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『間違っていたのか』
まだ走れる頃でした。ランニングをしていてふと目に入ってくるのはチャリンコに乗って遊んでいる小学生でした。見るとサッカーや野球の落ちこぼれです。みんな顔見知りです。「サッカーはどうした」と声をかけます。
「やめちゃった」 「どうして」 「面白くないんだもの」と答えが返ってきました。答えはどの子もみんな同じです。サッカーや野球の練習を見に行きました。これでは面白くないと思いました。サッカーならシュートです。野球ならホームランです。それをサッカーではドリブルとパスばかりやらせていました。野球は素振りと守備練習。しかも怒鳴り声つきです。 「ラグビーやらないか」は自然と口をつきました。みんなやるともやらないとも言いません。しかたなく息子と二人でボールを蹴り始めました。気がついたら五〇人にもなる大所帯になっていました。
子供を指導するのに掟としたことは依怙贔屓をしないことでした。とりわけ厳しく当たったのは息子です。これには私の見聞があります。某国のラグビーチームの監督は父親がしてました。息子を国の代表に選んでしまったのです。この依怙贔屓は選手の気持ちを萎えさせてしまいました。それを見ていましたのでことさら私は自分の息子には厳しくあたりました。割を食わせたのですね。それが原因なのか私と息子にはしこりが残って長く溶けませんでした。息子は思い出したくないのか祖国日本とも疎遠になるようでした。 何十年ぶりか息子が一人、育った神奈川に帰りました。かつての仲間と会っているはずです。でもなんの頼りもありませんでした。やがて日本を発ってこちらに帰る時、一つのメールが届きました。それもローマ字です。日本語が走らない成田空港備え付けのPCから打ってきたのです。
「ロス到着は遅れる。嵐襲来。みんなに会った。涙涙の再会だった。日本万歳」 とありました。 「間違っていなかった。おまえには苦労かけたな」 とつぶやくと長い戦いに一息ついたと胸が一杯になりました。 みなさん、今日も一日がんばってね。写真は不忍池の桜です。日本です
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2015年04月10日
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