馬場信浩(龍造寺 信)のブログ

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    『甘いで甘いで、ヒヤコイで』

 本格的な夏がやってきました。こちらも長くぐずついていたのですが、青い夏空が広がりました。メキシコ人の氷売りが出る季節です。氷売りを探しながら歩いてみたのですが、今日は違う場所に出店を構えたのか見当たりませんでした。
 私には重度の障碍をもつ五つ年下の従弟がいました。名前は正広、みんなはマー君と呼んでいました。私は父が戦争に行く前に生まれてます。マー君は叔父が戦争が終わってから復員して生まれてます。叔父の喜びは大変だったと聞いています。しかし、マー君は立ち上がることも言葉を発することもできませんでした。アアー、ウーと言うことで意思を叔母に伝えていました。

 いつかこの障碍は治る物と私は思っていました。しかし、脳性小児麻痺は治る物ではありません。体中を縛り付けるような麻痺は年々悪化しているように思えました。

   そんなマー君の慰めになったのは私の学校の行き帰りにかける言葉だったそうです。おはよう、行ってくるよ。ただ今、帰ったよ。だけだったのですが、私の声が聞こえるとアアー、ウオーと声がしました。時々、叔母が私を呼び止め、コッペパンをごちそうしてくれたりしました。そんな時には学校でこんなことがあった、こんなことをしてきた、とマー君に話をしました。ケンカをした時には息を詰めて聞いてくれています。そして勝ったと話しますと声をあげて喜んでくれるのです。負けたと言いますと硬直した体をいっそう固め唇をへの字に結んで涙を浮かべてくれました。

 そうそう夏の話でしたね。
 小学六年の夏休み、アイスキャンデーを従兄の英一さんと売りに出たのです。アルバイトです。大きな自転車を後ろから押す役です。またチリンチリンと鈴を鳴らすのも私の役目です。淀川の堤防を釣り人の姿を求めて売り歩くのです。いくらも売れません。その時に、
『甘いで甘いで、ヒヤコイで』と売り歩くのですが、この声が出ないのです。売れなくて帰りますと叔母が待っていて必ずマー君と叔母ちゃんの分、と言って二本買ってくれました。その時に、「おおきに」と大声で言って鈴をチリンチリンとと鳴らすのです。マー君は大喜びです。そこでもう一つ、『甘いで甘いで、ヒヤコイで』とやってみました。マー君は私の声を聞くと体をばたつかせ興奮状態になりました。
「ノブちゃん、もう一度やってやってんか」と叔母。

  叔母さんが泣いてます。その前で何度もやりました。翌日、『甘いで甘いで、ヒヤコイで』は難なく口から出ました。マー君、上手いやろ、と叫びそうでした。完売した日はそっと二本のアイスキャンデーを仕入れてもって帰り、
『甘いで甘いで、ヒヤコイで』と鈴をチリンチリンと鳴らしました。

 大学を東京にとると言いに行った時、マー君は横を向いたままでした。顔を見ないのです。どうしても首を曲げてしまう。
「夏には帰るから」と告げたのですが、二度とチリンチリンを聞かせることはありませんでした。15歳の大台をマー君は越えられませんでした。腸が弱り、衰弱死のようだったと言います。

   今も苦しい時に、先が見えなくなった時に、『甘いで甘いで、ヒヤコイで』、とつぶやきます。と、どこからかチリンチリンと鈴の音が聞こえてくるのです。

  写真はNETから借りました。私ではありません。
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