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スーパーでみかけて、思わず、衝動買い。
POMジュース入のチュウハイです。果汁30%、アルコール3%。POMは、日本のポンからきていると聞いた事あります。家族からは、変なやつと言われ。。。
本日まで冷蔵庫で寝ていたのですが、夕飯の時仲良く家族で分けました。息子来月20歳デスし。
炭酸入みかんのジュースでした。甘いのがすきであれば良いかも。しかし、あまり飲む機会が少ない夫は、飲み終えて眠たいと横になっていました。こんなんでほろ酔になれる我が家は経済的やね。
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ふるさと
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久しぶりにこの連休の1日を使って実家に帰省をしました。12月に父の命日に帰って以来、5ヶ月ぶりです。この間のこともちゃんと報告をせんとあかんと思いまして。ずっと親に心配をかけているあかん娘です。
朝6時の新幹線に乗りました。みずほです。
このごろあえて九州新幹線に乗っています。だって中がきれいやもの。
駅に着くと弟が帰省をしており迎えに来てくれていました。帰りに地元のスーパーによりました。
どーや!もちろん魚はおいしい。鰆の刺身を買ってもらいました。息子の友達の家族がきたとき、魚のおいしいのにびっくりして、「将来ここに住みたい」というていました。
やっぱり帰ったら行くのは父のお墓です。いつものように父のお墓のところから写しました。
ここをみたらかえってきたなぁと思います。緑がきれいです。まだ田植えにははやいので、たんぼには何も植わっていませんでした。
ご飯を食べて、(もちろん鯛めしと鰆の刺身はありで)少し横になり休憩。なにせ寝過ごしたらあかんと緊張してあまり寝ていませんでしたから。でも、やっぱりもったいないと他にもうろうろしました。
丘の上に登ったら遠くにフェリーが見えました。大阪に夜に着く船。オレンジフェリーです。橋ができるまで何度帰省のたびにこの船にお世話になったかわかりません。乗れなくて、大阪に戻る日を変更したことやめいっぱいのひとであふれてしまいローカで寝たこともありました。橋が3本になり、いくつかの航路がなくなりました。もしかして、いずれこの船もということになるかもわかりません。そう思うとなんか時代の変化かもしれませんが、寂しく感じました。 |
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月曜日、夕方近所のスーパーに寄りました。野菜コーナーの隣にある果物をみて「あっキウイやん」。しかし、よく見ると愛媛産。そこまでは、まっよくある話。しかし、もう一度目を凝らして箱をみると「JA周桑(しゅうそう)」。うちの農協じゃん。ヘロヘロになっていたのに、その箱が周桑と書いているだけで、なぜか元気になるのです。本当は写真を撮りたいと思うけれど、恥ずかしくて言い出せず内緒で撮っていて何かいわれるのもいやなので、しぶしぶ用事を済ませて帰宅しました。
次の日もやっぱりそのスーパーに。しかし、やっぱりお店のひとにいえません。いくじなしです。
そして、今日。やっぱりありました。3日間も見てきたものですから、恥ずかしいこともありゃせんようになりました。内緒で撮ったろうかと思いましたが、後から何か言われるのもいやなので、お店の人に「すいません、キウイの箱撮らせてください」と頼みました。怪訝そうな顔をする店の人。「いいですが、何でですか」と聞かれたので、「実家の農協のものなのです。めったにこちらで見ることがないものですから」と答えました。そんな私の気持ちきっとわかってはもらえんかも。お店の了解も取れて堂々と写しました。
「愛、元気、周桑!」がいいやん。
お店のご好意に感謝いうことで、いつもは買わないキウイも買いました。
だって実家から送ってくるのに買うことなんてしなくても済むからです。キウイの名前は「愛媛くん」です。
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母から「校歌の旅」という番組で母校の小学校が取り上げられたことを聞きました。次の日に校歌にででてくる場所を訪ねて2時間うろうろしました。
うちの実家からみえる石鎚山です。うっすらと遠くに見えています。
命日ということで父のお墓に。家族のことを報告しました。父のお墓のところからみた景色です。
そこから、違う道を歩き、別の集落におりました。人があまり通らず、以前はあった道が消えていました。田んぼのあぜ道をぬけたいう感じです。
校歌にてでくる川です。上流はこんなに水がたくさんあるのに下流に行くに連れて川の水が減ってきます。祖母の実家がこの近所にあり、川で小さい頃は泳いだと聞いたことがあります。
近くにある温泉です。伊予の三名湯といわれています。近くを通るとたしかに硫黄のにおいがしました。以前は日帰りの人が対象でしたがいまは、泊まることもできます。上の建物には露天風呂があります。
赤い色の橋が緑の木々の中で浮きでたように見えます。公園や広場やキャンプ場もあり、息子の友達家族が来た時に水遊びをしました。
うろうろしたあと、戻ろうと歩いていたら、軽自動車にのったおじさんに「乗っていかんか」と声をかけられました。友達のお父さんかと思って「はい」と乗せてもらうと全く知らない人。隣の街から車に乗って毎日温泉に来ているのだといわれました。
道前平野といわれています。田んぼは稲も終わって、何も植わっていませんでした。バックの山は象に似ていて「象ヶ森」と呼ばれていました。
丘の上から見えた瀬戸内海です。
こっちに帰ってユーチューブでないかと思って捜してみましたが、やっぱりローカル番組なのでありませんでした。残念!!
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先日実家に帰ってきました。なかなか7月に帰省して以来帰っていなくて。ごめんねぇ、かあちゃん!!
最寄の駅から写すと石鎚は雪景色でした。駅の看板の上辺りが石鎚山だそうです。
自宅に戻り、ご飯ができるまで、ちょっとうろうろしました。いつもは行かない母校の小学校に。自宅からは10分くらいでいけます。
私が卒業した頃は、木造校舎のため古い建物でよく水漏れをしたことがありました。体育館はなくて講堂でした。モダンな感じが好きでした。父も母も祖母も祖父もみんなここの卒業生です。田舎の学校で全校生徒は100人いないかも。プールは、昔のままのところにありました。市内で一番早くに作られました。
学校の裏山によく授業で遊びに行きました。いろんなものを取ったり遊びました。こんなに近かったのかと思い登ってみました。
あがったところの広場には誰もいません。とても静かでした。
そこから街をみたら、ちょうどあかりがつき始めた頃です。新居浜、川之江のあたりが見えます。
この光を見ていたら、BEGINの「そのとき生まれたもの」という歌詞がてできました。
こうやって帰る場所があるということがいいなと思います。子どもの数も減ってしまって統廃合という話がでていたり、運動会も学校独自では無理で住民と一緒にやっています。学校がなくなれば、寂しくなります。建物は変ったけれど、通っていたときに造られた「まこごろに生きる」という碑が残っていて嬉しかったです。
タイトルの「みどりかがや〜く♪」というのは母校の校歌です。この前地元のNHKで「校歌の旅」というのに取り上げられたそうです。先輩の母は「校歌ってこんなんやったん」と覚えていませんでした。弟私と学校の行事に来ていたと思うのに。ちゃんと母に校歌を書いて送りました。「額に入れておくんじゃ。いい歌詞じゃねえ」と言っています。
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