馬場信浩(龍造寺 信)のブログ

ブログ始めました!龍造寺 信は馬場信浩の筆名です。よろしく。

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     『先入観は消えません』

 ある友人のパーティに参加していた時のことです。
 友人は温厚な人物だったので年齢層にも幅があり先後輩の差が10年くらいありました。まあ、パーティでの共通の話題となりますとラグビーでした。当時の有名選手、松尾雄治さんや若き挑戦者平尾誠二さんの話題になりました。この選手を知らない人は当然、松尾はどんな選手? 平尾は?と呼び捨てになります。ところがその頃、やっと面識のできていました私はとても呼び捨てにはできません。今もラグビー選手は呼び捨てにできま...せん。していません。これはできないのです。取材の相手に尊敬心をもたないとインタビューはできませんから。

 その席で、松尾選手の横顔などを屈託がなく明るくって素晴らしい人物だと紹介し、対する挑戦者の平尾選手には哲学的で思索者のようだと話したのです。もちろん色々のエピソードを交えて笑ってもらっていました。
 と、いきなり、
「お前、なんやねん。まるで見てきたような話をして。松尾さんやて知り合いのようやないの。昔とちっとも変わらんね。癖はなおらんなあ」
 と大声でののしるお姉さんが居りました。こんなんようけ居てまんねん、河内には。
 話しの腰を折られた私は後が続きません。姉さんは勝ち誇ったように鼻をうごめかして、
「言うたろか、あんたのことを。小さい頃から千三つ言うてたんや。千に三つもほんまのことは言わんて」
 これで完全にノックアウトです。いったんすり込まれた先入観は一朝一夕ではとれません。まあ、これには理由があります。私は級友に空想話しをすることがよくありました。小舟に乗って淀川を下ったとか、富士山を踏破したとかです。みんな空想なのですが自分ではいつのまにか現実のようになっているんですね。この空想癖がエスカレートします。「鞍馬天狗」の嵐寛寿郎さんに会いたい、「笛吹童子」の中村錦之助さんに会いたい、とかがいつのまにか会ったように錯覚していくんです。これは嘘つきですよね。

 それを覚えておられたお姉さんにざっくりやられたわけです。後年、アラカンさんにも錦ちゃんにもお目にかかれ、念願を果たしたのですが、多くのお姉様、お兄様の先入観はとれませんでした。
 後に聞くのですが、
「そんなん嘘や、あれの書く話しがドラマになるかい」
 と糞味噌に言われてるそうです。嘘ついたらあきまへんな。嘘やねつ造は、その時はよろしいですが、後々、どんなに歪曲されて伝わるか、被害者の私が、一番よく知ってます。朝日新聞のことを言うてまんねんで。え、お前は被害者やないと言われますか。お返しの言葉もございません。ハイ。

                         ねつ造の本家朝日新聞社
 
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      『ノーサイド・ヒーロー』

 ご心配をかけました。先日の朝の決闘(?)非常識野郎の続きでございます。
 事件は日曜の早朝に起きました。まだ惰眠をむさぼりたい住民をたたき起こすようなクラクションの音。その執拗さにぶち切れた私は駐車場に飛び出しなおも鳴らそうとする男に「止めろ」と叫んだのでした。

 きちんと事務所に報告をすませて、「さあこい」、と裁決を待ち受けました。ケンカ両成敗だ。俺が悪いもんかと思うのですが、ここアメリカでは何が起こるか分かりません。三日待ちました...が何もありませんでした。

 今朝のことです。出先から帰ってきたところでパッタリくだんの迷惑君に出会いました。彼は目を伏せて通り過ぎようとします。
「ヘイ、ガイ」
 と呼び止めました。ビクッとしています。かまうことはありません。さっと傍に寄りました。彼は、
「俺、出かけんだ」と言って逃げ腰です。私の目を見ません。
「先日は大声で驚かして、すまなかったな」
 と言って手を出しました。彼は車の鍵を握っていました。その上から握手をしてやりました。気が弱いのか終始目を伏せています。握り返してくる指の力が弱い。ぐいと握ってやりました。さてケンカの締めはここです。
「これで終わりにしようぜ」
 とニッコリ笑いかけました。男は頷いて車に乗り込んで行きました。

 ふと奴の後ろ姿を見ながら、ケンカっ早い無骨な私なんかより、おとなしいこいつの方がずっと本当の「ヒーロー」ではないかと思ったのでした。

   この話しの締めはやっぱりこれです。麻倉さん無断借用許せよ!
  https://www.youtube.com/watch?v=S6ZJDqErTkA

『非常識野郎』

      『非常識野郎』

 九月十四日の早朝でした。日本との交信・交流のため朝4時に起きていた私は、6時を少し回ったところで車のクラクションに驚かされました。これよくあるんです。マンションの窓がシャシャと開く音がします。まだ惰眠をむさぼりたい日曜日の早朝です。住民は舌打ちしているんです。しかし、誰もとがめようとしません。後難を恐れて沈黙してるんですね。
 なおもホーンが執拗に鳴り響きます。見ますと男が車をいじっています。こいつが音の犯人です。泥棒ではなさそうです。どうやら自分の車のクラクションをいじって動作を確かめているようです。

 ようよう三階から「Fuck!」とののしる声が聞こえました。みんな起き出したようです。しかし、「止めろ」という声は上がりません。傍若無人に男は音を鳴らし続けます。ここまでです。駐車場に躍り出ました。

「Hey! Stop.(おい、止めろよ)」と声をかけます。
「なんでだよ。俺の車が故障してんだ。お前なおせんのか」
 と男はきました。私、これでブチきれました。後はブロークン英語で、
「この野郎、ぶっころしてやろうか。今、何時だと思ってんだ。てめえのどたまはりたおすぞ!」
 さんざ怒鳴り上げて証拠にと車と本人の写真を撮ってやりました。
「なんで写真を撮るんだ」
「うるさい。証拠だ。このバカ」
 とやってやっとクラクションを止めさせました。男はむくれていましたが、作業を止めました。それを見て安心したのか住人達のサッと窓を閉める音がしました。ア〜ア、誰も助けてはくれない。これが人の世の常だな。お前らには集団的自衛権は発動しないのか? と愚痴りながらオイラはまたやっちまったか、と自己嫌悪。
 でも御同胞よ、間違ってますかいオイラ!

                   朝からうるさかった車と非常識野郎
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       『現代の刷還使』を切望す!

 その昔、秀吉麾下の軍勢が朝鮮半島を攻めた時、連れてきた朝鮮の捕虜がおりました。その捕虜を徳川家康に還せと朝鮮が言ってきたことがありました。それこそ日本に強制連行された人達です。中には使役のためだけに連れてこられた人達もいたでしょう。しかし、大半は腕に技術を持った人達です。有名なのは陶工と儒家です。陶工の名は九州、中国地方に今なお残しています。

 第一回目の刷還使(回答兼刷還使)がやってきたのは慶長12年(1607年)でありま...した。どっと約三千人が帰国したのです。そして二度目の刷還使がやってきた時は、帰国者数が激減します。遂に三度目で刷還使は中断されてしまったのです。捕虜が帰りたがらないのです。理由は帰国しても優遇されないのが分かったからです。特に儒家は冷遇されました。敵国に仕えた儒家など相手にしてもらえなかったのです。

 朝鮮陶工は別格です。長州藩では朝鮮陶工を士分として遇しました。薪を求めて放浪する必要をなくすため薪山をあてがいなどして優遇したのです。これは白丁(奴隷)の身分であった陶工にとって驚くべき厚遇でありました。誰が帰りたいと思うでしょうか。
 刷還使達は「日本残留の朝鮮人は日本大名に脅されているか、あるいは甘言でつられているかだ」と本国に報告しています。しかし、実体は、もう子供達は朝鮮語を忘れ、日本での生活に慣れている。これから本国に帰っても苦労するだけだ、というのが圧倒的理由だったのです。中には朝鮮に帰ったものの差別に耐えきれず、再び日本に入国した者もいたと言います。この話は400年もの昔の話しです。

 どうでしょう韓国政府さん、「現代の刷還使」を差し向けて強制で連れてこられたという在日の方々の帰国を促していただけませんでしょうか。400年前と違い、国力を増し日本など屁のカッパになり差別のなくなった韓国なら喜んでお帰りになると思うのですがいかがでしょうか。

                          親しく日本人と鶏の取り合いをして親善を深められる朝鮮通信使
 
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