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◎「住民には知らせるな」極秘緊急マニュアル
チェルノブイリ事故の後、広瀬隆氏の元に多くの内部告発文書が舞い込んだ。
※広瀬隆・・東京生まれ、早稲田大学理工学部応用化学科卒の作家
原子力撤廃運動の論客として広く注目される
中には氏名を記入した東電社員の告発文書もあり、その内容は、防災対策高度化が必要であるという緊急会議の招集文書であった。
原発がある地元には最初から「大事故なんて起こらない」と説明しているのに、大事故対策の緊急会議をやっているわけだから驚くべき事だった。
当然この会議についても地元には隠蔽されていたが、その時の緊急会議の中身は、事故が起きた時には情報をどのように伝えるかを示したものだった。
原発メーカーや通産省(現経済産業省)、関係自治体、報道機関などへの流れが示されていたが、驚くべき事に「事故情報」は即座に地元へ知らされるのかと思いきや、まず、電力会社は通産省(現経済産業省)に報告し、地元へは通産省から連絡されるシステムになっていた。
このように、電力会社の関係者は事故を知った直後から一斉に避難し、通産省(現経産省)からの連絡があるまでは地元住民には知らされない「住民見殺し作戦」なのである。
そもそも日本が原発を導入する時「公開、民主、独立」の「原子力平和利用三原則」を掲げ、国民の了解を得て推進した事だが、この確約が嘘であった事がはっきりした。
91年2月9日に起きた関西電力・美浜原発の事故も原発爆発の一歩手前の大事故であったが、この時たまたま見学に来ていた人がいて、原子炉の排気口から猛烈に噴き上げる水蒸気を不審に思い撮影していた。
この時も、電力会社→通産省→マスコミへと情報が流れたため、TVで情報を知った遠隔地にいる人からの電話で事故があった事を知った地元住民が多かった。
この写真は後に朝日新聞読者写真コンクールで特選になったが、事態は深刻だ。
もしかしたらこの見学者も大変な被曝をしていた可能性もあり、すぐに知らされていたら、写真など撮っている場合ではなかった。
※下の写真は2004年8月、死亡5名・重軽傷6名を出した事故当日
画像は借りています
2011年 株式会社徳間書房・発行
船瀬俊介・著「原発災害が大都市を襲う」より抜粋・要約
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若紫さんからの原発情報
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◎火力と水力で十二分
「電力の3分の1は原子力」
これは90年代に盛んに流された政府のCMだった。
だから、原発がなくなると今の生活を維持できないという迷信を信じている人はまだ多いと思う。
確かに日本の電力の3分の1は原子力によって作られているが、問題はその実態である。(事故後の現在は違う)
日本全体の電気消費量は季節や時間でかなりの変動がある。
小回りが利かない原発は簡単には止められなくて、再スタートには大変な手間がかかり、需要に応じて出力を変動できない物なので、原子力をベースにし、変動がある時間帯に火力と水力を運用している。
なんのことはない、原子力をフル稼働させ、火力や水力の大半を休ませているのが現状だ。
火力も水力も発電余力は充分にあるので、原発がなくてもやっていける。
そうすると、火力は二酸化炭素を出して温暖化に拍車をかけるので、良くないという人がいるが、原発はウランの精製や放射性廃棄物の処理にも多量の石油を浪費させている。
また、ウランの埋蔵量は少なく、石油などより早く枯渇する。
☆原発は1度事故を起こすと、地球規模で取り返しがつかない災害となる。
☆原子力発電は、そこで働く労働者の日常的な被曝があって成り立つ発電、一部の人の命や健康を犠牲にして成り立つという文化的な生活などはあってはならない。
☆どんどんたまる放射性廃棄物処理の目処がつかない(数万〜百万年も安全な地層、地下は日本には無い)
単に二酸化炭素を出すか出さないかで議論するのはとんでもない間違いである。
◎コジェネ・システム
(小規模火力発電と廃熱利用システムの組み合わせ)
原発も火力も3分の2が廃熱として捨てられているが、火力はこの廃熱を熱源として冷暖房や給湯に利用できる。
このコジェネ方式で熱効率を70〜80%まで上げる事ができるので、原発には逆立ちしてもできない技である。
この事だけでも火力発電は原発より遥かに優れているし、同じエネルギー消費量でも石油やガスの消費を半分にできる。
画像は借りています
2011年 株式会社徳間書房・発行
船瀬俊介・著「原発災害が大都市を襲う」より抜粋・要約
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◎放射性廃棄物の被害
原子力産業の大きな問題として、全世界で処分不能となっている放射性廃棄物の事がある。
福島県では土壌の表面だけを取り除き、その汚染した物質をフレコンバックと呼ばれる大きな黒い袋に詰め込み、田畑や住宅の前に積み上げられているが、そんな場所が2015年3月までに8万カ所を超えた。
一つの場所には何百、何千の袋が積み上げられているが、この袋の耐用年数はわずか3年なのでもうすでに破れはじめている。
また、土の中に入った草や木の種から勢いよく新芽が伸びて袋を突き破っている。
一応除染は済んだかのようにみえるが、地下や山林に浸透していて徐々に川や風により運ばれ、またすぐに高い線量に戻ってしまうから、事実上除染は不可能なことである。
さらに、絶対にしてはならない高濃度汚染物を住民に無断で焼却し、放射性ガスをまき散らしたのは、こともあろうに環境を守るべきはずの環境庁であった。
原発事故の賠償金もまともに受けられず、自宅や土地、仕事を奪われ、原発事故の関連死者が1500人を超えた福島県民に、政府やIAEAが様々な「安全キャンペーン」を組織的に行い、2015年5月にはまだ危険がある地区の避難指示を解除し、強引に帰還させ「住民への賠償金の支払い打ち切り」という方針を打ち出した。
路頭に迷った県民が対抗するべく「原発事故被害者団体連絡会」を結成したので、全国民も傍観せずに手を差し伸べなければならない。
原発事故被害者団体連絡会ブログ
画像は借りています
2015年7月16日 ダイヤモンド社・発行
広瀬隆・著「東京が壊滅する日」より抜粋、要約
※高い放射線が検出された物(放射線量が低い物でもたくさん集まれば同じ)はそれなりの場所に集めるしかありません。
では、どうするかと言えば、汚染されたゴミ置き場・放射能の墓場を造るしかなく、チェルノブイリでは、やむなく原発の南25kmに造られました。
そこには、事故を収束させる為に上空から鉛やホウ素を投下したヘリコプターや消防車、汚染された表土を除去したブルドーザー、トラックなどが今も放置されています。
日本でもどこかに放射能の墓場を造らないといけません。
本当は、福島第一原発の敷地内に造れたらいいのですが、汚染値が高すぎてゴミを運ぶだけでも被曝してしまいます。
だから、福島第一原発の近くで、将来にわたって無人地帯にせざるを得ない地域に造るしかありません
(小出裕章・著「小出裕章が答える 原発と放射能」より)
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