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【五月に思うこと】
ジャカランダの咲く頃 日本から仕事の話しがきました。私にとって最後のビッグな仕事になるでしょう。
そんな折り、訃報が届きました。仮にS子さんとしておきます。S子さんの訃報が届いた時には葬式も何もかもが終わっていました。しかも住んでいた家の荷物を長女が処分してしまっており仏壇も何もないとのことでした。葬儀をしたのは長女でした。この長女は私を毛嫌いしておりました。母親が目をかけるこの男は何者だとにらみつけてきました。では誰に、どこへ行っておくやみを言えばいいのか。
数年前、次女を亡くしたS子さんにとって、その死は乗り越えられない痛手となったのでしょう。娘の死因は心筋梗塞ですが、ありていに言えば麻薬による風呂場での急死です。この時は私もお別れ会に駆けつけました。禁断症状の出ない時の娘さんの優しさを知っている私はS子さんと娘さんの在りし日を語り合ったものです。
懐かしむのはここまでです。次女を麻薬に追いやった原因は母親にあります。韓流スターに似ているとかで次女と釣り合いのとれる年齢の男を家に引き入れたのが原因です。やくざな男です。これが次女に衝撃を与えたのでしょう。次女は意外と幼く、まだ母親が必要な年齢だったのです。更正していたのが再び麻薬に走ったのです。もう助かりません。 「どうしよう」 とS子さんは泣いて電話をかけてきました。声もありませんでした。 S子さんと知り合ったのはカラオケ会でのことでした。歌とも思えない歌を披露してくれていました。その頃、私は日本からの仕事が切れ、経済的に追い込まれていました。月末に支払う家賃がなかったのです。友人に借金を申し込みますが、みんな体良く断られます。目がつり上がっていたでしょうね、私。そんな時、
「ちょっと用があるんだけど」 とS子さんにぶっきらぼうな声で呼び出されたのです。カラオケ会で会っただけのご婦人です。会って何をするのか。お茶でもないだろう。無駄な時間はつかいたくなかったのですが、来いと言うのですから行ってみました。ジャカランダの咲く道を通って彼女のオフィスに入りました。と、いきなりです。封筒を差し出され、 「これもって帰りなさい」 と言われたのです。何が起きたのかわかりません。封筒の中身をその場で確かめました。キャッシュで二千ドル入っています。家賃が払える。助かったと思いました。なんでこんなことをしてくれるのか、を確かめる間もなく家にとって返します。家内が泣き崩れました。ホッとしたんですね。 「どうして金に困っているのがわかったのですか」 「目つきがね、うちの死んだ亭主とそっくりになっていたから。これは金に困っていると直感したわ」 顔つきで見やぶられていたのです。それ以降、我が一家はT子さんに忠誠を誓います。T子さんも何かと面倒を見てくれました。 そこに男が出現したのです。好い加減な男でした。まさかS子さんがのぼせるとは思っていませんでした。 日本にいる弟妹に会いに行くと言うのでパスポートの作成、円への交換、みんな手伝いました。S子さんの男が偉そうに指図します。これって俺の仕事かい。お前の仕事だろうと思うのですが、S子さんが後ろで手を合わせます。アホに手続きはできません。 S子さんは長く私に隠していたんですが男と日本へランデブー旅行に行ったことがわかりました。家族に会いに行くからというのは嘘だったのです。ここで忠誠心は薄れました。 それからもS子さんは私に会社設立を持ちかけます。名義だけ貸してくれと会計監査の役をふります。アブナイ。これはS子さんの男の仕事ではないのか。それでも手を合わせられれば断れませんでした。案の定です。この会社がつぶれます。つぶれた原因は男にむしりとられたためです。今、男は姿を見せません。 S子さんの追悼式をやらない私をみんなして責めます。しかし、私がやるべきでしょうか。S子さんの骨の髄までしゃぶりつくした男がいます。そいつにやらせろと言うとみんな逃げ散ります。無責任なものです。
そろそろジャカランダが咲きます。たった一人ですが追悼式をやろうと思います。 「この花が咲く頃、あなたはいつも目が痒いとぼやいていましたね。五月は嫌いだって。S子さん、僕、最後の仕事をやるよ。見ててね」 そうつぶやく今日この頃です。 ジャカランダの小道 |
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2013年04月30日
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