mimiの日々是好日

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戦争するってどんなこと(1)URL: http://blogs.yahoo.co.jp/sayuri2525maria/35708048.html

目次
1 日本は戦争できないの?

2,戦争ってどんなことするの?
3,どうして戦争はなくならないの?
4、日本が戦争できる国になったらどうなるの?
   何がどう変わるの?
   どんな戦争をすることになるの?
5、沖縄から考えるってどういうこと?
  −19歳で沖縄戦を経験した大田さんに聞きましたー
6,軍事力で国は守れないの?
  軍隊がある方が危ないの?
  非暴力抵抗で国が守れるの?

(1)からの続きです

兵隊の仕事とは・・?

兵隊の仕事は人を殺すこと
心の中に抵抗があるからできるものではない。
初めて人を殺した時兵士には様々な拒否反応か出る。
戦争映画にないのは戦場の匂い。
人の腐っていく遺体の匂い。死体に群がる蠅。

戦争は兵士の人生をメチャクチャにする

兵士は戦場で人を殺す。殺されるかもしれない、仲間が殺されるなど・・いくつものストレスにさらされる
第二次大戦後の米軍の研究によると2か月戦場にいれば98%の兵士に精神的異常の兆候がでるということがわかっている。
米軍からの脱走もたくさんあった。
なぜ地球の反対側にある貧しく小さな国で戦争することが国を守ることになるのか?納得できなかった兵士がたくさんいた。
アメリカは当時徴兵制であったが1964〜1973年の間に脱走者が44万人、兵役拒否者は十七万兵隊を逃れた人は57万人  多すぎて処罰できなかった。その後志願制になったがそれでも四万人の米兵が脱走した。
戦場がどれほど過酷なところかを示している。
その後,戦争から帰ってきたあともPTSDに苦しめられ…普通の生活には戻れない人もいる。
戦争で死んだり,怪我をしたりしなくとも人生がめちゃくちゃになることもある

戦争そのものは兵士以外の人をより多く殺す


昔話兵士以外を殺してはいけなかったが飛行機ができると武器を運ぶ鉄道やトラックも作る工場も空襲OKになる。次は普通の人が住む街でもよい。戦争が早く終われば人道的だという考え方。この論理でヒロシマナガサキの原爆も…。都市への無差別空襲の犠牲者はほとんど一般人現在に致るまで一般の人々を兵士よりずっと多く殺した。第二次大戦ゅ戦死者は5000から8000万人
このうち民間人は3800万人から5500万人それなら68から75%になる。
戦争を始めると自由な社会ではいられなくなり、心を見失うし感性も鈍り人を殺して喜んだり犯罪者も増える。

(続きます)
 

ダグラス・ラミスさんの本「戦争するってどんなこと」

中学生向けに書いてありますが、今の危ない時代に、ぜひ大人にも読んでほしい本です。
沖縄のこと、戦後の政府が決して民主主義ではなかったこと,日本の戦後の歴史の流れなどを解説、ラミスさんの平和思想にも心打たれるものがありました。
ラミスさんは、あの「9条を抱きしめて」のネルソンさんの友だちであり、ネルソンさんに
憲法9条を伝えたです。この2人の平和思想の基が憲法9条であることを嬉しく、また誇りに思えます。この本のことを、少しずつ紹介させていただこうと思います。
もっとも、買って読んで戴くのが一番良い方法ですが・・
長くなりますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです

ダグラス・ラミスさんのこと

彼は1936年生まれ。24歳で海兵隊に入隊
国を守るためには軍事力は必要だと考えていた。
戦争するとはどういうことかをわかっていなかった。
*戦争とは…集団暴力、大きな組織を作り武器を持たせて戦う。
 交戦権とは人を殺し財産を破壊する権利、兵士が殺人しても殺人罪にならない

運よく戦争に行くことがなかったので、日本人が「二度と戦争には行かない」と言う感覚がわからなかった。しかし、敗戦後の日本の焼け野原を見れば、軍事力で国を平和にすることも守ることもできないと職業軍人でもわかったはずである。

反戦運動が始まり…日本の平和憲法9条から大きく影響を受けた

戦後の日本とアメリカ

戦後の短い期間に、アメリカは日本国民と連帯して日本政府を変えようとした
アメリカは第二次大戦後の一時期平和主義的思想を持つようになったという説もあるが、
まず、日本の軍事力をなくそうと考えた。
そして、国民は政府に抑圧されていたので国民と連帯して国家権力を減らす憲法を作った
*日本国憲法の特徴は最初のⅠから40条のほとんどが国家権力を減らすことを定めている。政府がやってはいけないことの中には、戦争をしてはいけないことも入っている
しかしその後アメリカ政府の日本に対する態度が変わり始める。
ロシアとの冷戦が始まったからである。
アメリカは日本が戦争できない国ではなく、ソ連との戦いに役立つ国にしたくなった。
しかし憲法があるので9条を無視することはできない。
もう少し遅かったら9条はなかった。
公戦権を認めない憲法は、冷戦前の限られた時期だからできたといっても良い。
アメリカは9条をを入れたことを早い時期から後悔した。
1950年朝鮮戦争のとき警察予備隊が作られる。
ここから憲法との矛盾が始まった。
軍事行動ができない自衛隊の存在は、
軍隊を持たない方がいいという平和思想を持つ人たちが、軍隊を持ちたい人たちと闘ってきた結果といえる
なぜなら…現在を含め戦後のほとんどの期間、日本政府と政府支持者は平和思想を持っていなかった。
戦争の時代に生まれた平和思想を持つ勢力は国民の中にある
平和勢力は戦後ずっと日本の中の平和思想を持たない勢力と対決して闘ってきた。
(少しずつ負けてきているが、)まだ9条は残っていて抗戦権のもとで、日本は人を殺していない

小さい国は軍隊を作っても勝てない。
日本国憲法を世の非常識と言う人がいるが、では、その常識はどのような世界を作ったか?
「すべての国家は正当な暴力の権利として公戦権があるという考え方」が
20世紀の歴史を作った。

それは国家の暴力によって殺された人が史上最大の世紀となった。
れほど人々が政府の暴力によって殺されたことは歴史上なかった。
同時に軍需産業がこれほど巨大化したのも二十世紀である

転載元転載元: mimiの日々是好日

 

ダグラス・ラミスさんの本「戦争するってどんなこと」

中学生向けに書いてありますが、今の危ない時代に、ぜひ大人にも読んでほしい本です。
沖縄のこと、戦後の政府が決して民主主義ではなかったこと,日本の戦後の歴史の流れなどを解説、ラミスさんの平和思想にも心打たれるものがありました。
ラミスさんは、あの「9条を抱きしめて」のネルソンさんの友だちであり、ネルソンさんに
憲法9条を伝えたです。この2人の平和思想の基が憲法9条であることを嬉しく、また誇りに思えます。この本のことを、少しずつ紹介させていただこうと思います。
もっとも、買って読んで戴くのが一番良い方法ですが・・
長くなりますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです

ダグラス・ラミスさんのこと

彼は1936年生まれ。24歳で海兵隊に入隊
国を守るためには軍事力は必要だと考えていた。
戦争するとはどういうことかをわかっていなかった。
*戦争とは…集団暴力、大きな組織を作り武器を持たせて戦う。
 交戦権とは人を殺し財産を破壊する権利、兵士が殺人しても殺人罪にならない

運よく戦争に行くことがなかったので、日本人が「二度と戦争には行かない」と言う感覚がわからなかった。
しかし、敗戦後の日本の焼け野原を見れば、軍事力では、国を平和にすることも守ることもできないと職業軍人でもわかったはずである。

反戦運動が始まり…日本の平和憲法9条から大きく影響を受けた

戦後の日本とアメリカ

戦後の短い期間に、アメリカは日本国民と連帯して日本政府を変えようとした
アメリカは第二次大戦後の一時期平和主義的思想を持つようになったという説もあるが、
まず、日本の軍事力をなくそうと考えた。
そして、国民は政府に抑圧されていたので国民と連帯して国家権力を減らす憲法を作った
*日本国憲法の特徴は最初のⅠから40条のほとんどが国家権力を減らすことを定めている。政府がやってはいけないことの中には、戦争をしてはいけないことも入っている
しかしその後アメリカ政府の日本に対する態度が変わり始める。
ロシアとの冷戦が始まったからである。
アメリカは日本が戦争できない国ではなく、ソ連との戦いに役立つ国にしたくなった。
しかし憲法があるので9条を無視することはできない。
もう少し遅かったら9条はなかった。
公戦権を認めない憲法は、冷戦前の限られた時期だからできたといっても良い。
アメリカは9条をを入れたことを早い時期から後悔した。
1950年朝鮮戦争のとき警察予備隊が作られる。
ここから憲法との矛盾が始まった。
軍事行動ができない自衛隊の存在は、
軍隊を持たない方がいいという平和思想を持つ人たちが、軍隊を持ちたい人たちと闘ってきた結果といえる
なぜなら…現在を含め戦後のほとんどの期間、日本政府と政府支持者は平和思想を持っていなかった。
戦争の時代に生まれた平和思想を持つ勢力は国民の中にある
平和勢力は戦後ずっと日本の中の平和思想を持たない勢力と対決して闘ってきた。
(少しずつ負けてきているが、)まだ9条は残っていて抗戦権のもとで、日本は人を殺していない

小さい国は軍隊を作っても勝てない。
日本国憲法を世の非常識と言う人がいるが、では、その常識はどのような世界を作ったか?
「すべての国家は正当な暴力の権利として公戦権があるという考え方」が
20世紀の歴史を作った。

それは国家の暴力によって殺された人が史上最大の世紀となった。
れほど人々が政府の暴力によって殺されたことは歴史上なかった。
同時に軍需産業がこれほど巨大化したのも二十世紀である

 
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戦後70年歴史家からの警告
ジョン・ダワー(マサチューセッツ工科大学教授)
 
日本は今後どこに向かおうとしているのか・・・(彼の著書「敗北を抱きしめて」を読んでみよう。)
 
1章 戦後70年戦争の美化
(彼の著書「敗北を抱きしめて」を読んでみよう。)
今年はアメリカに取ってもベトナム戦争50周年であり、ベトナム戦争追悼式典が準備されている。しかし、アメリカの右派は愛国的な記憶としてベトナム戦争を美化しようとしている。
同じように、日本の保守派も当時の記憶の美化を図ろうとしている。それは、彼らの犠牲のお陰で日本が守られたという置き替えによって。
 
アメリカの戦没者の慰霊碑にはアメリカ兵の名はありますが、その戦争によって殺した人々の名前は一人も書かれていない。
しかし、沖縄の戦没者慰霊碑は素晴らしいものだと思う。なぜなら、同じ犠牲者として亡くなった全ての名前がある。アメリカ人も、中国人も、韓国人も・・・。
靖国には天皇の為に戦争で亡くなった人々が「英霊」としてまつられ、アメリカでは「英霊」として祀られています。が、その中には非道な残虐な行為をした人々も居るのです。

2章 戦争責任日本とドイツ
戦争責任については、ドイツは戦争の中で行った残虐な行為を忘れてはならないという国民意識が徹底していますが、日本ではそうはなっていない。
私は、日本の天皇陛下のサイパン訪問の時の言葉に感銘を受けている。天皇陛下は本当に戦争と平和というものについて真剣に考えられている。ところが、日本の政府を見ていると、とりわけ自民党を見ていると全くそれとは異なる印象を受けている。
村山談話は植民地支配にまで触れて謝罪も行いました。その後、小泉、河野談話も発信されました。
ところが、そのスピードの遅さゆえか、反省意識が薄れて行き、特に最近の右系の著名な政治家や安倍総理自身が、それら(「戦争をしてはならない」という意識の徹底)から更に後退させているようです。特に安倍政権に於いては顕著であり、その事が(国際社会において)ドイツと正反対の印象を与えているのです。実に残念なことです。
戦争における様々な指摘に対して、そんな出来事はなかったとか、南京虐殺は無かったとか、先ずは検討してみたからだとか、改めて検証する必要があるとか・・・・・
3章 沖縄の声を聴け
沖縄の草の根運動を通じた姿勢に心から敬意を払っています。沖縄は歴史上3回も日本政府とアメリカの犠牲になって来ました。
一つは本土防衛のための捨て石にされたと言われる沖縄戦、講和条約後も日本の沖縄はアメリカの植民地だった。やっと1972年に復帰したあともアメリカ軍基地はそのままになってきた。あらゆる意味で、沖縄の本当の悲劇は1945年から始まったと言え、それが70年経ってもそのまま押し付けられていると言う事ができるでしょう。私たちは彼ら(沖縄の人々)の話に真摯に耳を傾けるべきです。

4章 「普通の国」の正体
日本の保守派の言う「普通の国」は、憲法を改正し、軍隊を持ち、武器を持ち、戦争に参加できる国を指しています。アメリカは普通の国でしょうか。
アメリカとより緊密に行動することです。
同時多発テロ以来、アメリカでは英語で安全保障国家(監視国家)になったと言っている議員も出て来るなどの異常現象が起こっている。
日本の政治家が「普通の国」という時は(こういった一部の人間との細いパイプを通じての)アメリカの国をモデルに話していると言ってもいいのかも知れない。この傾向は、より秘密主義で国家監視の強い社会形成に発展して行くことを意味していのです。
アメリカの戦争はひどい失敗の歴史でした。ベトナム戦争、イラクへの軍事介入・・・「普通の国」が将来にもたらすものは何でしょうか。
これからの戦争はドローン戦争と言われます。安倍政権は、日本のテクノロジーを使えば、ドローン戦争ならできると思っているのです。
ハイテク駆使に将来の希望。これらは、狂った状況と言えます。しかしそれは、アメリカが発信源なのです。
日本は素晴らしい国。戦争を経験した国として世界に平和を発信することが理想であり、アメリカが既に忘れ去った尊いものを持っていると思うのです。
「平和憲法」それこそが、日本がかつての戦争によって得られた大きな財産であり、それを生かして行くべきなのです。

終章 日本の若者たちへのメッセージ
日本の伝統と文化は素晴らしい。終戦当時の感情を大切に引き継いで居る筈。
あのような失敗は二度と繰り返してならない。
60年代は、反戦運動から経済における問題に対しても、本当に多くの市民運動を起こしていました。また、日本がベトナム戦争に参加しなかった事も日本にとっては幸せでした。
しかし、日本人は、過去の戦争や歴史に対して真摯に向き合えなかったのです。そして今は、再び過去の過ちの再燃を起こしているようです。
戦後70年・・・「あれは本当に酷い戦争だった」と言う事を忘れようとしています。
いま、かつての日本にあった(平和国家における)理想や夢が、今の日本には失われてしまった事が非常に悲しいのです。
 
そのような事を言っているのでしょう。

さんからの転載
 

茶色の朝

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-241893-storytopic-12.html

 始まりは猫だった。茶色以外のペットを禁止する法律ができて、主人公は白黒の飼い猫を処分した。友人も黒い犬を始末した
▼フランスの心理学者フランク・パブロフの「茶色の朝」(大月書店)はこう始まる。法律に反対した新聞は廃刊になり、続いて本、ラジオ、酒、政党も茶色以外は追放される。茶色が世の中をひたひたと支配していく
▼違和感を覚えながらも、主人公は「流れに逆らわなければ安心だ」。やがて法律が変わり、過去の茶色以外の飼い主まで国家反逆罪となる。「あの時、抵抗すべきだった」と悔やむ主人公にも…
▼この本が世に出たのはフランスで極右政党が躍進した1998年。危機感を背景に100万部のベストセラーとなった。茶色はナチス初期の制服の色で、欧州ではファシズムの象徴だ。日本でも2003年に出版されブームに。特定秘密保護法が成立した2年前から再び話題になっている
▼集団的自衛権の行使、憲法9条の骨抜き、武器輸出解禁、自衛隊の全世界派遣−と歯止めが次々に外されていく。変だなと思いつつ、忙しいからとやり過ごしていると、後戻りできなくなってしまう
▼同書の解説で哲学者の高橋哲哉氏は、誰もが持つ怠慢、臆病、自己保身、無関心の積み重ねがファシズムを生むと指摘する。「思考停止をやめ、考え続けること」。茶色に染まる前に、できることはある。

転載元転載元: ニュース、からみ隊

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