<国会バリアフリー>立候補 自分の意志◆自民改憲案に反対 れいわ・舩後議員一問一答
参院選で初当選した、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後(ふなご)靖彦氏=れいわ新選組=に書面と対面でインタビューした。 (横山大輔、北條香子、大野暢子) ■事前質問に対する書面での主な回答は以下の通り。太字は対面での追加質問と回答。
−参院議員としての目標は。 「いかなる障害があっても、重篤な病気であっても、尊厳と楽しみをもって人生を全うできる社会、自分らしく生きられる社会の実現のため、ALSを生きる者としての経験を政治の世界で生かしたい。障害者の代表として、さまざまな特性をもつ当事者の声を聞き、それを国会の場で発信し、真に当事者の立場に立った『合理的配慮』が実現できる障害者政策に変えたい」 −取り組みたい政策は。 「すべての障害者が利用しやすい介助制度の構築と、必要な医療を受けられる体制の整備だ。特に重度訪問介護を、就学や就労にとどまらず旅行などにも利用できるようにしたい。言語、知的、聴覚、視覚障害者らの読む・書く・聞く・話すという情報アクセスを保障するため、人的保障や技術革新への支援も充実したい。バリアフリー化は、地方や小規模店舗、学校での徹底、公共交通機関の乗務員や会社の意識改革が課題だ」 −舩後氏は現在、さまざまな方法でコミュニケーションを取ることができるが、それができなかったころのつらい体験は。
「八年間、本を読むことができなかった」
−参院文教科学委員会に所属している。教育政策での関心は。 「障害のある無しで分け隔てせず、必要な合理的配慮を受けてともに学ぶ『インクルーシブ保育・教育』の実現に関心がある。ともに育ち、学ぶ場である教室から障害児・者に対する理解が自然に育ち、差別や偏見のない社会へとつながっていく」 −インクルーシブ保育・教育の重要性とは。
「(今の)授業は一方的なもの。(インクルーシブ教育は)考える力が養える」
−ALS発症前は商社マンとして世界を回った。
「(発症後)パソコンで英語のメールをやりとりしたことがある」
−安楽死の法制化を巡る議論への考えは。 「国会議員になり、ALS患者や家族から多くの手紙、電話、ファクスをもらった。その中に余命二、三年と告げられ、適切な医療、介護体制があれば呼吸器を使って普通の生活が送れることを知らないまま、絶望している人がいた」 「人は経験したことのない未知の事態を受け入れられず、思考停止になることがある。そうした状況で安楽死や尊厳死という言葉に吸い寄せられる気持ちはよく分かる。しかし、必要なのは『尊厳ある死』の法制化ではなく、どんなに重い障害や病気があっても『尊厳ある生』を生きられるためのサポートだろう」 −東京パラリンピック開幕まで一年を切った。 「障害者が普段からスポーツを楽しめる環境の整備や、障害者政策への持続的な関心につながることが重要だ。心配ごとは、気温が非常に高い中で競技が行われること。なぜ真夏の開催にしなければならなかったのだろうか」 −憲法についての考えは。 「重要視しているのは法の下の平等を定めた一四条だ。症状が進み、施設に入所していた時にネグレクト(無視)にあい、十年にわたり虐待、差別を受けた経験がある。二五条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が、障害者には十分に認められていないと感じる。一四、二五条に基づく施策を充実させたい」 −自民党は九条を含む改憲を進める考えだ。 「改憲より二五条などの憲法の理念を実現することが喫緊の課題だ。自民党改憲案には反対だ。特に、戦争などの有事や緊急事態時に政府に権力を集中させる緊急事態条項の創設は、断じて行うべきではない。戦争などの有事には、障害者は真っ先に切り捨てられるのではないかと恐れを抱いている。国会が政府を監視し続けることが極めて重要だ」 −他の野党との共闘をどう考えているか。 「次の衆院選で政権交代を目指すのが党の方針だ。野党候補者一本化や、政策の一致が必要だ。れいわは、参院選で消費税廃止を公約に掲げ、一定の評価を得た。野党共闘は消費税廃止、最低でも税率5%へ減税を統一政策にすべきだ。国民生活を底上げする経済政策を示し、与党との違いを明確にして衆院選に臨みたい」 −安倍政権への評価は。 「二〇一八年の国民生活基礎調査では全世帯の57・7%が、生活が苦しいと回答している。それでも政権が存続できるのは、野党がしっかりした経済政策を打ち出せなかったからだ」 −秋の臨時国会が本格的な論戦デビューになる。 「自分の虐待経験から、障害者が苦しむ社会はおかしいと感じるようになり、何とかしなければならないと思った。初心を忘れず、日本が抱えるいろいろな問題について、重度障害者が見たり、感じたことを大事にしながら政策提言をしていきたい」
◆公費補助問題 訴えの第一歩 ■対面で、介助者を通じたやりとりは次の通り。 −舩後氏の立候補について、れいわの山本太郎代表に対し「障害者を政治利用している」などとの批判もある。
「自分の意志であることに間違いない。代表に声をかけられて、日本の医療、介護を変えられる千載一遇のチャンスが来たと思った」
−当選後、国会のバリアフリー化が進んだことで「国会議員だから特別な対応を受けている」との意見が出た。
「自分たちを特別扱いしてもらいたいわけではない。重度訪問介護の(公費補助の)ことなども、まずは自分たちが訴えていき、第一歩から始めていかないと次に進むことができない」
−今回のインタビューに対する書面の回答は、歯でかむセンサーでパソコンを操作して作成したと聞いた。どのくらい時間がかかったか。
「三日間」
<ふなご・やすひこ> 岐阜市生まれ。9歳から千葉県在住。拓殖大卒業後、商社に勤務。1999年、41歳の時に手のしびれを感じ、翌年、ALSと診断された。症状の進行で身体の自由が奪われ、絶望していた時、メールなどを通じて患者同士で語り合う活動「ピアサポート」と出会い、生きがいになった。 訪問介護を通じて出会った看護師の佐塚みさ子さんから「当事者の目線から経営に助言がほしい」と依頼され、2012年に佐塚さんが経営する福祉サービス会社の役員に就任。短歌の創作や人工音声での講演活動も積極的に行う。14年には、障害の有無に関係なく暮らしやすい社会の実現を掲げ、千葉県松戸市議選に立候補。落選。今年7月の参院選でれいわ新選組から比例代表の特定枠に重度障害者の木村英子氏(54)と共に立候補。2人とも初当選を果たした。 <ALS> 全身の筋肉が動かなくなっていく難病。10万人に1〜2人の割合で発症する。進行すると、自力で食物をのみ込むことや呼吸も困難になる。発症後も、視覚や聴覚、脳の機能は損なわれないことが多い。原因や根本的な治療法は分かっていない。2017年度末の国内患者数は約9600人。
2019年8月27日 朝刊東京新聞より引用
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2019年08月31日
全1ページ
[1]
<国会バリアフリー>重度障害者も憲法の権利保障を れいわ・木村議員一問一答
参院選で初当選した重度障害者の木村英子氏=れいわ新選組=は二十九日、本紙のインタビューに応じた。主な内容は次の通り。 (横山大輔、北條香子、大野暢子) −議員活動で力を入れたいことは。 「重度障害者が生きやすい社会を目指し、障害者政策を中心に取り組みたい。訪問介護の充実と、障害者差別解消法に定める『合理的配慮』への理解を広めたい。議員になって直面したのが、重度訪問介護が議員活動に使えない問題。障害者の通勤、通学時の介助が保障されていない現実がある」 −憲法九条についての考えは。 「戦争や災害時には、人の手を借りる障害者が一番に犠牲になる。重度障害者としては、九条の改憲がまた戦争を生み出すのではという恐怖がある。平和を維持するには、一人一人が平和を願い、憲法を守ることが必要だ。国民の十分な議論を尽くさない限り、改憲に反対だ」 −生存権を定めた二五条についてはどうか。 「『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』は、実態として重度障害者には十分保障されているとはいえない。自分の意志で選択した人生を営むにはバリアー(障壁)が多い。どんな重い障害があっても、地域で当たり前に生きていけるように、憲法が掲げる権利の保障に取り組みたい」 −十月に消費税増税が予定されている。 「就労で収入を得ている障害者は少ない。家族に障害者がいて就労しにくい家族もいる。消費税増税は生活に直結する。消費税はない方がいい」 −十九歳で自立生活を始めた。 「介護制度は今ほど充実しておらず、ご飯を食べるため、介助する誰かを探さなければいけなかった。大学でビラを配り、トイレや買い物、食事を手伝ってくれるボランティアを探した。千枚配っても一人来るか来ないかだった」 −結婚、出産もした。 「子育てはすごく大変だった。息子を膝に乗せて母乳を与える時も『息子をここに寝かせて』と夫や介助者に頼み、クッションを使って息子を支えた。子育て中の私たちに、周りはあまり近寄ってこなかった。障害者が目の前で困っていても、どうしたらいいか悩むのだろう。障害者と健常者は同じ社会に生きているとは言えず、壁があると感じた」 −そういう社会を変えたいと訴えてきた。 「今まで一人一人をサポートし、何人もの障害者を地域に送り出してきた。これからは国会議員として国の制度に携わる。より大きな規模で、障害者の現状を変えたいと覚悟を決めた」 <きむら・えいこ> 横浜市生まれ。生後8カ月の時に玄関から落ち、重度障害になった。養護学校を卒業後、19歳から東京都国立市で一人暮らしを始めた。1994年、障害者の自立を支援する「自立ステーションつばさ」(多摩市)を設立。現在は事務局長。
|
|
|
病院で仕事をしていると、色々医療について気づくことがあります。
最後に、検診や病院との付き合い方など、気づいたことを・・。
本来、健康な人は、検診は必要ないと考えます。
検診して色々指摘されても、日々の食生活や運動で十分改善できます。
但し、検査は自分の健康の確認という意味では大切だと思っています。検査など不要と思ってきましたが、エコーで膵臓や胆のうに小さな異常を告げられ、今は食べ物や運動などにもっと気をつけるようになりました。
人間ドックや検診などで、検査に引っかかった方「要精密検査、要治療」の方は、その後どうなったでしょう?
追跡調査では、半分以上は異常なしでした。
但し、検査は、身体に負担をかけるもの、危険を伴うものだということをよく承知した上で検査に臨むことです。
そして、検査後、判明した結果については、
まず、病気は自分で治す・・という気持ちが最も大事で、
決して病院任せにしないこと。
病院は、上手に利用するくらいの気持ちでいるのが良いと思います。
さて、追跡調査の結果、やはり深刻な病気が発見された方も半数。
中には、手遅れとなった方もいました。
検査漬けには反対ですが、もう少し早く発見されていれば助かったのに…と思うと、疑わしい場合は、最低限の検査は受けた方がいいと思います。病気や自分の体調を知ることで、健康管理することができるからです。
色々考えさせられた事例を3つほど。
事例1 病院の言いなりで手術や検査漬け
膵臓、胆嚢にちょっとした異常があった方ですが、胆嚢全摘手術
病変には癌細胞なし。次に膵臓の異常が指摘され、3ヶ月ごとに検査。
病名は胆嚢腺筋腫症で胆嚢壁が厚くなる症状
放置すると胆汁が滞ったり、癌化する恐れがあるので全摘したものと思われます
実は私も同じ症状を持ち、全摘を勧められていました。
良くなることはないと言われたけれど、健康管理の結果、
翌年には良くなっています。
安易に手術して、検査漬けのテーブルに乗せられると、体力的にも、経済的にも、
その負担は大変なものだと思います。
必要のない検査や手術はしないように、また3ヶ月ごとの検査は本当に必要なのか?よく見極めましょう。病気治しの基本は自分です。
薬にも頼らずに、食生活と運動とで健康は回復できるものです。
事例2、膵臓癌は進行が早い
検診で発見されるも、手遅れで処置なし。1年待たずに死亡。
膵臓癌の怖さを実感しました。
自覚症状なしで見つかりにくく、進行が早い上、手術もしにくい。
膵臓に異常があるなら、やはり日々の健康管理を厳しくすると共に、
(膵臓は砂糖と油、大食が大敵)
腹部エコーなどの安全な検査を半年に一度はしておく方がいいかもしれません。
事例3、便潜血を3年以上放置、手遅れの直腸癌でストーマ装着に。
便潜血や尿潜血は意外に軽く考えがちですが、
気になる症状が続いていれば、再検査は大事?
この方は独身の男性で、入院するにあたって、キーパーソンが家族にいない。
郷里も遠く、母も自分の兄弟も来れない。
結局、職場の同僚がキーパーソンになりました。
今、結婚しない人たちが多いので、こういう時は友人が家族の代わりになります。
結婚されない方々は友人を大切に!
事例4 仕事のせいで体調が悪化
貧血で倒れて急遽入院も、糖尿、腎臓も良くない。
結局この方も独身で、毎晩残業で遅く、夜の食事はコンビ二、
運動する時間もないと。
入院して食事も管理され、数値も良くなってきたが…
また同じ職場環境に戻ることで、体調悪化させ、再入院。
職場は、日々の仕事の環境について、健康への配慮もすべきだと思いました。
職場の残業が健康を損なっている事例です。
…………………………………
基本的には検査は健康な人には受けなくて良いもの。
検査でひっかかっても、まずは自分で健康管理を見直すことです。
友人であちこち検査された挙句、原因不明なので、病名わかるまで検査漬け…‼
私が言っても仕方ないことですが、こんな馬鹿げた事はありません。
急性の病気でもない限り、病院行きの前に食生活と運動、睡眠不足などを見直すべきだと思います。
体調が悪くなった時は、
*十分な睡眠を取る
*胃腸を休めるために少食にしてよく噛んでたべる。
おかずの要らない玄米が望ましいですが、
雑穀米でも、白米よりは良いです
*食事は味噌汁、梅干し、ごま塩くらいで十分。
*玄米菜食を広めた桜沢先生の病気治しの食事は
一汁一菜、一口50回噛むことが基本。
これで難病の人も次々治っていきました。
検診は自分の健康状態を知るためにするもの。
治すのは自分の健康管理です。
以下に挙げる記事は、そのような健康管理をなさっている方の詳しい記事です。
お時間ありましたらごらんください。
12月までは閲覧可能です^^
福島の青い空(341)平成ベクレル物語(10)
福島の青い空(339)平成ベクレル物語(9)
福島の青い空(338)平成ベクレル物語(8)
福島の青い空(337)平成ベクレル物語(7)
福島の青い空(336)平成ベクレル物語(6)
福島の青い空(335)平成ベクレル物語(5)
福島の青い空(334)平成ベクレル物語(4)
福島の青い空(333)平成ベクレル物語(3)
福島の青い空(332)平成ベクレル物語(2)
福島の青い空(331)平成ベクレル物語(1) |
全1ページ
[1]






