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『シドニー湾にて』
「星影のワルツ」を歌った後、オーストラリアに渡りました。シドニー湾をバスで巡回中のことでした。
「停めてください」
そう言ってバスを停められたのは山口良治(当時伏見工ラグビー部監督)さんでした。予定していなかったのでバスの運転手さんは慌てていました。 今から30年前、我々は大西鐵之祐(元ラグビー日本代表監督)さんを囲んでュージーランドと豪州にセンチメンタルジャーニーに出ていたのです。あの伝説のオールブラックスJrを破った人達とです。私は記録係を買ってでていました。 バスが止まると山口さんは一人降りてラグビーポールの立つグラウンドへ向かわれました。やがてクラブハウスへ。何事かと思ううち山口さんは中に消えられました。ややあって、ドアが開くと、 「入って良いって。ここで休ませてもらいましょう」と招いてくれました。 クラブハウスには日本代表のジャージーが飾られてありました。山口さんのジャージーもありました。ここで一戦あったのですね。 「これは私のジャージーだ」 と山口さんが説明されるとビールを飲んでいた豪州人から大歓声が上がりました。 私は懸命に写真を撮っていました。その時、報道班員と思ったのか一人のシドニー人が、 「この湾の一角に日本海軍艇が飛び込んできたんだよ」 といきなり話題を振られました。また反日言動が始まるのかと思いました。ところが彼は、 「我々オーストラリア人はこの日本海軍軍人に多大な尊敬を払っている。君達はその後裔なんだ。今日、クラブに遊びに来て良かった。君達に会えた。ゆっくりして行ってくれ」 と言われたのです。何の話か分かりませんでした。 この話を団長の大西鐵之祐さんにしました。 「わしは陸軍なんで海軍のことは知らんのだ。しかし、海軍はこの地まで」 と言われて瞑目されました。これが日本海軍の特殊潜航艇の話だというのは帰国してから知ることになります。有名な松尾敬宇大尉の話であったのです。何にも知らなかったボンクラ物書きの痛恨事でした。 写真はシドニー湾 NETから貸りてきました |

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