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今回は番外編です!
知床クルージング中にMAXのオーナーから事件の
話を聞き、地元に帰ってから本屋に注文しました。
太平洋戦争中の1943年、日本陸軍所属の徴用船が、
真冬の知床岬で難破。7名の乗組員のうち、生き残った
船長と少年シゲの二人は、氷雪に閉ざされた飢餓地獄を体験する。
40数日後、シゲは力尽きて餓死。食料の無い極限状態のなか、
船長はついに、シゲの屍を解体して「食人」する。
遭難から2ヵ月後、ひとり生還した船長は、「奇蹟の神兵」
として歓呼されるが、事件が発覚すると「食人鬼」として
指弾されることになり、懲役1年の実刑を受けた。
人の道にそむく「罪」を背負った船長が、人間として生き続けることの
苦悩を語った。
事件から50年、初めて明かされた真実。
(表紙より 恒友出版社刊 合田一道・著)
クルージングでペキンの鼻付近を見たが、夏でも寂しい所で
雪に閉ざされたら食料は期待できないだろう。
極限状態のなか、そこに食べられるものがあった・・・
仕方が無い状況だと思うのは当事者じゃないから言えることだと
思う。遺族の方は納得がいかないだろう。
「人間が生きるとはどういうことか・・・」
いろいろ考えさせられる本である・・・
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今の日本だとこんな事はないと思いますが・・・。食べ物がないとそうなってしまうのかと思うとちょっと考えさせられます。
[ ひろきち ]
2006/1/25(水) 午後 9:26
事故の時、数日間水も食事も禁止の時にかなり辛い思いをしましたが、あれが数十日続くことを想像したら気が狂いそうです。当たり前に食事できることに感謝です。
2006/1/26(木) 午後 8:22
危機的状況だと「生きる」ために理性をも吹き飛んでしまうのかもしれませんね。置かれた立場・状況が違うだけに難しい問題ですね。。。
2006/1/26(木) 午後 8:25
当時の裁判では心神耗弱と判断されたようです。理性が働いたら船長は死んでいたのでしょうね・・・ 船長の言葉「人間、食い物がそこにあれば、人間の資格失っても生きられるなんて、悲しいことだねぇ」船長も遺族の方も長い間苦しんだのでしょうね・・・
2006/1/26(木) 午後 9:47
当たり前のことがそうではなくなる時、自分は、家族はどうなってしまうのだろう。例えば大地震、大災害・・・想像も出来ないけど苦しむ事は避けられないと思いますね。今回はとても衝撃を受けました。
[ gre**_goi_*oi ]
2006/1/26(木) 午後 10:18
自分の場合はどうだろうかと考えると、番屋にも辿り着けなさそうですが・・・ この本はかなり衝撃を受けました。
2006/1/27(金) 午後 9:04