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みなさま 西英子です。
たいへんごぶさたしております。
やっとみなさんに読んでいただきたいと思うようになりました。
それは、嶋崎美智子さんのことです。
私は20年ほど前に一度だけお会いしていますがすごい女性ですよ。
2016年10月20日に静岡市で開催された「嶋崎美智子さんを囲む会」
の記事をネットでみてなつかしくなり、涙が出てきました。
講演会の最後に「私の息子を奪った浜岡原発をうごかしてはいけない」
![]() と訴えておられたことに力づけられました。
少し長くなりますが、読んでいただけるとうれしいです。
<嶋崎美智子さんと伸之さんのこと>
(1)白血病で死亡
伸之さんは高校卒業後、中部電力の孫請会社である協立プラント
に就職しました。そこで設備のメンテナンスの仕事をしていました。
そのようななかで伸之さんは、放射性被曝による「慢性骨髄性白血病」
にかかり1991年10月に29才の若さで命を落としました。
伸之さんは、浜岡原発1号機・2号機の圧力容器の下部にもぐり込んで中性子計
測管などの補修・点検に従事していて被曝したのです。
伸之さんのお母さん美智子さんの悲しみはいかばかりだったでしょうか。
(2)3000万円の弔慰金
2000年3月25日の中国新聞は「ある原発作業員の死」に次ぎのように書きました。
「会社は『労災補償』に見合う金額として、弔慰金3000万円を支払うことで、
伸之さんの死に関して異議を述べず、一切の請求はしない」という念書でした。
![]() つまり、労災の申請はしないこと。もし申請をして認められたら、3000万円は返還
することという条件付です。
中電は原発の放射線被曝が原因で作業員が死亡したことを世間に知られたくなか
ったのです。
(3)労災認定に40万人が署名
しかし、お母さんは息子の死後やはり釈然としないので労災認定の申請書
を1993年5月に磐田労働基準監督署へ提出しました。
慶応大学の原発の専門家である藤田祐幸先生が一緒になって労災申請を手伝い、
お母さんと一緒に全国をまわって、労働者や市民に訴えられました。名古屋へも来ら
れました。原発作業での放射線被曝のことを、大きな社会問題にしようと必死でした。
地元の労働組合からはじまって、40万人の労災認定の署名を集めました。
慶応大学の藤田祐幸先生たちも美智子さんと一緒に全国をまわられました。
それらの運動が大きな力になって、1994年7月に労災認定がされました。
![]() (4)労災認定が新聞で報道
「元浜岡原発労働者 白血病死の労災認定 労働省」
〜2011年7月31日朝日新聞「昔から事故だらけの原発」より〜
![]() 炉心の下にもぐりこんで作業をしていた嶋橋さんは、87年頃から顔がむくみ始め、
88年の血液検査では、白血球数が1万3800と明らかな異常値を示したが、会社側
は精密検査を受けさせず、被爆労働に従事させていたという。
![]() 死ぬ間際の91年10月ごろは、歯肉から出血が止まらない状態だった。
嶋崎さんの放射線管理手帳によれば、現場作業を離れる89年12月まで
約8年10ヵ月間の累積被曝量は、50.93ミリシーベルト。
弁護団は、この間の被曝だけで労災の認定基準は満たしている、としていた。
<息子はなぜ白血病で死んだのか>
嶋崎美智子さんが書いた本の題名です。その本のなかから・・・・
1999年に(株)技術と人間 から出版されました。明石昇二郎著「敦賀湾原発銀座『悪性
リンパ腫』多発地帯の恐怖」などを出している出版社です。
嶋崎伸之さんの「生い立ち」「放射線被曝」「闘病」「弔慰金」「労災申請に挑戦」など
などがくわしく、語りかけるように書かれていて、涙がとまらないです。
書店でお求めください。
(1) 訂正印だらけの放射線管理手帳
管理手帳をはじめてみた、物理学専門の慶応大学の藤田佑幸先生は、
「大変です。たくさん被曝しています。数値以外にも体内被曝といって、口や皮膚から
放射能を体内に取り込むこともある。これは只事ではない。公開して社会問題化しな
ければならない」と、
その場で知り合いの海渡雄一弁護士に電話しました。 美智子さんはそのとき
「やっと息子の死因と原発との因果関係を認めてくれる人にめぐりあえた!」と
思ったそうです。
(2) データ改ざんの可能性
![]() 労災申請後の記者会見の会場で、これまでの経過の説明をした海渡弁護士は、
「放射線管理手帳を遺族が死亡直後から返してほしいと言っていたにもかかわらず
手渡されたのは死後半年の平成4年3月でした。
また、死亡の翌日平成3年10月21日付けで被爆データが訂正された箇所が多数あり、
データ改ざんの可能性を否定できない。」と指摘しました。
(3) 労災申請して中部電力の責任を公に問いたい!美智子さんの決意
藤田先生が言われたこと
「今までも、被爆労働の労災を出そうという話はいくらでもありました。
しかし、できませんでした。それは国の政策もありますが、
企業がお金を積みあげてもみ消そうとしたり、脅迫したり、アメとムチを
使いわけて妨害してきたからなのです。ですから「覚悟」がいります。
だからこそマスコミに出して公にしてしまった方がよいのです。」
![]() 「この申請が認定されれば、日本で最初の原発被曝労働者の労災になる。
それだけに準備は慎重に行なわなければならない。
![]() 私も懸命になって協力していきます」。
そして美智子さんは、
「息子を原発で失って知ったこと」を、藤田先生といっしょに全国を講演で
回られました。
その会場につめかけた市民たちが、署名を広めてくれたのです。
(4) 人間の命をうばう原発はいらない! お母さんの叫び
息子の作業現場は放射線管理区域でも高汚染区域に分類される所でした。
炉底の狭い場所で働く場合は、頭や足や背中などに局部的に強い放射能
を浴びる可能性があるといわれています。
胸につけた計測器では、その被曝を感知することはできません。放射線
管理手帳に記載された以上に被曝している可能性があります。
ボルト1本しめに行くにも、被爆線量が高いところでは5分間もいられません。
人海戦術で作業し、多くの人が被曝します。
「働けば働くほど命をすり減らす職場で、息子は使い捨てにされたのです。
被曝労働なしには原発は動かないのです。
多くの人が命を削らなければ動かせないような原発はいりません!」
原発に伸之さんの命を奪われたお母さんの悲痛なさけびです。
今日の夜は金曜行動で中電本店前へ行きます。美智子さんのこの
叫びをマイクで伝えます。
4月12日(金) 西英子
(参考) 原発の労働形態は下図のようになっている(樋口健二『原発崩壊』より)
このピラミッド構造が原子力発電を支えています。
電力会社(東電、関電、中電など)
↓
元請け(三井、三菱、日立など)
↓
下請け
↓
孫請け
↓
ひ孫請け
↓
人出し業(親方)
↓
労働者(都市労働者・寄せ場労働者・農漁民など)
上から下へと賃金のピンハネがある差別構造になっている。
![]()
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原発の真実
[ リスト | 詳細 ]
Power firms agree on route to close Spain's oldest nuclear plantThe Almaraz plant in Western Spain is the first nuclear reactor slated for closure in a calendar which foresees all seven in the country going offline between 2027 and 2035.
スペインは古いAlmaraz原発の運転終了します。
今後の設備投資に最大6億ユーロの上限を設定し、2027年もしくは2028年に終了します わかりませんか?原発の廃炉費用を国民が払っているのは日本国民だけですよそしてスペインは2035年に原子力発電所を辞める方針です。 復興したらしい福島。所詮、建物が復興しただけ。バカバカしい。聖火の出発点のJヴィレッジがある双葉なんて、真っ赤だよ?責任取れないくせに、無責任な事をしてくれたものだ。流石は、殺人国家。2019.3.27現在の線量(γ線量)
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――新崎原発の事故から10年後、除染しても除染しても線量の減ら
ない関東平野に、世界中の放射性廃棄物を貯蔵する施設が設置された。 施設と言いながらも、コスト削減のために建屋は設けられず、野ざらし で、コンクリートキャストがいくつもいくつも並んでいるだけ・・・・ 首都高の高架下には、続々とキャスクが並べられていく。 ちょうどそれは、新崎原発の事故によって急性放射性障害やその後の 甲状腺がんなどで亡くなった者たちの墓標のようでもあった。 一応、名目的には最終処分場ではなく、最終処分するまでの間の中間 貯蔵施設ということにはなっているが、世界の原子力発電所の放射性 廃棄物の最終処分場を、事実上、一手に引き受けている・・・・ そんな三流国として生きていくしか、日本に道は残されていなかったのだ。 日本国内の残りの原発も、引き続き次の事故を目指して稼働していた。 日村は経済産業事務次官を経て、近畿電力の代表取締役副社長に天下って いた。小島は関東電力の会長に収まっていた。 赤沢は加部のあとを継いで総理を務め、その後、政界を引退していた。 守下は出世コースから大きく外れ、定年間際のスタッフ職として、原子力 発電の検査官を務めていた。 家が朽ち果ててもシロアリは生き残る。 日本が放射能汚染にまみれても、電力マネーに群がる政治家や官僚は生き 残る・・・・。2度の原発事故を起こしても原発推進は止まらない。 それが「電力モンスター・システム」の復元力だった。 ☆ ☆ ☆ ☆ 上記は、「東京ブラックアウト」(若杉冽 講談社)の最後の一節です。 福島原発事故のあと、日本は懲りもせず再び過酷事故を起こしてしまう設定に なっています。この本を読んで何よりゾッとしたのは、ここに描かれていること は、けっしてフィクションではないということです! いま再稼働にひた走る日本では、近未来、東京ブラックアウトがほぼ確実に現実 のものとなります。その“時"が、少し早いか遅いかの違いです。 地震列島上に、現在9基が稼働中です。九州4基、関西4基、四国1基。 3月15日、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた 住民たちの仮処分申し立てが却下されました。 ヒロシマ・ナガサキ〜ビキニ水爆実験〜フクシマ〜〜 何度も何度も被曝を繰り返しつづける国は、世界の中で、唯一日本だけ・・・。 やっぱり日本は、スゴイ国なのか?!
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https://85280384.at.webry.info/201903/article_63.html
福島は大地震と大津波、そして東電の「人災事故」による原発の炉心溶解で地獄を体験した。 なぜ、原発の水素爆発を防げなかったのか?あの男の判断ミスが悲劇を招いたことを国民は知らない。 以下は私が以前に「安倍晋三 もう一つの“大罪”」と題して投稿したものだ。ぜひ、ご覧いただきたい。何度でも繰り返し私は訴える。これからも訴え続ける。 第一次安倍政権当時の2006年、安倍晋三は国会で福島原発事故と同じ事態が起きる可能性を指摘されながら、「日本の原発でそういう事態は考えられない」として、対策を拒否した。 これが、のちの原発大爆発、放射能の拡散、世界史に残る大惨事につながった。安倍晋三の罪は重い。(敬称略) ******************** リテラが次のように指摘した。 原発事故のはるか前に国会質問でその「危険性」が指摘されていた。質問をしたのは共産党の吉井英勝。 京都大学工学部原子核工学科出身の吉井は、以前から原発問題に取り組んでいた。このため、日本の原発が地震や津波で冷却機能を失う可能性があることを再三にわたって追及。 津波で冷却水を取水できなくなる可能性を国会で質問。実際に福島第一原発を視察して、老朽化している施設の危険性を訴えた。 そして、第一次安倍政権が誕生して3カ月後の同年12がつ13日には「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失などの質問主意書」を提出。巨大地震による電源喪失で原子炉が冷却できなくなる危険性を指摘した。 これに対し安倍は「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない」と一蹴。対策を講じようとしなかった。 福島原発が世界を震撼させるような重大な事故を起こした最大の原因は、「バックアップ電源の喪失」である。もし、あの時に安倍がバックアップ電源の検証をして、海外並みに4系列に増やす対策を講じていたら、大惨事は起きなかっただろう。 だが、安倍首相はそれを拒否し、事故を未然に防ぐ最大のチャンスを無視した。これは明らかに不作為の違法行為であり、刑事責任さえ問われかねない犯罪行為だ。 ところが、安倍首相は謝罪するどころか、原発事故の直後から、海水注入中止命令などのデマをでっちあげ、菅直人首相(当時)を攻撃。その罪を民主党政権になすり付けた。安倍晋三と言う男はひどい男だ。
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FNN 3/7(木) 18:18配信
東日本大震災から、まもなく8年となる。
警察庁は、今なお行方不明者が2,533人いると発表した。 警察庁によると、3月1日の時点で、東日本大震災による死者は1万5,897人にのぼり、今も2,533人が行方不明のままとなっている。 被災3県では、宮城県で9,542人、岩手県で4,674人、福島県では1,614人が亡くなっている。 2018年3月1日以降では、岩手と宮城であわせて4人の身元が確認されたが、被災3県では60人の身元が依然として判明していない。 行方不明者や遺体の捜索には、これまでに全国の都道府県警察から、延べ68万人以上が派遣されている。 みなさんのコメント
心からご冥福をお祈りするとともに、
かならず来るであろう次の震災に備えたい。 大地震に大津波。これは、本当に怖いね。
短時間で、多くの人の生活や命を奪うのだから。 東日本大震災激しい地震の揺れそして大津波の襲来。自然災害の怖さを体験した。現在日本は大きな地震が全国で起きている。やはり人口の集中している首都圏での来るべき首都直下大地震で命を守る備えをするべき。
私は埼玉に住んでいますが、宮城に住んでいた友達を津波で亡くしました。
避難をさせるパトロール中の事だったようです。 福島県警で働いている知り合いは遺安所の警備を任され、ただでさえ水道ガス電気がまともじゃない中、どんどん人が遺安所に運ばれてくる。その中には幼い赤子や子供も居たと。 警備してる側も人間です。 本当に辛そうでした。 数字で1万6000人と見るとあまり現実味がないですが、一人ひとりに人生があり、それが終わりました。 それと同時に、残された何万人という家族や友人達もいます。 この時ああしてれば、こうしていれば… 後悔が鮮明に蘇る時期です。 どうか、また同じ事が起こった時に、これだけの被害が出ないよう願いたい。 同時に自分や子供達にも出来ること、やれる事を教えていく事が大事だと思っています。 津波で行方不明に成った奥様を探し出したくてスキューバの免許を取得されて、何度も何度も海に潜って探して居る御主人がいらっしゃいました。あの大震災に津波が来なければ、沢山の命は奪われずに済んだのに。福島原発の予備電源の不備が無ければ、放射能汚染も無かったのだろうにと悔しい気持ちです。あの日から、明日は我が身に成るかも知れないと心に刻んだ、大震災でした。残された御家族の人生は前を向いて行き続ける事なのでしょうけれど、インタビューでも、残されたご自分を責める方々も多くて、せっかく御無事に難を逃れられても、助けて上げられなかったとの思いが辛くて、アルコール依存に移行して行く男性も居ました。沢山の行方不明者には沢山の家族が居るのですから、身に付けていた何かでも見つけたいとの思いは続くのですよね。運命を恨まずに行方不明になられた方々の分迄生き続けてと思っております。八年前の3月11日を忘れません。
まだ8年しか経っていない。もっと多くの日本人が被災地に行って復興していく様子を見て、現地の人達のお話を聞いて行かなければならない。行った先の郷土料理を食べるのもすごく良い。テレビで特集されるのも、今や年一回程度。現地に行って学ぶ事はものすごく多い。日本人は災難があってもすぐに平和ボケする。防災減災の意識を保つためにも、もっと進んで被災地に行き、帰ったら周囲の人に話しましょう。「被災地をよく見て、被害を知って、大きな災害が起きたら必ず避難して助かったほしい」と東北の方の強く優しいお言葉をいただきました。
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