ブロ友から「阿南慈子(あなみいつこ)さんに学ぶ」(ご本人の著書)という貴重な資料をいただいた。
早速時間をかけて読ませていただいたが、学ぶべきことがたくさん見いだせた。
著者は、月刊PHPで阿南慈子さんを知ったという。
阿南慈子氏は1954年6月25日京都府福知山市の生まれ。クリスチャン家族の中で生まれ育ち、保母や図書館司書として、聖母女学院中学高等学校にも勤務。1981年26歳で洛星高等学校長を務められることになる阿南孝也氏と結婚。1男1女に恵まれ、幸福で健康な生活を送る。
しかし、長男3歳、長女1歳の時に、突然、多発性硬化症という難病にり患。以来15年間に体の機能を次々と失う経過をたどる。これを夫・孝也氏は仕事と子育てを両立させながら看病。だが病が癒えることはなく、2000年11月7日の帰天を見守る(享年46)ことになる。
発病から帰天までの間に、家族や大勢の友に助けられて「花物語」「花かんむり」「追伸 花」「今生きているあなたへ」ができたという。
その中に、1987年33歳での失明後に「見えるようになったもの」について書かれている部分があるという(下記)。
「見えるようになったもの」
私は病気になって目が見えなくなった
目が見えなくなったため見えなくなったもの
沖縄の海の心ときめくエメラルドグリーン/色とりどりに咲きみだれる花々/大空に浮かぷ輝く白い雲/見つけた時心喜ぶ七色の虹/私が産んだ二人の子供たちの笑顔
目が見えなくなったため見えるようになったもの
人の心の透明な美しさ/体の不自由な人 目の見えない人 病気の人の不安と悲しみ/私のそばにいて助けてくれようとする人のやさしさと友情/神様がくださっている溢れるほどのお恵みといたわりと愛/そして神様があらゆる「小さくされた人々」にたいして抱いておられる深い深い悲しみ
これら見えるようになったすべてのものを私は感謝して心を込めて見つめ続けていきたい………
素晴らしい気づきであり ことばではないか。
こうしたもの(人間が心を澄ませると見えてくるもの)をこそ、私は教育の現場で気づかせてあげられるような指導を望みたい。そのような意味で、『私の教育論』に肉付けする意味で、この資料を熟読玩味した。
著者は、阿南慈子に学ぶとして、6つの項を起こしている。その要点になる所を下記に抜き書きしてみた。
①障害に出会うということの意味
人間は思い通りには生きられない。しかし苦難を乗り越えようとすることで、人 は成長し、人生を意味あるものにできる。
②障害を受け入れて、前向きに生きる
不幸を眺めて嘆くのではなく、恵み(良いところ)を見つけていこうとする心が、「幸福感」につながっていくのでろう。
③今、自分にできることに最善を尽くす
彼女は詩やエッセイを書くことで自分の思いを伝えることを喜びとし、同じく病や苦難を持つ人々である「小さくされた人々」との交流にも心を注いだ。
④感謝と愛
彼女の文章で最も印象に残るのは人を愛することと感謝の気持である。
⑤彼女を支える人たち
障害を持つ者にとっては、周りの配慮や援助が大変重要だと言うことだ。
⑥自分の心を支えるものを持つ
宗教であれ、自然への畏敬であれ、大きな視野に立ち、人間を超えたものが自分を支えているという信頼感があれば、人間は安らうことができる。
著者は最後の項で存在の価値について触れています。そして、下記の阿南慈子氏の言葉で文を閉じています。
なんと素晴らしい文ではないか。
実は、この資料と一緒にもう一ついただいた資料がある。
ブロ友は、先人に学ぶ人間学塾で学んでおられ、その第139回「星野道夫の世界」の資料(ご本人発表)も同封してくれたのである。こちらはボリュームいっぱいで、読みこなすのにだいぶ時間を要した。これについてはいずれブログで紹介したいと思う。
これら2つの資料を読むことで、私の教育論もさらなる肉付きが豊かになったことは事実である。ありがたいことであり、感謝している。