|
れいわ新選組・安冨歩さんの大阪通天閣でのスピーチに、
とても救われる。
以下、スピーチ書き起こし。
「女性装をするようになってですね、最初は私、ヒゲも濃かったら、これ脱毛してなくなったんですけど、化粧も自分ではちゃんとできないので、スカートを履いて街に出たりしておりました。そうするとやっぱり、白い目で見られるんですね。
白い目っていうのはものすごいものです。その時まで私は白い目ということを知らなかったなって思ったんです。日本に生まれて、男性で生まれて、いい大学に入って、いい会社に入って、大学の教授とかやってると、白い目を向けられるということがないんです。だけど、その私が青いヒゲの剃り跡を残して、スカートを履いて街に出れば白い目を向けられたんです。その時にですね、ああ、本当に暴力に満ちた世界なんだっていうことがわかりました。
そして同時にですね、白い目を全員が向けるのではないということを知ったんです。私を見て白い目を向ける人もいれば、私を見て喜んでくれる人もいる。何とも思わない人もいる。だから、白い目を向ける人は、白い目を向ける人に問題があるんだっていうことに気がつきました。
その、白い目を向ける人っていうのは、いろんな機会を狙って白い目を向けようと思っているんです。誰かに。その口実は何だっていいんです。ユダヤ人でもいいし、黒人でもいいし、中国人でもいいし、田舎者でもいいし、低学歴でもいいし、あるいは逆に東大ででもいいですけど、なんでもいいです。 何か口実があって、みんながその口実を受け入れるのであったら堂々と白い目を向けられる。そういう対象を探している人がいるんです。その格好の餌食が、男のくせに男を好きになる奴とか、男のくせに女の格好をしてる奴っていうのは、問答無用で白い目を向けていい奴なんですね。だから彼らは、容赦なく私に白い目を向けてきた。そういう風に考えて、私がこれまで考えてきた、いろんなものの考え方が間違っていたことに気づいたんです。
つまり私はですね、トランスジェンダー、私みたいな人間のことをトランスジェンダーっていうんですけど、トランスジェンダーだから差別される、ゲイだから差別される、だから、トラトランスジェンダーの人権を守ってほしい、ゲイの人権を守ってほしいっていう風に考える。そのように私は差別や暴力の問題をとらえていました。被差別部落民だから差別される、ユダヤ人だから差別される、というように。
でも違うんです。差別する心っていうのがみんなの中に棲んでいるんです。私の中にもいます。それが強い人がいます。弱い人もいます。そういう、差別する心が強い人たちは、何か対象を見たら差別したくなる。そんなに強く思っていない人でも、例えば生活が苦しくなったり、自分の地位が危うくなって苦しんでる時には、何らかの口実を見つけて誰かを差別したくなる。そうすることによって自分の精神の安定を保ちたくなってしまう状況に追い込まれている人がたくさんいるんです、この国には。それが問題の本質だってことに気づきました。
だから私は、トランスジェンダーとか、レズビアンとか、ゲイとか、性同一性障害とか、そういうものは存在しないんだって言ってます。存在するのは、差別する人がいるだけで、彼らの口実がいろいろなだけなんです。だから、私はその、そういう性的な問題、特に同性愛とか、性同一性障害というような要素は、私は誰にでもあると思っています。
だって私自身、夢にも思わなかったです。50歳を過ぎるまで。自分自身の中に女の子が住んでいて、男の格好をしているだけでイラ付いているということに50年気づかなかったんですね。私は今まではずっと、好きになる対象は女性でした。それは今まではそうだったのであって、もしかしたらこの次、男性を好きになるかもしれない。分からないです。でも誰もがそういうものを持っているに違いないんです。私が特別、とっても変わった人だからこうだったんじゃないと思っています。
多かれ少なかれそういう要素を持っていると、自分の中にあるゲイとか、女装とかいうものに対する嫌悪感、恐怖心、つまりもし自分が男のくせに男を好きになったら、みんなにボコボコにされるのが怖いという気持ちがあると、ゲイの人を差別します。自分が、女の子の服を着てみたいという気持ちがあると、男のくせに女の格好をしてる奴を見ると差別したくなります。だってそれは、そうすることによって、自分にそんな要素がないということを自分に示せるからです。
そういう風にして差別っていうものが生まれて、根元はやっぱり、自分自身の存在に対する不安なんだと思います。みんなにいじめられるんじゃないか、自分はここにいちゃいけないんじゃないか、自分は生きているだけではダメなんじゃないか、何か意味のあることをしなくちゃいけない、何かロクでもないことをしたら追い出されてしまうんじゃないかという恐怖心があって、その恐怖心を何かに転嫁するために差別する対象がいるんです。それが差別を生んでるという風に考えるようになりました。
だから、私たちがやらないといけないことは、性的少数者の人権を守ることではないんです。そもそも性的少数者なんてものはいないんです。単に、そういう口実で差別する人がいるだけです。そういう口実で差別する気持ちが私たちの中にあるだけ。その根源をたどれば、それは一人一人が不幸だからだっていうことに気がつきました。
しかもその不幸というのは、今の不幸じゃないんです。子どものときの不幸なんです。子どもの時に、私が生まれてきただけで意味があるのかないのか。ないと。生きているだけではダメなんだと思うということが、そういう暴力を生んでしまうんだと思います。
だから、この世から暴力を完全に無くすことは無理でも、私たちの社会が暴力的な社会じゃないようにするためには、子どもを守らないといけないんです。すべての子どもを、すべての暴力から守らないといけないんです。全ての子どもが、お腹いっぱい食べられて、愛情を向けられて、気持ちよく育っていけるようにならないといけないんです。そうしたら、その正体不明の不幸は私たちの社会から消えてなくなります。だから私は、子どもを守ろう、子どもを守るということが社会の原則なんだと、皆さんにお伝えして参りたいと思って立候補しました。」
|
山本太郎
[ リスト | 詳細 ]
|
備忘録(2019年7月24日)
長周新聞:政治経済:2019年7月12日 大西つねき氏(れいわ新選組)の演説を文字で読む 現代社会が抱える金融システムの不条理(1) https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/12166 www.chosyu-journal.jp 参議院選に10人が立候補した山本太郎率いる「れいわ新選組」が全国でくり広げている街頭演説や講演会が話題を集めている。そのなかの1人、元外資系銀行ディーラーの大西恒樹氏(全国比例)が10日、広島市内で講演会を開き、現代の日本社会が抱える金融・経済システムの不条理に焦点を当て、資本主義社会のもとで広がる貧困化、格差拡大、増税などの財政問題について問題提起をおこなった。現在の経済の仕組みを根本から問い直す内容が各地で反響を呼んでいる。大西氏の講演を概括して紹介する(掲載する図やグラフは同氏による提供)。 ◇−−−−◇−−−−◇−−−−◇−−−−◇ 日本は世界一のお金持ち国にもかかわらず、7人に1人の子どもが貧困状態にある。私は3年前から地元神奈川県のある高校の図書館カフェでボランティアをしている。そこからは高校生たちの何気ない会話の中からいろんな問題が垣間見えてくる。学校や家庭の悩みに加えて、最近はバイトの悩みなども多く、日本中の企業が驚くほどブラック化していて、5月の10連休に高校生たちは10連勤している状態もあった。さらにはJK(女子高生)ビジネスといういかがわしいビジネスも横行している。そこから聞こえる何気ないSOSを拾って、しかるべき支援に繋げていくというボランティアだ。この子どもたちの一人一人の顔が、私が政治をやる非常に強いインセンティブ(刺激)になっている。
そこからは、子どもの貧困はさらに悪化していることがわかる。教育困難校といわれる学校に行くと、3人に1人が生活保護だったりする。この世界一のお金持ち国の現実がすでにそうなっている。では、貧困状態にある子どもたちの何がいけなかったのか? それは生まれてきた境遇によるもので子どものせいではない。 子どもだけの問題ではなく、大人も簡単に貧困状態に陥る状態にある。病気、ケガ、失業、離婚、災害…などでちょっとバランスを崩した瞬間に一気に貧困状態に突き落とされてしまう。そのようなことが簡単に起こる経済、社会の仕組みになっている。 例えば、2011年3月の東日本大震災。私が政治団体を立ち上げたきっかけは、この大震災だ。当時、私は宮城県石巻市にボランティアとして通っていた。そのとき私はある民主党議員のところで復興支援室でボランティアをしており、民主党政権下だったので民主党の物資倉庫で物資のやりとりを担当していた。 あるとき石巻のボランティア団体から電話がかかってきた。「石巻エリアで1500人くらいの人が食うのに困っているから、カップラーメンを2万食送ってくれ」という。だがすでに5月末で、みんな避難所にいっていて、そこには食料も物資もあるはずだ。「なぜ?」という違和感があった。すぐに2万食を送ったものの、何が起きているのか自分の目で確かめようと思い、翌日、車に布団を積んで石巻まで走って行った。 石巻インターを降りると、すぐ左側に巨大なイオンが営業している。店内に入ってみると、土曜日の午後でもあり、人でごった返し商品も溢れている。まったく被災地感はなく、どこにでもある土曜日の混雑したイオンだった。「何かおかしいな?」と不可解さを抱きながら、そのまま沿岸部に向かった。女川トンネルを抜けた瞬間に景色が一変した。ぐちゃぐちゃになった車が積み重なり、ガソリンスタンドの支柱には車が刺さったまま宙に浮いている。そこで案内されたのは、食うに困っている人たちの代表のお宅だった。避難所ではない。被災後、その人たちも一度は避難所に行ったが、そこには限界状態にある人たちがたくさん集まっていて、プライバシーもない過酷な環境だ。 大震災と津波に襲われた後の石巻市雄勝町(2011年4月、本紙取材にて撮影)
だから、自宅の1階まで水に浸かり、家の半分がぶち抜かれて泥だらけになり、家電製品が使えなくなっていても、自宅の2階に戻って住んでいた方がマシだということで、石巻では約1万世帯くらいの人たちが在宅被災者という形で自宅に避難して暮らしていた。 実はいまだに同じ状況が続いている。数は少し減っているが、つい2カ月前にNHKが石巻の渡波(わたのは)という地域の在宅被災者のドキュメンタリーを放映していたが、そこはいまだに壊れた自宅に住んでいる。なぜかといえば、家を直すにも1000万〜2000万円かかる。支援金、義援金を合わせても全壊世帯で600万円。住宅ローンも抱えている。当時は被災で働けなくなり貯金を切り崩して暮らしていた。それが「食うに困っている人たち」の真実であり、だからこそ「1食でもタダでもらえるならもらいたい」ということでカップラーメン2万食という救済の声があがっていたのだ。 その話を聞いたとき、これは震災の問題でもなく、津波の問題でもなく、巨大な金融問題だ、経済問題だと思った。結局、今の金融経済では困っている人たちのところにはお金がいかない仕組みになっている。 おそらく他の理由でも同じようなことが起こる。病気、ケガ、失業、離婚…そういう理由で全国津々浦々で経済的に困る人が必ず出る。経済の仕組みがそうなっている。これから大きな問題になるのは高齢者の貧困だ。年金が足りず、2000万円の貯金がなければ大変だといわれているが、そんな額が簡単に貯められるものではない。当然、高齢になると病気もケガもしやすい。そのときに十分な貯金がなく、年金もわずかで、働くこともできなければ、もう誰も助けてくれない。そうやって一気に貧困に突き落とされ、誰にも知られることなく孤独死したり、将来を悲観して自殺するようなことが簡単に起きる。全国津々浦々で日常茶飯事のように起きることが容易に想像できる。 高齢者だけではない。若者たちもちょっとバランスを崩したり、引きこもったり、いろんな理由で一気に貧困に突き落とされる人がたくさん出る。これも経済の仕組みに起因している。 豪雨災害に見舞われた広島県呉市天応地区(2018年7月12日)
3年たちながら仮設住宅暮らしを強いられている熊本地震の被災者たち(2019年4月、益城町)
お金に支配される本末転倒な社会 私はもともとJPモルガンという銀行にいて、今の金融システムのど真ん中で働いてきたので、その仕組みがいかに残酷で、いかに格差拡大的であるかを身をもって体験している。震災の光景を見ながら、根本的な原因は金融システム、経済の仕組み、資本主義というような私たちの考え方、生き方にあり、これを根こそぎ変えなければ解決できないと感じた。これを根こそぎ変えるために政治団体を設立した。なぜかといえば、そんなことをいっている政治家も政党もどこにもいないからだ。今の金融経済がおかしい、今の金融システムがおかしい、資本主義はそろそろ限界だ、などといっているような政党はいまだに皆無だ。誰かがそれを大きな声でいい出して、新しい勢力をつくらなければダメだと考えた。 むしろ、今の仕組みがおかしいということは、国会の中の人たちよりも、その外にいて毎日一生懸命働いても働いてもちっとも楽にならないという人たちの方がはるかに実感している。だから、そういう人たちに、今何が起きていて、何が本当の原因で、何が問題なのかをひたすら伝え続けて納得してもらい、その人たちの気持ちを集めれば必ず後で大きな数となり、本当に政権をとって国をひっくり返す。その先に今の仕組みを根本的に変えることができるだろうと思い、政治団体を設立した。 2011年の被災地で、私の堪忍袋の緒を切った出来事がもう一つある。5月末か6月ごろ、石巻エリアで巨大な建物が建設され始めた。なぜ被災地にこんな巨大な建物をいきなり建てるのだろう? と思ったが、これはきっと病院や、当時泊まる場所がなくて寝袋を持ってきていたボランティアが寝泊まりできるような復興の手助けになる施設ができるのではないかとワクワクして見ていた。何カ月か後、初めてそれが何かがわかったときに衝撃を受けた。二つとも巨大なパチンコ店だった。自分の中で何かがブチッと切れた。 確かに今の金融経済では、お金は物凄いスピードでもうかるところへ移動する。困っている人のところにはお金はいかない。もうからないからだ。ある人はいうかも知れない。「当たり前だよ。それが金融資本主義だから」「そういう仕組みだから」と−−。だが、それを「そういう仕組みだから」という理由で鵜呑みにし続けていいのだろうか。困っている人を助けるためにどうすべきかを考えなければいけない。お金も経済の仕組みもそのためにあるべきだ。その本質が忘れ去られ、いつの間にかカネ、カネ、カネの社会、経済になってしまっていることから変えなければ、人間の生き方や人生までおかしくなってしまう。私は、生きて働いて、死ぬときに「何をしたのか?」という自問に答えられないような人生を送ってしまうことに気付いたとき、絶対にこれを変えてやると思った。お金に支配された社会、経済を根こそぎ変えなければ、個人の心の自由も、自分の人生における時間をどのように使うのかという基本的な人権も奪われ続ける。 週に5日も6日も会社の上司や株主など金持ちのいうことを聞かなければいけない生活を強いられ、場合によっては残業をやらされ、わずかに残った自分の時間だけ自由に過ごせるという人生を30年、50年続けて、最後には何のために生きていたのかわからない状態になるほど歪んでしまっている。自分でコントロールできるはずの時間を一人一人に返さなければいけない。奪われてしまっている時間の解放は、金融経済を変えることによって可能になる。これは未来の子どもたちにとっても非常に不公平な仕組みだ。ひたすら作って、消費して、壊すというサイクルを続ければ地球の環境も悪化し、あらゆる種を絶滅に追い込んでいくことになる。これを根こそぎ変えるには、国家経営の間違いも含めてまったく新しい社会を描かなければいけない。それは世界を変えることでもあり、そのために日本だからこそできることがある。 世界一の金持ち国で340兆円のタダ働き 冒頭にいった「日本は世界一のお金持ち国」であるという事実はあまり知られていない。だがこれは紛れもない事実だ。主要国の対外純資産【表参照】を調べると、日本はプラスの341兆円で1位。ドイツが2位、中国が3位。そして、アメリカ合衆国がなんとマイナスの1076兆円。日本はこの数十年間不動の1位だ。かたやアメリカは不動の最下位。世界中から借金をしている世界一の借金大国だ。トランプのディール外交というのは、この莫大な借金を解消するために米国製品をひたすら売る。とくに日本に対してポンコツのオスプレイとかGMO(遺伝子組み換え生物)食品、F35、詐欺まがいの金融商品とか、バカ高い医薬品とか、とにかく何でもいいから日本に買わせて世界一の日本の資産を奪っていこうとするものだ。中国に対するプレッシャーも、3位にいる中国人に25%の関税をかけ、「アメリカに売ってばかりでなくて買え」と圧力をかけているのが米中貿易摩擦だ。トランプの政策はとても単純だ。世界一の借金を負っているから少しでも米国製品を売ってそれを解消しようとしている。
では、日本はなぜこれほど大きな資産を持っているのか。それはみなさんがこの30年間黒字を稼ぎ続けてきた結果だ。日本は戦後復興を貿易立国、輸出主導型でずっとやってきた。海外に製品をたくさん輸出し、輸入を少なく抑えることで黒字を稼いだ。その結果たまった黒字341兆円は、実際には3兆㌦の外貨で円ではない。国際決済はドルでやってきた。原油もドルで買うし、輸出の代金もドルで受けとる。だから黒字もドルで貯まる。アメリカの1076兆円の赤字も円ではなく、約10兆㌦のドルを借りている。そのドルは黒字国が貸している。 では、なぜ世界一の黒字を稼いでいるのにみなさんにその実感がないのか。それはこの稼いだ3兆㌦がみなさんのために使われないからだ。この黒字は使わなければただの紙切れだから当然投資する。ドルならドルを使うアメリカに投資する。この3兆㌦はその国で使われる。労働者の賃金を払い、つくった製品も国内に提供し、米国内で循環する。日本には入ってこない。黒字が増え続けたとしても海外投資になるため日本のみなさんは受けとれない。だからまったく実感がない。家庭に例えるなら、親が「わが家は世界一金持ち」といいながら稼いだお金を全部貯金して使わなければ、子どもは「嘘だね。何も買ってくれないじゃないか」というだろう。それと同じ状態で、何一つ受けとれていない。 それどころか、この30年間みなさんはとんでもない働き方をさせられてきた。1971年から2016年までの為替レート【グラフ参照】を見るとそれがよくわかる。1971年には1㌦=360円だった。これが今は110円くらいになっている。円の価値が3倍になり、ドルが3分の1に下がっている。その契機が1985年のプラザ合意だ。
プラザ合意とは、ニューヨークのプラザホテルでG5(主要5カ国)が集まって、各国の協調介入でドルを下げることを決めた合意だ。なぜかといえば、当時のレーガン米政権は「強いアメリカ」であるための「強いドル政策」をしていた。強い自国通貨のドルで労働者に高い給料を払えば、その国の労働者がつくった製品は高くなる。そのかわりに、逆に海外からは物を安く買える。自国の通貨が高いため、輸入ばかり増えて、輸出はしにくくなり、その結果大赤字を抱えた。一方、戦後復興を輸出主導型でやってきた日本と西ドイツはともに戦敗国であり、戦後賠償もあったので輸出で稼いで貿易黒字が続いていた。アメリカは「いい加減に黒字を稼ぐのをやめろ」といって、西ドイツのマルクと日本の円の為替レートを上げることによって、これらの国の黒字を減らしてアメリカの赤字を減らそうとした。 プラザホテル
その結果、プラザ合意前夜に1㌦=230円だった為替レートが、2年以内で一気に1㌦=120円にまで真っ逆さまに落ちた。ほぼ半額のドル安、2倍の円高だ。簡単にいえば、1㌦=200円が100円になった。日本の輸出企業にはたいへんな事態で、今まで200円のコストで作っていたものが1㌦で売れていたのに、2㌦で売らなければならない。海外からすればまったく同じ製品が値段が2倍になるため、日本製品は高すぎて買えないということになる。逆に、海外からの輸入では2㌦(200円)していたものが1㌦(100円)で買えるようになる。輸出がしにくく輸入がしやすいので赤字になる可能性がある。つまりアメリカに「日本の貿易収支を赤字にしろ」と要求されたのがプラザ合意だった。 日本は何をしたか。確かにバブルの3年間はそれをやって金融緩和でお金を回し、みんながそれを使って遊んだので輸入が増えて輸出が減った。それで黒字が少し減った。だが、バブルが崩壊して景気が悪化すると、何とか景気を回復させようとした。 日本の経済構造は輸出企業が中心だ。彼らはコストカットを始めた。1㌦=200円のときに200円でつくっていたものをそのままのコストでつくったのでは円高で値段が倍になって売れない。それなら、今まで200円でつくっていたものを100円のコストでつくれば、これまで通り1㌦で売れるという話だ。要するにコストをカットすればなんとか売れる、売るためにコストをカットする、ということを景気回復のためにひたすらやってきた。 だが、コストとは、そのまま誰かの売上であり給料だ。それを30年もずっと削り続けて3兆㌦も稼いだわけだ。半分のコストでつくるといっても人間が2倍の速度で働けるわけもなく、要するにコストカットの名の下に、みなさんが受けとるべき給料や代金がちゃんと支払われなかったということだ。これが支払われていたら製品の値段は上がるので、輸出が伸びず、3兆㌦も資産は増えなかったかもしれない。つまり、みなさんが自分の身を削り、無理矢理安くつくって、3兆㌦の黒字を稼いだということだ。胸に手を当てて考えてみてほしい。日本で横行しているサービス残業とは何か。働いているのに給料がもらえないということだ。海外の労働者にしてみれば狂気の沙汰だ。 この3兆㌦はみなさんが受けとらなかった分であり、みなさんのタダ働き分だ。現在は1㌦=110円だから330兆円、1㌦=200円だったことを考えると600兆円だ。これだけの給料を受けとらないまま、それだけのタダ働きをして世界一の3兆㌦の黒字を稼いでしまった。しかも、その3兆㌦はほぼ海外に貸しっぱなしでみなさんは受けとれていない。 今アベノミクスの賃金偽装疑惑みたいなもので、「実は賃金が〇・何%低かった」というような細かい話をしているが、いかにみなさんが受けとるべき給料が受けとれていなかったかは、もっと大きなデータを俯瞰して見ると一目瞭然だ。 お金の量は5倍に増えたのに給料は削減 ここに1980年から2018年までの4つのデータ【グラフ参照】がある。すべて日銀からとってきたデータだ。4本の線のうち、マネーストックM2というのは、日本中の現金・預貯金(ゆうちょ銀行や農協に預けたお金を除く)をすべて足した額だ。つまり、日本には今お金がいくらあるのかという数値だ。
1980年にはマネーストックは200兆円だった。それが2018年には1000兆円を超えている。このあいだに5倍に増えた。私が就職した1986年のマネーストックは340兆円だった。このとき私が会社から受けとった初任給は20万円だった。そして、私の息子が就職した2017年のマネーストックは990兆円。息子の初任給はまったく同じ20万円だった。31年たってお金が3倍に増えているにもかかわらず、大学生の初任給は変わっていない。私は外資系金融機関だったので他よりちょっと高かったかもしれないが、それほど極端な金額ではない。600兆円のお金が増えながら、この30年間ほとんど給料は上がっていないという話だ。ではその600兆円はどこにいったのか? みなさん薄々気づいているだろう。日本の大企業の内部留保は600兆円とか、500兆円といわれる。 この内部留保は、会社が従業員に給料を払うのをやめて、安い法人税を払うと溜まる仕組みになっている。もちろん内部留保は全部現金ではないが、その資産はお金があったから買えたものだ。 対外資産の3兆㌦はみなさんに支払われなかったものだと考えると、この30年で日本の企業というのは給料を払うのをやめたということだ。昔の日本の企業は「三方よし」などといわれ、従業員、お客様、株主みんなのためにあったはずだが、小泉・竹中改革あたりから政財界は「会社は株主のもの」という明確な答えを出した。利益を上げるのがよい経営者で、利益を上げないものはクビになる。ひたすら株主のために利益を上げ続けるし、そのために従業員の給料はひたすら削り続ける。みなさんは削るべきコストだ。人間をコストとするのが今の企業経営になっている。そういう仕組みの中で、法人税を下げたり、株式売買益に対する課税が極端に低かったりする。すべて一部の株主のためだとしか思えないような国家経営をずっとやっている。 この30年間、間違いだらけの国家経営をしてきた。現在の自民党政権がやり続けてきたことだ。だが問題は、この間違いをどの野党も指摘できていないことだ。わかっていないもの同士のプロレスごっこが続いている。私がれいわ新選組から立候補したのは、真実を知らせて彼らの無能を理解してもらい、外に新しい勢力をつくって中に殴り込みをかけるしかないということをわかってもらうためだ。 GDPが上がればよいか 国民の幸せは置き去り 彼らには、国家経営という概念すらない。強いていえば、「GDPを上げる」「株価を上げる」という浅はかな答えが返ってくるだろう。みなさんが幸せになった結果、GDPや株価が上がるというなら別に悪くないが、これが目的になってしまうと完全に本質を見失う。 残念ながらこの国の首相は就任した途端に「GDP600兆円」みたいなことをいっていた。そのための「一億総活躍」だ。みんなが活躍して稼げばGDPが上がる、それがみなさんの幸せと信じて疑わないという浅はかな思考の持ち主がこの国の首相だ。 経済成長の目安にされているGDP(国民総生産)とは、1年間にどれだけのお金が動いたかというだけの指標だ。今までお金の交換でなかったものをお金の交換にすれば上がる。例えば、子育てを保育サービスにするとGDPが上がる。母親が保育料を稼ぐために外に働きに出るとGDPが上がる。それで時間がなくなったから、自分でつくっていたご飯を外で買ってくるようになればGDPが上がる。介護も同じだ。そうしたい人はそれでもいいが、子育てや介護のために自分の手を掛けるとGDPは上がらない。 GDPとは、消費+政府支出+投資+純輸出だ。純輸出とは、輸出から輸入を引いた差であり、黒字になればプラスで、赤字になればマイナスだ。日本の戦後復興はこの純輸出をプラスにするところからはじまった。焼け野原で資源もないから、まず資源を輸入しなければ生産ができない。輸入するにはドルが必要になる。だからドルを借りて資源を輸入し、それを加工して輸出して黒字を稼ぐとそこからドルを返せた。黒字をたくさん稼ぐと輸入がさらに増やせた。戦後はなにもないから、原材料を輸入してたくさんつくっても飛ぶように売れた。純輸出が増えれば消費が増え、たくさんつくるための投資も増え、政府支出も増える。全部がプラスだからGDPはずっとプラスだ。これで戦後復興を30年、40年ずっとやってきた。その結果、何も考えなくなり、GDPがプラスならいいと思い込み、そこで政治家も官僚も思考停止してしまった。 戦後復興はそれでよかったが、1985年のプラザ合意でアメリカから円高にされても基本的にやっていることは変わらない。そして、純輸出を上げるためにみなさんの給料を削った。それで売って稼いだ3兆㌦の黒字は海外に貸しっぱなしで、みなさんの幸せは置いてけぼりになっている。 売上や給料を削ったために、みなさんが好きなように消費し、自由に時間を使うことができない。それで消費が伸び悩んだとしても、輸出を維持し、作るための投資をし、政府が赤字を垂れ流しながら支出を続ければ、差し引きでGDPはプラスだ。これで「経済成長してます」「政治はうまく機能しています」と政治家も官僚も大手マスコミもずっと言い続け、野党もこれを指摘できない。経団連は輸出企業の塊みたいなものだが、これらが巨額の献金を自民党にすれば輸出企業に有利な政策をする。それによって労働者の幸せなどはとうの昔に置いてけぼりだ。これがこの30年間の日本の国家経営だ。 いまだに東京五輪をやって外国人にお金を落としてもらえば経済が活性化し、GDPがあがるなどという。五輪で観光客が来たところで落とされるのは外貨であり、輸出と変わらない。いくら黒字を稼いでも海外に貸しっぱなしになって受け取れない。TPP(環太平洋経済連携協定)でも「これで日本の輸出が伸びる」という。そんなことをやってもみなさん幸せになれないことは30年間で証明されているにもかかわらず、いまだにそんなことを言っている。それに対して新しい提言をすべき野党が同じかそれ以下のレベルだからずっとこれが続いている。 黒字を稼いでも使わなければ意味がない。どうやって使うかは簡単だ。政府がお金を作って配る。1人100万円でいい。あくまでこれは、れいわ新選組の公約ではなく私個人の持論だ。4人家族なら400万円もらえれば現役世代は使うだろう。働く時間を減らして、その分遊ぶ余裕ができれば、消費が増える。消費が増えるから資源の輸入が増える。生産が減るので輸入が増える。もしかしたら赤字になるかもしれないが、むしろ赤字にしなければいけない。赤字にすることが黒字を使う唯一の方法だからだ。政府が国家経営を誤ったために支払われなかった3兆㌦を「黒字還付金」として国民に配る。1人100万円を1億3000万人に配っても130兆円。タダ働き分の3分の1に過ぎない。それでも赤字がたいしたことなければ1人あたり8万円のベーシックインカムを2年くらい配ることだってできる。これは実は日本だからできることだ。日本がタダ働きで品質のいいものをつくると世界が迷惑する。黒字が出るということは、どこかが赤字なのだ。この構図が続くことは持続可能な社会とはいえない。 借金でお金をつくってきた現代の経済システム もう一つは、財政金融の考え方を根本的に間違え続けてきた。政府の借金が大変だから税金でそれを返し続けなければならないとか、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の達成、つまり税収の範囲内で支出を抑えなければならないという発想だ。財務省をはじめ大手メディアもずっと言っている。これは全部大ウソ、大間違いだ。なにもわかっていない人の世迷い言でしかない。 実は政府の借金とは、政府の無駄遣いのせいでも、税収が足りないせいでもない。もっと根本的な原因はいまのお金の発行の仕組みにある。いまのお金の発行の仕組みを続ければ、世界中のほぼすべての国は赤字(借金)まみれになるという帰結になる。そのお金の発行の仕組みを続けている限りは政府の借金問題は絶対に解決しない。 では、「お金の発行の仕組み」とはなにか。日銀券だから日銀が発行していると思っているだろうが、それではつじつまが合わない。お金がどれだけあるのかは、さきほど見たとおり1980年に200兆円だったものが現在1000兆円を超えている。800兆円以上のお金が増えている。みなさんがお金だと思っている日銀券は、日本中の紙幣をかき集めても100兆円にもならない。誰がどう見ても計算が合わない。お金の量は1000兆円を超えているのにお札は100兆円しかないのだから。 では、どうやって800兆円も増えたのだろうか。現金・預貯金の総額であるマネーストックM2というのは、日本中の個人や企業が自分のお金だと認識しているものを足したものだ。みなさんも自分のお金は財布の中だけでなく、預金通帳の中にあるものも含めて自分のものだと思っているだろう。1000兆円あるうち100兆円しか紙幣がないということは、ほとんどが預金でしかないということだ。実際には存在しておらず、あると勘違いしているだけだ。では、どうやってその勘違いが生まれるのか。それがいまのお金の発行の仕組みの正体だ。 現代のお金の増やし方=信用創造の仕組みを説明する。 例えば、Aさんが100万円をA銀行に預けに行ったとする。するとA銀行は金庫に入れ、運用もする。銀行には預金準備制度というのがあり、預かった預金のごく一部を日銀に預けなければいけない仕組みになっている。仮に預金準備率が1%とすると、100万円の預金を預かったA銀行は100万円の1%(1万円)を日銀に預けて、残りの99万円を貸すことができる。私がA銀行にお金を借りに行くと、銀行は必ず口座を持たせる。なぜかといえば私が99万円を借りると私の預金通帳に99万円と書き込むだけだからだ。これで私は自分が99万円を持っていると思う。Aさんも口座に100万円持っていると思っている。その時点でお金は199万円に増えている。ただ私は借金だからあまり自分のお金とは思えない。
だが私がB銀行の誰かに99万円を送金してしまえば、それを受けとった誰かはその99万円を純粋に売上か給料かわからないが自分の預金として認識する。これがもともと私の借金であるかなど知らないし、気にもしない。晴れてめでたく、Aさんの100万円の預金は99万円の預金とあわせて、もともと100万円だったお金が199万円に増えることになる。新たに99万円を預かったB銀行は、そのうち1%の9900円を日銀に預け、98万100円をまた誰かに貸すことができる。また同じことが起きる。これをC銀行の誰かに送金すれば、その誰かは98万100円を純粋に自分の預金と認識し、これを預かったC銀行はまた1%(9801円)を日銀に預けて、残りの97万299円を誰かに貸すことができる。もうこの時点で、私の99万円を受けとった人は99万円を持っているし、これを借りて送金した相手は99万100円を持っていることになる。もともとお金を預けたAさんはお金を1円も動かしていない。預金通帳に100万円と書かれたまま。だがお金は300万円に増えている。 これをぐるぐるとやっているうちに、貸せる金額は1%ずつ減っていくが、100万円の元預金÷預金準備率1%=1億円までお金を作り出すことができる。これが信用創造という現代のお金の発行の仕組みだ。こうやってお金が増えている。その結果、みなさんそれぞれが1000兆円持っていると勘違いしているという状態だ。実際にはもっていないのだから勘違いにすぎない。実際に存在しているのではなく、銀行が誰かに借金を貸すことによって作り出した数字が電子的に回ってきて、それをみんながお金と認識し、自分のものだと思っている。みんなが一斉に銀行にお札を取りに行っても金庫にお金があるわけではない。 拡大し続ける巨大なイス取りゲーム 「借金でお金を作る」――この仕組みが意味することは、借金を返すとお金が消えるということだ。最初に私が99万円借りたときには、99万円のお金を作り出し、それを使うこともできる。だが私が返せないかもしれない…と弱気になってすぐ返したとする。返した途端に相殺してお金も消える。仮になんとか借り切ってなにかに使ったとすると、私の手元に残るのは99万円の借金だけだ。もし1年ローンだとすると、1年以内に99万円を世の中から集めてこなければ私はたいへんなことになる。だから1年後に99万円を集めて借金を返すと、同時に世の中から99万円のお金を消して自分の借金を相殺して消すことになる。これはすぐに返しても1年後でも同じだ。 これが意味するものは、現代のお金はほとんどが借金で生まれているということだ。だからみんなが借金を返してしまえばお金が消える。つまりみんなが借金を返してはいけない仕組みなのだ。ただ、だからといって銀行からお金を借りて「お金を返したらお金が消える仕組みだから返さない」といっても銀行は納得しない。必ず返せという。だからみんな毎月返済する。その分お金は消えている。でもお金が減らないのは、その分誰かが借りているからだ。誰かが返せば、誰かが借りて新しいお金を生むという自転車操業だ。返した分、誰かが借り続けなければいけない。 しかも問題は、元本分だけ返すのではなく利息が付く。私も99万円返せばいいのではなく5%の利息なら104万円返さないといけない。借金によって元本分しかお金は生まれていないのにそれ以上のお金を集めようとする。それで何が起きるかといえば、お金が足りなくなる。発行されていないのだから−−。 例えばこの部屋に100人いたとして、1人100万円ずつ銀行からお金を借りて経済を回すとする。それぞれの銀行口座に100万円と記入されてスタートだ。みなさんがマッサージでも占いでもそれぞれサービスを交換し、お金を払ったり、貰ったりして経済を回す。1年後に100万円ずつ借金を返さないといけない。返してしまえばお金は消える。ここに5%の利息が付けば、みんなが1年後までに105万円ずつ集めようとするとお金が足りない。100万円×100人=1億円のお金しか回っていないのに、利息を含めて1人が105万円買えそうとすると500万円足りず、必ず誰かが破たんする。いまの金融システムは巨大なイス取りゲームなのだ。 みんなが破たんせずに105万円を返済するには、あと500万円が余分に必要だ。そのためには誰かが借金をする必要がある。ここにもう5人いて100万円×5人=500万円の新たな借金が生まれ、それがみなさんのところにいけばめでたく利息も返済できる。だがそのときはお金が消えている状態で、この5人の手元には500万円の借金しか残らない。この人たちが返すためにさらに5人が必要になる。そして、もともとの1億円のお金があった状態に戻すためにはもう一部屋必要になる。100万円お金を借りる100人だ。つまり、どんどん部屋が大きくなって増えていかなければ回らない。 人口が増え続け、借りる人も増え続け、その人たちが必要とする価値(いろんなサービスや製品)が増え続け、作れば売れ続けるような高度成長期のような状態が続けばいいが、そう長くは続かない。経済成長は必ず止まる。借金でお金を増やし続けなければいけない経済も必ず立ちゆかなくなる。 「政府の借金=お金の発行」 という仕組み では、実際どうなったのかを先ほどのグラフで見てみたい。日本の現金・預貯金の総額である①マネーストックが200兆から1000兆円へと5倍に増えている。右肩あがりに堅調に伸びているのは、お金と借金が増え続けなければいけない金融システムだからだ。お金を作るために作った借金に利息が付いてどんどん返す金額が増え、それを返すためにどんどんお金が必要だったといことだ。当初は、青い線の③民間銀行貸出が並行に走っており、借金がお金を作っていたことがわかる。 ところがあるときを境にこの2つの線が乖離していく。④GDPが増えなくなり、すっかり横ばいになる。そうすると銀行は誰に貸し続けるのか。1億3000万人しかいないのに同じ人たちに対して永遠にお金と借金を増やす続けることなどできない。②民間銀行貸出が下がっていくのは、それが実際にできなかったというデータだ。 バブルが崩壊してから銀行は不良債権を処理し、貸しはがしや貸し渋りで実は100兆円近く貸し出しを減らしている。貸せる相手が見つからないから、その後も伸ばせていない。貸さないが、いままで借りた人には返せといわれて返し続けるから、だんだんお金は減っていく。新たな借金がなければお金は減る。 だが、①マネーストックはまっすぐ増えている。では、誰が借金をしているのか。答えは赤い線②国債残高だ。民間銀行がマネーストックを支えきれなくなってから急激に日本の国債残高が上がり、いまや並行して上がっている。つまり、政府が借金をしてお金を発行し続けたということだ。民間の借金にかわって政府の借金でお金を作ってきたということだ。これはすべて日銀のデータだ。その気になれば誰でも引っ張ってこれる。みごとに政府の借金がお金を作っていることが証明されている。 いまや1000兆円のみなさんのお金に対して政府の借金は900兆円だ。この900兆円を返すために900兆円の税金を集めれば、みなさんの預貯金はほとんどなくなる。政府が借金でお金を作っているのだから、政府が返済すればマネーストックも道連れにして下まで下がっていく。だから政府の借金がたいへんだから税金を上げなければいけないとか、消費税を上げなければいけないというのは全部大ウソだ。まったくあり得ない世迷い言でしかない。プライマリーバランスも同じだ。でもそれを政府もマスコミも言い続けている。 <(2)に続く>
|

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動
|
【ほらね!「ドイツの新聞が木村英子と山本太郎を大きく報じた!」 なのに、日本のマスコミは徹底した無視だ! 官邸にだけ忖度するマスコミはいいかげんにしろ!!】
マスコミがなぜ参議院選挙の情勢報道しないのか? 「安倍政権1強だ」「政権交代が起きる要素もない」「取り上げたくなる個性の強い候補者や選挙区もない」「視聴率が取れない」 などの言い訳はウソだ! よくもまぁこんな見え透いた嘘を言えたものである。 ニュースにする価値のあることは、選挙前も後も沢山あった。 特に酷いのは、山本太郎の「れいわ新選組」の、初めての選挙戦術やALS患者や重度身体障害者の立候補者のことを全く取り上げなかったことはあまりにも異常ではないのか。 【選挙結果として、れいわ新選組はネットだけで、228万0764票で2議席獲得した。寄付も4億円を超えた。特出した大ネタではないか!】
これで「党」としての要件は完全にクリアしたのだ。これこそ、「社会現象」であるのに、テレビ局や大手新聞は報道を殆どしていないのだ。これで、世界初のALS患者や重度身体障害者の国会議員が誕生するのは、特出した大ネタで大きなニュースである。 これは、必ずや世界も注目するはずであり、報道されるだろう。
詳細は2019/7/24(水) 午前 5:28のブログ記事ー。 【選挙期間中にテレビの嘘がついにバレた。官邸の顔色ばかり気にしてるからだ! 羽鳥モーニングショー「緊急事態条項」の視聴率11.7%は番組開始以来2位の高視聴率だった!】
|
|
http://tanakaryusaku.jp/2019/07/00020552
「あなたの生活を苦しくしている張本人ですよ。あなたから奪い続けている張本人ですよ」。小泉・竹中政治を糾弾する時、山本太郎は鬼の形相となる。=5月29日、北千住 撮影:田中龍作=
「こんなに貧乏するんだったら死んだ方がマシよ」。田中は女房に泣かれたことがある。貧乏は悲惨だ。
知人の非正規労働者(店員20代)は、手取りが十数万円。当然、貯金はない。生活は綱渡りだ。家賃の催促に怯えながら暮らす。払えない月もある。ない袖は振れないからだ。知人の手首にはリストカットの跡がある。
「あした起きても苦しい生活が待ってるだけ。このまま死んだ方が楽になるなあ」。寝る前にこう考えるワーキングプアがいるのだそうだ。
「生活が苦しいのはあなたたちの自己責任じゃない。政治の構造に問題がある」。こう訴えて貧困層に手を差し延べたのが山本太郎だった。
山本太郎の街宣はたいがい聴衆で一杯になるが、この日は凄まじかった。事件と言ってよかった。=11日、大阪駅前 撮影:田中龍作=
骨をきしませながら働いても月給が20万円未満のワーキングプアは2,100万人(※)。これに低年金生活者、生活保護利用者などが加わる。
貧困層は3千万人を超える。7人に1人だとか、6人に1人などという生易しいものではない。
山本太郎がムーブメントになったことを受け、全国紙記者は会見で「れいわ」を日本新党に準(なぞら)えた。
1993年、日本新党は参院議員4人で衆院選に打って出、躍進。党首の細川護熙は首相となった。政権を獲ったのである。
「れいわ」を1年足らずの短命に終わった細川政権に例えた全国紙記者。彼の顔を山本太郎の街宣現場で見たことがない。
「このままだと子どもの未来がないので太郎さんに国を変えてほしい」「奨学金をチャラにしてほしい」「野党には経済政策がない」・・・
母親、学生、非正規労働者の悲痛な叫びを田中は全国各地の街宣現場で聞いた。目に涙を浮かべながら山本太郎の演説に耳を傾けていた人々の顔が忘れられない。
目を赤く潤ませながら山本の演説に歓声をあげる聴衆。=11日、大阪駅前 撮影:田中龍作=
当時、田中は日本新党の街宣現場を取材したが、聴衆にさしたる熱気はなかった。祈るような目の聴衆は一人もいなかった。
「れいわ」と日本新党では、政治に求める人々の切実さが天と地ほどに違う。
今の熱を維持できれば、政権奪取も夢ではない。
熱を維持できるか、山本太郎に尋ねたところ、こう答えた―
「このままの政治が続くだろうから、(人々の)生活はさらに苦しくなる (れいわ支援の)熱はもっと高まるでしょうね」と。
山本太郎が総理になった時、貧乏人が死なずに済む政治が始まる。
(※) 〜終わり〜
山本太郎を国会に送り返さなければなりません―
風雲児の捲土重来を、田中龍作ジャーナルは伝えてゆきます。
「れいわ」の選挙を追って全国移動したため多大な交通費となりました。ご支援何とぞ宜しくお願い致します。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- ブログバトン
|
=====================================
|




