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明治学院大学白金台チャペル
1916年(大正5年)に建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(米国)の設計によって建てられた、英国ゴシック様式の礼拝堂です。 このチャペルで1919年(大正8年)、子爵令嬢の一柳満喜子とヴォーリズが結婚式を挙げた。ヴォーリズ38歳、満喜子35歳であった。
ヴォーリズについては何度も書いているが、ヴォーリズ一人で大きな仕事ができたわけではなく、彼のもとには、彼の教え子吉田悦蔵氏をはじめとする良き仲間たちが、衛星のように集まっていた。
特に吉田悦蔵とその母柳子、悦蔵氏の妻清野は、それぞれが主人公になれるほど素晴らしい人格の持ち主で「ヴォーリズの物語」を美しく彩っている。 吉田悦蔵はヴォーリズの生徒だった。(写真では右から4番目)
ヴォーリズが学校をクビになると、自分の母からの仕送りを半分ヴォーリズに・・と申し出た生徒であり、ヴォーリズの片腕となって、亡くなるまで彼を支えた。
母柳子(写真中央)は、熱心な仏教徒であったが、悦蔵氏の信じているキリスト教を信じるようになって、50歳近い年齢でありながら、聖書と英語の勉強を始め、自転車で伝道にもいくような熱心な女性であった。紹介された渡辺清野にほれ込み、息子の嫁にと水戸から近江八幡に彼女を呼び寄せた。
清野は悦蔵氏より2歳年上。それにこだわって彼女が辞退すると、
悦蔵は「自分の母も父より1歳年上だった。だから、父で苦労しても自分を一人前に育ててくれた。自分は母のようにしっかりした女性の相談相手がほしい。年の差など意に介することではない」と結婚を申し込んだ。
清野は東北なまりがあって苦労したが、悦蔵はいつも清野をかばい、励まし関西の言葉になれるように手助けした。
悦蔵氏も人格者で、クリスチャン嫌い?の男性が伝道している悦蔵にケンカをしかけようと待ち構えていたが、悦蔵の人格にほれ込み、逆にクリスチャンとなったというエピソードも残っている。
清野は水戸の宣教師ビンフォード夫妻の下で仕事をしていたので、英語はもちろん、家事や料理の能力も高く、家庭にあっては良き妻、良き母であり、後に近江家政塾を始めてからは、生徒たちからも理想の夫人として憧れられた。
魅力ある人物たちが集まって共に仕事をした時期が、ヴォーリズの仕事として近江ミッションが大きく発展した時期となっている。
この度、その吉田悦蔵氏の孫である吉田与志也氏が、膨大な祖父の資料やヴォーリズが海外に出した雑誌を翻訳し、それらの資料を駆使して、本を出版された。読むのが楽しみです。
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W.M.ヴォーリズ
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ヴォーリズの職場も・・・
日本でも大正時代、W.M.ヴォーリズは、従業員を大切にし、残業を認めませんでした。
それは・・家族との団欒の時間、健康維持のための時間、睡眠時間の確保、そしてスポーツ、音楽、読書など自分の趣味の時間も大切にしてほしいという理由によるもの
(人は仕事をするためだけに生まれてきたのではないからです。)
社員たちは夕刻5時には「早く帰りなさい」と帰されました。
深夜に及ぶ残業が問題になっている今の日本からみればうらやましい・・
どうしても仕事を続けたい社員は残っていると叱られるので、いったん帰り、こっそりもどって来て仕事をした・・というエピソードが残っています(^_-)-☆
彼の職場の隣にはテニスコートがあり、5時を過ぎるとテニスを楽しむ社員の姿がありました。
ヴォーリズの両親も息子の事業の応援に来ていましたが、特に父親ジョンは仕事以外でも慕われ、テニスプレーヤーとしても活躍しました。
ヴォーリズの職場は、朝は祈りから始まり、身分の上下もなく平等で
異国人種(日本人アメリカ人、韓国人など)が仲良く仕事にあたったそうです。
仕事をしてくれる従業員の幸せを願い、
また建築物は使い手の身になって設計
・・・理想的です。
韓国も人権を大切に、週12時間以上の残業を禁止。
違反した事業主には罰金か、懲役。
日本も労働者の人権に寄り添った改正をすべきです。 |

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さて、海辺のカフェの記事からあっという間に1週間たってしまいました。
次に、友人に案内していただいたのが、 こちらも待望の「ヴォーリズ建築マッケンジー邸」です。 マッケンジー邸は、静岡市駿河区高松の海岸沿いに建つ美しい洋館で、 設計はウィリアム・M・ヴォーリズ。 昭和15年に竣工した故ダンカン・J・マッケンジー、故エミリー・M・マッケンジー夫妻の旧宅です。 マッケンジー夫妻 夫、ダンカン・マッケンジーは静岡茶の貿易商として、お茶の輸出に力を尽くし、 エミリー夫人は、夫の死後も日本に残り、私財を投じて社会福祉の向上に努めました。特に恵まれない子供たちに愛情を注ぎ、自ら乳児院の経営や保育園を開設して子供たちの救済に打ち込み、静岡市の名誉市民第1号に選ばれています。
ちなみにヴォーリズも、近江八幡名誉市民第一号です。 高齢になった夫人は帰国時に、この館を静岡市に寄贈。数少ない戦前の洋館として登録有形文化財となり、一般に公開されました。 邸宅の敷地に入っていくと・・HOMAMの石碑が・・。 マッケンジーさんは天体観測が趣味。夫妻は塔屋から星空を見るのが好きで、この家に、アラビア語でぺガサス座の星HOMAM(「勇者の幸福な星」の意)という愛称を付けました。 HOMAMは、「もてなし」という意味も持つそうです。「もてなし」という言葉には、この家を解放してクリスマス会を開いたり、子供たちに愛情をたくさん注いだエミリー夫人の温かさが思われました。 さて、マッケンジー邸に入ります。 扉もアーチ型。 アーチ型は柔らかい空間を作り、人の心を和らげる効果があるのだとか・・ 窓もアーチ型です。
ヴォーリズらしい階段 大きな明るい窓と、ちょっと一息つくのに便利な壁利用のソファがあります。 駒井邸とよく似ていて、一段目は低くて幅が広く、昇りやすい階段です。 階段のふちが丸くなっているのは怪我を防ぐためとお掃除しやすくするため・・。 このような工夫はヴォーリズ建築でよく見られる住み手(使い手)への配慮です。 ヴォーリズ建築が「優しい建築」とか「温かい建築」と言われるのは、このように多くの配慮が込められているからでしょう。 部屋が広く無駄なく使えるように、作り付けの家具が多いのもヴォーリズの特徴です。
この建物は、立地条件を考慮して、潮風による腐食を防ぐため、土台は木材を使わずコンクリートを打ち、床下や天井裏を広くし、風通しがよくなるよう配慮されています。建物の主な材料はナラとクリで、狂いを防ぐため、柱などには木目の違った木材をニカワで張り合わせた集成材を使っています。接着剤が発達していない当時としては画期的な技法といえます。キッチンです。昭和15年ですが、駒井邸同様、この時代すでに床から天井まで無駄のないシステムキッチンになっています。 こちらの出窓は元は食堂でした。今は資料室になっています。
その他、照明や金具なども一つ一つヴォーリズがデザインしたそうです。
ヴォーリズは小さいころから絵が好きだったので、デザインもお手のものでしょう。
マッケンジー邸を見に行って心に残ったのは、やはりヴォーリズ建築特有の配慮や温かさ。今回はそれがエミリー・マッケンジー夫人の優しさとも重なりました。
良い見学ができました。
案内をしてくださったFさま。ありがとうございました。
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ビストロ・ダモン亭にようこそ!
(・・・)にダモンテさんのつぶやきを入れてみました^^
こちらは天然酵母パンや手作りピザを焼く石窯。
(燻製や蒸し焼き料理もしまっせ〜。)
玄関に入ると右側にヴォーリズさんの写真と昔のこの家の写真を記念に飾られていました。(大事にしてますやろ?)
玄関に入って正面。和風建築らしい趣です。陶芸作品も展示。
(ヴォーリズさん、短期間によく和風建築の勉強しはりましたなぁ)
階段入口のアーチ型は心を癒す形、ヴォーリズさんがよく使われます。
和洋折衷ですね!
和風の良さは大広間。いろんな催しにも便利。
ふすまを外せば、広く使えるし、子供が這い回っても大丈夫。
季節の彩りを添えた庭を見ながらお食事ができます。
(子ども連れのお母さん方に喜ばれておりますな。)
ちゃんと、欄間もあります。とんぼは不退転で縁起が良い昆虫。
(ヴォーリズさん。物知りですなぁ〜)
ついでながら・・左手のトイレもおしゃれでした。
ピアノの上に果物が・・!
(自分もヴォーリズさんと同じく、ピアノ弾けるんや〜)
リビング、
リビングのベンチにはダモンテさんの陶芸作品が・・
左手はピザのお皿。カップにはコーヒーを。
(気にいった器はありまへんか?販売もしまっせ〜)
(今日の料理はどの器に盛ろうかな〜考えるのも楽しみのうち^^)
さて、お料理です。イカとトマトソースとチーズの石窯焼きピザ
ピザは小麦粉から手作り・・
添加物を嫌うので、サラミやハムなどは使わず、野菜や海鮮類を中心にししたピザが多いです。アツアツ焼きたてでチーズにもこだわりがあるようで美味しかった!名前忘れましたが野菜料理
アイスクリームも自家製です
以下、ネットから拝借
ピザの生地が余ったので、グリッシーニを!
✿ダモン亭のおもてなしが素晴らしいと思えるのは…
無農薬や良質の素材を使い、ピザの台やパンも手作り。
お客様の健康に配慮がなされていること。
そして、美味しいものを作るだけでなく、
気さくに話しかけられたり、
料理を説明されたり、
子供がいたら抱き上げたり…^ ^
足を運んでくれたお客様に、快適な時間を提供したいという思いを持っておられます。
これも素敵なおもてなし。
相手を思って仕事をすることは、「ヴォーリズ精神」と言われます
ヴォーリズも、住まいの使い手への配慮として、健康、掃除や収納のしやすさ、家族の団らんなどをいつも大事に考えて設計してきました。 ダモン亭には、くつろいだ豊かな時間が流れています♡
写真では写せませんが、この雰囲気がとてもいいのです♬
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昨年の夏、ヴォーリズの愛した街、軽井沢に 憧れのヴォーリズ建築を訪ねました。
清澄な空気と爽やかな風、 深緑の中に佇む「睡鳩荘」(朝吹常吉氏の別荘)...思っていた以上にすばらしい風景でした。
こんな自然の佇まいの湖畔にその別荘はあります。
朝吹山荘「睡鳩荘」は・・ 平成20年(2008年)彼女から寄贈されて、ここ軽井沢タリアセン(リゾート施設)の塩原湖畔に移築復元、無料公開されるようになりました。前からここにあったかのように、風景に建物が溶け込んでいます。
近くに行って見ました。下は湖に面したベランダです。
中は・・
階段や照明も美しいです。
⭐︎軽井沢ル・ヴァン美術館⭐︎
西村伊作は、両親がクリスチャンですが、地震で早く両親を失い、医師である叔父に育てられました。社会を救済しようと活動もされていた立派な叔父さん(大石誠之助) Wikipedia
でしたが、大逆事件で連座させられ、殺されてしまいます。その後伊作自身も政治活動から、身を引き文化学院を中心に文化人との交流や教育など、文化的活動を深めました。絵のセンス、建築設計、陶芸など何でも器用にこなされた方です。写真は西村伊作。 ヴォーリズと西村伊作は、どちらも素人ながら、建築と教育に打ち込んだところだけでなく、考え方もよく似ています。 ・家は、接客中心ではなく、子供中心に・・。 ・平和主義者 ・人に喜んでもらう仕事をせよ… など <美術館での心に残った伊作の言葉のメモ>
⭐︎美しく生きることは私たちの最上の願いである ⭐︎我々の心が喜ぶようにするには、日常品を美術品にすること 役立つもの、便利なものは美しい形をしている ⭐︎日常生活に芸術を ⭐︎若い時の読書、経験、思考など、得たもので考える。ゆえに、若い時はいろいろ知り、行動し、経験を積んでみるのがよい。 ⭐︎良い知識を持ち、組み立てて正しい思想を持つ。 それが、徳として人を存在せしめる。 ⭐︎人の良いところを発見する ・・・・
二人の活躍した大正時代をもっと知りたいです。 二人は同じ時代に生き、文化生活などの雑誌にも投稿したり、対談したりしています。建築設計もヴォーリズを断って、西村伊作に頼んだ教会もあって、二人はライバルだったかもしれません。
西村伊作設計の建物 |

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