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「プロメテウスの罠」も全9巻のうちの8、あと1巻を残すところまできた。読み進めてきての総合的な感想と原子力行政に関する印象を中心に今回は書こうと思う。
今回の最初の章と次の章で、日本の原子力行政の実態はどうなっているのか、とりわけ事故を起こした福島原子力発電所がどのようにして建設されたのか、どうして事故に至る経緯を踏むことになったのかが詳しく書かれている。
その中で、建設に携わった人物の内部告発に端を発した事件も克明に調べ尽くされて綴られている。
まずわが国に原子力発電所がなぜ持ち込まれたかだが、簡単に言えばアメリカの経済戦略であったこと、それに乗っかることで、日本のエネルギー関連の機構(一部官僚と考えていい)や企業が膨大な富を手に入れることが可能だったことにある。
やがてそれは“原子力村”を産み出し、力のない国会議員や良心的な東京電力社員の力ではどうにもならない魔物に進化してしまう(これは今でも変わらないことに注意する必要がある。今や官邸までも巻き込んでいて、原発を止めることさえできない状況までつくりだしている)。
元小泉首相や護熙首相の反対を抑え、現安倍首相に推進を迫るといった圧力の強さと、一方で今でも続いている異常さとデタラメぶりに気づくはずである。
この日本の原子力行政のデタラメぶりは、核廃棄物の処理を見るとわかる。全く処理法が確立できないでいるのに、あるふりをして再稼働を強行したり、危惧するアメリカにさえ適当な対応でお茶を濁している。
国民は完全に騙されている。いや国民は気づいているのだと思うが気が付かないふりをしているとしか思えない。それは今の電気エネルギー(何も原子力発電だけが電気を生んでいるのではないのだが)を手離したくないからだ。
もっと困ったことは、気づいている権威ある学者や関連企業とその下で働いている労働者までが、生きるため、金のために口をつぐんでいることだ。
かつて元福島県知事の佐藤栄佐久氏は福島県に原発を誘致したが、東電や経済産業省の隠蔽に気づき、勇敢にもそれを指摘し続け、抗議を続けたが、知事の口塞ぎにあい、あっけなく政界を追われた。
“原子力村”という魔物はこれほど強大でだれにもなんともできない存在になってしまった。口封じは簡単に行うし、国民を欺き続けている。もしかするとこの国はこの“原子力村”のために滅びるのではないかとわたくしは危惧している。
原子力産業を推進する際にはアメリカから多大の協力・指導が入る。その中心的なものが米国原子力メーカー、ゼネラル・エレクトリック(通称GE)である。
GEの有能な技師にケイ・スガオカという人物がいる。
彼は福島原発で仕事をしている間に、東京電力の不正を見抜き内部告発をすることになった。その彼の言葉を聞いてほしい。
『東電も経済産業省もGEも、ガラス張りの透明性がなければならないのに、誰もそうではありませんでした。将来もそうはならないでしょう。それが原子力ビジネスのやり方なのです』
彼ははっきり言っています。金のためには、透明性を保てば儲けが少なくなるからやらないということです。しかも将来的にもです。会社がつぶれるか、収益が減ることを誰もやりたがらないということです。まさにニンゲンの醜い本性をさらけ出した言葉です。国民や他国のことなど気にしていては儲けにならないというのです。
読んでいて腹が立ちましたが、本心が見えて痛快でした。世の中の仕組みがよくわかりました。自分がどう生きるかも掴みました。
知らないで生きていくのも一つの方法ですが、知って納得して自分の生き方を見つけることの方が全くましですし、尊いと感じました。
福島県双葉郡の町村には原発事故前数多くの学校がありました。事故後これらの学校のことごとくが教育の機能を失いました。しかし教育界の努力のおかげで小中学校は何とか少人数での教育を再開しまたが、肝心な高校に関してはことごとく休校を迫られました。そこに降って湧いたのが新設高校である「双葉未来高校」です。
双葉郡の未来をどうするかを生徒自身の頭で考えさせる学校づくりが模索されたのです。
これに関わったシュライヒャー氏の言葉があります。「知識を詰め込むだけの学校はいくらでもある。だが必要なのは子どもたちに問題解決力をつけさせる学校だ。きわめて条件が悪い双葉郡から「理想の学校」が生まれれば、世界の中の学校に応用できる」
なんと素晴らしい言葉で発想でなかろうか。このような子供が教育されて初めて双葉郡の再生がなるからだ。ゆくゆくは中高一貫校として動き出すはずである。見守って応援し続けたい。
通章46章・震災と皇室の中では今の上皇后が被災者にどうかかわったかが記録されている。
これを読む限り現上皇后(その当時の天皇皇后)ほど3.11の震災と原発事故を悲しみ、その被災者に寄り添われた方はいなかったことがわかる。
食料はもちろんのこと、物資、宿泊所、風呂などに至るまで全てに皇室の援助を惜しまなかったばかりではなく、被災地や被災者を自身の身をささげるようにして見舞われた。
平成天皇がどれほど国民から慕われ愛されたかがこれらのことから理解できる(それに比べてみると、原発事故を起こした当事者や災害を復興しなければならない官僚や政府のいい加減さが浮き彫りになってくる)。
『…現憲法で天皇は象徴であり国政に責任を負う君主や元首とは違う。責任感や当事者意識は、政治家や官僚ら国民の暮らしや安全を守る権限がある立場の人々こそ持つベきだろう』との専門家の言葉があるが、それが実践されているとは到底思えない。
上皇后の悲しみのお顔が察せられる。
さてこの8を読んでいて特に痛烈に感じるのは、福島原発事故の際の政府や行政、事故当時者のいい加減さである。
それに加えて、原発事故に関する専門家と思しき人たちのそれ以上のいい加減さである。
「警戒すべきことはパニックの発生です」という理由で、真実を伝えず、真実を歪曲するやり方で国民(この場合は直接の被害者)をバカ者扱いするやり方は極みに達したとしか思えません。
私たち被災者は真実を伝えてもらえれば、それに基づいて判断なり相談なり決断をするのであって、その結果意図しないことになろうとも悔やむことはありません。しかし、騙されて意図的に操作される人生など望んではいないのです。
それを、平気で専門家という名のもとに被災者を感情操作までするやり方は、絶対に許されるものではありません。このような怒りに堪えないことが語られています。
飯舘村の管野栄子さんの下の言葉をかみしめたいものです。
『法令は一般公衆の年間被曝量を「1ミリシーベルト」と定めているではないか。なぜ私たちは「5ミリシーベルト」なのか。「放射能への思いは人それぞれ違う。だから、自分で情報を集めて自分で判断して生き方を決める。それしかないって私は思っている。』
どこぞやの(政府や行政の息のかかった忖度づくめの学者さんたちの)話が聴きたいわけではないのである。
8の最終章では帰還の現実が綴られている。
国が「子どもへの健康影響があるかというと、今の化学的知見では問題ないということなんです」「避難指示はどこかで解除しないと前へ進めません」と言って帰還を迫る。
この姿に住民の命などどうなってもいい、国の指針通りに事が進めばいいという考えがありありとみてとれます。
原発作業員だった、坪井幸一さんの言葉「私からすれば、ここは放射線の管理区域みたいなもんだ」。「管理区域というのは原発の作業員が防護服を着て仕事をするエリアのことだ」。
そこへ住民を帰そうとする国の異常さに開いた口がふさがらない。
私の周囲にもたくさんの原発作業員だった知人や友人がいた。皆同じことを言っている。そんな異常なことがこの国では平然と行われているのだ。
プロメエウスの罠・8は、この国の異常さを浮き彫りにしている。
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2019年05月25日
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