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『ヘイ、旦那、写真を撮りな』
僕は人見知りをしません。それには理由があるのです。対象人物を徹底的に調べ上げてお目にかかるからです。その準備ができていない時に会ったりしたら見るも無惨です。舞い上がるからです。憧れていた女優さん岩崎加根子さんに突然、会えた時などはうろたえ切りました。
そんな経験から物書きに転じてからはまず事前調査に時間を割きました。すばらしい方々を取材させてもらっても帰る時には冗談の一つも残せるようになってました。そして鉄則は取り立ててのフアンにならないように心がけていました。ただしこれはスターさんなどの場合だけです。...
取材はスターさんばかりではありません。ヤクザのチンピラも取材しなければなりませんし、落ちぶれたストリッパーの場合もありました。そんな時は聞くだけに専念しました。 そんな昔話を思い出しながら、近所のモール街を歩いていました。フト、声をかけてみたくなる人物に出会いました。黒人のくず屋さんです。ガラクタを一杯トラックに積み込んで処理施設にもってきたのです。その中から金目になる物を選別して買い取ってもらうのです。たいていモール街の裏にそんな施設はあります。くず屋さんに近づいていこうとしますと家内が、
「またー」と止めます。しかし、私の性向を知っている家内はそれ以上は強く言いません。 「今日はどれくらいの稼ぎになったんだい」と黒人のくず屋さんに声をかけました。
「36ドル70セント。昨夜一晩の仕事だぜ。悪くないだろう」 「うん。悪くないね。1週間どれくらいになる?」 「500ドルくらいだ。旦那はどれくらい稼ぐんだい?」 「うーん。たいして稼いでいない。写真を撮って日本に送ったりしてる」 「カメラマンか。それなら稼げるだろう」 今の境遇をとても理解してもらえないだろうと思いました。で、会釈をして引き下がりました。数歩、下がったところへ、 「ヘイ、旦那、写真を撮りな」 と声がかかりました。シャッターを切りました。 「いくらにもならないんだろう。名前が要るなら、使いな。おいらの名はブルース。良い名だろう」 「そうだね。良い名だ」 この日、私はうろたえ切っていました。 |

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