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福島の青い空(427)
白洞先生の原発川柳を読む(3)
親と子の絆深める避難先
避難先で頼れるものは一緒に行動している者。
えてして回りには知らない人ばかりで孤立しがち。そんな時は家
族が一番の頼り。これまでぎすぎすした関係があったにしろ、こ
こは一致団結して乗り切らなければならない。
親子関係ならなおさら。
私共のような高齢者になると、年齢的に若い我が子は最大の頼り
手。
当然絆をこれまで以上に深めてやっていかなければならない。
幸い我が子は息子。人一倍頼りになった。物の調達から、ネットでの情
報キャッチ。私でもそれなりにできるが、若い者が手早く若い者特有の
力で推し進める速度や感覚にはかなわない。
ずいぶんと助けられたものである。
時間が経つにしたがって、ある程度の生活の安定感ができ、息子が本
来の自分の仕事に戻るころには、私共夫婦も自分で日常的なことはす
べてこなせるように復活するから、昔のようには全く戻れないにしろ、日
常の生活には心配がなくなる。
そこまでの間の息子の力は大きかった。
とりもなおさず親と子の絆の強さと言うべきだろう。
感謝している。
白洞先生の息子さんは京都に落ち着いてすぐ調理学校に
入った。
先年、京都伏見で日本料理の店「瀬のしろ」を始めた。
なんとそこはブロ友、フルタマンタロウさんの実家のすぐ
そばだというのである。
マンタロウさんは1年ほど仙台に勤務し、すぐ京都に帰ら
れた。当ブログとは仙台以来のお付き合いである。
だから「瀬のしろ」の情報はマンタロウさんの方が詳し
かった。
私は福島で心配してるだけで、地元の人のようにはいかな
い。
一家の柱になって、危機を乗り切って落ち着いたら、今度
は自分の道を切り開いてゆく。そして修業を重ねて、震災
後7年で、自分の店を持つまでになった。
本人の努力もあろうが、周りの後押しがなければこうまで
順調には行かなかったろう。お店の人たちの協力、調理師
界の人たちの協力など、原発避難者に対する温かい思いや
りがあって、こうして一人前になったのだと思っている。
以下は2018年9月11日の福島民報の記事である。
しかしよく考えてみると、数はともかくとして、46都道
府県、日本国中全部である。みんな福島県人を受け入れて
くれたんである。
私はその善意のことを言っている。すごいもんですね。
日本人はいざとなるとこういうことになるわけです。みん
な親戚のような気持ちになるんですかね。福島県人は御厚
意に甘えて、恐縮しながらお世話になってるだけですから
そのこと自体、よく理解しているとは思えない。
私も下の数字を見て初めて現実に行われてきたことなんだ
といまさらながら驚いている。知ってはいた、知ってはい
たが、そういうことに気がつく心の余裕がなかった。
これが本当の気持ち。いい年こいて反省しています。
これが県内の避難だと悲惨なことになる。病院が満杯にな
るとか、ごみの収集車があふれるなどという苦情になって
くる。要するに市町村民税も払わないで、公益を受けてい
るということである。
他県においてはそういう苦情が表立っては出てこない。
自分の生活設計をやり直し、たとえ一から出直しでも、や
り直しは十分にできるチャンスはある。
これが地元だと複雑だ。
大部分の人が気の毒だ、自分たちも一歩間違えればああい
う状況になっていた。などと理解できる人はごく少数であ
る。なんで他県と自県では人々の意識がこうも違うのだろ
う。
ただ、全国のあちこちで、親が子供に間違った原発事故避
難を解説して、悲惨な「いじめ事故」が起きた。自主避難
者も、家賃をただで借りているというだけで学校で子供が
いじめられた。横浜市で150万円をおぐらされた子も自
主避難者家庭の子である。避難者の子供をいじめるなとい
う法律までできてしまった。
自主避難者は税金で生活していると、子供に誤って吹きこ
んだのである。そうでなければ子供が補償金のことなど知
るわけがない。学校の教師もそう思いこんでいた節があ
る。
だから子供たちの中でいじめがはやったわけである。
6年間もほったらかしされて、子供たちはいじめられた。
「いじめ対策法」ができて、避難児童が子供たちからも教
師からもいじめられることが防がれることになった。
2018年9月11日福島民報記事
小説東京ブラックアウトより…・摘記
吹雪は激しいままで「ホワイトアウト」と呼ばれるよう
な、大雪で視界が遮られ、何も見えない状況だった。
崔(チョン)が手なれた様子で鉄塔の基礎の部分にダイナマイ
トを装着し、発破器をつないだ。
そして携帯電話で何者かと話し終えた後、同行している若
者に顎をしゃくってうながした。
「原発」ホワイトアウトの始まりだ。……」
新崎原発で発電された電気は北新崎幹線と南新崎幹線とい
う二系統の50万ボルトの高圧電線でそれぞれ200基の
鉄塔を介して関東電力のエリアに送られていた。
もし送電線に支障をきたし、発電した電気を送りだせな
い、そんな事態に至ればエネルギーが蓄積され、原発自体
を緊急停止したとしても、外部電源か非常用電源かで冷却
し続けない限り、崩壊熱で炉心がメルトダウンする。
新崎原発では午前7時の段階で、原子炉冷却中のバッテ
リー電源の残量はほとんどなくなりかけていた。
そのため、非常用のディーゼル発電機を始動させようと、
現場の当直の作業員が努力していた。前日からの冷え込み
が激しくディーゼル・エンジンがかからない。
作業員はエンジンをかけようと焦る。
「ディーゼル・エンジンがかかりません」
「そんなことあるか、バカ野郎!」
所長代理は外部電源車の出動を命じた。
外部電源車はフクシマの事故の反省から、原子炉のある海
岸線から少し離れた高台の車庫棟の中に格納されていた。
そこに行くには50センチ以上の深い雪に覆われていた。
「車では近づけません!」
「バカ野郎歩いていけ!」
現場の作業員と所長代理の間でこんなやり取りが何度も交
わされた。
「除雪車を呼べ!すぐにだ。」
しかし除雪業者の保有する除雪車はこの吹雪の中、幹線道
路の除雪ですべて出払っていた。
「原子力災害対策特別措置法に基づく15条通報です。原
子力緊急事態です。」
オペレーションルームに報告する。
「ベントの連絡を県庁から周辺市町村にお願いします。」
そう、原子力災害対策本部の事務局長である原子力規制庁
長官が述べた。
すると、県庁の危機管理官が叫ぶ。
「PAZの住民避難が確認できるまで待ってください」
「避難の確認はどのくらいでできるんですか。」
と所長代理。PAZ=原発から5キロ圏内
「わかりません!」危機管理官は憤然と答える。
「ちゃんと避難訓練はしてあったんだろ」!、早くし
ろ!」
原子力防災担当の内閣府政策統括官が叫ぶ。
県庁の危機管理監は言葉を失った。
あれだけ万全を期すと言っていた関東電力や政府である
が、いざメルトダウンが進行し始めると、住民の避難が遅
いことが最大の原因だと言わんばかりなのだ。
所詮、電力会社や国にとって、住民の安全というのは、原
発再稼働のためのお題目にすぎない。
メルトダウンが起きれば事故の極小化が優先で、周辺住民
は単なる足手まといということだ。
〜ほぼ略〜〜
新崎原発のPAZには15600人が住んでいる。3分の
1は高齢者だ。一時避難場所の前の道路を子供を連れた若
い家族がミニバンで走り去ってゆく。強制力のないバスで
の避難指示に悠長に従うよりも子どもの命を考えて、だれ
よりも、そして一刻も早く原発よりはなれるほうが大切な
のだ。避難計画の台帳全体では、単身高齢者が400名以
上いるはずだ。どの自治会、町内会も、独居の高齢者の集
まり具合がめっぽう悪かったのだ。それもそのはずだ。
ふだん補聴器を外して生活している高齢者が、防災無線の
放送に気がつくはずがなかったのだ。
もともと避難計画のマニュアルでは、若者が手分けして独
居の高齢者宅に声をかけに行くことになっていた。しかし
若者の多くは子供を連れて、すでに退避してしまっている
ようだ。
一時避難場所に避難用のバスは現れない。じりじりと焦り
が広がってゆく。
新崎交通のバスが現れるはずだが所詮は民間のバスだ。運
転手と連絡がつかないのか、運転手が逃げ出したのか、避
難場所に至るまでの道路が渋滞しているのか……いずれに
せよ、迎えのバスが来ていない事実だけがはっきりしてい
る。携帯電話もつながらない。
「バスを待つより、自家用車で逃げよう、自家用車で逃げ
られる人はみんなを乗せられるだけ乗せて、先に避難しま
しょう」
原発から30キロ以内のUPZの住民はもちろん、UPZ
外の県庁所在地たる新崎市などの住民も着の身着のままの
ままで乗用車で一斉に自宅を飛び出していった。新崎県内
の国道、県道、高速道は数十分のうちにすべて大渋滞と
なった。
問題はフクシマの事故の教訓を生かすことができていな
い、ということだ。
事故後7年を経過したフクシマですら、メルトダウンした
燃料がどのくらい格納容器にとどまっているのかどうか確
証がない。フクシマを先例として検証し、対策を講じない
まま、新崎原発稼働しているので、メルトダウンしたデブ
リがどのような挙動を示し、どのくらいの水素や一酸化炭
素や水蒸気が発生し、、格納容器がどの程度耐えられる
か、ということが一切わからないのだ。
事実は怖いでしょう。原発を立地している市町村民は、場
合によってはこういう状況が明日にも起こりうることだと
覚悟して、原発との共存を考え直してください。交付金を
もらって町あげてありがたがっている場合でないんです。
フクシマ原発が爆発を起こした2011年4月24日(日)
日テレ『バン記者』では、柏崎・刈羽原発の刈羽村と、高
浜町の住民にインタビュ―していた。
交付金はありがたいですか?
「ありがたくて涙がこぼれます〜」と両原発の住民たちは
口をそろえて感謝していた。いや、日テレにでなく原発に
対してである。卓球の福澤朗アナも原発交付金のありがた
さを宣伝していた。
交付金をもらっていたのだから、爆発してもしょうがない
と言わんばかりであった。
爆発されて泣いて喜ぶ町民はいない。家族がバラバラにさ
れ、不如意な生活を強いられて泣く人はいる。
今あの放送をもう一度流せばいい。
ありがたがっている刈羽村の住民と高浜町の住民たちの顔
をもう一度見てみたい。
避難者は寒い避難所で震えていた。テレビなどもちろん見
られない。そういう中での放送だった。日テレとはそうい
うテレビ会社である。眼の付けどころが普通の人たちと違
うんである。わざわざ刈羽村や高浜町までいって、福島の
原発が爆発して喜んでいる住民の意見などを聞く必要はな
い。本当に交付金はありがたいって言ってんである。
著者の若杉氏はさすが現役官僚である。当時の経産省の状
況を的確に再現した。まあ私のわからない場面もあるが状
況の経過は私もほとんどわかっていた。
この東京ブラックアウトという小説は納得である。
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