この二つの安全対策を
取り外すことなく、
当初のとおり実施していれば、
少なくとも福島第一原発人災事故は、
ここまでの過酷事故に至らなかったことは確実です。
福島の放射能被災者のいくらかの人たちは、
この小泉政権時代に行われた
安全対策と逆行する“自爆対策”を
不可解に思っているのです。
【原口前総務相】福島第一原発の安全装置は小泉政権が撤去していた
この動画の中で、
原口一博氏は、福島第一原発の安全装置の撤去に関しては、
すべて事実を述べています。
この内容は公文書などで確認できました。
初めて原口一博氏が、
福島第一原発の安全装置の撤去について言い出したとき、
「自民党の小泉政権時代に安全装置を取り外したというのは原口のデマ」である、と言い出して、
必死に自民党の愚行を否定していたブロガーたちがいます。
彼らの言うことこそ、大嘘でした。
小泉純一郎を擁護する得体の知れない連中は今でもいます。
原口一博氏が引用している、福島第一原発3号機の
冷却システムを設計した元国立佐賀大学学長の上原春男氏の証言は、
こちらの記事で扱っています。
また、原口氏の指摘する「安全装置の一部の撤去」については、
原子力安全委員会の速記録に明記されています。
(下の公式文書の抜粋部分)
第10回原子力安全委員会速記録(2003年2月17日定例会議記録)
(原子力規制委員会のホームページより)
(上から四分の一のところ)
申請年月日につきましては、昨年(2002年)の7月5日に申請があったわけでございます。
それから、変更項目につきましては2点ございます。
2号につきまして、冷却材 再循環ポンプの電源装置を、従来機械式でございましたMGセットから、電子装置を用いました静止形に変更するというものが第1点でございまして、もう1点 は、2から6号共通でございますが、残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能を削除するものでございます。
この工事につきましては、一昨年、中部電力の浜岡1号で 余熱除去系の蒸気凝縮系配管が破断するというトラブルがございまして、この対策工事でございます。
既に浜岡1号、東海第二、女川発電所で、それぞれ許可を 受けまして、工事を行っております。
2ページに参りまして、工期につきましては、4ページに一覧で載せてございますが、各プラントの定期検査等に合わせまして工事を行うということでございまして、最も完成がおくれるものとしては4号、5号が平成17年工事を終わるという予定でございます。
変更の工事に要します資金につきましては、2号の電源装置の取替えに2つセットがございまして、両方合わせまして約15億円ということでございます。
それから、蒸気凝縮機能の削除につきましては、5プラント分合わせまして、約10億円ということを考えてございます。資金は自己資金等で調達する予定でござ います。
誤解が生じないように少し補足すると、一般に原子炉が冷却できなくなった事態に対処するための「安全装置」と言っているのは、
・「非常用復水器」(非常用炉心冷却装置ECCS)、
・「蒸気タービン駆動の非常用炉心冷却装置」(隔離時冷却系)、
・「蒸気凝縮系機能冷却システム」
の3つの装置のことです。
福島第一原発では、3つの安全装置のうち、
1号機は「非常用復水器」のみが取り付けられており、
他の2つの安全装置は設置されていませんでした。
2〜6号機については、当初は3つとも装備されていましたが、
勝俣恒久が東電社長に就任して間もない2003年に、
小泉内閣の決定によって「蒸気凝縮系機能」が、
わざわざ10億円をかけて外されたのです。
それだけでなく、
浜岡1号、
東海第二、
女川発電所でも、同様に
残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能が取り外されているのです。
わざわざ取り外す必要などまったくないのに、
10億円以上もかけて撤去している不可解。
自民党は、民主党時代の追及に対して、
ちょっとでも説明しようという気配さえありません。
もう一つは、
当時で310億円の巨費をかけて1982年に完成した
世界最大の大型振動台で、
日本の原子炉で実際に使われている原子炉圧力容器などの
原発用機器を発振台の上に載せて、
地震と同じ震動を人工的に起こして
耐震性テストする研究施設。
(財)原子力発電技術機構 多度津工学試験所。今は存在しない。
耐震性試験は、実際に原子炉で使用されている原発用機器を大型震動台の上に載せて行なうことを前提としていましたが、
ビルの高さほどある原子炉格納容器や、
冷却システムなどは
実機を模擬したものを造って行っていました。(写真下)
これほど確かなこともないはずなのですが、
これも、小泉純一郎が「必要ない」と言い出して、
結局解体させられ、同試験所の建物・敷地ごと、
たった2億7700万円で今治造船に引き渡されたのです。
それが結果として嘘であったことが証明されたわけです。
「非常事態においては、原子炉を冷却できる対策が講じられていなかった」が事実なのです。
これを多度津工学試験所解体を強行した政治家、電力会社、官僚は、「想定外」の一言で片付けてしまったのです。
この事実を後になって知った多くの国民は、
「多度津工学試験所で耐震性の実験をしていれば、
震度6強の地震に
日本の原子炉が耐えられないことを
知らせることができたはずだ」と主張します。
果たして、そうでしょうか?
耐震性試験を繰り返していけば、日本のどの原発も震度6強の地震で破壊されてしまう、という現実を突きつけられ、それを国民に隠しておくことは不可能だろうという心配から、
多度津工学試験所の解体を決定したというのが真相ではないか
と誰でも考えるでしょう。
小泉内閣によって多度津工学試験所の解体が決定されたのは
2003年10月。
同じく、福島第一原発、浜岡1号、東海第二、女川発電所における残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能を削除する工事を行なわれていたのが
2003年。
このように、2003年に矢継ぎ早に決められた
日本の原子炉の安全対策の削除。
原子力ムラの人々は、
きっと小躍りして喜んだことでしょう。
実機による試験をする研究施設がなくなった以上、
耐震信頼性のコンピュータ・シミュレーションを行う際に
使用するプログラムのパラメータをいじくれば、
どんな原子炉でも
「安全性は確保されている」という答えを出してくれるのですから。