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『床屋のサブ』
まだあるかどうか知りません。故郷の枚方に【式田】という散髪店がありました。同級生の父親が経営しておりました。同じクラスになったことはないのです。しかし、どことなく虫の好かない奴で式田三郎が彼の本名でした。仲間からは「床屋のサブ」と呼ばれていました。
校内マラソンに出た時のことです。私は短距離選手の父親に似ず、短距離は苦手でした。が長距離は母親に似たのか得意としていました。3kmほどのコースを走るのですが途中の起伏が激しくけっこう泣かされました。4年生、5年生と走ってコースを飲み込んだ私は6年最後の校内マラソンに賭けていました。...
冬のある日、一斉に校門を飛び出しました。集団がバラケますと後は先頭を行く五人を追いかける展開になりました。ここはじっくり追うことだと言い聞かせました。 1kmを過ぎた辺りでした。前を行く少年が石につまずいたか腰を落としたのです。見るとサブです。汗を額にかいています。まだ元気そうです。しかし、うずくまったままです。追いつくと、 「立てんのか」と声をかけました。 「……」 返事がありません。嫌な奴だなと思いました。 「座り込んだら立てんぞ。そうなったら走れへんで」 と立つようにうながしました。しかし、弱々しくクビをふるのです。 「立たんかい。男やろ」 そう言ってお節介にもクビのシャツを引き上げました。サブは立ち上がりました。それを見て私は先行組を追いかけました。そのせいか先頭集団に追いつけず、その年も負けてしまいました。 後年、やっと食っていけるようになって故郷へ墓参り。その時、どうしてるかなと式田散髪店に寄ってみました。店番をしている爺さんがいました。その人がサブの父親でした。顔を当たってもらう頃に話しかけました。
「サブは元気ですか」 返事がありません。 「同級生なんです」 「…死にました」 まだ30をいくつか超えた歳でしたので人の死にはなれていませんでした。カミソリの刃がなければ驚きで飛びはねていたと思います。そこでマラソンの思い出を語りました。聞き終えると爺さんは、 「あなたでしたか。中学へ行って、高校へ行って、マラソンがあるたびに話しをするんです。助けてくれた奴がおったと。名前を言わんのです。何でかなと思ってました」 「きっと僕が嫌いだったんですよ」 「まさか。あなたに見てもらうんだって駅伝の選手になったんですよ。そして区間優勝を果たした翌日、突然死をしたんです。死因はわかりません。どこも異常はなかったんです。今日、来てくれはったと報告しまっさ。よう来てやってくれました」 線香を上げさせてもらい多くを語ることなく床屋を去りました。あの時、声をかけなければ早死にさせることはなかったのではと長く苦しみました。今も、その思いは消えません。でも、もうすぐや、待っとれよ、サブ。今度は天国で一騎打ちじゃ。 写真は枚方マラソンから借りました。本文とは関係ありません。
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2015年06月16日
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