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『父の背中』
父が交通事故に遭って意識がなくなったと連絡を受けたのは、原発事故のあった年の夏の終わりだった。ミンミンと鳴く蝉の声がうるさくまといつく昼、その声を遮断するようにして病院に入った。 父はほとんど裸の状態でベッドに寝かされていた。すでに気管切開していた。これは一ヶ月の命だと覚悟した。感染症から肺炎を呼び込み生きられないと知っていたからだ。 突然、父と歩いた田舎道が思い出されてきた。それは招提村から長尾駅に抜ける長い道だった。遠く寂しい道を歩くのが嫌だ...った。招提村の親戚に行くのがいやだった。父や母が、米や野菜をもらいに行くのになぜ私を連れていくのかわからなかった。 ある夏、父と二人きりで招提村へ行った帰り道でのこと。その日はお目当てのスイカがもらえず手ぶらで帰ることになった。と、父はいきなり、 「おんぶしたろか」と言った。もう九歳になっていた私は首を振って拒んだ。でも、父は執拗だった。 「あの電柱までや。ちょっとだけや」 と言って聞かない。仕方なく父の背中に乗っかかった。一つ目の電柱を過ぎたのに下ろしてくれない。で、黙って父の背中に自分の体を預けていた。と、父が聴き取りにくい声でブツブツとつぶやいている。耳を澄まして聞いてみた。 「もうすぐや。もうすぐ会える」と言っている。 私の体の重みも相当になっているはずだが、それでも父は下ろすとは言わなかった。そっと横目で父の頬を見た。微かに涙が流れている。父は泣きながら、 「もうすぐや。もうすぐ会える」 と言っていたのだ。私は何か見てはならない物を見たような気分になり目を閉じてしまった。 「ちょっと」と母が私を病室から廊下の隅に引っ張りだした。 「まだ耳は聞こえ取るみたいや。そこで頼みがあるねん。お父さん、ありがとうって言うてやってくれへんか」 「……なんでそんなこと」 「あのな、お父さん、お前の本当のお父さんと違うねん。ずっと黙って育ててくれはってん。お前が家を飛び出してからずっと気にしてな。わしが何か言うたんやろかってずっと。何でもない、って言うてやってくれへんか」 今さら何をって気になる。実父でないことは中学の時に知ってしまった。その時、ショックで八幡の山を歩き回って保護されたことがあった。こっぴどく父に叱られた。それも反発の原因になった。高校を中退して家出し川崎御大師の団子屋で働いていた。二十歳になったころ偶然に郷里の奴らに見つけられて親に連絡をとられてしまった。もうそのころは団子屋を任されていたから逃げることもできなかった。いきなり両親が店先に現れて、 「こんなとこで団子焼いてるんかいな」 と母が言った。ムカッとした。父は何も言わなかった。私は二人とも好きではなかった。その後、私は団子屋の娘と所帯を持ち両親の元に帰ることはなかった。子供が二人居る。何の取り柄もない女房だがよく仕えてくれる。 「お母ちゃん。父ちゃんが僕を負ぶって長尾坂を歩いたことがあるねん。あの時、もうすぐや。もうすぐ会える、というのを聞いた。どういう意味やろか」 「お前、そんなん聞いたんかいな」 「あれはどういう意味やろとずっと思ってた。知ってたら教えてくれるか」 「知ってどうするの?」 「別に。妙にひっかかるんや。なんやろな」 母は深く息を吸い込んで吐いた。そして、 「お父ちゃんのお母さん、男と逃げはった。それをお爺ちゃんが連れ戻そうとしはってお父ちゃんを負ぶって追いかけて行きはった。その時、お爺ちゃんが言うた言葉やて聞いた。寂しくなったらお父さん、もうすぐや、もうすぐ会える、と涙ためてつぶやきはんねん。子供見たいやろ」 私は母を殴りつけたかった。母は馬鹿な男にだまされて私を妊んだ。そして子連れで帰ってきた。父が見かねて一緒になった、と聞いている。みんな得手勝手な奴ばかり。親父だって偽善者だ。そんな風に思えてならなかった。 「お父ちゃん、ポシェットにこんなん忍ばせてはった」 と母が一枚の写真をとりだした。それは運動会で一等をとってテープを切る写真だった。家出を決意した時、持って行こうとした。どこを探してもなかった。父が持っていたんだ。 裏を見た。そこには「信浩はわしの自慢や」と書かれてあった。急に喉がふくらんだ。 病室に駆け込んだ。父の耳元に唇を押し当てた。 「父さん、信浩や。帰ったで。元気出せよ。ずっとここにおるさかいな」 と言った瞬間だった。父は腹からしぼりだすようにウオーッと叫んだ。看護婦さんが駆けつけてきた。 「父ちゃん、もうすぐや、もうすぐ会えるで」 そういった時、父の目から涙がこぼれた。 「知ってる。さみしかったんやな。お母さん、そこにきてはるやろ。ゆっくり話ししいや」 と言って父の手をとった。しかし、父に握り返す力はなかった。 息が絶えたのは二日後だった。私はずっとそばにいた。聞こえるかどうかわからないけれど話しかけた。運動会、遠足、卒業式、みんな小学校の思い出ばかり。そのどれにもうなずいてくれているようだった。 葬式をすませると川崎に戻った。御大師駅に迎えに来ていた次男をおんぶした。女房が、アラッと言った。こんなことはしたことがなかったからだ。おんぶしてみると次男が安心して私にゆだねてくるのがわかる。 「家まで走るぞ」 私は駆けだしていた。長男が私らを振り向きながら追い抜いて行った。 おわり
川崎大師
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2013年08月13日
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