講演
愛媛県の文書は非常に重要な証拠書類。首相秘書官が“ ”と言った意味は非常に大きい。秘書官と首相の間には誰もいない訳で、秘書官の発言はすなわち首相の意向を反映したもの。
公務員は“全体の奉仕者”であり、一部の人、総理のために嘘をついてはならない。それに背くようなことを、官僚にさせている。役人を貶めたのは政治の責任。総理大臣自身も公務員であり、憲法15条、そして99条違反。
安倍一強体制は、三権分立も侵している。官僚や大臣の人事権の濫用。その影響は、独立性の高かった内閣法制局にも。立法府も、小選挙区制の虚構で多数を握り、公認権で自民党内も支配。
警察も安倍官邸の政治権力の影響を強く受けている。警察が政治的に動くと非常に危険。それを示唆するのが伊藤詩織さんの事件。山口敬之氏の逮捕を止めたのは、菅官房長官の息のかかった刑事部長。しかも不起訴に。検察審査会の結論も不起訴相当になってしまった。
大臣の独立性も危うくなっている。内閣は本来は合議制のはずが、総理が他の大臣の上司であるかのように振る舞っている。閣議決定は、本来は総理も拘束するものだが、 の件では、獣医学部新設の四要件に総理が従わないという事態に。
“第四権”と言われるメディアに政治支配が及んできていることも非常に危険。 を最初に調べ始めたのはNHK。私も昨年の4月頃には接触され、その時点で私も知らない情報も持っていた。しかし報道されなかった。しかしNHKも変わってきた。メディアは権力を批判し尽くすくらいでいい。
憲法と教育は「憲法が教育を保障し、教育が憲法を支える」関係だと思っている。憲法26条で教育を受ける権利。これは社会権。同時に教育には、自由権という側面も。教育内容について国家に介入されない。これを保障しているのは13条と23条、すなわち個人の尊重と幸福追及権、学問の自由。
自民党改憲案では、26条の改定案も。維新の取り込みを狙って“教育無償化”をうたうが、案文には“無償”とは出てこない。一方で非常に危ない文言が。“教育は国の未来を切り開く”と。国の役に立つかどうかの差別や選別が起こりかねない。草案全体が国家主義的だが、26条にもそういうものが。
憲法の三大原則、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義は、憲法を憲法たらしめている柱であって、何があっても変えることはできない。その土台に個人の尊重がある。これを変えるのは、前々近代的、江戸時代まで戻すようなもの。
学習・教育は、人間が人間であるために必要。学習が保障されなければ人権は実現できないし、守れないし、主張できない。例えば、労働基本権を学ばなければ、ブラックな労働に対抗できない。平和主義のためにも学習が必要。“戦争は無知から生じる”とユネスコ憲章にある。
平和を守るためには歴史の教育が大事。人類が勝ち取ってきた、戦争違法化の歴史の中に9条がある。日本国憲法は、日本人だけで作ったものではない。人類の歴史の中で勝ち取られてきた、普遍の原理を結晶化させたもの。日本人だけのものではない。
国民が学ばなければ、基本的人権は実現できない。政治課題でも、学ばないと主権者としての権限を行使できない。息子が自衛官の知人が「安保法制は大事」と話していたので、集団的自衛権行使につながる本質を話すと「それはいけないわね」と。学ぶってことはいかに大事か。
2006年に第一次安倍内閣が教育基本法を改悪し、教育の目標に愛国心が位置付けられ、国家の介入が強められた。そしていま道徳の教科化。道徳教科書の中身も問題で、個人の尊重が希薄、あるいは欠如している。国家に帰属させ、国を超えた共同体という考え方もない。これは国体思想。
質問 朝鮮学校の教育無償化拒否についてどう考えるか。
あれは官製ヘイト。高校無償化の制度設計をしたとき文科省は、朝鮮学校は当然対象だと考えていた。核開発や拉致問題と結びつけるのはおかしい。
質問 しんどかった仕事は?
一番やりたくなかったのは、教育基本法の改悪の根回し。ユネスコ憲章の改悪も個人としては反対だったが日本の担当者だった。一方で、八重山教科書問題は、政府担当者としては一括採択を迫りながら、同時に法改正も担当し、分離採択を実現。腹背が成功した。
質問 同じような憲法観・教育観の後輩は?
頼もしい若手もいて期待できる。年を取って染まらないか心配もあるが。課長以上とは微妙な距離感。後輩には、魂は売るな、一時的に貸しても売り渡すな、と話している。理想に走って衝突するより、むしろ粘り強く生き残ってもらいたい。