mimiの日々是好日

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 きょう12月23日は天皇陛下の85歳の誕生日であるとともに、天皇陛下として迎えられる最後の誕生日だ。

 その歴史的誕生日にあわせて天皇陛下が記者会見に臨まれた。

 その全文がきょうの各紙に掲載され、そしてNHKの朝7時のニュースを皮切りに、テレビがその一部を画像で放映した。

 その内容は2年前のお言葉よりもさらに強い平和の思いが語られていた。

 時折声をつまらせて語る姿は、あのお言葉の時よりさらに強いメッセージ性があった。


 しかし、私の頭によぎったのは、やはり安倍政権と天皇陛下の関係だ。

 ここに至るまでの、国民には知らされていない、安倍政権と天皇側のやり取りがあったに違いない。

 まずあのお言葉と今度の記者会見の違いだ。

 私の記憶が正しければ、2年前のお言葉は、記者会見ではなく天皇陛下がみずから生前退位を望まれ、その意思を国民に伝えて了解を得たいという思いから行われたものだ。

 安倍政権はそれにあわて、以来安倍政権と宮内庁の関係は緊張したものになった。

 宮内庁の人事が一新され、宮内庁は安倍政権寄りで固められた。

 その一方で天皇家の安倍政権に対する見えない抵抗は続いた。

 安倍政権に面従腹背する天皇側に立つ宮内庁職員も少なからずいると報道されもした。


 今度の記者会見は、まさしくそのような安倍政権と天皇側のせめぎ合いの結果として行われたものに違いない。

 つまり、安倍政権としては天皇陛下が好き勝手に自分の思いを語られては困るのだ。

 だから2年前のお言葉とは違って、記者が質問したから天皇陛が答えたという受け身の形にしたのだ。

 もっともこの形にしたのには、もう一つの理由がある。

 つまり天皇陛下の政治的発言の封印だ。

 そして、それについては天皇側も異論はない。

 憲法に違反する形で天皇陛下がその意思を発言されるのは、やはり好ましくない。

 あの言葉一度だけにとどめたいという配慮が働いてもおかしくはない。

 だから記者会見の形式は双方が一致した結果だともいえる。


 しかし、その内容は安倍政権にとって厳しいものだ。

 沖縄への言及は、民意に反して土砂投入を強行した安倍政権批判と受け止められるものだ。

 この安倍政権と天皇のせめぎ合いは4月30日の退位まで続くだろう。

 「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」(憲法第一条)である天皇陛下の意に逆らう政策を強行し続ける安倍首相は、それだけで首相失格だ。

 自らを恥じ、国民に詫びて即刻退陣すべきであると思う(了)

転載元転載元: 情報収集中&放電中


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朝日新聞(asahi shimbun)認証済みアカウント @asahi 10 時間10 時間前

きょうは天皇陛下の85歳の誕生日。天皇として迎える最後の誕生日です。事前の記者会見では「支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝する」と涙声で語りました。そして、時間をかけて話されたのが、平和への思いでした。     



金子勝認証済みアカウント @masaru_kaneko 2時間2時間前
【沖縄に寄り添う】天皇陛下は記者会見で、沖縄のくだりで声を震わせて「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました」「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません」と語る。アベは聞いているのか?


「天皇としての旅を終えようとしている今…」 会見全文


 20日に行われた天皇陛下の会見の全文は以下の通り。
     ◇
 《問》天皇陛下として迎えられる最後の誕生日となりました。陛下が皇后さまとともに歩まれてきた日々はまもなく区切りを迎え、皇室は新たな世代が担っていくこととなります。現在のご心境とともに、いま国民に伝えたいことをお聞かせ下さい。
 【天皇陛下】この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が一日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。
 ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。
 今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。
 私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。
 第2次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉(しゅうえん)を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。
 しかしその後の世界の動きは、必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し、また、テロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには、多数の難民が苦難の日々を送っていることに、心が痛みます。
 以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え、昭和27年、18歳の時に成年式、次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年、英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠(たいかん)式に参列し、その前後、半年余りにわたり諸外国を訪問しました。

 それから65年の歳月が流れ、国民皆の努力によって、我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め、平和と繁栄を築いてきました。昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43年に小笠原諸島の復帰が、そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。
 そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています。

 そして、戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。
 次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火、平成5年の北海道南西沖地震奥尻島の津波被害に始まり、平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり、多くの人命が失われ、数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。ただ、その中で、人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また、災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には、いつも心を打たれています。

 障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも、私どもの大切な務めと思い、過ごしてきました。障害者のスポーツは、ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが、それを越えて、障害者自身がスポーツを楽しみ、さらに、それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。パラリンピックを始め、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を、皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

 今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際には、できる限り会う機会を持ってきました。

 そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています。

 明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来皇后は、常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました。また、昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし、愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば、私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく、現在の皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来(じらい)この伴侶と共に、これまでの旅を続けてきました。
 天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います。
 そして、来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります。多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。

 今年もあと僅(わず)かとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。

転載元転載元: しあわせの青い鳥

珍しいですね。本澤氏のこういう記事は…
福沢諭吉は自分がネトウヨであることを隠そうともしませんでしたが、その都合の悪い部分を秘し隠して「リベラル福沢」として捏造したのは「丸山眞男」だった事を知ったのはつい昨年ですが…
お陰で福沢を崇めたてまつる日本人のなんと多いことか! 罪深い丸山眞男よ! 東大の教授など、本当に碌なのは居ません。。

2018年12月22日

福沢諭吉の見事な実績<本澤二郎の「日本の風景」(3193)

<明治天皇史の主役となった三菱の岩崎弥太郎>
 日本の官僚制度はすごい。改めてそう思う。都合の悪いことは隠蔽して、国民の目から遠ざけてしまう。しかし、それでも「アリの一穴」にはかなわない。それが大手出版社元編集者が送信してくれた二回目のメールである。明治天皇史の主役は、三菱の岩崎弥太郎だった。今度のメールは、うまく貼り付けることが出来た。歴史を直視して、過ちを繰り返さない、これが人間の道である。


<福沢の過ちに気付いたのは、20年前のころか>
 名古屋大学の教授が、福沢研究を公開した本を読んでからである。もう一つは、二松学舎大学の学生らを北京・天津に案内した時、学生の一人が「うちのおばあさんは、1万円を持つと、すぐ千円札に代えてしまうんです」といったことに、当初は「なぜか」と自問自答、福沢嫌いに気付いたものだ。

 それまでは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」を信じ込んでいた。大陸と半島のひとたちにとって、福沢は日本軍国主義の先導役だった。それにしても、歴史の真実を掴むためには、相当の努力が必要である。何事もうのみにせず、疑ってかかれ、である。
 特に信仰者は、要注意である。思考せよ、である。

<日本の女性は、標的を見誤っていないか>
 徳川幕府が、キリシタン追放に力を尽くした背景に、宣教師らが日本人女性を海外に売春婦として売り飛ばしていた、それを禁じるためだった。これは本当だろうか。
 誰か教えてもらいたい。

 日本人女性に言いたい。そろそろ覚醒せよ、である。今の大敵はやくざである。「木更津レイプ殺人事件」の教訓を学んでほしい。
2018年12月23日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)



この人を見よ _ 人間の屑 福沢諭吉のした事
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/485.html
投稿者 中川隆 日時 2011 年 4 月 30 日 19:36:33: 3bF/xW6Ehzs4I

 
 
(回答先: 明治以後で真に尊敬に価する人は、福沢諭吉、新渡戸稲造、田沢義鋪の3名である。(ケペル先生のブログ) 投稿者 元引籠り 日時 2011 年 4 月 30 日 12:07:15)
こんな女に誰がした __ 福沢諭吉と天皇を恨んでね
天皇一族は売春業者
 19世紀初頭、世界帝国を建設しようと考えた英国はアジアに対し、アヘン=麻薬を売り、アジア人に英国に対する抵抗心を喪失させ、アヘン売買の利益でアジアを支配するための兵器を買う戦略を採用する。
英国のアヘン売買の中心となったのが、銀行ジャーディン・マセソンであった。マセソンは、英国がインドでアヘンを買い付ける資金を提供し、中国、日本にアヘンを運搬する船の建設費を出し、アヘンの売り上げはマセソンの銀行口座に振り込まれ、その資金で中国、日本を攻める兵器が購入された。兵器の代金は、マセソンの銀行口座で決済された。
マセソン、中国では香港に香港上海銀行(現在の中国の中央銀行)を支店として置き、日本では東京に日本銀行=日銀を支店として創立した。日本政府の井上馨、渋沢栄一に「命令」し、ノウハウを教え、日本銀行を創立させたのは、麻薬銀行マセソンのアレクサンドラ・シャンドである。
日本の中央銀行、日銀は麻薬銀行として創立された。しかし中国と違い、日本では麻薬は売れなかった。

困ったマセソンは、福沢諭吉と天皇に相談し、日本人女性を誘拐し「売春婦」として海外に「販売」する事にした。
貧しい農村の女性には海外で豊かな生活が出来るとダマシ、良家の娘達には洋裁学校を紹介するとダマシ、天皇と三菱財閥は日本人女性を「売春婦」として、海外に売り飛ばした。
天皇と三菱の経営する船会社、日本郵船がダマサレタ女性達を売春婦として海外に運んだ。大部分が処女であった日本人女性達は、船の中で「売春婦」として教育するため、英国人水夫達に毎日、強姦輪姦された。これは天皇の「命令」である。
天皇がダマシ、売春婦として海外に売り飛ばした日本人女性の数は、50万人を超える。多くの女性は、20歳代で梅毒等の性病で死に、または刃物で自分の喉を突き刺して自殺した。
天皇一族の財産はこうして作られた。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50371493.html
高校教科書『新詳説・日本史』の一節から引用する。

「日本の商社活動が活発となり、横浜正金銀行が積極的な貿易金融を行った。(略)また、海運業奨励政策によって、日本郵船会社などの手で、次々と遠洋航路がひらかれていった。(注)日本郵船会社は、三菱会社と半官半民の共同運輸会社との合併によって1885年に設立され、1893年にはボンベイ航路、1899年にはヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアへの各航路がひらいた。」
日本郵船の大株主は天皇家と三菱財閥であった。 
アメリカへ大量の移民を運んだのは、この日本郵船の船であった。
<中略>
天皇家と日本郵船の深い関係は、明治時代から続いていた。
この会社の船で娼婦たちが海外に「進出」させられた。
詳しくは山田盟子の『ウサギたちが渡った断魂橋』に書かれている。
日本の偉人中の偉人と評価の高い福沢諭吉は、

「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」
(『福沢諭吉全集』第十五巻)と主張した。

娼婦を送り出す船会社が、天皇家と三菱に大いなる利益をもたらすということを計算したうえでの「得策なれ」の主張であった。

「至尊の位と至強の力を一に合して、人間の交際を支配し、深く人心の内部を犯してその方向を定る」

福沢諭吉の思想は当時の天皇家に迎えられた。

至尊の位(天皇)と至強の力(三菱)を一に合して、日本郵船は発展していった。日露戦争後、アメリカ移民が増えていった。1908年ごろには、約十万人の移民がアメリカにいた。
1901年、共産主義者の片山潜は、小冊子『渡米案内』を発行した。一週間に二千部売れるほどの当時では大ベストセラーとなった。 片山は、アメリカでの移民生活をベタほめした。日露戦争のころ、アメリカに行くのに約二百五十円の大金が要った。現在、日本に密入国しようとする中国人が、中国マフィア(蛇頭)に支払うくらいの金額だった。
やっとアメリカに渡ったものの、新聞や雑誌や『渡米案内』の甘言広告とは違い、辛酸の極みの生活が移民を待っていた。

男たちは鉄路の重労働やタマネギ畑で働かされ、女たちのほとんどは娼婦の館にほうり込まれた。

このときの莫大な金は、福沢が言う「至尊の位と至強の力」すなわち、皇室と三菱の懐に入った。
片山潜は、天皇が支配(大株主)する横浜正金銀行(旧東京銀行の前身)から金を貰って生活していた。当時の日本共産党幹部たちが、ニューヨーク、ロンドン、モスクワと流れていったが、そのほとんどの金は、この銀行が出したのである。元社会党委員長鈴木茂三郎もこの銀行から金を貰った一人である。

http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060825
1885年、天皇一族と三菱財閥で日本初の船舶会社

日本郵船が創立される。
明治維新により富国強兵の道を歩み始めた日本は、欧米からあらゆる兵器を購入し続けていたが、欧米への支払いに当てる資金が日本には無かった。
そこで福沢諭吉は、

「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」

という指示を天皇に与える。賤業婦人つまり売春婦として日本人女性を海外に「輸出、 売却」し、兵器購入資金を作るというプランであり、天皇一族はこのプランに飛び付き実行する。
(福沢諭吉全集 第15巻)
1900年初頭から天皇の命令の下、
「海外に行けば良い仕事があり、豊かな生活が出来る」

という宣伝が日本全国で大々的に行われた。
日本の健全な家庭に育った当時の若い女性達は天皇の言葉を信じた。
天皇一族によりだまされ「売春婦として欧米に販売された」日本人女性の数は数十万人。
大部分は健全な家庭に育った若い女性達であり、天皇は「健全な女性を売春婦」として「売却」する事で、欧米の売春業者から女性1人あたり数千円、当時普通の会社員で
あれば10数年分の給与を手に入れていた。
その金額が数十万人分=莫大な資金がこの天皇一族のサギ行為、女性の人身売買により天皇一族に転がり込んだ。 その資金の一部は戦争のための兵器購入に当てられたが、
大部分は天皇の「個人財産」として「蓄財」された。
天皇一族は自分の金儲けのために、健全な若い日本人女性をだまし、売春婦として欧米に「売却」して来た。
天皇一族は欧米の売春業者とタイアップした日本の売春業者であった。
天皇により経営される日本郵船により、欧米に「売却」された日本人女性は、1人残らず現地に着くと即座に売春宿に「連行」され監禁された。そして売春を強制された。
初めての外国であり、逃げ場も助けてくれる相手もいない。 
数十万人の日本人女性が、天皇によって売春を強制された。
これが従軍慰安婦の原型である。

日本郵船の共同経営者三菱財閥もこの売春業で巨大化した。 
この莫大な富を生む売春業に参加させてもらったお礼に、三菱財閥は昭和天皇の結婚後の新居を、全額三菱財閥の出資で建設する。
渋谷区下渋谷の第一御領地の「花御殿」が昭和天皇の新婚の住居であり、それは数十万人の日本人女性を「売春婦として販売した」利益で、三菱の天皇に対する「売春業参加のお礼」として建設された。
(山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」 新日本出版社)。

また天皇が大株主であった船舶会社商船三井も天皇と協力し、同一の「売春婦・輸出事業」に従事する。 こうして日本人女性の「販売業者」として天皇一族が蓄積した財産は、第二次大戦後日本に進駐してきた
米軍GHQの財務調査官により調査され、当時の金額で1億ドルを超えると記録されている。
国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は、女性の人身売買で金儲けし、また日清戦争、日露戦争で中国、ロシアから得た賠償金を自分の私財として「着服」していた。
戦争中全ての日本人は餓死寸前の中、軍需工場で「無給」で重労働を行っていた。 
そうした重労働と日本人男性=軍人の死によって戦争によって得られた賠償金を、国民のためでなく自分の私的財産として天皇は着服し、密かに蓄財していた。
また日本軍が朝鮮、中国に侵略し、朝鮮人、中国人を殺害し略奪した貴金属は、天皇の経営する日本郵船によって日本に運び込まれ、日銀の地下金庫にある天皇専用の「黄金の壷」という巨大な壷に蓄財された。
中国、朝鮮から略奪された貴金属、そして賠償金=侵略戦争 は天皇の個人的蓄財のために行われていた。
この問題を調査したエドワード・ベアは、「天皇一族は金銭ギャングである」と吐き棄てるように語っている。
(エドワード・ベア「天皇裕仁」 駐文社)
1945年、日本の敗戦が決定的になると、天皇一族はこの蓄財を米国に「取られる」事に恐怖を感じ、海外に蓄財を「逃し」始める。
天皇の個人銀行でもあった横浜正金銀行を通じて、スイスに850万ポンド、ラテンアメリカに1004万ポンド等、広島、長崎に原爆が落とされ死傷者が苦しんでいる最中、天皇は自分の蓄財を海外に次々と逃がす事に専念する。この問題を調査したマーク・ゲインは、海外に天皇が逃した蓄財は累計で5〜10億ドルに上るとしている。
(マーク・ゲイン「ニッポン日記」 筑摩書房)。

広島、長崎に原爆が落とされ膨大な死傷者が出、戦後日本をどのように再出発させるかを考えなくてはならない時期に、天皇はひたすら自分の蓄財を守るため数百回に及ぶ海外送金を繰り返していた。
日銀の地下金庫からは、莫大な金塊と貴金属が日本郵船により運び出され、アルゼンチンの銀行そしてスイス銀行まで遠路運搬されていた。
中国では日本に逃げ戻るための船舶が無く、逃げ遅れた日本人女性が中国各地で多数強姦殺人され子供が殺害されている最中、天皇は貴重な船舶を独占し、自分の金塊を遠路
アルゼンチン、スイス等に運び出していた。
天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。
(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)。

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?
敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?
天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行く。 
天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンである。
そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」である。
天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めるが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーが虐殺したユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行であった。
天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していた。
天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であった。
(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 
ベストセラーズ・・また濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)。

1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立させる。 
日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった。

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」
(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉がある。
「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」
この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言である。
日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止した、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのである。
天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団である。
追記・・例え殺されても自分の命と引き換えに真実を語るのがジャーナリストの仕事である。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。
http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&log=20070607
人身売買と近代日本の成立 

自国女性を海外に売るのが「ロイヤルビジネス」だった
「からゆきさん」と呼ばれたどちらかといえば普通の「娘の身売り」の陰には、さらに悪質な詐欺的人身売買が、国策として、天皇のロイヤルビジネスとして、白人商人と連携して組織的に、国策会社日本郵船(=三菱)により、大々的に行われていた。
そして、その人身売買こそが、日本資本主義の原初的蓄積過程だった。
つまり、近代日本国家は自国女を売って成立した。

「オルタナティブ通信」などを通じて知るようになったこの事実ですが、まとまった知識を持った人をTwitterで見つけました。
http://twitter.com/urashima2

戦前の日本は民族差別に反対してたとか言ってる方がいまだに多いが、実際のところは人身売買する上で邪魔だったというのが大きな理由のようだ。そもそもアメリカが排日移民法を作らざるを得なかったのは日本からあまりに膨大な日本人女性が売られてきたからにほかならない。

戦前の日本が差別を許さないとか、プロパガンダにもならない妄想…。
世界最大の賤業婦人(売春婦)輸出大国だったのに。
それも騙して海外へ連れ出すという極悪非道ぶり。

いわゆる「からゆきさん」なんてハイカラな名称付けられているのが、それ。
ジャパゆきさんは自分の意志でオーディション受けて、どういう場所で働くか承知で来るかも知れない、からゆきさんの大半は国策として騙された人や誘拐・拉致同然に連れだされた方々なのでまるっきり違う。

からゆきさんと言っても中国だけじゃない。
世界中に貨物船の片隅に押し込められ売られており、明治から昭和にかけて、その数は30万人以上とも言われている。
戦争責任を追求する大手マスコミでさえ、からゆきさんについては非情に及び腰。
理由はロイヤル・ビジネスだから。

おもに日本郵船=三菱と組んでいるが、三菱といえば岩崎弥太郎。
岩崎といえば龍馬。龍馬といえばグラバー。
グラバーといえば武器商人…ってな具合に背後は真っ黒の助。
そもそも武器を買うための資金として人身売買をはじめた。

グラバーといえばマセソン商会の元社員で代理人。
マセソンといえばアヘン商人。
ようするに茶を買うためアヘンを売るのが、武器を買うために女性を売る…にかわっただけ。
長州ファイブを留学させたのもマセソン商会。
岩崎=長州閥=天皇家は一蓮托生でアヘン・武器商とつるんでた。

騙して日本人女性を売った金で武器を買う。
その両方でピンハネすればボロ儲け。

三菱財閥が巨大化した最大の理由が人身売買
などとは歴史の教科書や社史にも出てくるわけない。

人身売買であげた利益で武器を買い、それで戦争を行っては国民を虫けらのように死なせた。そういうビジネスを明治以来一貫して下衆なアヘン・武器商人と結託しながらやってきた。宗教も人種も違う連中を奴隷貿易するでもなく、自国の同胞女性を詐欺まがいに海外へ大量に売り飛ばすという豪快なことをしていた日本。

さすがの毛唐も
「オーマイガッツ!
ジャップのやつ正気の沙汰とは思えない。
オークレイジー」
なんて驚いたことだろう。

そういう背景により、クレージーなジャップによる人身売買を阻止するため、アメリカは排日移民法をつくってくれた。それを、差別だとかいうのだから凄い。

戦争の原因について

「カリフォルニア州への移民拒否については、 日本を憤慨させるに十分なものであった」
とは裕仁天皇のお言葉。これが戦争の原因なのだというから素晴らしい。

戦前の国策による人身売買の実態を隠蔽するため「からゆきさん」と混同されるようにイメージの偽装転換が巧妙になされている。実際はからゆきさんなんてレベルをこえた国策の人身売買が壮大なスケールで行わていた。

本来の「からゆきさん」なんてのは九州の貧しい農村部の女性が女衒に連れられアジアの娼館で働くというものだが、日本郵船とかがやってたのは基本的に詐欺。

「海外で教養を身につけよう」
「あこがれのアメリカで働こう」

なんてかんじで良家の子女から寒村にいたるまで処女を集めた。

私もこのブログで、アメリカの人身売買報告書が日本に異常に厳しいことを人種差別ではないかと批判したことがありましたが、見当違いだったかもしれません。
彼らは当然ながらこういう過去の事実を知っている。この件の被害者は日本人であり、欧米商人も関与していたので、あえて言挙げはしないが、日本国がこういう体質をもっているということには留意している。このような過去の犯罪行為について、日本人がほとんど知らされておらず日本国内に批判も反省もないことも見ている。
普通に「人身売買を防止する」という観点から見て、日本が要警戒国になるのは当然ですね。
これから必然的に貧しくなっていく日本ですが、日本女性は日本国家および天皇一族を警戒したほうが良いといえます。同時に、従軍慰安婦問題や南京強姦事件で騒いでくれる近隣国の人々に感謝しなければならない。被害者が日本人だけなら、誰も騒がず、語ろうとする者は口封じをされ、そんな過去はなかったことになります。
天皇と三菱とが一体になり、外国商人と連携して、国策でこのような犯罪行為を行った歴史が「なかったこと」にされている。何の反省もない。
このままでは、日本国家にカネが必要なときにはまた同じことが繰り返されることになるでしょう。

日本国=天皇=三菱等、
はその成立時から人身売買マフィアであり、芯から腐っていると言えます。初めから腐っているものはどうしようもありません。「日本の解体」が是非必要です。
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.com/
あめゆきさんの歌、山田わか
 日系アメリカ人の歴史の本を読んでいた時に、
「アメリカの日本人の嚆矢(はじまり)は日本人売春婦」
という記述に出会って、愕然としたことがある。

 コロラドに、江戸時代の日本人売春婦の墓標が残されているそうだが、日米和親条約(1853年)が締結される以前の話である。日本から、アメリカに直接に向かうことができなかったので、アジアを経由して、密航者としてアメリカに渡ったらしい。
 この女性たちの歴史の発掘に尽力されたのが、サンフランシスコの日本語協会の石崎五郎さん(UCデイビス校の獣医学の教授、故人)だった。石崎さんは、そうした女性の存在を不憫に思われたようだ。 中国や東南アジアに渡ったからゆきさんのことは、森崎和江や山崎朋子の著作で知ってはいたが、そうした事実が、このアメリカでもあったのだ。

 明治の新聞ダイジェストを読んでいた時に、オーストラリア行きの船の船倉で、日本人売春婦が窒息死体となって発見されたという記事を目にしたことがあるが、日本人売春婦は、オーストラリアにも、密航させられていたようだ。 十九世紀末のアジアに渡った日本人売春婦を意味する”からゆきさん”という言葉から、山崎朋子(ノンフィクション作家)が、”あめゆきさん”という言葉を作り、「あめゆきさんの歌:山田わかの数奇なる生涯」という本を書いたのが、1978年。
 プラムさんに、山田わかが働いていた場所を訊ねられた私は、シアトル時代の山田わかの手掛かりを求めて、この本を読み返した。 この本の記述とシアトル旧日本人街明細図から、20世紀初頭に、彼女が白人相手の売春婦として働いていた場所が分かった。
現在のシアトル・アジア人街のあるインターナショナル・ディストリクトの一角だ。 私自身、以前、インターナショナル・ディストリクトを訪れた時に、山田わかはどこで働かされていたのだろうと、漠然とした疑問をもちながら、同地域を歩いていたのだが、今回、キング・ストリートと5番街の角のアロハ・ハウス(現在は別のお店になっている)で働いていたことが分かった。

 1906年に、26歳で日本に帰国した山田わかは、近所に住んでいたことから平塚らいてふと知遇を得て、青鞜に参加。『朝日新聞』の人生相談の回答者になって、アメリカ帰りの女流評論家として成功した。

 アメリカの図書館で、私は、戦前に発行された山田わかの本を2冊、見掛けたことがあるし、サンフランシスコで、彼女の夫となった山田嘉吉の教える英語塾で山田わかに出会ったことがあるという人から話を訊いたこともある。 私が渡米した頃には、ヤングさんと呼ばれた日系一世の若手がまだ、生きていたのだ。ヤングさんは、英語の勉強のために、サンフランシスコの山田嘉吉の英語塾に通ったようだ。
 山田わかのシアトル時代の記述については、サンフランシスコで発行された『あめりか新聞』(1937年)のオリジナルをUCLAのライブラリー(special collections library)で読んだこともあるし、山崎朋子が出会ったリン(林)司書から、直接、お話を聞いたこともある。リンさんは、UCLAのアジア関係の生き字引のような方だったが、1990年代の前半に退職された。
第二次世界大戦後、山田わかが心血を注いだ仕事に、売春婦の更生施設の建設、運営があった。 売春婦から更生して家庭人となった彼女だからこそ、更生が、いかに大切であるかということを知っていたのであろう。
 私は、アメリカに住む日本人のことをリサーチしている理由の一つに、日本人は、アメリカから何を学ぶのだろか、ということがある。山田わかの場合は、不屈の向上心だったのではないだろうか。
http://plaza.rakuten.co.jp/katiebooks/diary/200408240000/

昔アメリカで、ハロウィーンに英語もできないくせに白人様の真似をして調子こいていた馬鹿な日本人留学生が射殺された事件がありました。しかし、アメリカ白人がやったことなので日本人は怒りません。その因縁のハロウィーンを、やがて日本人たちはアメリカ白人と一緒になって馬鹿騒ぎして祝うようになりました。
だいたい日本人に同胞意識などない。自分が白人様にでも引き立てられれば、黄色人種の同胞なんてクソみたいなものです。日本人で出世して偉くなる人はみんなそう思っています。

天皇のロイヤルビジネスは、日本人の素人女性を騙して、日本郵船の貨物船に乗せて海外に性奴隷として売り、外貨を稼ぐというものでした。

日露戦争などの戦費もそれで出した。
同胞の日本人女でさえ騙して奴隷にして、船内で白人船員に強姦させて売春婦教育し、外国の売春宿に平気で売る事をしてきた日本人なので、朝鮮人従軍慰安婦の強制連行や戦地や日本軍進駐先(前記事のタイにも進駐していた)での住民強姦など朝飯前のことです。
(そんなことを否定したり事実を争ったりする方がどうにかしています)。

日本はもともとそういう麗しい国なのです。なので、マトモな人間なら、日本人であれ外国人であれ、「反日」になるのが自然です。
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.com/
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  _    `ー—' | ..|.:.\\_::::::::::::::|_|| 
彡三ミミヽ       | ..|ヽ:.:.:.:冫': : :::/,,∠|  福沢諭吉・・・・・ 
彡' /| ヾ、    _ノ|_|: ̄二ー:: : ::::ソ ・ ,| 
  / ./|.  `ー '    {ヘラ' ・_>シ;テツ"''''"|    ぜったい許さない 
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彡'| .:|:::|   ` ̄       `\   ー-=ェっ |     
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三ミ| |:::|        /⌒ / ̄ ̄ | : ::::::::::|   
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コメント
 
01. 中川隆 2011年4月30日 20:03:22: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q 

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」、 ケッ!!!

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明治政府の私設「広報官」である福沢諭吉は、『学問のすすめ』(8編・明治7年)の中で、
「男も人なり女も人なり。・・・其功能如何にも同様」
と宣言していたのですが、『差別の諸相』の注解者・ひろたまさきは、福沢諭吉の女性論は、「文明的な良妻賢母の要請を求める主張」であり、「娼婦的存在には同情を示さなかった」といいます。
福沢諭吉は、その『品行論』において、
「そもそも娼妓の利害に就いては今更これを論ずるもの少なく、所謂道徳家の所望に任ずれば無き方が宜しと云ふは勿論のことなれども、人間世界は道徳のみの世界に非ず。人類の身も之を二様に分かつときは、一方は人にして一方は禽獣に異ならず。・・・」

というのです。

「遊廓」は「人間世界には非ざるなり」と説く福沢諭吉にとって、その世界に身を置く「遊女」(娼妓)は、「人に非ず」、「人非人」に等しい存在としか見えなかったのでしょう。
福沢諭吉にとって、「遊女」(娼妓)は、「人身の自由」が保障される「臣民」(人間)の対象外だったのでしょう。

福沢諭吉は、
「仮に今、人間世界に娼妓を全廃して痕跡おもなきに至らしめん歟、その影響は実に恐るべきものならん。」
といいます。 遊郭を廃止すると、数ヶ月を経ないで、「満都」に「獣欲」氾濫して、「良家の子女」がその餌食となるというのです。「遊女」(娼妓)が遊廓という苦界で、うめこうが苦しもうが一向に構わないが、「良家の子女」がその被害にあうのは「社会の秩序」を守る上で無視できない・・・というのです。

福沢諭吉は、「遊女」(娼妓)は、「最も賤しく、最も見苦し」い存在であるといいます。

「其業たる最も賤しむ可く、最も悪む可くして、然かも人倫の大義に背きたる人非人の振舞いなり」と断定するのです。

『品行論』において、福沢諭吉は、売春制度に対する自らの主張を明らかにします。

「我輩は娼妓を廃せんとする者にあらず、却って之を保存せんと願」う
というのです。福沢諭吉は、諸外国から日本の遊廓制度に対する批判、「人身の自由」に対する批判があれば、それをさけるため、「深く之を隠すの注意なかる可らず。」と提言します。

日本の公教育における歴史教育で、福沢諭吉はどのような人物として教えられているのでしょうか・・・。
「福沢諭吉は豊前中津藩(大分県)の士族で、緒方洪庵の適塾(大阪)で洋学を学び、幕末に欧米に留学し、イギリスの自由主義を学んだ。帰国後、慶応義塾を設立し、欧米思想の紹介と教育に一生をささげた。」
(文英堂『くわしい学習事典・中学歴史の精解と資料』)と教えられているのではないでしょうか。福沢諭吉の顕彰は、紙幣に刷り込まれることによって、いまでも続けられているのはなぜでしょうか・・・。
http://eigaku.cocolog-nifty.com/jyosetu/2006/09/post_4f75.html

■福沢諭吉と慶応大が嫌いな理由。

そもそもアンチ論についてぐだぐだ述べるのは好きではありません。
でもコレだけは言いたい、と思ったので書きます。

福沢諭吉といえばあまりに有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。
そう一万円札のあのヒトです。
学問のすゝめの著者であり、某K大の創始者であられる御大。
その福沢諭吉、をネット検索したくらいじゃ出てこないちょっと深いところのソースから引っ張ってきた文章をどうぞ。

福澤の男女同等論
福澤は、明治維新になって欧米諸国の女性解放思想をいちはやく日本に紹介し、

「人倫の大本は夫婦なり」として一夫多妻や妾をもつことを非難し、女性にも自由を与えなければならぬとし、女も男も同じ人間だから、同様の教育を受ける権利があると主張した。

『男女平等、女性にも男性と同様の教育を』
うん、そうだね。現在に通じる平等の基礎。
…此処まではまだいいのですが。

福澤は、男女同等論を唱えながら存娼論者でもあった。
妾を養うことも芸者を買うことも隠してせよ、
と隠匿論を述べ、公娼制度を積極的に肯定し、『品行論』(明治18年12月出版)のなかでは「社会の安寧」「社会の秩序」のために公娼制度はぜひ必要であると主張している。しかし、
その娼婦を称して
「其業たる最も賤しむ可く最も悪(にく)む可くして、然かも人倫の大義に背きたる人非人の振舞なりと云ふの外なし」
と罵り、隠れて遊べと言っている。

此処です。此処。
『愛人、売春婦とは隠れて遊べ。
社会のために(男性社会のために)売春婦を容認すべきである。
しかし売春業を行なうものは卑しく憎むべきであり、人の倫理に背いた人非人である』

と。なにこれ。

あー、何度読んでも腹立つ!
教育の権利だけが男女平等で、それ以外は???
人格的におかしいのではと思えるほど矛盾甚だしい。
実はコレ、wikipediaで福沢諭吉について以前書かれていた記事の一部分です。
とりあえず今現在wikiではこの引用の後半部分がきれいにまるっと削除されています。
それどころか著書『品行論』についての記事そのものがまるきり空っぽになっていて、不気味なかぎり。
まぁ、仕方ないのかとは思いますが。
巨大な後援会めいた存在が現代に残されていますしね。大学という形で。
深く詮索していくと、日本に巣くう恐ろしく根深い問題にまでたどり着いてしまいますのでこれ以上は此処では書かないことにしておきます。
しかしアカセンあったほうがいいけどそこに働く人は下賤である、だなんて。
教養ある人の発言とはおおよそ思えませんね。あなおそろしや。

一万円札は好きでも、あの肖像画はあんまり直視したくなくなること請け合いです。
http://d.hatena.ne.jp/NextLounge77/20100508/p1

フォームの終わり
▼否定情報
福沢諭吉は、「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」という指示を天皇に...2012/12/901:12:15
ほんとうでしょうか?
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ベストアンサーに選ばれた回答
aoi********さん
2012/12/922:41:15
うそです。明治天皇に指示を与えられる人はいません。
ご指摘の「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」という論説は、おそらく、日刊紙『時事新報』の1896年(明治29年)1月18日に社説として掲載された「人民の移住と娼婦の出稼」のことだと思われます。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで閲覧できます。
「人民の移住と娼婦の出稼」
(1)『時事新報』1896年(明治29年)1月18日号社説(無署名)
(2)『続福澤全集』第4巻、1933年(昭和8年)12月30日、759-761頁
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1078065/400
(3)『福澤諭吉全集』第15巻、1961年(昭和36年)4月1日、362-364頁
(4)『福沢諭吉選集』第7巻、1981年(昭和56)3月25日、284-287頁

福澤研究者の平山洋氏は論説「人民の移住と娼婦の出稼」について、執筆者に関しては「下書きは石河〔幹明〕と断定できる」と判定し、アイディアに関しても「そのアイディアを福沢が出したかどうかについての証拠はまったくありません」として、以下のように述べています。
------------------------------------------------------------
論説「人民の移住と娼婦の出稼ぎ」(*管理人による註 http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/h35/#note )の真偽問題です。この論説は全集第15巻362頁に掲載されているもので、時事新報の明治29年1月18日に社説として発表されています。昭和版『続全集』に初収録で福沢の自筆原稿は残存せず、です。少なくとも下書きは石河と断定できるとはいえ、そのアイディアを福沢が出したかどうかについての証拠はまったくありません。
(中略)
要するに、「人民の移住と娼婦の出稼ぎ」は、石河が自らの関心から執筆して紙上に掲載したものを、1933年に、折からの満蒙開拓ブームにのっかって、「実はこれも福沢先生が書いたものだ」、とか言って、『続全集』に採録したもののように見えます。現在の『全集』の「時事新報論集」は、ほんとうにめちゃくちゃなもので、無署名論説を使う場合には細心の注意が必要なのです。
------------------------------------------------------------
2006年10月23日付 作家清水義範氏宛ての書簡
http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/h35/#id02

つまり、平山氏によれば、論説「人民の移住と娼婦の出稼ぎ」は、
(1)1896年に石河幹明が下書きを執筆して『時事新報』の社説として掲載されたものであり、
(2)さらに1933年に石河幹明が『続福澤全集』に収録したものであり、
(3)もともとのアイディアに関しても福澤が発案したものであるかどうかは不明
ということになります。

さらに、平山氏は以下のようにも指摘しています。
------------------------------------------------------------
「人民の移住と娼婦の出稼ぎ」という論説は、他にも何千とある『時事新報』社説の1つにすぎないのに、現に『福沢諭吉全集』に収録されているというその事実だけから、誰もが福沢の思想であるかのように受け取ってしまうのです。
------------------------------------------------------------
2006年11月05日付 作家清水義範氏からの書簡
http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/h36/#id_2

転載元転載元: kakaaのブログ〜土と野草と野菜の生命力を信じて〜

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