|
『あきらめるな』
息子が少し長い日本滞在から帰ってきた時のことです。
土産話が途切れたのでコーヒーを煎れて一息継いでいました。と、 「子供だったけど人間扱いしてくれた、そう言ってた」... とつぶやいたのです。何の話か分からなかったのですが、昔、息子達がラグビーを楽しんだ時、主将にしていたヒデという子の話でした。子と言っても今はもう四〇前の大人です。その子が私のことをそう言ってくれたのです。 私はけっして良い指導者ではありませんでした。孫の手でお尻をパチンと引っぱたく指導をくり返していました。他の子より主将は倍です。息子は割を食って三倍の尻パッチンを食らわせていました。第一の理由は、指導を開始した時期が遅く、他のチームに追いつかなければなりません。それにサッカー、野球の落ちこぼれを集めています。ずいぶんと厳しかったでしょう。今は子供達にすまないことをしたと反省しています。まあ、その結果、チームを結成して半年で県大会三位ですから許して欲しいのですが。(笑)
ヒデを主将に据えた時、他にもっとリーダーになれる子はいないのかと思ったものです。ですが、やはりこの子にしようと決断したことがありました。それはこの子の変化です。それまではぐうたらな子供でした。チャリに乗って遊びまくっていたのです。ところがわずか数ヶ月で目の色が変わりました。夢中になっているんです。
「あきらめるな。ボールを最後まで追え」 これが私の口癖でした。ラグビーは人生のすべてに通じるから、と口を酸っぱくして言ってました。ある試合でボールがこぼれて転々としました。追いかけてボールに飛び込んだのがいました。ヒデでした。追いついてきたフランカーが相手を押し込めハーフが球を出すという一連の理想的な動きをやって見せてくれたのです。これは相手チームからも絶賛されました。偶然かも知れません。でも涙がこぼれました。 多くの指導者達は子供達のやる気をボキボキに折ってくれます。ヒデも中学に行って折られてしまいました。私と再会した時、やる気をなくしていたヒデは漫然と高校生活を送っていました。
「将来シェフになりたい。なのに物理や数学が要るのか」 と問うてきました。私は黙って聞いていましたが、 「物理や数学がなんだ。やりたいことがあるのなら苦手を乗り越えろ。あきらめるな」 そういった覚えがあります。どう受け止めてくれたかは分かりません。 あれは決勝に出る試合に負けた時でした。整列させて、
「ヒデ、前へ」 と命じました。みんなは負けて尻パッチンではなく本当にビンタを食らうと思っていたらしいのです。父兄に緊張が走ります。そんなことはしません。やったらドラマの見過ぎです。私の書きすぎです。負けた言い分けはいくつもありました。でも、負けは私の責任です。 「みんなご苦労さん。いやな監督に、良くついてきてくれました。さあお前達のキャプテンに拍手だ」 ヒデに前をむかせ後ろから羽交い締めにしました。そして「ヒデ、ありがとう」と言ってました。ヒデは泣きじゃくっていました。 「俺、会ったらまた泣くだろうな」 とヒデは息子に言ったそうです。聞いていて喉が詰まりました。 そのヒデが今、神奈川県藤沢市辻堂で近江牛レストラン「ひゃくいちや」を任されています。あきらめずに目的を追いかけた結果ですね。
お近くに行かれることがありましたら覗いてやってくれませんか。 日本料理店・ステーキ専門店「ひゃくいちや」 神奈川県藤沢市辻堂元町3-15-25 (店長酒井秀和) +81 466-33-1013 https://www.facebook.com/hyakuichiya |

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ


