|
伝説のF1レーサー「アイルトン・セナ」vs「 ナイジェル・マンセル」の走りをお見せしよう
この映像は、1992 モナコGPでの終盤、前人未到の開幕6連勝目前だったナイジェル・マンセル
とのバトルを制ししたときの映像だ。
当時無敵の強さを誇った「コンピュータ制御のアクティブ・サスペンション」を搭載した
ハイテクマシン ウリリアムズFW14BルノーV10を駆る「 ナイジェル・マンセル」に対して、
戦闘力の劣るマクラーレンHondaV12を駆る「アイルトン・セナ」がマンセルを抑えきる
という「神がかり的」なレース・シーンだ。
最近、こんなシーンにお目にかかったことがないので忘れられないレースだ。
さすがのマンセルも黙らざるおえなかっただろう。
彼の著書に「走ってないやつは、黙ってろ!」がある。
下を[Ctrl]キーを押しながら、マウスボタンをクリックするとそのwebに飛びます。
↓
http://video.google.com/videoplay?docid=8617656951129600123&q=1992+monaco
または下記
http://video.google.com/videoplay?docid=-406751944419462345&q=1992+monaco
*アクセスが混みあっていると表示しない場合があります。
参考資料
アイルトン・セナ
国籍 ブラジル
活動年数 1984 - 1994
所属チーム トールマン, ロータス,
マクラーレン, ウィリアムズ
出走回数 161
タイトル 3(1988,1990,1991)
優勝回数 41
通算獲得ポイント 614
表彰台(3位以内)回数 80
ポールポジション 65
ファステストラップ 19
F1デビュー戦 1984年 ブラジルGP
初勝利 1985年 ポルトガルGP
最終勝利 1993年 オーストラリアGP
最終戦 1994年 サンマリノGP
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%8A
ナイジェル・マンセル
イギリスのF1ドライバー。F1とCARTのチャンピオンを2年続けて獲得した
唯一のドライバー。
主な戦跡
1981年: F1、選手権14位(ロータス・フォード)
1982年: F1、選手権14位(ロータス・フォード)
1983年: F1、選手権12位(ロータス・ルノー)
1984年: F1、選手権9位(ロータス・ルノー)
1985年: F1、選手権6位 2勝(ウィリアムズ・ホンダ)
1986年: F1、選手権2位 5勝(ウィリアムズ・ホンダ)
1987年: F1、選手権2位 6勝(ウィリアムズ・ホンダ)
1988年: F1、選手権9位(ウィリアムズ・ジャッド)
1989年: F1、選手権4位 2勝(フェラーリ)
1990年: F1、選手権5位 1勝(フェラーリ)
1991年: F1、選手権2位 5勝(ウィリアムズ・ルノー)
1992年: F1、選手権1位 9勝(ウィリアムズ・ルノー)
1993年: CART、選手権1位 5勝(ニューマン・ハース/ローラ・フォード)
1994年: CART、選手権8位(ニューマン・ハース/ローラ・フォード)
F1、選手権9位 1勝(ウィリアムズ・ルノー)
*CARTからスポット参戦でF1復帰(古巣ウイリアムズ)して最終戦オーストラリアGP
ではポールポジションを獲得そて勝利する。そんなこと彼以外できないだろう。
1995年: F1、2戦のみ参戦(マクラーレン・メルセデス)
太りすぎた彼のためにシャーシを作り直すことになってしまったマクラーレン。
体調管理が不充分、モチベーション低下などのいろいろなファクターが原因して
マクラーレンチームと決別、「ほとうに引退」をよぎなくされた。
なんども引退宣言しているのお騒がせ男も年貢を納めたわけだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AB
|