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顔つきが違います、俳優の時から光っていました。
お子さん3人を一人で育てられたお母様も肝が据わっています。
貧しいフィリピンの子供を里子にし、会いに行くとき、自分はビジネスに乗っても子供たちはエコノミー、昔大川橋蔵もそういってましたが。そういう体験もしなければ、一般人の気持ちわかりませんね。
母が「近い将来お前は本物のいい男になっているわ」といってくれて救われた気持ちになった。
母はパワフルで正義感が強く「すべての弱い人には手を差し伸べる」という考えの人。
貧しいフィリピンの子供たちの里親になり面倒を見た母。
子供たちもつれてその子供たちに会いに行った。
こういう運動のため芸能界に干されたが
新藤兼人監督や深作監督が存命であれば反原発のエンターテイメントを作り上げていたに違いない。
現に名張毒ぶどう酒事件の「約束」には若き日の、えん罪被害者を演じてる太郎さん。
太郎を役者として開眼させた井筒監督によれば
「山本太郎君を一言でいえば礼節の男です。
撮影現場でもプライベートでもいつも周りに気を使って礼儀を忘れない。
役者だけどスタッフと一緒に機材を担ぐのもいとわない。
彼が原発に反対するのも礼儀です。知った以上無礼者、無法者を許さないから立ち上がったのやろうね。」
電力は足りているのに、地震大国なのに、淫靡された事故は続いていたのに、建てられ続けた矛盾の怪物のような原発を前に礼儀を尽くせと、鬼軍曹(母)に仕込まれた太郎は動き続ける。
その姿を追うと、きわめて温和で礼儀正しい。折り目正しい性格に気づかされる。
選挙ハゲができた太郎、
永田町では火のない所でも大空襲
![]() 国会議員は証拠隠滅のためにハードディスクにドリルで穴開けたり、パンツを盗んだり、国会会期中に愛人連れてハワイに行ったとかと、ほんと自由な人たちですね。
僕はそういう情報って意図的に流しているんじゃないかと。
そんなニュースを観た人たちは呆れてしまって、政治からどんどん離れていく。そういう状況を定期的に作り出す必要性というか、何か狙いがあるんじゃないかと。
みんなが政治に対して興味を持ったら困るわけです。
逆にみんなが政治は自分の生活と深いかかわりがあると目覚めたら、政治を知ってしまったら、市民が政治をコントロールしようという動きが大きくなり、本物に近い民主主義に向かってしまうから、それは絶対避けたい。
![]() 議員の不祥事や何をしゃべってるかわからない国会の議論だけでなく、長時間労働・低賃金・教育など重層的にいろんなものが合わさって政治との絶望的な距離感が作り出されていて、やってる内容は全体主義とほとんど変わらない、明るい北朝鮮みたいな感じですかね。
追記
日本は太平洋戦争で中国や韓国、フィリピンなどで虐殺したり経済もめちゃめちゃにしましたから。紙屑同然の日本軍の軍票などもらっても何役にも立ちません。性奴隷も。
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知事、きわめて真っ当な談話出してて安心する。
大村知事「河村市長の主張は憲法違反の疑いが極めて濃厚」 https://abematimes.com/posts/7013626) abematimes.com/posts/7013626h… …県には”京アニ放火”に言及した脅迫メールも 大村知事「河村市長の主張は憲法違反の疑いが極めて濃厚」…県には”京アニ放火”に言及した脅迫メールも展示中止を求めてきた河村市長の一連の発言について「憲法違反の疑いが極めて濃厚ではないか。憲法21条には、“集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。“、“検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。“と書いてある。最近の論調として、税金でやるならこういうことをやっちゃいけないんだ、自ずと範囲が限られるんだと、報道等でもそうことを言っておられるコメンテーターの方がいるが、ちょっと待てよと、違和感を覚える。全く真逆ではないか。公権力を持ったところであるからこそ、表現の自由は保障されなければならないと思う。というか、そうじゃないですか?税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守られなければならない。河村さんは胸を張ってカメラの前で発言しているが、いち私人が言うのとは違う。まさに公権力を行使される方が、“この内容は良い、悪い“と言うのは、憲法21条のいう検閲と取られてもしかたがない。そのことは自覚されたほうが良かったのではないか。裁判されたら直ちに負けると思う」と厳しく批判。 また、愛知維新の会からの文書にも触れ「維新の会は表現の自由を認めない方々なのか。憲法21条を全く理解していないと思わざるをえない。戦後民主主義の原点ではないか」と訴えた。 大村知事の会見は立派ですね。憲法と表現と公的機関(税金)の関係について、ここまで踏み込んだ発言をされるとは思ってるいなかった。 現愛知県知事・大村秀章さんを紹介する2015年度の記事。
「東大を出て官僚になり、衆院議員を五期、知事を一期。はた目には順風なエリート人生に映る。だが、本人は『そうじゃない』と首を横に振る」。
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8/3(土) 朝日新聞デジタル
先日観た映画『主戦場』でインタビューに答えていたテキサス親父ことトニー・マラーノは、グレンデール市に設置された少女像に関して「米国では、ブサイクな女との情事の際は紙袋を相手の頭に被せろというジョークがある。像を訪れた時、私は紙袋を持参した。この醜いゴミの頭には、紙袋がお似合いだからだ」という主旨の発言をしていた。 この記事にある「少女像の頭部に紙袋をかぶせる男性」の意図も、そういうことなんだろう。この一件の根底には、度し難い女性差別もあると思っている。
「内地から来た妓はだいたい娼妓、芸妓、女給などの経歴のある20から27、8の妓が多かったのにくらべて、半島から来たものは前歴もなく、年齢も18、9の若い妓が多かった」(山田清吉『武漢兵站』/1978年 図書出版社)。 山田は当時の慰安所で慰安係長をしていた軍医の一人である。「前歴もなく」というのは遊郭などで働いていたプロではないという意味で、若くて性病を持っていない女性が求められたためだという。その多くは日本軍の意を受けた業者から「工場で働ける」などと騙されて連行されてきた貧しい農村出身の少女たちだった。未成年者を売春業に従事させたり身柄を売買したりすることは反倫理的であるだけでなく、当時の国際条約にも違反している。
少女像が「プロパガンダ」だと主張する人は、上記の事実についてどう説明するのだろうか。彼女らがカネのために自ら進んで1日に何人もの兵士を相手にしていたと思うのだろうか。後世に記憶されるべき苦難を、彼女らが全く味わわなかったと主張するのだろうか。
感情論ではなく、事実関係を踏まえた論理的な説明を聞いてみたいと思う。
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