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私を変えた「うどん粉焼き」
冷たい風が吹く日でした。午前中、中小企業救済資金を受けるため横浜の金融公庫へ行ってました。私はある小説を書き始めていたのですが、行き詰まっていました。そんな時、秋には本が出るのをアテにしてパソコンを買ってしまったのです。付随したソフトも買っていました。だが本は出なかったのです。アテにしていた本が出ないと辛い。もう一度、頑張るためには生活費を含めて一五〇万円ほどの資金が欲しかったのです。その面接に行ったのですが、感触は良くありませんでした。 その頃、私は少年ラグビーチームを監督していました。自分の仕事も上手く行かないのにボランティア監督など論外でしょう。生活は逼迫しました。しかし、やめられませんでした。何故なら、集まる少年は他のクラブからの落ちこぼれで私がやめれば行き場がなくなるからです。 だが、もうボランティアに熱中してはいられません。子供達に話してチームは解散、仕事に専念しようと決断しました。で、午後、造成地の草むらでの練習に出かけたのです。 「来た」 と声がしました。草むらから少年達が出てきました。 「みんな何をしてる。準備運動をせんか」 と言ったのですが誰もやろうとはしません。とイク(育英)と呼ばれている少年が私の前に来ました。私の手を取るようにしてベンチへ連れて行き、 「これ、食べてえ」 と紙皿を出したのです。見ると皿の上にうどん粉焼きが何枚も重ねてあります。みんなじっと私を見ています。こんな食べ物でのいたずらを何度かされたことがありました。甘いよ、と言って唐辛子の詰まったマンジュウとか音の出るアメとかです。私がどんな反応するか目を輝かせてみているのです。乗ってやるのも大人の勤めだと思って口に入れることにしていました。 しかし、今日は様子が違うのです。一枚、うどん粉焼きを手にしました。そして口に放り込んでみました。砂糖と小麦粉を混ぜて焼いただけの物です。と、 「食った」 とみんなが言ったのです。 「お前達、どうしたんだ」 と私はみんなを見つめました。と、キャプテンをさせているヒデという少年が、 「イクが、監督は仕事がない、腹を空かしてるって。で、朝から集まって焼いた。もう僕らは食ったから。みんな食べて良いよ」 そう言ったのです。少年達が集まって朝からフライパンに油を引いて焼いたのだと言う。その姿を想像しました。私は喉が熱くなって口に入れた物を飲み込めなくなりました。私の目に吹き上がる物を見た少年達はサッと草むらに散りましたた。練習の開始です。 とうとう解散は言い出せませんでした。 まさか、です。数日して中小企業救済資金が下りたのです。 それからの私は来る仕事は何でも引き受けました。人の書いた書きかけ小説の完成、小説のリライト、懸賞小説のあら読み、それこそやりたくはない漫画の原作書きすら引き受けました。くじけそうになる度に、うどん粉焼きを思い出しました。そうして借金を返して、生活を立て直したのです。
二十数年前の寒い午後、少年達の焼いた一枚のうどん粉焼きが私を変えてくれました。 好きな物を書いて生きていたいなんて甘えも良いところです。もう一つ、売れなくても生きられる、この子らがいれば生きられると気がついたのです。
あの子らはもう何歳になるのだろう。会って見たい。湘南へ会いに帰るか、と思い始めています。
江ノ島の夕景
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