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『現代の刷還使』を切望す!
その昔、秀吉麾下の軍勢が朝鮮半島を攻めた時、連れてきた朝鮮の捕虜がおりました。その捕虜を徳川家康に還せと朝鮮が言ってきたことがありました。それこそ日本に強制連行された人達です。中には使役のためだけに連れてこられた人達もいたでしょう。しかし、大半は腕に技術を持った人達です。有名なのは陶工と儒家です。陶工の名は九州、中国地方に今なお残しています。
第一回目の刷還使(回答兼刷還使)がやってきたのは慶長12年(1607年)でありました。どっと約三千人が帰国したのです。そして二度目の刷還使がやってきた時は、帰国者数が激減します。遂に三度目で刷還使は中断されてしまったのです。捕虜が帰りたがらないのです。理由は帰国しても優遇されないのが分かったからです。特に儒家は冷遇されました。敵国に仕えた儒家など相手にしてもらえなかったのです。
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朝鮮陶工は別格です。長州藩では朝鮮陶工を士分として遇しました。薪を求めて放浪する必要をなくすため薪山をあてがいなどして優遇したのです。これは白丁(奴隷)の身分であった陶工にとって驚くべき厚遇でありました。誰が帰りたいと思うでしょうか。
刷還使達は「日本残留の朝鮮人は日本大名に脅されているか、あるいは甘言でつられているかだ」と本国に報告しています。しかし、実体は、もう子供達は朝鮮語を忘れ、日本での生活に慣れている。これから本国に帰っても苦労するだけだ、というのが圧倒的理由だったのです。中には朝鮮に帰ったものの差別に耐えきれず、再び日本に入国した者もいたと言います。この話は400年もの昔の話しです。 どうでしょう韓国政府さん、「現代の刷還使」を差し向けて強制で連れてこられたという在日の方々の帰国を促していただけませんでしょうか。400年前と違い、国力を増し日本など屁のカッパになり差別のなくなった韓国なら喜んでお帰りになると思うのですがいかがでしょうか。
親しく日本人と鶏の取り合いをして親善を深められる朝鮮通信使
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どうして連れて帰らないのだろう。また在日の方々もいやなら帰れば良いのにね。400年前にも帰らなかった人達がいるんです。歴史はくり返します。
2014/10/20(月) 午前 1:24 [ 馬場信浩 ]