士はいっこうに耳をかそうとせず、父を殴りつけました。そして、私は避難生活の間に一五才になっていましたけれど、私を見つけて日本軍の兵士が連れて行こうとしました。それをみた父が逆上して、私を連れ戻そうと日本軍の兵士に抵抗した時に、父は私の見ている前で日本軍の兵士になぐり殺されました。そして次は母の番でした。母も私をかばおうと日本兵の前に立ちはだかると、兵士が何度も何度も母のおなかを殴りつけ、母はそのまま死んでしまいました。兄弟は私の目の前で殴られ続けました。私は止めようとしましたが、私も頭をひどく殴られ意識を失った状態で車の中に連れて行かれました。遠ざかる意識の中で泣き叫ぶ兄弟の声が聞こえなくなりました。おそらく彼らも殺されたのだとその時思いました。
 私の家族はこうしてすべて殺されました。これは私にとって、とてもつらい信じられない出来事でした。そのことだけでも私は五〇年間日本人と日本軍に対する怒りで苦しみ続けてきました。〉【脚注3】
 
 そして、慰安所での女性たちの境遇は「凄惨」や「壮絶」という言葉ではとても言い表せないほどのものだった。数々の証言からは、虐待や暴行は日常茶飯事であり、まさに兵士たちが女性を「モノ」扱いしていたことが伺える。
 
日本兵から「皇軍のため」「一〇〇人でも二〇〇人でも入ってくるだけ奉仕をしろ」と
 たとえば、朝鮮人元「慰安婦」の李桂月さんはこう証言している。15歳になった年に、村の区長に「仕事を斡旋するから、いい所に行こう」と言われ向かった先で日本の軍人に引き渡され、ハルピン近くの慰安所に連れて行かれた。
〈日本軍は「慰安婦」たちが言うことを聞かないとひどく殴りました。ある日、私は部屋に入ってきた将校に「体の調子が悪い」と言って相手をすることを拒絶したのですが、将校は「皇軍の言うことが聞けないのか」とどなり、連続びんたを食らわせました。あまりの痛さに目がくらみ、あごががくがくしました。将校は私を押し倒して腹や胸を蹴り、しまいには軍刀のさやで額を殴りました。私のあばら骨は折れ、額からは血が流れ、とうとう私は完全に気を失ってしまいました。〉
 
〈また、ある日、「タナカ」が部屋に入って来たときに私が横になったまま起き上がらないので靴で触り、「死んでない」と言いながらたばこに火をつけて私の腹に押し付けました。私の体が熱さと痛さでひくひくとするのを見て、「タナカ」は「おもしろい」と言い、たばこを取り替えながら更にあちこちにたばこの火を押し付けたのです。たばこを押し付けられてやけどをしたところは水ぶくれになり、化膿してしまいました。〉
 
〈日本兵は「皇軍のために頑張れ」と言い、「一〇〇人でも二〇〇人でも入ってくるだけ奉仕をしろ」と命令しました。それで、日曜日にはご飯を食べる時間も、便所に行く時間もなく「奉仕」させられました。一日中数十人もの日本兵に犯されると、指を動かす力もなくなり、失神するほどでした。一緒に連行されて来たヨンジャとイ・プニは、日本兵の暴行で殺されました。ヨンジャは病気になって腹が膨れ上がりましたが、日本兵はにんしんしている女は不必要だと言って軍刀で彼女のお腹を切り裂きました。しかし、胎児はおらず、水みたいなものがあふれ出ただけでした。ヨンジャは腹水の病気だったと思います。〉【脚注1】
 
 彼女たちは騙されたり、暴力によって無理矢理に「慰安婦」にさせられただけではない。慰安所では、兵士の性暴力の相手を拒めず、居住も強制され、監視によって外出や逃亡もできなかったという証言がほとんどだ。また当時の日本は、女性や児童の売買を禁じる国際条約や、満21歳未満の女性を国外へ連れて行くことを禁じる国際条約に加入しており、これらにも違反していた。なにより、戦争遂行のために女性の自由を奪い、強制的に男性の性暴力に晒すのは、深刻な人権侵害にほかならない。
 
 冒頭に述べたように、敗戦から74年を迎えるこの国では、「慰安婦」の存在を否定するデマが勢いづいている。女性の人権を擁護し、被害と惨禍を繰り返すまいと決意することが「反日」などと呼ばれ、バッシングや脅迫の対象となってしまう社会。そうした歪んだ状況を正さない以上、同じことが繰り返されないという保証はない。そのことを決して忘れないでほしい。(編集部)
 
■引用元と主な参考文献
【1】アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」編/西野瑠美子、金富子責任編集『証言 未来への記憶 アジア「慰安婦」証言集1』明石書店
【2】アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」編『フィールドワーク 日本軍「慰安婦」』平和文化
【3】アジア・フォーラム編『元『慰安婦』の証言──五〇年の沈黙をやぶって』皓星社
【他参考】日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会編/吉見義明、西野瑠美子、林博史、金富子責任編集『Q&A「慰安婦」・強制・性奴隷』御茶の水書房

癒しの猫たち

 連日続いた猛暑の期間も台風襲来もなんのその一日一万歩を欠かさなかった気まぐれ(?)者です。
 健康維持はともかくとして歩く楽しみがあるからで、まずは第一に瞑想歩行でいい川柳に出会えることがあるということ、コースに住み着いている町猫たちに会えるということ、人間の生活が見えて面白いこと、自然に触れあえること、…数えたらきりがない楽しみに誘われてでのことである。

 数ある楽しみの一つである町猫との出会いは、写真に収めてこれまでも「写真でSENRYU」などに出品して採用をいただいている。
 そんなこともあって私のPCの中には膨大な街ネコの写真が収められている。
 今回はそのうちの何枚かを載せますので、皆様も癒されてみてください。

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 下のような猫も撮ってくるんですよ。

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 これも猫かな?

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 おしまい!




転載元転載元: ■川柳&ウォーキング・ライフ■

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元警察官桜井さんの残した戦争体験

「国家権力により誤った考えのもと多くの国民が悲惨な一生を送っていったのです。仕方ないことと簡単にかたずけないで熟慮して見てくださることを念じます」

アジアの盟主になるとほかのアジアの人々を見下し、「聖戦」の名のもとに
残酷非道な行為を繰り広げた「神国日本」
これほど恥ずかしいことはありません。
又これを繰り返すことに何とも思っていない今の政府、断じて許せません。

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上は今の現実、制空権は米軍に握られ
超低空飛行で住民を狙う


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藤本さんは
「加害の歴史を忘れるわけにはいかない」
後遺症で胃と十二指腸を摘出し、声も枯れた
だが命ある限り証言を続ける。

「日本は戦争で何をしたか
学ばねば過ちは繰り返される。私は学ぶ。鬼から必ず人間に戻って見せる。」


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転載元転載元: 猫と薔薇、演劇、旅ファン


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