天木直人のブログ 新党憲法9条憲法解釈変更を一日で決めていた内閣法制局
きょう9月28日の毎日新聞が一面トップで大スクープ記事を掲載した。 すなわち、昨年7月に安倍首相が集団的自衛権行使容認を解釈改憲で行おうとした際に、内閣官房の国家安全保障局からその合憲性(違憲性)の審査を求められた内閣法制局の憲法解釈を担当している第一部担当参事官が、わずか一日で「意見はない」と電話で答えていたというのだ。 しかも、その結論に至る内閣法制局の内部議論を示す文書が一切残っていないという。
驚くべき内閣法制局の責任放棄だ。 私もまだ現役の外務官僚だったころ、何度も内閣法制局と仕事をしてきたが、こんなことは考えられないことだ。 しかし、その担当参事官を責めるのは酷だ。 これは内閣法制局長官の決定事項だったからだ。
これを要するに、今度の集団的自衛権の行使容認と、それを法律にした安保法は、安倍首相と外務官僚(谷内正太郎NSC事務局長、小松一郎内閣法制局長官ら)が、この国の法の支配をハイジャックして実現したものだったということだ。 そしてそれを可能にしたのが人事である。 人一倍強い官僚の出世欲を巧みについた恣意的人事により、すべてを従わせる。 出世欲に負けた官僚が、公僕意識をかなぐり捨てて黒を白と言いくるめる。 これが安倍政権の現実である。 深刻なことは、それが外交・安全保障の分野に限らず、あらゆる政策分野で横行していることだ。 日本という国は、8年前に首相の座を放り投げて敵前逃亡し、その時点で政治家失格だった安倍晋三という一人の男を甘やかし、総理にまでさせて、ここまで壊されてしまったということだ。 しかも、それを倒す者が誰ひとり出てこないまま、さらなる横暴を許している。 なんという政治の体たらくであろう。 われわれ国民はどうすることもできない。 すべては政治家という特権を与えられながら、何もできない政治家の責任である。 私が既存の政党、政治家ではもはやどうすることもできないと考える理由がここにある(了)
毎日新聞 2015年09月28日
政府が昨年7月1日に閣議決定した集団的自衛権の行使容認に必要な憲法9条の解釈変更について、内閣法制局が内部での検討過程を公文書として残していないことが分かった。法制局によると、同6月30日に閣議決定案文の審査を依頼され、翌日「意見なし」と回答した。意思決定過程の記録を行政機関に義務づける公文書管理法の趣旨に反するとの指摘が専門家から出ている。
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厚木騒音訴訟で東京高裁が一審判決と同様に、自衛隊機の夜間飛行差
し止め判決を下した事は確かに注目すべきだ。
しかし防衛省は上告するだろう。
そして最高裁は一審、二審の判決を覆す。
それよりも、なによりも、この東京高裁の判決そのものが、米軍機の
差し止め請求を一審同様、司法の権限が及ばないとして、却下してい
る。
米国に対する司法の主権放棄である。
そして、その原点は、1959年の田中耕太郎最高裁長官が下した砂川判
決にある。
米国の極秘公電の公開で、この驚くべき対米従属性が明らかになっ
た。
そして、この米国極秘電報の発見に基づいて、昨年6月に砂川判決の
再審請求が土屋源太郎さんら元被告から提訴されている。
こんことは周知の事実であるのに、知ってか知らずか、その砂川判決が、安保法制案起案の責任者である高村自民党副総裁によって集団的自衛権行使容認合憲の根拠とされ、それを安倍首相も国会で何度も繰り返している。
これほどの矛盾はない。
しかし、学者も、国会議員も、メディアも、この砂川判決の無効性、
違憲性を、正面から指摘する者はただの一人もいない。
何を恐れているのだろうか。
そう思っていたら、砂川判決は無効だと正面から切り捨てた人物をは
じめて見つけた。
月刊日本という右翼雑誌がある。
その月刊日本の最新号(8月号)は、日本は米国の属国のままでいい
のか、の特集号である。
その特集号の様々な記事の中に、あの小林節慶応大学名誉教授のイン
タビュー記事を偶然見つけて私は驚いた。
そのインタビューの中で、小林教授は砂川判決が集団的自衛権を認め
ているとする安倍政権の主張を「真っ赤なウソ」だと次のように断じて
いるのだ。
すなわち、そもそも裁判は事件になった事実しか判断しないものだ、
砂川事件では日本が駐留米軍を受け入れることの合憲性が問題になった
のであって、他国防衛の為の集団的自衛権の合憲性は問題になっておら
ず、何の判断もなされていないと。
ここまでは小林教授ならずとも、すべての憲法学者が等しく認めてい
るところだ。
私が注目したのは、その後に続く小林教授の次の言葉である。
「・・・三権の長がアメリカの大使や公使に面会して、事前に判決を
約束するなど言語道断です。この時、日本は事実上主権を投げ捨て、独
立を放棄したのです。最高裁判決は司法の独立を奪われた判決であるた
め、司法権の名に値しません。最高裁判決自体そのものが『一見極めて
明白に違憲無効』ですよ。砂川判決の元被告人たちが再審請求を求めて
いますが、至極当然の事です。安倍政権は『独立国家として集団的自衛
権を認めるのだ』と意気込んでいまが、そのために独立国家の主権を侵
害した最高裁判決に頼るのは自己矛盾以外の何物でもありません・・
・」
この言葉こそ私が聞きたかった言葉だ。
このような勇気ある言葉を発した学者は、私の見る限りでは日本広し
といえども小林教授が初めてだ。
し止め判決を下した事は確かに注目すべきだ。
しかし防衛省は上告するだろう。
そして最高裁は一審、二審の判決を覆す。
それよりも、なによりも、この東京高裁の判決そのものが、米軍機の
差し止め請求を一審同様、司法の権限が及ばないとして、却下してい
る。
米国に対する司法の主権放棄である。
そして、その原点は、1959年の田中耕太郎最高裁長官が下した砂川判
決にある。
米国の極秘公電の公開で、この驚くべき対米従属性が明らかになっ
た。
そして、この米国極秘電報の発見に基づいて、昨年6月に砂川判決の
再審請求が土屋源太郎さんら元被告から提訴されている。
こんことは周知の事実であるのに、知ってか知らずか、その砂川判決が、安保法制案起案の責任者である高村自民党副総裁によって集団的自衛権行使容認合憲の根拠とされ、それを安倍首相も国会で何度も繰り返している。
これほどの矛盾はない。
しかし、学者も、国会議員も、メディアも、この砂川判決の無効性、
違憲性を、正面から指摘する者はただの一人もいない。
何を恐れているのだろうか。
そう思っていたら、砂川判決は無効だと正面から切り捨てた人物をは
じめて見つけた。
月刊日本という右翼雑誌がある。
その月刊日本の最新号(8月号)は、日本は米国の属国のままでいい
のか、の特集号である。
その特集号の様々な記事の中に、あの小林節慶応大学名誉教授のイン
タビュー記事を偶然見つけて私は驚いた。
そのインタビューの中で、小林教授は砂川判決が集団的自衛権を認め
ているとする安倍政権の主張を「真っ赤なウソ」だと次のように断じて
いるのだ。
すなわち、そもそも裁判は事件になった事実しか判断しないものだ、
砂川事件では日本が駐留米軍を受け入れることの合憲性が問題になった
のであって、他国防衛の為の集団的自衛権の合憲性は問題になっておら
ず、何の判断もなされていないと。
ここまでは小林教授ならずとも、すべての憲法学者が等しく認めてい
るところだ。
私が注目したのは、その後に続く小林教授の次の言葉である。
「・・・三権の長がアメリカの大使や公使に面会して、事前に判決を
約束するなど言語道断です。この時、日本は事実上主権を投げ捨て、独
立を放棄したのです。最高裁判決は司法の独立を奪われた判決であるた
め、司法権の名に値しません。最高裁判決自体そのものが『一見極めて
明白に違憲無効』ですよ。砂川判決の元被告人たちが再審請求を求めて
いますが、至極当然の事です。安倍政権は『独立国家として集団的自衛
権を認めるのだ』と意気込んでいまが、そのために独立国家の主権を侵
害した最高裁判決に頼るのは自己矛盾以外の何物でもありません・・
・」
この言葉こそ私が聞きたかった言葉だ。
このような勇気ある言葉を発した学者は、私の見る限りでは日本広し
といえども小林教授が初めてだ。
ここまで小林教授が言ったのだ。
国会でこの小林教授の言葉を安倍首相に投げつける政治家が出て来な
ければおかしい
何としてでも小林教授には護憲政党をひとつにまとめて、来るべき選
挙で安倍自民党政権を倒してもらいたい。
護憲政党がひとつになればそれができることは世論調査が明確に示している。
ければおかしい
何としてでも小林教授には護憲政党をひとつにまとめて、来るべき選
挙で安倍自民党政権を倒してもらいたい。
護憲政党がひとつになればそれができることは世論調査が明確に示している。
護憲政党をひとつにできなければ、その時こそ小林教授には新党憲法9条に賛同いただいて、願わくば党首になって選挙に臨んでもらいたい。
それが実現できれば新党憲法9条は現実のものとなり、日本の政治を
大きく変えるだろう。
日本の夜明けが来る(了)
それが実現できれば新党憲法9条は現実のものとなり、日本の政治を
大きく変えるだろう。
日本の夜明けが来る(了)





