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福島の青い空(383)
原子力明るい未来のない社会 3
モクセイの咲くや廃墟の片隅で a87427
第3回
講談社から「ホットスポット」という本が出ている。NHKETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」作成の過程のあらましを本にしたものである。
ネットワークの主役は、
労働安全衛生総合研究所(当時)
放射線衛生学の専門家 木村真三
現在は独協医科大学准教授、二本松市放射線アドバイザー
NHK 七沢潔 である。さらに、
京都大学の今中哲二、小出裕章、
長崎大学の高辻俊宏、
広島大学の遠藤暁。
NHKの大森淳郎、増田秀樹
以上がネットワークのメンバーである。
木村が「僕がサンプリングするから、みなそれを分析して
くれ」
ということでネットワークが立ちあがった。
木村のところに労働安全衛生総合研究所からメールが来て
いた。「よけいなことはするな」
木村はすぐ辞表を出した。
いまやらないでいつやるんだ。やらないでいたら一生後悔
することになる。
住民を守るためにはまず測定しなければならない。
時間がたてばたつほど測定が不可能になる物質が増える。
このたびの原発事故ではさまざまな機関で測定をしてい
た。
文科省、福島県、東電、東北電、その他の原子力関係研究
所等である。しかしデータから住民の被ばく対策を講じた
機関は1か所もなかった。
浪江の津島地区に現れた測定員、これから登場する、飯舘
村長泥地区に表れた測定員も測定するだけで、住民の避難
対策などに生かされた例は全くといっていいほどなかっ
た。
なんのために危険を冒して測定してあるっていたんだい。
それでも、津島の菅野みずえさんに警告を発していたから
これは許せる。
たぶん思いあまって、見るに見かねて警告したのだと思
う。
「おれたちは名乗れないが、ここは危険だから、早く避難
してください。」
そうして計測していっても、実際に生かされることはな
かった。データのためだけの計測にすぎないんである。
「ちゃんと計測してたんだぞ。」
何にも生かされなかったんでは単なるアリバイ作りだけで
ある。ふつう公的機関がこういう計測をしたら、公表して
住民に警告を発するのが当たり前である。
私は福島市の住民だがこの種の警告、数値の発表、計測値
が意味するものなどのことは一切耳にしなかった。
平米あたり240万ベクレルだの、60万ベクレルだのっ
てわけのわからない数字ばかりが発表されて、どうすれば
いいのかということは一切発表されなかった。
公的機関、学者たちは一切を沈黙していた。
実際は危なかったんである。マスクもしないで、へらへら
笑っていたんでは、内部被ばくしてたんである。
そのうち、マスクもしないでいい。洗濯物を干してもい
い、最後は外で遊んでもかまわないことなってしまった。
当時福島市は20〜26マイクロシーベルト/時の放射能
に覆われていた。20×8760時間は年間175ミリ
シーベルトのことである。まあ1日中外にいた場合の話で
ある。
しかし客観的状況は変わらない。子どもなど外で遊べる環
境ではない。それを遊んでもいいだなんて、あのメンゲレ
め!
国は一応年間20ミリシーベルトと規定した。それ以前は
1ミリシーベルトである。それが突然20ミリシーベルト
に格上げされた。そうしたら福島市や郡山市は全然危険地
帯でなくなってしまった。
年間1ミリシーベルトが決められた理由は、1億人当たり
5000人がガンになると想定したのである。
それなら、交通事故や年間のガンの死亡者数から言って妥
当だというのである。かってなこと言うな!
お前らだけが受忍していろ。原発をやめればいいんであ
る。
20ミリシーベルトはその20倍である。
福島の甲状腺ガンの手術した患者数は1082人である。
これは2011年〜2015年の総数である。
2017年4月14日厚労省発表。
福島県は20倍のがん患者の発症を覚悟しなければならな
い。
先のことは未知である。しかし人知を尽くし予測できる範
囲でこのことを覚悟しなければならない。発症を予測でき
ればあらかじめ対応する手立ても考えられるからである。
どうやって予防するかということはまた別な問題である。
3月15日、木村真三とNHKの七沢潔、大森淳郎はロケ
用のワゴン車で福島に入った。三春町の旅館に泊りながら
3日間走り回った。その後プロデューサーの増田秀樹も加
わって29日まで断続的に調査を続けた。
目的は放射能汚染地図を作り、番組にして流すことだっ
た。4月3日の放送を目指していた。
番組報道までは平坦ではなかった。22日、局内の会議で
企画そのものがボツになった。
増田はあせった。4月3日の番組に穴があく。かといって
震災と関係ない番組はやりたくない。七沢と話し合い、三
春町に住む作家、玄有宗久とノンフィクション作家、吉岡
忍の対談を番組にして放映することを決める。それが24
日だった。
だが、放射能汚染地図を柱とした番組づくりもあきらめて
はいなかった。25日、増田が大森に連絡した。
「30キロ圏内に入れるぞ」
NHKは30キロ圏内入りを自主規制をしていた。
「本欄ではNHKのことを震災以来のウソ報道によってKHNと呼び馬鹿にしてきました。このころはまだNHKはまともな段階でしたのであえてNHKと呼んでいます。ご了解ください。」
入れるというのは勘違いで、のちに増田は始末書をとられ
ることになる。
「これは棄民だ」
3月27日大森と七沢はレンタカーで浪江町の山間部を走
っていた。昼曽根トンネルを西に抜けたあたりで毎時20
μSvまで測定可能な表示が降りきれる場所があった。
μSv=マイクロシーベルト
まさか人はいないよなあ、と二人で一軒の家を訪れると人
がいた。
なぜまだここにいるのか、驚いた七沢が尋ねると「町が何
も言ってこないから」
元板前の天野正勝は(70当時)20キロ圏外なので、こ
こは安全だと信じていた。心臓に不安を抱え、避難所には
行けないと考えていた。
妻と犬と一緒だった。電話が通じないためにだれとも連絡
が取れない。携帯が通じる場所まで行ったら天野の親戚ま
で電話してくれと頼まれた。
天野は「近くの赤宇木(あこうぎ)集会所に10人くらい避難
している。」と教えてくれた。
すでに夕暮れだった。集会所を訪れると12人の避難民が
暮らしていた。
警戒された。「本当にNHK ? 私たちを追いだしに来た
んじゃないの、」と。
七沢と大森が持つ線量計の積算量はぐんぐん上がってい
った。ここは放射線が高いです。といっても12人には信
用されなかった。
それぞれ事情を抱えていた。ペットがいるため避難所に行
けない人がいた。隣の体育館には夫婦がいて、段ボールで
囲った空間で暮らしていた。妻は足が悪くてポータブルト
イレしか使えない。だから皆と一緒には暮らせなかった。
夫は心臓の薬が切れたといっていた。
大森がぽつりと言った。
「これは棄民だ」
行き場のない12人、正規の避難所でないため食料も自分
たちで調達していた。
夜、別行動をしていた木村真三に集会所のことを伝えた。
木村は言った。
「調査は一時中止しましょう、僕が避難を説得します。説
得しないと僕の仕事はない」
翌25日、赤宇木集会前の駐車場で放射線量を測ると、毎
時80μSvあった。
「線量計の数値を見せ、初めて皆が納得したんです。それ
までも警察や役場が『危ない』と言ってきたが数値を示し
たことはなかった。数値を見せたから納得したし、僕が
専門家だったことも大きかった。」
放射線量も赤裸々に
木村真三と調査を続けながら、NHKの七沢潔と大森淳
郎、増田秀樹は4月3日の番組作りを急いでいた。
もともと汚染地図の作製を番組にする計画だったが、3月
22日の会議で企画自体がボツになっていた。急きょ考え
たのが、玄有宗久と吉岡忍の対談、対談の合間に、赤宇木
集会所に避難している12人の情景を入れることにした。
赤宇木のシーンは視聴者に大きな感銘を与えた。
NHK内部での取材規制の内規を見直す契機にもなりまし
た。20キロ、30キロ圏の中に入って取材すべきじゃな
いかと、1週間後の4月12日、内規は変更になりまし
た。4月3日の番組が成功したのを背景に、増田らは当初
ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」放映は
5月15日深夜、こちらの反響はさらに大きかった。
まあこれからも、いわゆる社会的な弱者、まず先に救済さ
れるべき人たちが救済されず、取り残されてひどい目に遭
う。周囲の人たち近所の人たちは自分たちのことだけを考
え、社会的弱者のことはほったらかしにしたんである。
まったくこの国の人たちは薄情で、パラリンピックなど開
催する資格などまったくない、世界のザイゴタロなんであ
る。な〜に考えてんだか。
そういうことを主題にして、記事を重ねてゆく。前途遼遠
である。
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