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【安保法制】ねじれる高村正彦・自民副総裁〜1999年との相克〜


自民党の高村正彦氏(自民党副総裁)が、「安保法案」(戦争法案)の憲法違反の問題について、積極的な発言を続けています。しかし、高村氏の発言は過激なものが多く、憲法学者を含む法律家の怒りを掻き立てるのに積極的な役割を果たしています。

高村フォーミュラの核心は「一般法理」にあり

高村氏は砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を認めている、と言います。現在、政府与党が流布しているこの説を“発明”したのが高村氏らなのだそうです。本稿ではこれを「高村フォーミュラ」と呼びます。
砂川事件は在日駐留米軍の合憲性が問題となった事件です。最高裁のホームページに判決文のPDFと判決要旨がありますので興味のある方はご覧下さい。確かに判決要旨の四には「憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。」と書いてあります。では、この判決からどうやって集団的自衛権を導くのか。高村氏は以下のように述べています。

最高裁は「国の存立を全うするための必要な自衛の措置は講じうる」と一般的法理で示している。「国の存立を全うするための必要な自衛の措置」は政治家が考えなければいけないことだ。「必要な自衛の措置」の中に、国際法的には集団的自衛権とみられるものが含まれるのであれば、その限りで集団的自衛権も容認される

出典:2015.6.17 朝日新聞
「一般的法理」ですか・・・・。実務法曹の間では、訴訟で「信義則」等の一般法理を持ち出すと大抵、筋が悪い、と言われます。法律の条文があるのに、それを無視するような主張をするわけですからね。
もともと、砂川事件は在日駐留米軍の合憲性が問われたもので、最高裁判所の合憲性判断もその限りのものです。上記「判決要旨の四」も個別的自衛権について述べたものだ、というのが大方の解釈です。この判決の後でも、当の日本国政府が一貫して集団的自衛権を憲法違反、としてきたことがそのことを雄弁に物語っています。
また、当時の田中耕太郎・最高裁長官が駐日アメリカ大使に判決に至る経過を漏洩していたことが判明しており、司法の独立をそのトップが冒した売国的な判決だったことが知られています。「自主憲法」の制定を党是とする自民党の副総裁がこの判決にすがりつくのは、いかにも滑稽な話です。
そうすると、高村フォーミュラの実態は、法学の初学者だけに見える、となりのトトロみたいなものなんじゃないかと思います。筆者も、司法試験の勉強を始めたころはよく見えました。(ありもしない)一般法理が。

高村フォーミュラから見える世界

しかし、これまた初学者にありがちな態度なのですが、高村氏は高村フォーミュラを得意げに振りかざして実定法を論難し始めます。

憲法学者はどうしても(戦力不保持を定めた)憲法九条二項の字面に拘泥する。

出典:2015.6.5 東京新聞
筆者の思うところ、実定法(日本国憲法も実定法です)の学者が法の字面に拘泥するのは当たり前で、実定法があるのにその文言から読み込めないことを「読める!読めるぞ!!」とやり始めたら、法の意味がなくなってしまうし、ラピュタ王になってしまいます。法律家全体を敵に回すような発言をした高村氏は当然強い批判を浴びましたが、次のように開き直ります。

私は、憲法の法理そのものについて学者ほど勉強してきた、というつもりはない。だが、最高裁の判決の法理に従って、何が国の存立をまっとうするために必要な措置かどうか、ということについては、たいていの憲法学者より私の方が考えてきたという自信はある。

出典:2015.6.11 朝日新聞
憲法の法理について憲法学者ほど勉強していない、と自白しながら、勝手な憲法解釈を振りかざすのに自信を持つ、というのはかなり筋の悪い見解ですね。「大抵の憲法学者より私の方が考えてきた」ってそりゃそうでしょう。高村フォーミュラに基づいてものを考えるのは高村氏周辺だけなので。そんなに言うなら、とっとと憲法改正の発議をするのが本当の愛国者なので、自分だけ国のことを考えているように振る舞い、他の人間を馬鹿にするのは高慢というものです。
しかし、いよいよ止まらない高村氏はさらに発言をエスカレートさせます。

学者は憲法尊重擁護義務を課せられてはいない。学問の自由があるから、最高裁が示した法理でも「それが間違っている」と言うこともできる。我々憲法尊重擁護義務がある人間は、最高裁が示した一般的法理を尊重する、という、単純な、当たり前のことを言っている。

出典:2015.6.17 朝日新聞
いや、ハッキリ言いますが、最高裁はそんなこと言ってないし、「一般的法理」じゃなくて、明文で決まった憲法の条文を守るのが公務員の憲法尊重擁護義務です。高村さん、いい加減にしてください
政治家が憲法を守らなくなると、国の仕組み自体が壊れます
これはクーデターに近い行為です。例えば財産権を保障した憲法29条について「『財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。』と書いてあるから、農地はコルホーズ化して、一人100万円以上の財産は全て没収して国有化できる。読める!読めるぞ!!」ということにもつながっていくわけです(実際はそんな解釈はありません)。
憲法尊重擁護義務を負っている政治家が、憲法を勝手解釈して、勝手解釈を守るのが自分の務め、と開き直るのは、その発言自体が憲法尊重擁護義務を踏みにじる行為で、絶対に許されないことなのです

1999年の高村正彦氏

ところで、高村氏は弁護士資格を持っており、一応、司法試験に合格したはずです。高村氏のあまりにレベルの低い憲法論に憤慨していたところ、高村氏の下記のような国会答弁を見つけました。長いですが昨今の高村フォーミュラに比べると格段に格調高いので、全文引用します。

○国務大臣(高村正彦君) 国際法上、国家は集団的自衛権、すなわち自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国が直接攻撃されていないにもかかわらず実力をもって阻止する権利を有しております。したがって、日独両国とも、敗戦国とはいえ主権国家である以上、国際法上このような集団的自衛権を有しているわけであります。それにもかかわらず、ドイツは集団的自衛権を行使でき我が国が行使できないのは、おのおのの国がその国内の最高法規においておのおのの立場を選択したからにほかならないわけでございます。すなわち、ドイツにおいては、同国の憲法ともいうべきボン基本法二十四条二項を根拠に、NATO及びWEU、西欧同盟を通じた集団的自衛権の行使が認められるものと解釈されているわけであります。一方、我が国については、憲法第九条のもとにおいて許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することはその範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えているわけでございます。おのおのの国がそれぞれ選択した、こういうことでございます。

出典:1999年5月17日・参院日米防衛協力のための指針に関する特別委員会議事録
どうやら、高村氏は、憲法学者を罵倒する前に、過去の自分が嘘をついていたのか、今の自分が筋を曲げたのか、明らかにする必要がありそうですね。筋を曲げたのなら、その説明を、法律家らしく理路整然としていただきたいものです。さもなくば、過去の自分に向かって「字面に拘泥している」「一般的法理に目覚めろ。」「過去の自分よりよく考えてきた」と罵倒しなければならなくなります

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なの何でもこなせるゼネラリストを目指しています。残業代を軸に社会と会社を分析する『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? ナベテル弁護士が教える残業代のカラクリ』(旬報社)発売中。

【安保法制】砂川最高裁判決と72年政府見解で揺れる安倍政権の矛盾

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安倍晋太郎氏はウィキペディア、安倍晋三首相は同氏個人サイトより
一昨日、安倍首相がドイツ・ミュンヘンで、今国会に提出されている「安保法制」の合憲性の根拠を1959年の砂川事件の最高裁判決に求めたかと思えば、昨日は「安保法制」の合憲性の根拠を1972年の政府見解に求める政府の答弁が出され、同法案の合憲性根拠に関する政府の立場が揺れています。

砂川事件最高裁判決を根拠とすることの無理

砂川事件最高裁判決は、在日駐留米軍の合憲性が争点になったものです。最高裁判所のホームページに判決のPDFと判決要旨が載っていますので、興味のある方は直接ご覧下さい。
確かに判決要旨の四には「憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。」と書いてありますが、これは個別的自衛権に関するものだとされています。
例えば、最近何かと話題の長谷部恭男・早大教授は以下のように述べています。

「素直に読めば個別的自衛権の話と分かる。判決から集団的自衛権の行使が基礎付けられるとする学者は、知る限りではいない」。3月末、 長谷部恭男 (はせべ・やすお) 東大教授(現早稲田大大学院教授、憲法学)は日本記者クラブでの講演でこう皮肉った。

出典:共同通信
砂川事件の最高裁判決に集団的自衛権を読み込むことについては、そもそも与党の政治家からして批判的だったはずです。

公明党の山口那津男代表は1日午前の記者会見で、自民党の高村正彦副総裁が昭和34年の砂川事件の最高裁判決を、集団的自衛権の行使容認の根拠としていることについて、「砂川判決は個別的自衛権を認めたものと理解してきた」と述べ、同判決は集団的自衛権の行使容認を視野に入れたものではないとの認識を示した。

出典:2014.4.1産経新聞
自民党の谷垣幹事長に至っては、安倍首相のミュンヘンでの記者会見の直前の6月5日の記者会見で以下のように述べています。

基本的な最高裁の砂川判決の論理がわが国の平和と安全に本当に問題が生じて、わが国民の生存と国の存立が危うくなる場合に何もできないはずはないという基本的な考えに立っているわけでして、砂川判決自体は、集団的自衛権というようなことには言及していない。つまりそういう基本的な論理の中に立っているのだと私は理解しております。

出典:2015.6.5自民党HPhttp://rpr.c.yimg.jp/im_siggGs0wmxVhZAgqN3rzrzglCg---x280-n1/amd/20150610-00046493-roupeiro-001-7-view.jpg
谷垣幹事長はその後、同判決と「安保法制」が矛盾しないと述べますが、これを言った後だといかにも苦しい発言に見えます。実際、6月9日の自民党の総務会では木村義雄参院議員が、
砂川事件の最高裁判決を根拠に集団的自衛権の行使を認めるという憲法解釈に対して「短絡的すぎる。そういう主張をしていると傷口を広げるので、これ以上言わない方がいい」と述べたようです(2015.6.9東京新聞)。
安倍首相のミュンヘンでの見解(元々のアイデアは高村正彦副総裁のようですが)は、過去や現在の与党議員の見解とすら齟齬を来しているように見えます。

1972年の政府見解も個別的自衛権に関するもの

1972年(昭和47年)の政府見解の原文は長いので画像で示します(原文は朝日新聞サイトより)。下線を引いた部分を読めば分かりますが、集団的自衛権を明文で否定しています。
そして、この政府見解を出したときの内閣法制局長官だった吉國一郎氏は、同じ1972年9月14日の参議院決算委員会で次のように述べています。長いですが重要なので直接引用します。

わが国は憲法第九条の戦争放棄の規定によって、他国の防衛までをやるということは、どうしても憲法九条をいかに読んでも読み切れないということ、平たく申せばそういうことだろうと思います。

 憲法九条は戦争放棄の規定ではございますけれども、その規定から言って、先ほど来何回も同じような答弁を繰り返して恐縮でございますけれども、わが国が侵略をされてわが国民の生命、自由及び幸福追求の権利が侵されるというときに、この自国を防衛するために必要な措置をとるというのは、憲法九条でかろうじて認められる自衛のための行動だということでございまして、他国の侵略を自国に対する侵略と同じように考えて、それに対して、その他国が侵略されたのに対して、その侵略を排除するための措置をとるというところは、憲法第九条では容認してはおらないという考え方でございます。
出典:1972年9月14日参議院決算委員会議事録
また、この集団的自衛権を行使できないとする政府見解については、1983年2月22日の衆議院予算委員会でも、内閣法制局長官が、憲法改正をしなければできない、と明確に答弁しています。これまた重要なので長文ですが直接引用します。ここで「市川委員」と記載されているのは公明党衆議院議員のだった市川雄一氏、「法制局長官の述べたとおりであります。」と言った「安倍国務大臣」はなんと安倍晋三首相の父親である当時外務大臣だった安倍晋太郎氏です。

○市川委員 ちょっと私の質問に答えていないのではないかと思うのですが、要するに、いまの憲法では集団自衛権は行使できない、これは政府の解釈である、こうおっしゃっておるわけでしょう。その解釈を集団自衛権は行使できるという解釈に変えるには、これは憲法の改正という手続を経なければその解釈は変えられませんねといま聞いているのです。どうですか、その点は。

○角田(禮)政府委員 私は、憲法の改正というものを前提として答弁申し上げることを差し控えたいと思いまして、実は先ほどあのような答弁をいたしましたけれども、それでは、全く誤解のないようにお聞き届けいただきたいと思いますけれども、ある規定について解釈にいろいろ議論があるときに、それをいわゆる立法的な解決ということで、その法律を改正してある種の解釈をはっきりするということはあるわけでございます。そういう意味では、仮に、全く仮に、集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然とらざるを得ないと思います。したがって、そういう手段をとらない限りできないということになると思います。
○市川委員 いまの法制局長官の、わが国の憲法では集団的自衛権の行使はできない、これは政府の解釈である、解釈であるけれども、この解釈をできるという解釈に変えるためには、憲法改正という手段をとらない限りできない。この見解は、外務大臣、防衛庁長官、一致ですか。
○安倍国務大臣 法制局長官の述べたとおりであります。
出典:1983年2月22日衆議院予算委員会議事録
安倍晋三首相の父親が政府を代表して「憲法9条の下で集団的自衛権は行使できない。行使のためには憲法改正が必要」としていたんですね。もはや、時代を超えた親子論争の感すらあります。

中谷防衛大臣もそう考えていたんじゃ・・

これだけ(ではなく本当はもっと沢山あります)の政府見解の上に今日の国政があるわけです。今の内閣でも、中谷元・防衛大臣は過去、以下のように述べています。今の内閣の一員がこういうことを言うとおかしな感じがしますが、つい1年前までの政府見解を踏まえれば、中谷氏の発言はむしろオーソドックスなものであることが分かりますね。

〈私は、現在の憲法の解釈変更はすべきでないと考えている。解釈の変更は、もう限界に来ており、これ以上、解釈の幅を広げてしまうと、これまでの国会での議論は何だったのか、ということになり、憲法の信頼性が問われることになる〉

〈政治家として解釈のテクニックで騙したくない。自分が閣僚として「集団的自衛権は行使できない」と言った以上は、「本当はできる」とは言えません。そこは条文を変えないと……〉
出典:2015.6.6日刊ゲンダイ
今の政府見解は、内閣の内部ですら、本来的には意見統一ができていないようです。

まとめ

結局、現在の政府見解は、過去の与党議員の発言とも、閣僚の過去の発言とも、つい1年前の政府見解とも、首相の父親の大臣としての見解とも一致しないのです。
 このように、つい昨日発表された政府答弁がこのような激しい矛盾を来しているのです。
筆者は憲法9条改憲には反対ですが、仮にそのようなことをするのであれば、憲法9条の改憲が必要だ、というのは当然すぎることでしょう。法治主義は言葉の一貫性によって担保されるものです。これを、単なる法改正で済まそうとする安倍政権の憲法観は余りに軽い、許されない、といわざるを得ません。
1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なの何でもこなせるゼネラリストを目指しています。残業代を軸に社会と会社を分析する『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? ナベテル弁護士が教える残業代のカラクリ』(旬報社)発売中。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggEGsKNUFIcm1U7Si3NB0.AQ---x585-n1/amd/20150609-00046471-roupeiro-000-4-view.jpg
安倍首相の個人ページより。憲法を破って平気な「美しい国」などあるのだろうか。
安倍晋三首相がミュンヘンで記者会見し、今国会に提出されている「安保法制」について、憲法違反ではない、と釈明しました。しかし、この記者会見の内容自体、安倍首相が本当に憲法とか立憲主義とか法の支配とか、そういう概念を理解しているのか大変疑わしい内容になっています。
安倍首相は記者会見の冒頭部分で、ウクライナ情勢に絡み下記のような発言をしています。
「私たちには共通の言葉があります。自由、民主主義、基本的人権、そして法の支配。基本的な価値を共有していることが、私たちが結束する基礎となっています。」
「力によって一方的に現状が変更される。強い者が弱い者を振り回す。これは欧州でもアジアでも世界のどこであろうと認めることはできません。法の支配、主権、領土の一体性を重視する日本の立場は明確であり、一貫しています。」
出典:産経新聞
ここで言う「法の支配」とは、安倍首相が知らなかったという故・芦部信喜教授の教科書によれば以下のような概念です。
法の支配の原理は、中世の法優位の思想から生まれ、英米法の根幹として発展してきた基本原理である。それは、専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理である。〜中略〜法の支配の内容として重要なものは、現在、(1)憲法の最高法規性の観念、(2)権力によって犯されない個人の人権、(3)法の内容・手続の公正を要求する適正手続(due process of law)、(4)権力の恣意的行使をコントロールする裁判所に役割に対する尊重、などだと考えられている。
出典:芦部信喜『憲法 新版』(岩波書店 1997年)
安倍首相は、冒頭部分では、大変崇高な理想を掲げたことになります。が、そもそも安倍首相は「法の支配」の意味を理解しているのでしょうか。根本的な疑問があります。そして、安倍首相は、国内での「安保法制」に対する激しい批判に対しては、以下のように述べ、すでに散々批判され、破綻した理屈と繰り返すだけです。
「今回の法整備に当たって、憲法解釈の基本的論理は全く変わっていない。この基本的論理は、砂川事件に関する最高 裁判決の考え方と軌を一にするものだ」
「今回、自衛の措置としての武力の行使は、世界に類を見ない非常に厳しい、新3要件のもと、限定的に、国民の命と幸せな暮らしを守るために、行使できる、行使することにいたしました。」「武力行使においても、この新3要件を満たさなければいけないという、この3条件があるわけです。先ほど申し上げた、憲法の基本的な論理は貫かれていると私は確信しております」
出典:産経新聞
この砂川事件の最高裁判決を持ち出す言い訳はすでに方々から批判され、最近は言わなくなっていましたが、言うに事欠いてまた出てきたのでしょうか。砂川事件の最高裁判決のテーマは、米軍の駐留の合憲性に関するもので、日本国の自衛権に関するものではありません。自衛権に関して言及した部分も個別的自衛権に関するものであると考えられています。むしろ、今話題の長谷部恭男教授は、2014年3月28日の日本記者クラブでの講演で「集団的自衛権は現在の憲法9条の下では否定をされているというのは、実は砂川事件からも出てくる話ではないかと私は思っております」と述べ、砂川事件の最高裁判決はむしろ集団的自衛権を否定するものとしています。下記動画の30分41秒以降をご覧下さい。
追記:砂川事件の最高裁判決については、九州大学の南野森教授も「現在に至るまで、最高裁判所が自衛隊を合憲と判断したことはない」という記事を書いています。
安倍首相が自己正当化の根拠としてもう一つ掲げた「新三要件」なるものも、そもそもこれを決めた2014年7月1日の閣議決定自体が憲法9条違反だとして激しく批判されたものです。さらに、今国会の論戦で、政府はむしろこの「新三要件」を、歯止めを掛ける方向ではなく、自衛隊を積極的に海外に出し、武力行使をするための要件として活用しています。この点については、筆者の「憲法9条、安倍政権を走らす」をご参照下さい。安倍首相をはじめとする政府の国会答弁が分かりにくいのは、憲法9条と「新三要件」のねじれ、「新三要件」と国会に提出した10法案のねじれ、という二重のねじれにより、国会答弁が憲法9条と関係ないものになっているからなのです。

安倍首相こそ本当の「ルーピー」ではないのか

かつて鳩山元首相が米国のワシントンポスト紙に「ルーピー」と罵倒されました。輪っかを意味する「loop」から派生して「混乱した、ばかな」という意味があるそうです。彼のワシントンポストが堂々と使ってる位なので、筆者も使ってよいのではないかと思います。筆者は、散々、憲法違反と名指しされているのに、自省することもなく、まともに反論することもなく、壊れたレコードのように破綻した自説を繰り返すだけの安倍首相こそ「ルーピー」の名に相応しいと思わざるを得ません。安倍首相は、今日、日本に帰ってくるようですが、帰国後はさらに「憲法を守れ」「ルールを破るな」という批判を強める必要があります。

転載元転載元: 情報収集中&充電中

自民党の改憲漫画から「押しつけ憲法論」を考える

5月3日の憲法記念日を前に、自民党がまた凄いものを発表しました。安倍首相が指示して作ったという憲法改正を考える漫画です。

政府筋によると、漫画制作は首相が指示したという。船田元本部長は「憲法はGHQの影響下で作られたという歴史的事実を踏まえるべきだ。勇気を持って改正したい」と述べた。


出典:自民が憲法改正漫画 若者ターゲット(西日本新聞2015年04月28日)
筆者も早速読んでみましたが、衝突する人権同士を調整する原理であるはずの「公共の福祉」をなぜか「公益」と言い換えていたりして、疑問になる歴史的事実以前に、日本国憲法を踏まえていないんじゃないかと疑問になる内容です。ストーリーは、GHQが短期間で作って日本に押しつけた翻訳調の憲法だし、もう時代遅れだ、というようなものです。以下、気になった点をいくつか検討します。
なお、漫画の現物はこちらで入手可能です。

憲法はインターネットに対応してない?

漫画の冒頭は、憲法改正が不安だというほのぼの優子さん(29歳)が、唐突かつ壮絶に(誤った認識で)日本国憲法をDisり始めます。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggPXW1k5tQfSePp38hkBeizg---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-001-5-view.jpgこんな不自然な疑問がどこから生じるだろうか
優子さん、ご安心下さい。日本国憲法が施行された1947年には、東京タワーも新幹線もテレビ放送も、自由民主党すら日本にはなかったわけですが、テレビ放送が始まったときに「憲法は今の社会についてこられるのかしら?」などという馬鹿げたことを心配した人はいなかったと思いますよ。そして、日本国憲法21条2項は「通信の秘密は、これを侵してはならない。」と明記しており、電子メールでも、LINEのやりとりでも、国家が勝手にのぞき見してはならないことは明記しています。日本国憲法はインターネット社会にも立派に対応しているのです
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggAnHb9qUWBfRGbMj2Ysbq5A---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-002-5-view.jpg憲法がエコじゃないって・・?
また、日本国憲法に環境権について直接定めた条文がないのは確かですが、幸福追求権(憲法13条)をはじめとする人権のなかにそのような権利が含まれることも争いがないところです。実際、最近でも、干拓のための「ギロチン」とも言われた潮受け堤防で台無しになった諫早湾について、裁判所が堤防排水門の開門を命じる判決を出したりしています。日本の戦後の公害史を紐解くと、福島第一原発事故が最悪の公害なのですが、福井地方裁判所は、昨年、大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を出しました。このとき幸福追求権が運転差し止めを命じる根本的な根拠とされました。むしろ、どちらの問題についても、自然環境の保全に逆らう方向の施策を推進し、破綻を来したのは他ならぬ自民党政権で、決して日本国憲法のせいじゃないんですよ。優子さん。
さらに、ロハス(LOHAS (Lifestyles Of Health And Sustainability))についていうと、憲法25条が掲げる「健康で文化的」な生活の延長線にあるものでしょう
これについても「最低限度」の生命線である生活保護制度を悪化させ、かつ、本来保護を受けられるはずの人々の権利実現を嫌がっているのはむしろ片山さつき先生をはじめとする自民党の皆さんなんじゃないでしょうか。労働時間規制を破壊し、労働者を「定額使い放題」の無間地獄に放り込もうとしているのも今の安倍政権です。

憲法は日本国民ではなくアメリカのために作られた?

その後、漫画では、ほのぼの千蔵(92歳)が登場し、これまた壮絶に、日本国憲法をけなし始めます。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggeAWcztdGTtNy6HGHiJCdjA---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-003-5-view.jpgほのぼの千蔵(92歳)
千蔵さんがいうところの「日本国憲法の基」が何を指すのかよく分からないところですが、読み進める限りは政府が制憲議会に提出した日本国憲法の政府案を示しているように思えます。政府案にGHQの意向が非常に強く反映しているのは事実ですが、これを指して「日本国憲法の基」をアメリカ人が作った、というのはかなり語弊のある言い方なのではないかと思います。というのも、GHQが政府案の原案を作るようになった背景には様々な経緯があるからです。
本来、憲法の改正案は日本政府がみずから作るはずだったのですが、松本烝治大臣が中心になって作った政府の憲法試案は明治憲法とほとんど変わりのない内容で、GHQは日本政府に失望して自ら草案作りに着手したのです。日本の支配者たちは自らの力でGHQが納得するような民主的な憲法草案を作ることができなかったのです。
方、GHQは、同時期に日本国内で活発に行われていた新憲法に関する議論を丹念にリサーチしており、特に、後に静岡大学の教授となる鈴木安蔵が主宰していた憲法研究会の「憲法草案要綱」には大いに注目していました(国会図書館のHPで現物を見られます)。

憲法研究会の憲法草案要綱は国民主権を定めつつ天皇制を存続させるなど、今の日本国憲法と基本構造が非常によく似ています。この憲法草案要綱はGHQが作成した政府案の基に大きな影響を与えたと言われています。
GHQがわずか8日間で政府案の基を作ることができたのは、日本の中で現に育っていた日本的な民主主義や人権の思想をベースにしたからなのです
http://rpr.c.yimg.jp/im_sigg4Yxb.Rk.WkUhf.s8X4_gSQ---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-008-5-view.jpg「軍事的な」無力化であって、無力な国を作ろうとしたわけではない。
また、GHQが軍事的に日本の無力化を指向していたのは事実ですが、それはアメリカ政府のみの意向ではなく、ポツダム宣言にすでにうたわれていることであり、連合国(後の国連)の総意でもあったので、アメリカのせいにするのはよくないと思います。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggVcS6O6M0AYqnAOeG1axsvw---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-004-5-view.jpgGHQは誰のために憲法草案を作ったのか?
漫画の中では、GHQ民政局のスタッフと思われる人物たちが「日本人のための憲法ではなく我々のために日本国憲法を作ろうっていうのか・・」などというセリフが出てきますが、ホイットニー准将以下の民政局のスタッフが日本国民のために、理想と情熱に燃えて政府案の基を作ったことは有名な話で、だからこそ、日本国憲法は世界の憲法の中でも素晴らしいと言われる人権規定を多数揃えているのです
なかでも、自ら日本で育って日本の女性たちが置かれた無権利状態に心を痛め、男女の平等をうたった憲法24条を起草したベアテ・シロタ・ゴードンさんは有名ですね
自民党漫画のこのセリフの出典は果たして何なのでしょうか。事実無根ではないでしょうか。

憲法は8日間で作られた訳ではない

この経過から見ても分かるように、「8日間」というのは、松本試案を撥ね付けたあとにGHQが日本政府の憲法草案の基(マッカーサー草案)を作るために要した時間であり、当然ながら、日本国憲法が8日間でできあがったわけではありません。
1946年2月12日にできあがったマッカーサー草案は、その後、日本政府との激しいつばぜり合いを経て、1946年3月6日に政府の憲法改正草案要綱として完成されました。なお漫画に登場する、松本烝治大臣が怒って帰ってしまったエピソードは、松本自らが主導したマッカーサー草案の換骨奪胎策をGHQに見破られ、激論になったからで、「翻訳の解釈の違い」などというレベルのものではありません。押しつけ憲法を強調するのであれば、日本の旧体制を代表しながら“敵前逃亡”した松本烝治こそ、戦犯として非難されるべきではないでしょうか。
そして、このエピソードは、憲法(草案)を「押しつけられた」日本の旧支配層の根本的な責任感や自覚の欠如を示している気がしてなりません。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggfv8_U_Z3Sk5tzlJ5yaw.lg---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-006-5-view.jpg
また、漫画ではこの先の過程が全てぶっ飛んでいきなり1946年11月3日の憲法公布に行きますが、3月6日から11月3日までの間に、新しい憲法を定めるべき議員を選んだ1946年4月の衆議院議員総選挙(日本で初めて婦人参政権が実現しました)、その後の国会での活発な論戦、衆議院及び貴族院での圧倒的多数による可決、という経過があります。この過程で、文語体だった憲法草案は口語体に変わり、憲法第1条での国民主権の明記、憲法9条の芦田修正、憲法25条での生存権の明記、憲法26条2項での無償の義務教育の中学までの延長など多数の追加・修正がされています。
千蔵さんは、新しい憲法を定めるべき議員を選んだ1946年4月の衆議院議員総選挙は棄権し、その後の国会論戦も追いかける暇がなかったのかもしれませんね。

国民は押しつけた側にいる

http://rpr.c.yimg.jp/im_siggGJRWPgKdik0CSFqGhDZ4Ew---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-005-5-view.jpg憲法草案を押しつけられる松本烝治大臣
この漫画に出てくる松本烝治大臣や、安倍首相の祖父である岸信介など、明治憲法下での絶対主義的天皇制を支え、戦争を主導した旧支配層が、日本国憲法をGHQから「押しつけられた」というのは、ある意味で正しい表現だと思います。
なにしろ、天皇主権で人権保障がされない明治憲法を温存しようとして玉砕したわけですから。しかし、日本国民は全体としては日本国憲法を歓迎したし、その後も擁護してきました。だからこそ、施行から68年経った今日まで、日本国憲法は改正されなかったのではないでしょうか。そんなに不合理な憲法であれば、いかに改正のハードルが高くても、早期に改正されていたでしょう。
日本国憲法の制定過程でGHQが果たした役割が大きかったことは否定できませんが、マッカーサー草案のベースになったアイデアは日本国民が考えたものであり、制定過程で多数の重要な追加や修正がなされ、国民が選んだ議員で構成する国会で議決されて成立したものです。

その日本国憲法には、国民主権が定められ、国民が日本国政府に対して有している基本的人権が列挙されています。そういう意味で、多くの日本国民は、間違いなく、日本国憲法を「押しつけた」側にいたのです。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggS3DLMn6FBn.UnCQToQEerQ---x280-n1/amd/20150503-00045366-roupeiro-007-5-view.jpgクライマックスで飛び出す押しつけ憲法論
そうやってみると、この自民党の漫画のクライマックスに出てくる千蔵さんのセリフは、一生懸命感動的に見せようとしていますが、よく読めば右翼団体の街宣車に書いてあるスローガンとあまり変わりがありませんね。
むしろ、その後の歴史を見ると、日本国憲法で徹底した平和主義を実現させたGHQは東西冷戦の深まりと朝鮮戦争勃発の過程で、それを誤りだったと考えるようになり、日本を再軍備させ自衛隊の元となる組織を作らせます
そして、日本の独立と同時に日米安保条約を締結し、占領軍が形を変えた米軍の駐留は現在まで続いています。つい先日も、我が国の首相が、訪問先のアメリカで、沖縄県辺野古での新しい米軍基地の建設や、まだ国会に法案を提出すらしていない「戦争立法」の夏までの成立を約束してきました。憲法9条を維持すべきと考える国民が多数派で、今国会での安保法制の制定に否定的な世論が多数で、沖縄県ではそれこそ圧倒的多数の県民が辺野古への新基地建設に反対しているのに、国内の議論より先にアメリカ政府に約束してくる政府は一体誰のための政府なのでしょうか。
少なくとも、筆者には、この漫画の作成を指示したという安倍首相の方が、よっぽど敗戦国根性を引きずっているように見えます。ひょっとしたら、安倍首相と自民党は、戦後70年の節目の年に、憲法とはなんなのか、国民主権とはなんなのか、を深く考えさせるための反面教師的な素材を提供してくれたのかもしれませんね。素材を提供してくれた自民党に感謝しつつ、筆者は日本国憲法を引き続き擁護していきたいと考えます。
1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なの何でもこなせるゼネラリストを目指しています。残業代を軸に社会と会社を分析する『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? ナベテル弁護士が教える残業代のカラクリ』(旬報社)発売中。

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