mimiの日々是好日

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よって次の投稿を是非,読んで君たちの先人の思いと闘いを覚えて欲しいです。今年は、多喜二没後86年です。
 小林多喜二が惨殺された日1933.2.20 (享年29才)書くこと自体が生死を賭けた戦いだった…この国にはそんな歴史がある。それも明治や江戸時代の話ではなく、昭和のことだ。特別高等警察、略して特高。手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にも登場するこの組織は、体制に反対する労働組合員や反戦平和活動家など、政府に逆らう思想犯を徹底的に取り締まる目的で明治末期に設立され、その後敗戦まで強権をふるった。
特高は国家反逆罪や天皇への不敬罪を武器に、密告とスパイを活用して“非国民”を手当たり次第に検挙し、残忍な拷問で仲間の名前を自白させてはさらにイモヅル式に逮捕していった。
 小林多喜二は1903年に東北の貧農の家に生まれた。親に楽をさせる為に苦学して小樽で銀行員になり、21歳で仕送りの出来る安定した生活を営めるようになる。小市民的な幸せな未来が目の前に約束されていた。音楽が好きな弟には、初月給の半分を使ってバイオリンを買ってあげた。
 ところが、軍国化を進める政府によって、1928年3月15日未明に全国で数千人の反戦主義者を逮捕する大弾圧事件が起きた。多喜二の周辺でも友人たちが続々と連行されていった。
彼は日記に記す。
 「雪に埋もれた人口15万に満たない北の国から、500人以上も“引っこ抜かれて”いった。これは、ただ事ではない。」貧農出身の彼はもともと権力・抑圧者への反抗心を持っていたので、この3・15事件は多大な影響を与えた。保釈された友人たちから過酷な拷問の話を聞くに及んで、元来読書好きの彼は事件を小説にし世間に国家の横暴を訴える決心をした。
彼はまた、権力と戦う人物を欠点や弱さも兼ね備えた人間としてリアルに描き、安易に英雄像を作らなかった。「私は勤めていたので、ものを書くといってもそんなに時間はなかった。いつでも紙片と鉛筆を持ち歩き、朝仕事の始まる前とか、仕事が終わって皆が支配人の所で追従笑いをしている時とか、また友達と待ち合わせている時間などを使って、五行、十行と書いていった…私はこの作品を書くために2時間と続けて机に座ったことがなかったように思う。後半になると、一字一句を書くのにウン、ウン声を出し、力を入れた。そこは警察内の(拷問の)場面だった。」(自伝)
 完成した作品『1928年3月15日』は、特高警察の残虐性を初めて徹底的に暴露した小説として世間の注目を浴びたが、これによって彼は特高から恨みをかうことになり、後の悲劇を呼ぶことになる。
 翌年、26歳の彼はオホーツク海で家畜の様にこき使われる労働者の実態を告発した『蟹工船』を発表する。蟹工船は過酷な労働環境に憤ってストライキを決行した人々が、虐げられた自分たちを解放しに来てくれたと思った帝国海軍により逆に連行されるという筋で、この作品で彼は大財閥と帝国軍隊の癒着を強烈に告発した。登場人物に名前がなく、群集そのものを主人公にした抵抗の物語は、ひろく一般の文壇からも認められ、読売の紙上では“1929年度上半期の最大傑作”として多くの文芸家から推された。
 しかし天皇を頂点とする帝国軍隊を批判したことが不敬罪に問われ、『蟹工船』は『3月15日』と共に発禁処分を受けてしまった。また、銀行からは解雇通知を受け取ることになる。
多喜二は腹をくくった。
ペンで徹底抗戦するために名前を変え、身分を隠して各地を“転戦”する人生を選択した。そして運命の1933年2月20日。
非合法組織の同志と会うために都内の路上にいた所を、スパイの通報によって築地署に逮捕される。この時、逃げようと走り出した多喜二に向かって、特高は「泥棒!」と叫び、周囲の人間が正義感から彼を取り押さえたという。同日夕方、転向(思想を変えること)をあくまでも拒否した彼は、特高警察の拷問によって虐殺された。まだ29歳の若さだった。3時間の拷問で殺されたことから、持久戦で転向させる気など特高になく、明確な殺意があったと思われる。彼の亡骸を見た者が克明に記録を残している。
「ものすごいほどに青ざめた顔は激しい苦痛の跡を印し、知っている小林の表情ではない。左のコメカミには打撲傷を中心に5、6ヶ所も傷痕があり、首には一まき、ぐるりと細引の痕がある。余程の力で絞められたらしく、くっきり深い溝になっている。だが、こんなものは、体の他の部分に較べると大したことではなかった。
下腹部から左右のヒザへかけて、前も後ろも何処もかしこも、何ともいえないほどの陰惨な色で一面に覆われている。余程多量な内出血があると見えて、股の皮膚がばっちり割れそうにふくらみ上がっている。赤黒く膨れ上がった股の上には左右とも、釘を打ち込んだらしい穴の跡が15、6もあって、そこだけは皮膚が破れて、下から肉がじかに顔を出している。
歯もぐらぐらになって僅かについていた。体を俯向けにすると、背中も全面的な皮下出血だ。殴る蹴るの傷の跡と皮下出血とで眼もあてられない。
しかし…最も陰惨な感じで私の眼をしめつけたのは、右の人さし指の骨折だった。人さし指を反対の方向へ曲げると、らくに手の甲の上へつくのであった。作家の彼が、指が逆になるまで折られたのだ!この拷問が、いかに残虐の限りをつくしたものであるかが想像された。『ここまでやられては、むろん、腸も破れているでしょうし、腹の中は出血でいっぱいでしょう』と医者がいった。」
 警察が発表した死因は心臓麻痺。母親は多喜二の身体に抱きすがった。「嗚呼、痛ましい…よくも人の大事な息子を、こんなになぶり殺しにできたもんだ」。そして傷痕を撫でさすりながら「どこがせつなかった?どこがせつなかった?」と泣いた。やがて涙は慟哭となった。「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか!」。特高の多喜二への憎しみは凄まじく、彼の葬式に参列した者を式場で逮捕する徹底ぶりだった。
彼の死に対して文壇では志賀直哉だけが“自分は一度小林に会って好印象を持っていた、暗澹(たん)たる気持なり”と書き記した。この国の文学界は沈黙を守ったのだ。どの作家も、自分に火の粉が降りかかることを恐れたためだ。だが死に顔は、日本共産党の機関紙『赤旗』(せっき)が掲載した他、同い歳で同志の岡本唐貴により油絵で描き残され、千田是也が製作した、デスマスクも小樽文学館に現存している

転載元転載元: 情報収集中&放電中



江戸時代後期の女流画家、織田瑟瑟(しつしつ)の描いた桜画は日本一。
そんな話を聞いて、彼女の故郷,東近江に桜の絵を見に行ったのは3年前のこと。
その時の記事はこちら。


来客用名簿に記帳したので、それからは毎年織田瑟瑟桜画展の案内が届くイメージ 1

桜の季節に合わせての桜画展、これもまた桜の便りである。

しかし、東近江は遠い。
近江八幡まで2時間。さらにそこから近江鉄道で30分ほど。更にバス。

案内ハガキに申し訳なく思いながらも、その後行くことはなかったのだが、
今年は母を亡くしたこともあり、久々に行ってみようという気持ちになった。

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それは、彼女の美しい桜の絵に会いたい気持ちはもちろんだが、
こうして毎年、彼女の絵を観にきてほしいというハガキを出される
地元の方々の熱い気持ちに応えたかったからかもしれない。
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西蓮寺では、桜画展開催の2日間、桜画を見に来てくれる人たちへのおもてなしに
あけくれる。入場料も鑑賞も無料。
それどころか、足を運んでくれた人たちへの心遣いで
地元のもち米や小豆を使った桜餅と
やはり地元のこんにゃく芋から作ったこんにゃくの煮物が振舞われる。
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その数も400個という。
手間と時間とお金をかけての温かいおもてなしに感動する。

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ボタニカルアートのように、細部まで描き込まれた美しい桜画

今年で17回目を迎えた桜画展は、西蓮寺ご住職の町おこしの提案から始まった。
織田瑟瑟の桜画を多くの人たちに見てほしい、瑟瑟を知ってほしいという願いから
「花と緑と桜画のロマンが薫る町づくり」が合言葉になって、有志が集い、
桜の季節に「織田瑟瑟桜画展」を開催する運びになった。

桜画展の費用はお寺持ち。見学者からはお金を一切取らず、おもてなし付き。
毎年入れ替えで、10数点ほどの掛け軸の桜画をじっくり鑑賞した後は、桜餅をいただきながら、ご住職や江戸桜画の研究者たちと気軽に話ができることも魅力だろう。
こんな会が17年続いていることに感嘆する。

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ご住職も有志の皆さんも素敵な方ばかりで、こういう方たちの力で、
織田瑟瑟の桜画は世に広まっていくのだろうと思われた。
(「湖国と文化」に掲載されていた写真、杉山ご住職を囲んで)

彼女の桜画は美しい。

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 その桜画に、更に魅力を与えているのは、この会の方たちだと思う。

こちらは、ご住職の所蔵されている織田桜画の掛け軸

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遠くから来ている私に「この掛け軸は写真を撮っても良いですよ」と言ってくださった。

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こういう温かい心遣いが嬉しい。

運営される人たちの魅力も重なる桜画展
 遠くまで出かけ時間はかかったが、それ 以上の感動を持ち帰れた桜画展であった。

 桜画の彩色は自然のものを使った顔料で(青は緑青、白は牡蠣殻、紅は珊瑚をそれぞれ砕き粉にして色づけしたそうで、自然物なので、200年経っても変色しない
 
そして…こちらがお礼を申し上げたいくらいなのに、もう、お礼状が届いていた。

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