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10月19日(金)、妻の強い要望で映画「日日是好日」に同伴して観に行ってきた。もともと樹木希林という女優が好きであったし、先日亡くなったときの報道では、この作品が彼女の生前では死期にかなり近い時期の作品だと聞いていた。いつかは観に行こうと思っていたのでよいタイミングでもあった。http://www.nichinichimovie.jp/
映画館は平日なのにとても混んでいたが、幸い見やすい位置が空いていて無事座席が確保できた。
一人の若い女性を通して「日日是好日」とはどういうことかを考えさせてくれるもので、何とも日本らしい優しさが漂う映画だった。それだけに心に残る財産を得たような気がする。
いま日本国民の多くが、自分が住んでいるところがどこなのかを見失い、日夜飽食と意味のない笑いに浸されて自分までをも見失い、狂い始めた四季に翻弄されている(かなり独断的な表現になってしまったが、あの映画を見てからこう感じたのである)。その見失いつつあるものをもう一度探してみようと呼びかけているようで、男性の身にして胸にフルエを感じるような不思議な共感を覚えた。
というのも映画の中心が、主役女性の茶道を極めていく過程を通して訴えつけられていたからである。茶道の『道』なるものはわたくしにはよくわからない。しかし、川柳の道に置き換えてみると何となく理解ができて、胸に響くのだ。
かつて現役の頃は自分の仕事(教育)で似たような感動を何度も経験した。また、地質調査に挑んでいて、自費でずいぶん日本中を歩きまわって、友と夢(日本の造山運動の過程の研究)を語り・追いかけていた時の感動にも似ていた。
人間は一生の内である時期、純粋な夢に燃える時期がることは確かだ。それが伝わってきたという点で素晴らしい映画だった。
まだまだわたくし自身にも、その燃えカスがあるとも感じた。
そして、こういう感動をこそ子供たちに教えてやりたいとも思った。
よく現役時代は先生たちが感動した映画などを「映画教室」といって、子供たちにも見せたことがある。そんなものは今あるのだろうか。あるとするならばこの映画を推薦したいくらいだ。
妻はというと、自分と同じ表千家の茶法が頻繁に出てくるものだから、修業時代をすっかり思い出して懐かしがっていた。
そんんことはともかく、二人して、「ひと」とはどう生きるべきか、いや、自分はどう生きるべきか、そんな考えをもつヒントをもらえた映画だったことは間違いない。
午後の上映だったが、昼食も摂らずに余韻に浸りながらゆったりと映画館のある商店街の店先をのぞき込みながら帰宅した。帰宅後は、商店街で買い求めた食材でこれまたゆったりと遅めの昼食を摂った。
まさに日日是好日でした。
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映画
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2018年7月3日(火)
きょうの潮流 今は亡き官僚の存在が大きな感動を呼んでいます。東京・中野で上映中の映画「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」。昨年放送のNHK番組を再編集。主人公は、外務省北米第一課長として沖縄返還交渉を担当した実在の外交官・千葉一夫氏です ▼「諦めたら負けだ」と、「核抜き本土並み」を求めてアメリカと何度も交渉。“密約”を示唆する駐米大使には、「国民を欺けば必ず将来に禍根を残す」と反対。大きな力を前に挫折を余儀なくされますが、歴史に対する責任、官僚としての矜持(きょうじ)が、公文書改ざんで信用を失墜した現代の官僚を鋭く照らし出します ▼全国の米軍専用施設面積に占める沖縄県の割合は復帰後、さらに拡大。千葉が上司に迫った「日本政府はいつまで沖縄を捨て石にするつもりなのか」の言葉は、半世紀近くたった今もまったく新しい ▼米朝首脳会談でトランプ米大統領は「戦争ゲームはもうやめる。莫大(ばくだい)な経費が節約できる」と述べました。民放番組「報道特集」で、在沖縄米軍のニコルソン四軍調整官が「北朝鮮については大きな希望を持っている。世界も楽観的」と話していたのにも注目しました ▼一方、朝鮮半島情勢が平和に向かって激動しているにもかかわらず、そこから目をそらすかのような日本政府。何のための辺野古新基地建設か。何のための日米安保条約か。いま一度、まっさらのところから考えるべきでしょう ▼「理想を求めずして何の外交でしょうか」。井浦新さん演じる千葉のせりふが重く響きます。 しんぶん赤旗 http://www.henkan-movie.com/ 映画 返還交渉人 https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-07-03/2018070301_06_0.html
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映画「マルクス・エンゲルス」を観た。
学生時代、『共産党宣言』はななめ読み、『資本論』やこの手の難しい本はスルー。
この二人にはほとんど縁がなかったが、貧富の差の拡大した今の世の中、再度見直したい二人である。
高名なデザイナー、ウィリアム・モリスもこの二人の後を追いかけた・・
実はモリスは「マルクスの正統な後継者」とある本で知って驚いた。
モリスもマルクスもエンゲルスもみんな裕福な家に生まれている。
そんな彼らが・・金持ち優遇の世の仕組みに疑問を持ち、貧しい人達を助けるための理論にのめりこんだ。
裕福な身分に甘んじていることもできたのに、
弱者に寄り添って考えられるか否か??
これは感性の問題なのだろう・・。
映画の冒頭は貧しい人たちの薪ひろいの場面から始まる。
貧しい人たちが暖を取るため、あるいは落ちている薪を売って食べ物に換えるため
森に落ちた枝を集めているのだ。
ところがそれを馬に乗った官憲が襲撃する。
「木材窃盗取締り法」ができたためだ。
逃げ惑う農民を容赦なくサーベルで叩きのめし、中には撃ち殺す官憲も・・。
落ちている枝くらい、ただで拾わせてあげたらいいのでは?と思う。
しかし、産業資本家によって、森の木は落ちている枝一本さえも彼らのものとなり、
生活に困って枝を拾う者は悪法によって罰せられ、時に殺される。
あまりに酷い。
所有とは何か?を考えさせられる。
若いマルクスは「ライン新聞」の記者として、この醜悪な「木材窃盗取締り法」を
新聞で批判する。黙って見過ごすことができないのがマルクスなのだろう。
一方のエンゲルスは、父親が共同経営しているマンチェスターの紡績工場の息子。
が、この工場は女子工員を安い賃金で長時間働かせているようだった。
父親のセリフがまるで竹中平蔵。
「このくらいの条件で働いてもらわないと利益が出ない」とはっきり言う。
*「あなた方は貧乏になる権利がある。」「貧乏をエンジョイしてくれ。」「成功した者の足をひっぱるな!」(←これは竹中平蔵の言葉だけど、この場面でも使える!)
女子工員の一人が怒って出ていくと、貧民街まで後を追っていくエンゲルス。
エンゲルスも経営者ではあるが、父親が不当な労働条件の下で働かせることを快く思っていなかったのだ。
どこまで事実か不明なれど、実際、貧民屈の女子工員と階級差を越えて結婚して、同志として長く連れ添ったようだ。エンゲルスの誠実さを思う。
この若き二人が出会うべくして出会い、『共産党宣言』などの名著を著していった。
二人の友情は長く続き、マルクス亡き後は、エンゲルスが彼の著作などをまとめた。
日本では格差社会が広がって、弱者が生きにくい世の中になってきた。
こちらもまた、マルクス・エンゲルスの考え方を見直す時かもしれない。
本来、「社会主義」とは「共産主義」のことではなく、「社会民主主義」のこと。
西欧は、日本やアメリカと違って底辺に社会民主主義思想が流れている。
その思想の源流には、マルクスとエンゲルスがいる。 <あらすじ>
若きマルクスとエンゲルスの友情は世界の未来を大きく変えた…
永遠の名著『共産党宣言』(1848)が誕生するまでの激烈な日々を描く歴史的感動作 1840年代のヨーロッパでは、産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらし、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働を強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。パリで彼はフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たし、エンゲルスの経済論に着目したマルクスは彼と深い友情をはぐくんでゆく。激しく揺れ動く時代、資本家と労働者の対立が拡大し、人々に革命的理論が待望されるなか、二人はかけがえのない同志である妻たちとともに、時代を超えて読み継がれてゆく『共産党宣言』の執筆に打ち込んでゆく――。 |

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201805/CK2018050602000125.html
ドキュメンタリー映画「コスタリカの奇跡」のポスター 日本の憲法九条と同様、憲法に軍隊の保有を禁じる条文がある中米コスタリカの歩みを紹介するドキュメンタリー映画「コスタリカの奇跡〜積極的平和国家のつくり方」(二〇一六年、米国・コスタリカ合作)の自主上映会が各地で開かれている。関係者は、軍隊を持たない意味を考えてほしいと、鑑賞や上映会への協力を呼びかけている。 (安藤美由紀)
映画は、一九四八年の内戦終了後、軍隊廃止で浮いた国家予算を教育や福祉に振り向け、中南米屈指の識字率や平均余命を誇る民生国家に生まれ変わっていく姿を紹介。近隣国の紛争を終わらせた功績で八七年にノーベル平和賞を受賞したアリアス元大統領が登場し「無防備こそ最大の防御。軍を持たないことで強くなった」と訴える。 日本では昨年夏に公開されたが、上映した映画館はわずか。「多くの人に見てほしい」と、映画関係者や有志が上映サポートの会「プラ・ヴィダ!」を立ち上げ、今年一月から試写会を開いたり、著名人に賛同を働きかけたりしてきた。 賛同したコメディアン松元ヒロさんはソロライブで映画を紹介。ツイッターで「(日本の)平和憲法をたった七十年で変えようという人たちにみてほしい」と発信する。松元さんのライブを見た音楽評論家湯川れい子さんはプラ・ヴィダ!の会報で「何と美しい、素晴らしい現実でしょう。自主上映の輪を広げていきましょう」と呼びかける。 これまでに同会がサポートした上映会は、東京や沖縄など六カ所で開催。夏までに中野区や新宿区など都内を中心に計二十カ所で決定、さらに約二十カ所で開催を検討しているという。 配給会社のユナイテッドピープルの関根健次社長は「ここまで(上映の輪が)広がるとは思わなかった」と話している。六月一日からDVDを販売。問い合わせはプラ・ヴィダ!=電03(5802)3121=へ。
◆エディー共同監督「9条を世界に発信して。日本もっとやれる」 軍隊のないコスタリカから何を学ぶか。映画「コスタリカの奇跡」共同監督で、脚本も手がけた米国の社会学者マシュー・エディーさんが四月に来日した際に話を聞いた。 (聞き手・安藤美由紀)
−映画を撮ろうと思ったきっかけは。 「私は非暴力や平和学を学んできた。コスタリカのような、軍国主義とは違う道があることを、米国人に知ってもらいたいと映画を作った。米国では軍隊がない社会を現実と受け止めることが難しかったようで、『学べることはない』という意見が多かった」 −軍隊を持たない選択は、小さな国だからできるという指摘がある。 「それは違う。小さい国でも外交力や国際法で国は守れると考えるべきだ。大国は貿易相手国が多く、国際社会でも影響力があるから、もっとできるはずだ」 −日本の憲法九条をどう評価するか。 「九条はコスタリカの非武装憲法より世界に広く知られている。世界平和を実現するため、積極的に発信してほしい。コスタリカのように初等教育から戦争放棄や人権を素晴らしいこととして学ぶなど、もっとやれることがある」 −日本には自衛隊の存在を憲法に明記すべきだとの意見がある。 「政治指導者が憲法をごく一部でも書き換えようとする際は、その先にもっと抜本的な変化を起こそうとしていると考えるべきだ。大切なのは憲法が成立したときの理念などの原点に戻ること。成文憲法の素晴らしさは、いつでもそこに戻れる点だ」 <コスタリカ> 中米南部に位置する国。面積は5万1000平方キロメートルで、日本の四国と九州を合わせた程度。現在の人口は490万人。70年前の1948年、革命軍を率いて内戦に勝利したホセ・フィゲレス(後に大統領に就任)が軍隊を廃止。49年施行の憲法に常備軍の廃止(12条)が明記された。
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韓国映画はあまり観ていませんが、これはお勧め!とあって、 昨夜、仕事帰りに観てきました。
「タクシー運転手 約束は海を越えて」
光州事件とは・・・ 運転手のマンソブ(ソン・ガンホ)は滞納している家賃10万ウォンを支払うという条件につられて、ドイツ人記者を光州まで乗せる。
光州は戒厳令が敷かれ、一切の出入りが禁じられていたが、気転を利かせて検問を突破、光州に入った。
そこで出会った、民主化を求めてデモをする市民と学生たち。
「死ぬのも一緒、生きるの一緒」…と弾圧に屈せずデモを続ける彼らに、
軍は容赦なく実弾で応酬する・・
壮絶な戦いはまるで戦争のよう・・
軍隊も警察も機動隊もみな権力者の番犬になる。
武器を持たない市民を打ち殺すことも厭わない狂気。
戦争でなくても、政府は自分の意に沿わない者たちは弾圧し、市民を殺す
今の沖縄も同じ構図。
政府は市民を守らないということだ。
通訳に雇われた大学生(リュ・ジュンヨル)は、ドイツ人記者の取材を英語で助ける。無垢な青年の笑顔に救われるが、学生を撃ってくる韓国軍の発砲に倒れてしまう。大学生は、ドイツの記者に「どうか、無事生き延びて、この光景を世界に伝えてください」と頼んでいた。 副題が「約束は海を越えて」
約束を守るべく、必死に厳戒態勢の中を飛行場に向かうタクシー。
しつこく追ってくる軍は、人の命など歯牙にもかけぬ残酷さで迫ってくるカーチェイス。このあたりはハラハラドキ・・
ここで軍の車を巻くために応援に来たタクシー運転手たちの協力も見もの
その何人かは車や自分の命を犠牲にしてしまうのだが・・
尊い記者の使命を果たしてもらおうと・・みな協力したのだった。
特に情に厚い光州の運転手役のユ・ヘジンはマンソプの車が故障すると、自宅に招いてご馳走をふるまい、誠心誠意マンソプを支える。
「光州は温かい人が多い」というセリフもあったが、温かみのある光州市民役を演じていた。
ドイツ人記者ユルゲン・ピーター役には「戦場のピアニスト」のトーマス・クレッチマン。寡黙でも、存在感溢れる演技で圧倒された。
映画の役者さんたちが実にうまい。
過去の悲しい事実を扱ったものだが、ところどころにユーモアも交え、光州の人たちの温かさを伝えている脚本も素晴らしかった。
今の日本と同じく都合の悪いことは伝えない報道機関、それを信じてしまう国民という図式も見られた。
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