馬場信浩(龍造寺 信)のブログ

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       『母の握る白いおむすび』
  オリンピック東京開催に寄せてー父への思い

 父さん、二度目の五輪だよ。一度は僕の23歳の時、今度、生きて迎えれば79歳だよ。
 そこで頼みがあるんだ。それまで僕を生かしてやってくれないか。スポーツを書くのは僕の生きがいだ。もう少し書きたい物があるんだよ。

 父さんは1940年の東京オリンピックに出られたかもしれなかったんだよね。甲子園大会で一〇〇メートルを制した父さんは次の神宮大会で勝てばオリンピック候補だったって母さんから聞いた。京阪商業(守口高校→廃校)に通う父さんに母さんは、毎日おむすびを持たせてやってたそうだね。
「腹が減っては走られへん」
 そう思って旅館の娘だった母さんはおむすびを竹の皮に包んでこっそり枚方公園駅まで届けに行ってたんだって。爺ちゃんに見つかったら天秤棒で殴られる。その恐怖より父さんに良く思われようとしたんだね。でもオリンピック大会は迫り来る戦争のために中止になった。父さんは泣いて悔しがったそうだね。

 それまでは指一本触れなかった母さんに父さんはまるで狂ったように体を求めたって。そして翌々年召集され大阪の第8聯隊に入った。所属は椿部隊。「椿なんぞ縁起の悪い。椿はハラと散るやないか」と周りは言っていた。母さんなんかそれを聞くのがいやで耳をふさいでいたそうだ。

 戦争が終わって枚方公園駅に帰ってきた父さんを迎えたのは僕だったよ。大きなリュックにひげだらけの男。それが父さんだった。僕は急いで家に帰り「父さん、帰ったよ」と母さんに告げた。母さんの頬がパーッと赤くなった。そんな母を僕は美しいと思った。

 なぜ公園駅に出迎えなかったのかって父方のおばさんらに母さんは虐められた。けれど僕は知ってる。母さんは白いご飯を食べさせようと一升瓶に玄米を入れて搗いていたんだ。母さんの飯炊きは日本一だからね。
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 4歳になっていた僕は父さんが怖くてそばに寄れなかった。妹が二人生まれたところで父さん、あなたは命がつきましたね。正直、僕はあなたになじめなかった。いつも殴ってばかりだったもの。未だに僕は布団を目深にかぶらないと眠れない。殴らなければならない気持ちが分かるようになったのはほんの最近だよ。病に冒され、死んでいく身にいらだちしかなかったのだろうと思う。恨んでなんかいない。それより陸上競技をやらなかった自分が親不孝だと思う。

 僕が一度、マラソンに出て一番で帰ってきた時、大きな声で「腕をふれ!」と言ってくれたことがあったよね。また叱ってると思ったけど、
「お父さん、あんなに声をからしたことなかったのよ。肺結核で喉もやられていたけど必死だったのね。お前がゴールした時、泣いてたもの」
 と聞いたのも最近のことだよ。
 僕がアスリートになってオリンピックに出るという父さんの夢は叶えてあげられなかった。だけどスポーツから多くのものを得たよ。許してね。

 これから毎日、仏壇の扉を開けるから孫達の走る姿を見てやってくれないか。そして僕には一〇年、命の余裕をくれないか。書きたいものがあるんだ。母さんの握る白いおむすびを供えるからさ。
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