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主体的・自発的に勉強を続けるためには、
とにもかくにも論理(化)の面白さを経験で知ることが大切だ。
見たり聞いたり読んだりするときに、いつもその背後にある論理を少しだけでも考えてみる。
確かにわりと時間がかかる。
しかし、そのうちに論理の面白さを感じるようになる。
論理の面白さにいくつかのパターンがあることが見えてくる。
すると、自分が面白がるツボも自覚できる。

こうなればしめたものだ。
面白い論理との出会いを求めて勉強が進むようになる。
「これ、面白そうだな」と自分の感覚に引っかかった映画を観るように、勉強と向き合える。
もちろん全部が全部面白い論理を提供してくれるわけではない。
映画と同じで「ハズレ」もある。
しかし、だからといって一度論理の面白ささえわかってしまえば、
勉強がイヤになることはない。習慣として持続する。


知識の質は論理にある。

知識が論理化されていなければ、勉強すればするほど具体的な断片を次から次へと横滑りするだけで、知識が血や骨にならない。逆に、論理化されていれば、ことさらに新しい知識を外から取り入れなくても、自分の中にある知識が知識を生むという好循環が起きる。

 先ほどの二要因理論でいえば、「マイナスからゼロに持っていく」と「ゼロからプラスを創っていく」とは必ずしも連続しておらず、断絶がある。ここに論理の肝がある。この論理の有効性は、モティベーションや人事管理に限らない。企業変革やリーダーシップ、さらにはさまざまな政策や制度の設計にも使える論理となる。ハーズバーグの論理をもって最近の「税と福祉の一体改革」を眺めてみれば、問題の本質により近づくことができるだろう。「面白い」からやる勉強が、「意味がある」にもなる。
一挙両得、ますます食が進むという成り行きだ。


「面白がる力」をつける

 人間はわりと単純にできている。
人間の本性と折り合いがつかないことはだいたいうまくいかないと思った方がよい。「面白い」から始めることが大切だ。
「意味がある」と思って始めても、知識のインプットそれ自体は面白くないことがほとんどなので、すぐ挫折する。

 ただし、である。論理の面白さを知る。これがなかなか難しい。
論理に限らず、ものごとを「面白がる力」、
これこそが人間の知的能力なり仕事能力のど真ん中にある。
面白がれるようになってしまえば、だいたいのことはうまくいく。
この真理は勉強に限らないが、勉強にもっともよくあてはまると思う。

どんな分野のどんな仕事でも、優秀な人というのは「面白がる才能」の持ち主だ。
面白がるのは簡単ではない。もっとも奥深くコクがある能力といってもよい。
時間をかけてでもそうした才能を開発できるかどうか、
ここに人間の本質的な分かれ目がある、というのが僕の仮説だ。

 自分のケースで考えてみてほしい。多くの人があからさまに面白がることでなくても、仕事や勉強に関して、自分で面白がれるようになったことが、誰にも一つや二つはあるはずだ。なぜそのことを面白がれるようになったのか。まずはその「論理」を考えてみることをお勧めする。面白がる力をつけるためのよい練習になるはずだ。


上記は ハーバード・ビジネス・レビューより抜粋であるが


 今、息子が家庭教師に、
 数学の問題を解いて、できた、できないではなく
 徹底的に数学の「論理」について、先生について学んでいる。

 ノートを観たが、これが本人とって面白いらしく、
 まず字が丁寧で綺麗。

 面白くないものは、やる気ないのでとにかく字が読めないのが息子の特徴。

 中学受験では観てもらっていたが、

 中学時代は先生に観てもらわず、塾にも通わず、学校の勉強の宿題だけで
 自力で何とかしてきたし、

 テストはそこそこまあまあできてはいたが、
 高1の範囲までを中学3年間でやってきたので、
 穴は少なからずあるはず。

 だから、一旦
 今までの漏れの穴埋めとして
 ここで家庭教師に観てくださいと依頼したが

 中高六年分を穴埋めながら一気に仕上げることはは難しいことではないが、
 その前にやっておくこととやりたいことがあると、

 数学の「論理」をゼロからやることになったらしい。

 私には数学の「論理」はわからないが、

 たまたま読んだ上記の記事を観て、
 
 あーーここにリンクしているんだぁと。

 私の仕事で言えば、「大家業」「賃貸経営」にも成功にも
 やっばりロジックがあると思った。

 最初はさっぱりそれが判らなかったから、
 試行錯誤、手探り、模索である。

 が、色々やっていくうちに、
 「あーーーこういうこと」と観えてくることが
 だんだん増えてくるので、
 知識と経験が結びつくと、

 「なーんだ」と今までの苦労が無駄でないと思えた。
 失敗したからこそ、色々やったからこそ
 「腑に落ちる」接点が頭と心とカンカクでわかるのである。

 中一から高2の真ん中までの数学を一通り、
 自力で解いてきた経験があるからこそ
 今の先生の論理の指導が息子も
 「腑に落ちる」接点を本人が見いだせているのだと思った。

  
 「一度論理の面白ささえわかってしまえば、
 勉強がイヤになることはない。習慣として持続する。」

 これは理科にも当てはまることだと思う。

 つまり、ただ問題を解き、できたできない、わかるわからないではなく
 論理の面白さを 先生が、ことの他大切にするは

 ゴールは「面白がる力」を育ててくれているとのでは・・・

 この記事がリンクしたのであった。

 
 


 

 

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