馬場信浩(龍造寺 信)のブログ

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      第2章  『僕たちのトライ』最終回

 じっと待った。藤川がアケミをおしたおしやがった。今だ、ギター弦を切った。セイタカアワダチ草のたばが柿の木から落ちて藤川にかぶさった。草のたばはチューブで弾力がついているので生きた人間のように見えた。
「ワーッ。出た」
 と藤川がアケミから飛びのいた。そこへヒデがパチンコ玉をヒョーッと放った。ギャーッ、と藤川が悲鳴を上げた。まさか! 当たったんだ。藤川が頭を抱えて逃げだした。その後ろ姿にヒデがパチンコ玉を放つ。今度は太股に当たっ...た。痛え! とビッコを引きながら逃げだした。ヒデはなおも藤川の背中を目がけてパチンコ玉を放った。どうやら正確に当たっているようだ。当たる度に藤川は悲鳴を上げ、暗闇の中をやみくもに逃げた。分かった。ヒデ、おめえだな裏林のカラスを撃ち落としてるのは。殺生すんなって母ちゃんいってんだろうが。
 とドボン、と音がした。藤川がタンボの水貯めに落ちた。水貯めの深さは4メートルある。
「誰かきて!」
 アケミが助けを呼んだ。知ーらない、っと。僕たちは急いでその場を離れた。

 翌日、サッカー部の佐々木君のかあちゃんがうちの店にきて、
「藤川さんちの兄ちゃんと「花田マート」のアケミちゃんがバイパスから落ちて大ケガしたそうよ。藤川さんちの兄ちゃんは肺炎になって入院したって。アケミちゃんのお母さんが寝込んじゃって店閉めてるわ。さかりがつくといやーね。おたくの兄ちゃんも気をつけた方がいいわよ」
 と報告した。バイパスから落ちて、どうして肺炎になんかなるのだ。骨を折ったのなら分かるけど。藤川はまだいいかっこしてんだ。それになんでうちの兄ちゃんが気をつけなきゃなんねえんだ。
「育、あの婆々、帰ったか」
「ああ、塩まいてやろうか」
「止めろ、塩なんぞ、もったいない。それより花田に差をつけてやるぞ。明日から大売り出しだ」
 かあちゃんの方が一枚上手だ。

 監督が横浜での仕事のけりをつけて、いよいよ引っ越しをすることになった。その日は僕たちの学校のマラソン大会のある日だった。練習してないのに、とうちゃんは僕に出ろって聞かない。
 出場者の人数を確かめた。ラグビー部の六年からは僕、ヒデ、大輔、景介、泰二、郷、修平、吉村の八人が出ることが分かった。サッカー部はラグビーなんかに負けるかといっているらしい。

 監督のアパートの引っ越しにはかあちゃんたちが手伝いにいくことになった。
「すまない。その日は応援にいけない。大船から踊り子十三号に乗ることにした。電車からマラソンコースがチラッと見えるかも知れない。電車の中で応援しているからな。みんながんばって走ってくれ」
 監督はそうはげましてくれた。六年生の何人かの父兄から中学のコーチとして残ってくれと監督はいわれた。でも、
「ラグビーは子供たちと監督、そして親たちとのきずなで成り立っているんです。いったんきずなが失われたところに留まることはむつかしいです。この子たちは中学にいってラグビー部を作ってくれるでしょう。そこでは新しい監督さんが誕生します。きっと新しいきずなを作ってくれます。それは、まぎれもなく私の教えた本物のラグビーだと信じています」
 と監督はそういってコーチになるのをことわった。その通りだよ。監督はこれで僕たちだけの監督になった。ザマアミロって気持ちだ。

 僕は店においてある時刻表から踊り子十三号の大船発の時間をしらべた。やっぱりだめだ。送りにいけねえ。目をとじた。すると、
「育英、走れ。二人分走れ」
 あの声が聞こえた。

 寒く晴れ上がった朝だった。僕たちの学校から朝焼け富士が見えた。
「育、幸先がいいぞ。富士山が焼けこげてるぞ」
 と、とうちゃんが勢いをつけた。とうちゃん焼けこげ富士ですか。
 学校のグラウンドをスタートした。先頭を切る佐々木君を僕は目に入れた。佐々木君はよく練習したのだろう、腿が高く上がっている。僕はいつものようにゆっくりしたストライドで追った。県道へ出た。そこで一気に先頭を奪った。そして加速した。
「育、気でもふれたか」
 とうちゃんの声だ。とうちゃんは自転車で伴走する気で県道で待ちかまえていたのだ。気なんかふれるものか。とうちゃん、許せ。これが男の義理ってもんよ。

 僕は走った。こうしないと間に合わないのだ。
 佐々木君が遅れまいとついてきた。バカ、このペースじゃ死んじまうぞ。
 県道をひた走りに走った。時間を見た。いける。間に合う。ここだ。ここを右に曲がるのだ。農道に入った。ヒデがきた。大輔もいる。修平がきちっと追ってきた。
「みんな、いくぞ」
 もう引き返せない。とうちゃん、カンベンしろ。

 畔道を走った。その向こうが電車道だ。ここはカーブになっている。電車はスピードを落とす。きた。白い車体だ。踊り子号のマークが見えた。監督の乗っている車両は三号車だ。親たちがはなむけにグリーン車をフンパツしたのだ。
 見えた。監督だ。監督、みんな連れてきたよ。気がついてよ。アッ、顔を上げた。監督は僕たちのマラソンを見ているのだ。学校じゃないよ、ここだ。こっちだよ、監督。

 立ち上がった。監督が気がついたのだ。窓を開けようとしている。そんなの開かないって。アッ、監督が窓ガラスに頭を打ちつけた。ガラスを割っちゃいけない。頭をつけたままだ。なにやってんだ。なにやっ……監督、泣いてんだ。なんだい弱虫。泣くんじゃねえよ。

 僕は拳を振り上げた。七里ガ浜をやっつけたときのガッツポーズだ。と、
「さよなら!」
 郷ちゃんがさけんだ。郷ちゃんが初めて大声を上げやがった。
 ヒデも大輔も、修平も景介も吉村も、拳を振り上げた。ヒデがドラ声を上げて泣いた。泣くな、このバカヤロウ。おめえが泣いたら、俺が、俺が泣けねえじゃねえか。
 そのとき僕たちの目の前を、拳をつきだした監督がとおりすぎた。
「監督、分かってるよね。これが僕たちのトライだよ」
 そうつぶやくと僕の目の中が洪水になった。何も見えなくなった。本当に見えなくなった。

                                おわり

             ■ ■ ■『朝焼け富士』田辺美佐子氏撮影■ ■ ■
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