mimiの日々是好日

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良いお話♪

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 一日一万歩を楽しんでいて、ある日あまり通らないコースに足を踏み入れた。そのコースの途中に小さなお寺があって、山門のそばの掲示板に面白い言葉を見つけた。それが表題の言葉である。

 心に残ることばとしてフリージャーナリストの音田昌子(おんだまさこ)氏の文章の中に出てくる言葉なのだが、とても面白いばかりではなく、人生の参考になると思いここに全文を写し取ってきたので紹介する。

 
 人間には、それぞれ定められた命があり、それが天命なら、逆らうことはできないかもしれない。でも、この世に生まれてきた以上は、できれば自分の夢をかなえてから死にたいものだ。毎年、年末になると届く喪中はがきのなかにも、最近は大学の同級生や昔の同僚など、私と同世代や、それに近い年齢の方のものが増えてきた。まだまだ、したいことがたくさんあったろうにと思い、私自身も、いまのうちしたいことをしておかねば…と、ちょっぴり焦りにも似た気持ちがこみあげてくる。
 そんな折、たまたま読んでいた本『老いる勇気/これからの人生をどう生きるか』(PHP研究所)のなかで出会ったことばに、少し救われた。著者は、アドラー心理学の研究で知られる哲学・心理学者、岸見一郎さんだ。
 高齢者を対象に書かれたこの本は、「先々のことを思い煩っている時間は何も生みません」と説き、残された人生をどう生きるかを考えさせてくれるのだが、そのなかで、なるほどと思ったのが次のことばだ。
 「人生はマラソンではなくダンスである」
 岸見さんによれば、「あなたはいま、人生のどの辺りにいますか?」と訊ねられたとき、「若い人は直線の始点に近いほうを、年配の方であれば終点に近いほうを指すでしょう」。つまり、多くの人は時間や人生を、始まりと終わりがあるマラソンのようなもの、ととらえているという。
 しかし、進む道が「たとえどこかに到達しなかったとしても、そのプロセスの一瞬一瞬が完全であり、完成されたものであると考えることもできます」例えばダンス。「ダンスは踊っている一瞬一瞬が楽しいのであって踊り切らなければ楽しめないというわけでも、どこかに到達するために踊っているわけでもありません」。
 岸見さんのことばは、いくつになっても夢を失わず、余命など気にせず、新しいことに挑戦しようと励ますためのものだが、同時に「人生で大切なのは生きた時間の長さではない」という意味もこめられているような気がする。そして、先々のこと、残された時間のみを考えることからは何も生まれないと、私たちを戒めている。
 自分が生きているいま、ここを大切にしようと思えば、この先どのくらい生きられるのかと不安になることもないだろう

 いかがでしょう。私もそのようにお思いますし、それに近い生き方を知らず知らずのうちにしていたことに気づかされています。

 おたがい、今を大切に。

転載元転載元: ■川柳&ウォーキング・ライフ■

『蟹工船』という小説を書いた小林多喜二という作家がいます。
この人は戦前、思想・社会運動を取り締まる特高警察に検挙されました。
取り調べといっても実際には、竹刀やムチで打たれたり、
投げられたりする毎日で、
目は腫れ、口は裂け、髪の毛もずぼっと抜けるなどのひどい拷問でした。

多喜二はやがて東京・多摩の刑務所に入れられますが、
北海道の小樽にいる多喜二のお母さんに、
5分間だけ面会が許されることになりました。

字の読めないお母さんは、刑務所からの手紙を読んでくれた人に、
「5分もいらない。1秒でも2秒でもいい。
生きているうちに多喜二に会いたい」
と訴えました。
貧乏のどん底だったので、
近所の人になんとか往復の汽車賃だけを借りて雪が舞う小樽を発ち、
汽車を乗り継いで指定時間の30分前に刑務所に着きました。



看守がその姿を見て、あまりにも寒そうなので火鉢を持ってきました。
するとお母さんは、
「多喜二も火にあたっていないんだから、私もいいです」
と、火鉢をよたよたと抱えて面会室の端に置きました。
今度は別の看守が朝に食い残したうどんを温め直して差し出しました。
お母さんは車中、ほとんど食べていません。それでも、
「多喜二だって食べてないからいいです」
と、これも火鉢のそばに置きました。

時間ぴったりに看守に連れられて面会室に現れた多喜二は、
お母さんを一目見るなりコンクリートの床に頭をつけ、
「お母さん、ごめんなさい!」
と言ったきり、顔が上げられません。
両目から滝のような涙を流してひれ伏してしまいました。

わずか5分の面会時間です。
言葉に詰まったお母さんを見かねた看守が、
「お母さん、しっかりしてください。
 あと2分ですよ、何か言ってやってください」
と言いました。
ハッと我に返ったお母さんは、
多喜二に向かって、この言葉だけを残り2分間繰り返したそうです。

「多喜二よ、おまえの書いたものは一つも間違っておらんぞ。
 お母ちゃんはね、おまえを信じとるぞよ」


その言葉だけを残し、お母さんは再び小樽に帰りました。

やがて出獄した多喜二は、今度は築地警察署の特高に逮捕され、
拷問によりその日のうちに絶命しました。
太いステッキで全身を殴打され、
体に何か所も釘か何かを打ち込まれ、亡くなったのです。

もはや最期の時、特高がまだステッキを振り上げようとすると、
多喜二が右手を挙げて、しきりと何かを言っているようです。
「言いたいことがあるなら言え」
と特高が水をコップ一杯与えました。
すると、多喜二は肺腑から絞り出すような声で言いました。

「あなた方は寄ってたかって私を地獄へ落とそうとしますが、
 私は地獄には落ちません。
 なぜなら、どんな大罪を犯しても、
 母親に信じてもらった人間は必ず天国に行く
 という昔からの言い伝えがあるからです。
 母は私の小説は間違っていないと信じてくれました。
 母は私の太陽です。
 母が私を信じてくれたから、必ず私は天国に行きます」

 そう言って、彼はにっこり笑ってこの世を去ったのでした。

お母さんは、字はひらがなぐらいしか読めません。
したがって、多喜二の小説は一行も読んではいないのです。
しかし、自分の産んだ子は間違ったことはしていない。
かあさんはおまえを信じている、と言ってくれました。
そういうお母さんに対し、多喜二は「母はオレの太陽だ」と言ったのです。

ここにおられる女生徒の皆さん、
あなた方はあと十年もすれば愛する人を見つけて結婚なさると思います。
どうかそのとき、その愛した男性に対して
「お父さま」とおっしゃってください。
どうか「尊い人」と言ってあげてください。

男性も女性から尊い人と言われれば、本当に命をかけて、
あなた方の命の安全と幸福のために汗を流して頑張ります。
人間のこの父母である夫婦が尊敬しあい、
いたわりあわなければ、子供が健全に育つはずがありません。

だから、皆さんの世代になったら、
ぜひ日本人の母になってください。
カミ様になってください。
男の生徒さんは、たくましく、
優しい日本人の男になってください。

そして、だれも真似できない太陽を胸に輝かせた
自分というものをしっかり確立してください。
それが、皆さんの永遠の心棒です。

「日本の心」(作家・境野勝悟)より

******************
境野先生の「日本のこころの教育〜熱弁二時間。全校高校生七百人が声ひとつ立てず聞き入った!」というタイトルの本の中で紹介された心温まる逸話。(南会津町御蔵入交流館の図書館にもあります)「小さな人生論」と一緒に入手した一冊です。

その文中にある一章にあった「母親に信じてもらった人間は天国へ行く」という一文。
母はまだ岩手の山奥で存命ですが、今は1年に一度くらいしか逢えない母の言葉や生き様を思い出すと、涙がなんだか止まらなくて、背筋に暖かでしっかりとした心棒を入れてもらったような時間を読書を通して過ごしました。


一番の頼りにしている両親、母親、家族に信じてもらえない体調不良、症状に苦しむ人達がたくさんいます。
決して嘘をついて、学校をさぼったり、仕事を休んだり、家事の手を抜いたりしたい訳ではないんです。うつ病とか過敏症、アレルギーとかは、目に見えて身体が痛んだり、レントゲンに影が映ったり、血液検査の数値にあらわれたりしないからといって、嘘じゃない苦しい、辛いものだと信じてあげてほしいんですね。

 天国に行けなくてもいいんです。ただ、信じて、一緒に苦しみ、辛さを分かち合って理解してくれて、手を差し伸べてくれるだけでいいんです。
優しい言葉ひとつでもいいんです。
本当に死にたくなるほど辛くなる時もあるんです。

だから、化学物質とか電磁波とか、クサイとかイタイとかしかめっつらしていても、自分が感じないとしても、信じて、協力してあげてくださいね。お願いします。(いけや)

転載元転載元: ナオルヨブログ (^-^) 愛と自由と平和あふれる地球へ

以下、回答の全文です。
少々長いですが、ぜひとも最後までご覧ください


え〜っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません
弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません
虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています
 
自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です
個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです
 
種レベルでは「適者生存」です
この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです
(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)
 
そして自然というものの特徴は、「無限と言っていいほどの環境適応のやり方がある」ということです
必ずしも活発なものが残るとは限らず、ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります
多産なもの少産なもの、速いもの遅いもの、強いもの弱いもの、大きいもの小さいもの、、、、
あらゆる形態の生物が存在することは御存じの通り
「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです
 
そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです
10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります
「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります
 
人間の生存戦略は、、、、「社会性」
高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です
 
どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました
生物の生存戦略としては大成功でしょう
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)
 
「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ
あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です
 
遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です
例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです
(「生まれつき目が見えないことが、どういう状況で有利になるのか?」という質問をしないでくださいね。それこそ誰にも読めないことなんです。自然とは、無数の可能性の塊であって、全てを計算しきるのは神ならぬ人間には不可能ですから)
 
アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです
その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです
 
だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです
 
我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです

転載元転載元: 情報収集中&放電中

【昨夜はテレビに釘付け 「テニス・全豪オープン」の大坂なおみ選手。ついに、全米オープンか連勝で優勝。世界ランキング1位に 「なおみちゃん節」も人を引きつける。非常に精神力の強くなったね。 勇気をもらい感動しました
 昨夜の、「テニス・全豪オープン」の大坂なおみ選手。ついに優勝して、世界ランキング1位になりました。
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 素晴らしい試合でしたね。
 以前はミスをするとそこから自分のテニスができなくなることもありましたが、全米オープンからその気持の切り替えがうまくなりました。つまり、精神力が強くなったってことです。簡単なことではありません。

 サービスもリターンの技術も凄い。そして、ミスしても、以前とは大違い「気持ちを切り替える精神力」で諦めない姿勢でした。成長したなあ。と誰しも思ったはずです。
 そして、あの「なおみちゃん節」ーー。
 自分の気持ちを素直に表現するのは、とても可愛いし、控え目な人柄、好感の持てる「なおみ節」のコメントは世界中の人をひきつけますね。 しかも、まだ21歳。今後まだまだ伸びしろもあり。もっと強くなりそうですね。感激、感動しました。ずっと活躍していって欲しいですね。

このニュースは政界中で放送されました。
なおみちゃん。ホントにおめでとう。勇気をありがとうといいたいですね。日本のテニス人口もこれでかなり増えるのは確実でしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大坂の文句なしVを世界主要メディアも速報 ESPN「今回は論争はない」
デイリースポーツ 1/26(土) 21:57配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190126-00000113-dal-spo
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テニス・全豪オープン」(26日、メルボルン)
 女子シングルス決勝で第4シードで世界ランキング4位の大坂なおみ(21)=日清食品=は、第8シードで同6位のペトラ・クビトバ(チェコ)と対戦。7−6、5−7、6−4で勝ち、昨夏の全米オープンに続いて四大大会を制覇した。日本勢として初の世界ランキング1位も確実となった。


【写真】なおみ トロフィー置いてちょこんと正座 かわいすぎ!

 大坂のグランドスラム連覇の偉業を、世界のメディアも速報した。ESPNは速報記事で「今回の大坂なおみのグランドスラム優勝に論争は起きない」と、人気の高いセリーナ・ウィリアムズ(米国)を破っての優勝に、表彰式でブーイングが飛んだ昨夏の全米オープンの件を持ち出しつつ、その完勝ぶりを称えた。

 米主要紙「ニューヨーク・タイムズ」も、「大坂なおみがクビトバを破り、全豪オープン優勝」と、速報。「四大大会の連続優勝は、15年に3連勝(全豪〜ウインブルドン)したセリーナ・ウイリアムズ以来となる」と、紹介した。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師 ー「佐々木公哉のブログ」

福島の青い空(464)



前川さんの夜間中学

このお正月佐高信氏の「正言は反のごとし」(二人の謙三

という本を読んだ。相変わらず題名の意味がよくわからな

い。そういう題名はつけないほうがよい。

この人の難解な精神性がよく表れている。本はわかりやす

く書かれているが人間性はわからないぞ。一筋縄でいかな

い難しい人で、私はそういうところも好きである。東北つ

ながりの親近性もある。(佐高氏は山形県酒田市生まれ)

要するに好きで時々読んでいます。

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この本は政治家松村謙三と河野謙三が主人公である。

松村が文部大臣になったのは1955年(昭和30年)で

ある。(第2次鳩山内閣)

そのころまで、中学まで義務教育になったことをまだ理解

できない親たちがいた。

「お大尽のせがれじゃあるまいし、こちとらのせがれが中

学なんて、笑わせちゃいけないよ」といって、教師が訪

て行って通学を促しても全く取り合わなかった。

そんな中で足立区立第4中学の伊藤という校長が熱心な教

師たちと夜間中学を始めた。

それ以外に、その年齢の子供たちに勉強をさせる途はない

と考えてのことだった。

しかしこれは法律違反であることは確かで、区の教育委員

会は何度もその閉鎖を命じた。

それでも、校長以下、教師たちハネつけて、いわゆる夜間

中学を続ける。

もちろん区からは一銭もお金が出ない。すべて教師たちの

涙ぐましい奉仕で続けられていたのである。

―――夜間中学は幸せ薄い子どもたちの唯一の楽しい学び

舎であり、「お互い肩を寄せ合いながら勉学にいそしむ姿

に先生たちはしばしば涙を流し、この子供たちのために、

と教師としての血を躍らせた。」――――という。

法律や規則を盾に取るだけの教育委員会からは、その後も

何度か閉鎖命令が届いたがそれを拒否してる間に1年が過

ぎた。

校長の伊藤は頑張った子どもたちを勇気づけるために、開

校一周年の催しをしようと考える。

当時足立区会議員だった鯨岡兵輔はその話を聞き、なんと

か力になれないかなと思いつつ、私淑していた松村謙三を

文部大臣室に訪ねてこの話をした。

もちろん松村に来てもらおうと思って話をしたわけではな

い。

ところが、話を聞いた松村は、

「私が行ってあげよう、私が行くのが一番いい」

と言い出したのである。

現職の文部大臣に、正式に許可されていない夜間中学の話

をするのさえ無鉄砲なのに、それを聞いた文部大臣がなん

と、そこへ講演に行くという。

弟子の鯨岡はそのとき、そういう相談することがそもそも

非常識なことであるとは考えなかったというが、弟子も弟

子なら、それに乗って気軽に行こうという師も師である。

ともかく松村の話を聞いて躍りあがった松村は、大臣室か

ら校長に電話をかけた。

「文部大臣の松村先生が行ってあげようといってますが、

どうですか。」

というと電話の向こうで校長が笑いだした。

「君、君、冗談言うなよ」

これは、校長の反応は当然だろう。冗談、それも悪い冗談

としか思えない。

鯨岡は胸を張るように押し返した。

「冗談ではありません。私は今文部大臣室から電話してん

ですよ。私が行くのが一番いいと、松村先生がここで言っ

てるんです。電話に出ていただきましょうか。」

それを聞いて伊藤が絶句した。

「本当か、君、それは大変なことだ。お願いできるものな

ら、ぜひに、お願いしてくれたまえ」

そのやり取りを聞いていた松村が、

「この話は誰にも言うなよ。言うとだめになるから、役人

には内緒だぞ」

と茶目っ気たっぷりに声をかける。

鯨岡は「校長先生!この話は当日まで絶対にだれにも発表

しないでください。区の方にも話が聞こえたらだめになり

ますから。」と念を押して電話を切った。

当夜、ささやかな記念式典が行われた。どこで聞きつけた

のか、NHKが(当時はラジオ)が来て式の模様を録音した。

この夜のことは新聞でも報じられ、区は正式にではない

が,認めざるをえなくなって、以後夜間中学に少しづつ必

要経費を出すようになった。

佐高氏は5年間だったか酒田で高校教師の経験がある。い

い話を教えてもらった。

概略を記そうと思ったがほとんどハ分通り写してしまっ

た。元高校教師の話が迫力あったからである。



前川氏講演会は2017年8月2日に福島市、福島文化

ターの於いて行われた。不肖小生も拝聴したひとりであ

る。

主催者の菅野家弘という人は、かねてから新聞の投書欄や
 
この「福島に夜間中学をつくる会」代表などでお名前を知
 
っている。



この講演録は小生のメモをもとに再構成したものである。

大要を書きとめたもので、正確ではない。


前川さんと夜間中学


講演要旨

『私は今名刺がありませんし、肩書きがありません。あえ

肩書をつければ駅前自主夜間中学講師である。

夜間中学の対象者は、当初は、

終戦時に学齢期を迎えたのち学校に通えなかったひと。

韓国、中国(満州)からの引き上げで義務教育の機会を失

ってきた人。

被差別部落の人たちや在日コリアンが求めてきた教育、

さらに日中正常化とともに帰還することができた大陸にと

り残されてきた人たちの教育、日本語の教育に夜間中学は
 
存在意義を発揮してきました。

文科省の方針は学齢期にあるもの、さらに卒業証書のある

ものの夜間中学の入学を認めてこなかった。

2015年文科省は方針を変更し、卒業証書を持っていて

も入学が認められるようになった。

そういう形式卒業者の就学は現在100名を超えている。

1975年ころより登校拒否(不登校)の問題が顕著にな

りました。現在は不登校の生徒は12万人もいます。

そういう様々な理由で不登校になった人たちのために夜間

中学は門戸を開放しています。

学齢期にある人たちもフリースクール等で夜間中学に通う

ことは自由です。

さらに新渡日の外国人(中国、フィリピン、ブラジル、ペ

ルー東南アジア)の方たちで日本に住んでいる人たちや

子供たちは夜間中学の現在の就学者の7割に達していま


現在の夜間中学の存在意義はとても大きなものになってい

るわけです

憲法でいう教育の義務とは親またはその関係者に課せられ

たもので、子供に課せられたものではない。

だから、いじめられて、通学不能になってまで、学校に行

っている必要はないし、親たちもまた就学を強制するもの

ではない

学ぶ人の権利は年齢に制限があってはならない。

言葉はへんだが、義務教育を受ける権利がある。法律

上の義務教育は親の義務で15歳になったところで義務は

なくなります。
 
しかし小学校中学校で学ぶことは世の中で生きていく上で
 
共通のことなので学ばないと非常に大きなハンデになる。
 
基礎教育、普通教育を学ぶことができないのは学習権とい
 
う人権が実現されていない状態。権利を実現するてだてを
 
するべきであります。その意味で夜間中学は大きな役割が

あります

もうひとつ学校の外でも考えないといけないこと。子ども

は学校に行く権利は持っているが義務はおっていないこと

です。

教育機会確保法は当面は地方自治体に任されている。

①不登校の人たちのためのフリースクールを認める。

②夜間中学の特別時間帯を全国につくる。

これは当面自治体に頑張ってもらわねばならない。

具体的には市町村の教育委員会である。

奈良県には公設の夜間中学が3校ある。

夜間中学は法律はできたので、中身をどう作っていくか。
 
それは各自治体のこれからの動きにかかわってくる。
 
それを何とか応援していきたい』

前川さんは最近音沙汰ない。しかし、世の喧騒とは別に、

毎週福島の駅前夜間中学に手弁当でせっせと通っていると

思います。

本当にやる人は静かに、ひっそりとやりとげるんです。

以上のことから、前川さんの思想は松村謙三文部大臣の思

想の流れにある人と見ている。

こういう人こそ三顧の礼で国会に迎え、日本の将来を託す

べきです。三顧の礼=さんこのれい=人に仕事を頼むために何度も訪問し

て礼儀を尽くすこと。


私は通信教育の夏季口座に学ぶ人たちに遭遇する機会が

あった。いわゆるスクーリングである。茶髪の子、ピアス

の子、チャラチャラした服装の子、長髪で憎たらしい面付

きの子たちが、真面目に通って勉強してんである。面喰っ

てびっくりした。それからじわじわと感動が広がった。

学ぶ姿に反応したんである。

制服も着ないで(もちろんない)日中はなにをしてるのかは知

らないが、とにかく勉学をしようとして、スクーリングに

通っている。事情もよくわからないが、とにかく感動し

た。その姿が忘れられず、いつか文章にしたいとかねがね

考えてきた。

前川さんの講演を聞き、今般佐高さんの「松村謙三」の話

を読んで、その当時の感動が熱くよみがえり、今文章を書

き、長い間の自分なりの問いに答えている。あれから20

年以上も過ぎている。

こう言っちゃなんですが、私のブログはすべて私に向かっ

て発言していて、よその人のためではありません。

自分がかって知りたかったこと、自分が調べたこと、知っ

て感動したこと、歴史のことも、自然のことも、原発のこ

とも、放射能のことも、すべて自分が知りたかったことば

かりで、勉強したことを自分に報告したかったことばかり

である。

私の若い時はパソコンなどはなく、わからなくても教えて

くれる人もいなく、すべて読書だけが数少ない手段であっ

た。福島あたりで私の疑問にすらすら答えてくれる人など

そうそう簡単に見つかるとは思えない。この歳になっても

ひとりにもお会いしたことがない。

自公民党はもちろん共産党から当時の社会党までこぞって

原発を誘致した県民ですぞ。長崎県や、広島県に原発があ

るか?。

およそ福島県の市町村首長で長崎や広島の原爆慰霊祭に出

席した首長など過去70年で聞いたことがない。

爆撃下の東京から疎開してきて以来74年、そういう県に

住んでいる。来月で75歳、いよいよ後期高齢者である。

パソコンで学んでから、今まで7とか8だった知識の羅列

が、いよいよ10になってつながったというわけです。

今は15くらいまで行ってるかもしれない。

だから学校でしか学べないということはない、学ぶ気さえ

あればどんなことでも自分で学べる。しかし時間はかか

る。

私のブログは時宜を得ずして学べなかった自分が、74年

生涯をかけて学んだ、血と汗の自分に対する報告書であ

る。そうそう簡単に考えてもらっては困りますう〜〜。



核兵器禁止条約は「馬の耳に念仏」のあの馬の顔です。
 
”原爆忌世界に見せた馬の顔”   a87427
 

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転載元転載元: 福島の青い空


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