mimiの日々是好日

ご訪問ありがとうございます。今までの皆様との交流に心からお礼申し上げます。

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いよいよ最後の記事になりました。

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まさか、こんな日が来ようとは思っていませんでしたが、
初めがあれば、終わりもあるもの。
ここでひとまず店じまいもいいかと思います。

記事は他ブログに移しますが、まだ未定。
アメブロに籍はありますが、記事はなく、12月までしばらくはお休みの予定です。
ゲストブックは使えるようですので、今後の連絡は、ゲストブックへお願いいたします。

ヤフーブログでの皆さまとの交流に心から感謝しております。
拙い記事にも温かなコメントや励ましをいただき、ありがとうございました。

ブログを始めて良かったなぁ・・・と思えるのも、皆様との出会いがあったからです。
色々な事を教えていただき、多彩な分野に興味が広がりました。

また皆様のお人柄に感じ入る事も多く、良い方々との交流は心の糧となっています。

ブログなしで、時々貴重なコメントを入れてくださった「ななさん」
ありがとうございました。
ゲストブックにもいらしていただけたら嬉しいです。

皆様、また、いつか新しいブログでお会いいたしましょう。

人生は時間の使い方・・。

どうぞ良い時間を過ごされますように。

こちらで、ご縁のあった皆様のお幸せを祈りつつ最後の記事にいたします

🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸

アゲハちゃんがやっと羽化を見せてくれました。

サナギに黒い翅が透けて見えると羽化開始です。

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出てきました。
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まだ折りたたみ傘の状態でくしゃくしゃ…
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縮んでいる翅を広げて乾かします

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1時間くらいかけて、翅を閉じたり広げたり。

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準備体操しています。イチニイチニ・・

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飛ぶ準備ができると・・・ヒラヒラ飛んで行きました。
元気でね〜♪


最後までお付き合い、ありがとうございました。

川喜田半泥子(はんでいし)を、ご存知ですか?
この方のことを記事にするお約束をしていたのに、今頃になってしまいました。
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この方を知ったのは、ブロ友さんから教えられ、川喜田半泥子展を観に行ったのがきっかけ。その前に*随筆 泥仏堂日録」*を読んでから行くと良いと言われ、読み始めると面白い!彼の魅力にぐいぐい引き込まれていきました。

*「東の魯山人、西の半泥子」と並び称された一流の風流人――川喜田半泥子。伊勢の豪商の家に生まれ、銀行頭取、地方議員などの要職をこなしつつ、書画、茶の湯、写真、俳句と、その多芸ぶりを発揮。とりわけ陶芸では破格の才を示し、自由奔放ななかにも雅趣に富む造形世界を創造、「昭和の光悦」と声価を高める。数寄の作陶家・半泥子の陶芸論を中心とした、遊び心溢れる、貴重な随筆集。


彼は三重県津市の江戸時代から続く木綿問屋の16代目。
2歳で父を失い、祖母によって育てられたのだが、
祖母政の「遺訓」がすごい!

われをほむるものハ、あくまと思うべし、我をそしる者ハ、善智しきとおもうべし。…… もし、何かよくでき候事あって、人に褒められ候ても、かならず、かならずてんぐにならぬよう心得が第一・・」

裕福な豪商の16代目に生まれ、幼くして両親を亡くしていることから、
甘やかされ、ちやほやされて育つことを心配しての祖母心。
「子供は褒めて育てるのが良い」と言われるが、この祖母の教えは真逆。

天才児を育てたカール・ビッツも、アドラー心理学でも、
子供は褒めすぎないで育てる方が良い」と。
褒め言葉がないと動かなくなり、うぬぼれて謙虚さがなくなり、人を見下すようになるからだとか…

半泥子は心優しい青年に成長し、津で最も早く自転車を購入、川喜多商店の店主として店の改革には、中学生風の制服を定め、自転車を置いて小僧たちに喜ばれた。



津の中学での絵画の教師は藤島武二。在学中、藤島に心酔して絵を描いた。
絵も上手いし、写真も上手い。

手紙にはほとんど絵をつけている。



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陶芸もあくまで趣味。
売り物にしようと思っていないので、自由に心の赴くままに作り上げる
純粋な美しさがあり、現代の「光悦」という声も・・
この「雪の曙」というお茶碗がとても美しい。
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「雪の曙」は美しい杉成の茶碗にたっぷりと白釉が流され、
片身がほのかな桃色に窯変した胴に、
くっきりと指跡が残されて、雪にしるされた足あとのよう。


お茶会ではすべて自分で茶杓も茶碗も作り、好きな茶碗を選んで飲んでもらい、帰りはその茶碗を土産に持って帰ってもらったとのこと。羨ましい!


 陶芸は50歳をすぎてから本格的に取り組み、素人でありながらその作品は多くの人を魅了。陶芸に対する情熱、豊かな教養やユーモアあふれる人柄、さらに次世代を担う陶芸家たちとの交流、近代茶陶への指導的助言など、数多くのエピソードを残した

伊勢商人の教養と社会活動
川喜多家に限らず、伊勢商人は質素倹約をモットーにしながら、伊勢の地に豊かな町人文化を築いた。恵まれた財力で、様々な文化活動や社会活動にいそしんだ。川喜田家の13代は、本居宣長の門人となり、14代は松浦武四郎を生涯支えた。
16代半泥子も、先祖の意志を継ぎ、世の中に役立つことをしたいと「財団法人石水会館」を設立。地域振興のために行動を起こした最後の伊勢商人の一人であった・・

昔はこのように、財力のある豪商は地域のために社会活動や施設を作り、儲けたお金を社会還元したものなのに、今は税金も払わず、社会にも還元せず、ただため込むだけ・・というのは限りなく寂しい風潮に思える。

半泥子の号は、「半ば泥みて、半ば泥まず」という意味。
何にでも没頭し、泥んこになりながらも、冷静に自分をみつめることができなければならない‥という意味で、大徹禅師から授かった。
「貴方は無茶苦茶、無茶星です」と人から言われたので、「無茶法師」を自称し、書画には無茶法師、焼き物には半泥子を使った。

人を楽しませることが好きで、楽しいエピソードもいろいろあり、
温かいユーモアや風刺にお人柄が表れる

終戦後、千歳山の家が進駐軍に取られると、この家に「ABCクラブ」と名前を付けて謹呈した。アメリカ軍には喜ばれたが、その意味は、なんと「アメリカン・バカヤロウ・クラブ」の意味であった。


急ごしらえの中途半端な記事になりましたが、
最後まで読んでいただきありがとうございます。
昨日は納涼会を兼ねて、「主戦場」の感想を語り合う会だった。

慰安婦問題に迫る「主戦場」は3ヶ月以上のロングラン上映。
映画の会の友人たちに勧められて私も2回観に行った。

一回目は、全員、右派の人たちの不勉強とでたらめぶりに驚き!
曰く「慰安婦関連の本は一冊も読んでないが、慰安婦なんて馬鹿馬鹿しい問題」
曰く「政府は謝ってはいけないんですよ。謝ったらお終いです…」
曰く「慰安婦もフェミニストも相手にされない醜い女性が始めたこと?????


慰安婦問題を30年間、生徒に教えている平井さんはこの映画をどうご覧になったか?
専門家の彼女にも参加していただきたかったのだが、会議と重なって無理とのこと、
そこで、平井さんの本を読んで参加。

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右翼や政治的圧力に屈せず、歴史の真実を伝え、生徒に考えさせる授業を続けられた平井さんに改めて敬意を表したい。
読売テレビから慰安婦の取材に授業を見せて欲しいという申し入れが合った時も
「学校に右翼が来たらどうするんです?止めた方がいいですよ」という声はあった。
先日のパターンと似ているが、校長が守られた。
教師の教育課程の編成権を守っていくのが管理職としての本来の責務だと。
平井先生の熱い授業で、生徒の考え方も鍛えられる
今の政権よりずっと立派な感想文が載せられていた
「本当に和解するためには、非がある日本が被害者の要求にできるだけ誠意をもって国力を尽くして解決すべきだと思います。韓国は大切な隣国で、これからも長くつきあっていく国だからです。」
元慰安婦に会って、話を聴き、正式な謝罪をすべき。ドイツなどを見習って二度と繰り返さないよう国民にも伝えていく必要がある」
多くの生徒が、被害者である「慰安婦が置き去りにされている」と気がついていた。建前だけの賠償金で解決などありえない・・と。

これは今の福島の問題にも通じていると思った。

平井先生に教わった生徒達は、社会にも政治にも目を向け、常に自分の頭で考え、他人事にせず寄り添って考えることができる大人になるだろう。

**************************************
さて、「主戦場」

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慰安婦問題は実際に証拠はたくさんあるのに、真実を見ず、本も読まない右派は、
初めはから結論ありきの主張だと思った。

醜い日本軍のやった行為はなかったことにしたい。
醜いから見たくない。それで紙袋を被せる・・という心理にも通じる。

歴史の真実を見ず、学ばず・・自分の主張だけ。
デザキ監督も「右派はあまり勉強していないようだ」と字幕でコメントを入れている
それを右派が怒っているのだろうとYさん。

2回以上見ると「監督は慰安婦問題のもっとその先を見ているように思う」
という意見も出てきた。

歴史修正主義者の主張の背景には、日本会議がついている
だから慰安婦問題は、その延長が日本会議の主張につながる。

日本会議を利用して、ある人は利権を、
ある人は小さい自己満足を得、
安倍政権の手厚い守りを実感して、心地よいのではないか??

日本会議の目的は
*憲法を変えて戦争できる国にしたい?
戦争は儲かるという考え方は安倍晋三を支えるJR東日本の葛西氏も言っている。
「もうそろそろ、戦争でもしてくれないと日本の経済も立ち行かなくなりますなぁ」

*また、「大東亜戦争」を賛美し、権力の中で国民も支配したいという望みもあるのだろう。

歴史修正主義者が、今の安倍政権の下で跋扈しているが、その先にあるものは何か?

最後の場面で
A級戦犯であった岸の復活、 アメリカCIAからの資金援助でできた自民党の歴史
岸が9条を改憲したがっていたことも暴露、
そして…字幕で
日本はアメリカのために命をかけて戦うつもりか?」という問いかけがあった。

これがデザキ監督が最も懸念していることではないのか??

という結論で3人一致。

映画も語り合える仲間がいるのはうれしいこと。

「太陽がほしい」これもおすすめだそうです。
eiga.com > ホーム > 作品情報 - キャッシュ
評価(評価: 4)評価:4-3件のレビュー
2019年8月3日 - 太陽がほしい 劇場版の作品情報。上映スケジュール、映画レビュー、予告動画。「王母鄭氏 チョンおばさんのクニ」「ガイサンシーとその姉妹たち」など慰安婦問題をテーマにした作品に取り組んできた班...

「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」

これは、ブッダの言葉だそうです。           
 
敗戦後の1951年9月、日本の主権回復と国際社会復帰を審議するため、「サンフランシスコ講和会議」が開催されました。
しかし、ソ連によって、米英中ソの4か国による日本の分割統治や主権の制限、高額な賠償金請求という提案がなされ、自国の利害を最優先させる各国の思惑が交錯して、議場は重たい空気に・・・。

そんな中、セイロン(スリランカ)の代表として演題に立ったジャヤワルダナ蔵相(のちに大統領)は、被害を受けた国の代表でありながら、その演説の中で、
このブッダの言葉を引用し日本に対する損害賠償請求権の放棄を主張しました。

理由は、
スリランカの人々が仏教徒として、ブッダの言葉を信じていたことで、
日本人の中にも、仏教徒としての要素が感じられた・・というものでした。
 仏の教えを信じるジャヤワルダナ氏は、同じく仏の教えにふれた人たち(日本人)を信じて、日本を守ろうとされたのです。

講演では・・「・・、空襲によって主要産物のゴムの残虐な搾取によるダメージもあり、私たちはその損害の回復を求める権利がある。
しかし、私たちは、アジアの人々を救済した偉大な仏陀の言葉「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」を信じています。
この言葉は南アジアを通じてセイロンに人道主義を広め、中国から日本へと広がりました。この思想は何百年もの間共通の文化・財産として私たちを結び付けてくれました。この文化は生きています。…日本は、指導者や大臣一般市民、僧侶たちが仏陀の平和思想の影響を受けているという印象を持ちました。・・」
「この条約は、敗北した敵国に寛大です。
私たちは日本に友情の手を差し伸べます。
そして信じます。
人類の歴史におけるこの戦争という1章が本日記される最終ページによって終わり、日本国民と私たちが平和と繁栄の中で人類の偉大さ味わうため共に歩む、最初の1ページが始まることを。」(日本語訳は京都佛立ミュージアムによる)

この演説が戦勝国の心を動かし、日本の自由と独立、国際化社会への復帰への後押しとなりました。

(「トランクの中の日本、戦争、平和、そして仏教」を参考に)

でも、今の日本はブッダの心どころか、憎しみの連鎖で、
政権自らが嫌韓を煽り、憎しみによる制裁を加えています。

この憎しみの果てに、どんな解決方法があるのでしょうか?

「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」

今の日本も、ジャヤワルダナ氏が語ってくれたこの言葉を、
冷静になって一度かみしめてみる時ではないかと思います。

ジャヤワルダナ氏がに日本に寄せてくれた信頼に応えるることこそ、
氏の望んだ平和への道を歩むことにつながります。

ジャヤワルダナ氏の思いを無にしないように、心にとめておきたい言葉です。

8月のブログ終了まで、あと2週間を切りました。

仕事を持っていることと、土日もほとんど予定が入っているため、それまでに
どの程度自分の記事が出せるかわからない状況です。
でも、お伝えしたいことはあります。

5年前に観たドキュメンタリー映画で、忘れられないものがあります。
「植物人間状態」といわれる方でも、実は「意識がある」ということ。
あるいは、重度の障害を持って生まれたために、言葉も発することができない方でも、彼らはちゃんと言葉がわかって見ているのです。

それはこの映画を見たことで、はっきり知ることができました。

意識の回復は不可能と思われていたのに、回復するかもしれないというのは希望が持てます。
また、ほとんどコミュニケーションできない障害児を持っているご両親には、
実はお子さんがちゃんとわかっていてくれた‥ということはうれしいことでしょう。

感動のドキュメンタリー映画でした。自主上映ですので、開催場所や日にちは地域によって違います。興味のある方はDVDや本も出ています。

「僕の後ろに道はできる」



脳幹出血で突然倒れた山元さんの同僚、宮田俊也さん。100人のうち助かるのは4人と言われ、助かっても植物状態と宣告されます。しかし、絶対大丈夫と思う山元さんの献身的なケアと、リハビリで…現在は、機械を使っておしゃべりしたり、車椅子に乗って外出したり…奇跡の復活を果たしました。目に見えないけれど大切なこと、愛情がいっぱい詰まったドキュメンタリー。
出演:宮田俊也/山元加津子/紙屋克子/柴田保之ほか

監督・撮影:岩崎靖子 撮影・編集:小野敬広 サポート:入江富美子
2013年3月9日初上映 90分 画像比率 16:9 制作:E・Eプロジェクト


映画会の時、お会いした山元加津子さん(通称かっこちゃん)の華奢なこと。
ところが、握手させていただくとすごく強い力でぎゅっと握り返されました
華奢でも強い意志とパワーを秘め、人一倍深い愛情を持たれた方という印象でした。
奇跡は植物状態だった宮田さんの回復だけにはとどまりませんでした。
意思伝達装置の活用によって言葉をつかえない障害者や意識障害者も自分の思いを持っていてそれを表現したいと願っていたことなどがわかりました。
話すことができない脳性まひ?の少女に文字をつづる機械を教えたとき、少女が書いた文字は「おかあさん、だいすき」だったと思います…この場面、今も思い出すと心が震えます。
祈りと愛情に支えられ、正しい知識でケアを行うと、ここまで回復できるという奇跡のドラマ。口腔ケアが大事だそうです。嫌がる宮田さんをなだめたり、叱ったりしながら、根気よくケアを続ける山元さんの姿にも感銘を受けました。
詳しい内容は、こちらを参考に。




どちらもケアする側の根気強い愛情が不可欠です。
でも、その延長上に奇跡は起きるのだと教えてくれました。ケアする側の崇高な努力に心打たれます。





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