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『五百円札』
今はもうないと思いますが五百円札というのがありました。インフレ抑制策のために作られたと聞きます。インフレにどんな効用があるのか知りません。ところが五百円札では効果がなかったから後に硬貨になったとか。親父ギャグです。
雨の降る夕方、学校の帰りに天ぷらを五人前買って帰るよう母親に言われてました。関西医大牧野病院の前に天ぷら屋さんがありイカ天、イモ天、アジの揚げたのを買って五百円札を出したのです。天ぷら屋の爺さんは強度の近眼。釣り銭に注意するより新聞紙にくるんだ天ぷらの方が気になり確かめもせず歩き出しました。しかし、すぐに気がつきました。ポケットの膨らみが違うのです。貧乏人の子ですからそういうのはすぐに分かります。で、確かめてみました。七百三十円ありました。...
「千円札と間違えよった」 返すのは明日にしようかと思ったのですが、雨の中、元来た道を戻りました。 「おっちゃん、おかしいで」 と店にいる近眼爺さんに声をかけました。爺さんには釣り銭にいちゃもんをつけに戻って来た高校生に見えたんでしょうね。 「なんか文句あんのんか」 と声がとげとげしい。何をと唇をとがらせそうになります。そこを押さえて、 「うん。ちょっと多いねん。千円札と間違えたやろ。僕が出したんは五百円札や」 「あっ……」と絶叫に近い声が飛び出します。五百円札を返しました。 「おい、またんかい」 「なんか用ですか?」 「売り物やないけどな家族用にタラの芽揚げたんや。もって帰れや」 と新聞紙にもう一つくるんでくれました。タラの芽というのを当時の私は知りませんでした。くれるもんはありがたく頂戴して帰りました。 「信浩。これどないしてん。タラの芽やないか」
と母親になじるように詰問されます。ちょろまかしてきたと母は思ったのでしょうか。お前、自分の産んだ子を信じろよと言いたかったです。 「天ぷら屋のメカンチがくれよった」(差別用語です。当時平気で使ってました) 「ほんまかいな」 家族でいただいたのですが美味でした。珍しい物だと父も母も言いました。翌日、母親が礼に寄りますと、 「雨の中、五百円札や。タラの芽なんかナンボのもんや、てメカンチ泣いとったわ、意味わからへん」 よく分かるじゃないか、母ちゃん。 二十年後にその店の前を通りましたが跡形もありませんでした。今、日本はタラの芽の旬ではないですか。食べたいなあ。
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2015年06月18日
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