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お久々です。
また間が空いてしまいました…;
そしてまだまだバタバタしっぱなしの毎日です。
そう言えば最近友人から何だか新しく面白いゲームを貰いました。
戦国BASARA3というやつなんです。
戦国BASARAというゲーム自体は、
あの戦国ブームの火付け役とも言われてるモノです。
どんな内容かとあっちこっちで検索してみると、
何だかバカゲーとかって散々厭な言われようされてました…。
しかし実際やってみると内容は結構ぶっ飛んでいるものの、
ネット各所で囁かれている、
全く『ダメなゲーム』などといった感じは皆無で、
寧ろ随所に史実を引用していて日本史に興味が湧いてしまいましたね…。
(まさか自分から興味湧いて日本史の本を漁るとは思わなかったです…。)
キャラクターデザインやゲームの仕様の云々はともかくとしても、
自分の知らなかった日本史の人物や、
各名所・各名産品(とかその由来)に加えて家紋など、
調べれば調べるほどに面白くて仕方ないものでした。
「ゲームから歴史辿るとか邪道」だと誰か言っていた気がしますが、
ゲームと現実の区別を付けた上でその双方ともに興味が湧き、
好きになれればソレはとても幸せな事なのかもしれません。
個人的には「楽しみながら史実ネタを探すゲーム」と、
そう位置付けてプレイしております。
上で語った云々の部分で問題なのは、
内容を見もせずに批判したり、
内容を鵜呑みにし過ぎて判別が付かなくなる人達です。
『ゲーム』と言われるとちょっと分かり難いかも知れませんが、
例えるなら『一冊の書物』です。
前者はその本の表紙だけを見て軽薄な書物だと内容を軽蔑軽視し、
後者はその本の内容のみが真実であり全てだと勘違いする。
その双方が対立して余計な論争が生まれ、
他にその本を手に取ろうとしていた人はウンザリしてしまう。
こんな図式はこのゲームに限らず様々な場面で見られますよね…。
本来は本とは知と理を求め読むモノであり、
ゲームとは心から楽しむモノだと思います。
それの存在是非や好き嫌いを問うたり、
その目的から外れてしまえば『モノ』の価値は著しく薄れます。
ゲームに限りない真実を求めたり、
本に究極の快楽娯楽を求めたりするのは、
お門違いな気がしてなりません。
まずは一歩足を引き、
自分が意見しようとしているモノの『本当の形』と、
『それが本来持つ性質』を見極める事が大切だと思います。
そして時にソレが分からなくなっている人には、
一歩引く大切さを説くのも大事な事だと思っています。
ネットという場所は公衆の面前にほぼ同じ、
寧ろ世界中と繋がる大広間です。
そんな中で自分の意見を競わせるのは悪い事ではありません。
ですが正論にしろ異論にしろ、
ヒステリックに往来で大声を出し続けるのはどうでしょう?
人の訪問があるならば尚の事。
往来の人数が多い少ないの問題ではありません。
貴方の批判や賞賛は誰かが見て聞いています。
そして賛同する人も居れば反する人も居るでしょう。
もう一度書きますが、
自分の意見を競わせるのは決して悪い事ではありません。
しかし、
意見を競わせるのと、
意見を押し付けるのではその価値は全く違ってしまいます。
競う事は価値を高めていく事。
押し付けるのは価値を投げ捨てるのと同じです。
自分は、
最近のネット上の随所でみられる意見の押し付け合いを見ていて、
少しだけ疲れてしまいます。
時には議論すべき本来の目的すら忘れ、
相手を打ち負かす事だけしか考えられなくなっている状態を見ると頭が痛いです。
ゲームにしろ本にしろ何にしろ、
ソレを一生懸命に作った人間にとって、
そんな言い争いは全く望んで居ない筈なのですが…。
…長くなってすいません。
少しだけ疲れてます。
もしこの言葉も誰かが見てくれているならば、
此処まで見て頂き本当にありがとう御座いました。
これから少しだけ眠ろうと思います。
疲れて物事の本質が見えなくなってしまう前に…。
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霧崎さんご訪問&ファン登録有難うございました。また遊びにいらして下さいね\(~o~)/
2010/9/22(水) 午後 3:53
綺麗な風景の数々は見ていて癒されるものばかりですよね。
自分も近くの自然公園に足を運ぶ機会が少し増えました^^
2010/10/9(土) 午前 5:51 [ 霧崎 ]